第12話 ~水晶の恐竜~
そこからというもの。
彼女は鈴と仲直りしたそうだが、一向にホテルから帰らなかった。
任務の方はというと、四人で分担し円滑に進んでいった。
俺と優華で強力な竜を治め、愛美と鈴は説得可能な竜を導いた。
何故か亜美もそこから現れなくなり、二週間が過ぎた。
――白亜紀南米大陸――
森一色に囲まれた中に存在する、円状で黄緑色の平原。
重い図体、それを支えるどっしりとした胴体。
赤く染まった皮膚を盛り上げる筋肉。
大型肉食竜ギガノトサウルス。
「はぁぁ……」
俺は200メートル程離れた丘から、双眼鏡や裸眼で眺め圧巻している。
「何がそんなに良いの……。」
愛美が呆れた声を漏らす。
「最強のロマン。」
俺は一言で理由を答える。
「これからそれを覆す怪竜と出会うのに?」
まだ愛美は不服そうにしている。
「兄貴はまだ子供だし仕方ないの。」
鈴がやれやれと素振りを見せると、一煽りしてくる。
一煽りで済ませたい。言われる相手によってこんなに違うとは……。
「優華は分かるよな?」
「分かりません。」
優華は先程のことをまだ怒っているらしい。
ホールを通ってここに出てくる時、胸を揉んでしまったからだ。
結局適切な距離を取れていないのは俺なのかもしれない。
「悪かったって……。」
「別に……。」
彼女がそう答えた瞬間、ギガノトサウルスが明後日の方向へ向く。
「来たんじゃない?」
優華はそれにいち早く気付き、指を指す。
「相変わらず勘良いわね。」
「それほどでも。」
褒める愛美と照れる優華。あれから少しずつ元通りな位距離を取り戻していた。
その明後日の方向から鳥が飛び立ち、地面が揺れる。
ティアスから情報として教えてもらった水晶地竜。それが出てきてしまうのかと思うと気分がどっと下がる。
鬱蒼とした森の中をなぎ倒し、透明な水晶の山が飛び出てきた。
鳥や翼竜達は一斉に飛び立ち、逃げ去っていく。
水晶の下からギガノトサウルスの三倍はある青い二足歩行竜が現れる。
水晶のトサカが陽光に当たり煌めいている。
切り裂かれたかのような長いまぶたから放たれる獣のような青く鋭い眼光。
瑠璃色に近い青い胴体とオレンジ色の腹部。
自信の体の3分の1はあるほどの大きくて長い水晶。頭から尻尾まで生えた水晶トサカは、波のように透明から青色に変色する。
「いくか……。」
仕方なく腰を上げる。
一方、ギガノトサウルスは怯える素振りなど見せずに赤い瞳で睨み付ける。
のっそりのっそりと近付いていく水晶地竜。
ギガノトサウルスを見た瞬間頭の水晶トサカが黄色に変化し、尖ったリーゼントのように獲物の方向を指す。
双方無言のまま目だけを合わせ、円を回るようにして丸い草原を歩き続ける。
ギガノトサウルスが目をかっ開くと、足を切り返して水晶地竜へと走り大きな口をガッと開く。
『グァァアアオオ!!』
突然、水晶地竜の右前足が結晶化する。
そしてその結晶化した前足は獲物を捕らえるロープのような速さでギガノトサウルスの首根っこを掴む。
水晶地竜がギガノトサウルスの三倍はある口を開け、頭に丸ごとかぶり付こうとする。
ギガノトサウルスとは違い、威嚇も無く無言。
恐者としての立ち振舞いだった。
『ドンッ!!』
そんな水晶地竜の左鼻筋に大きな衝撃波が走る。
優華の拳が数百倍はある水晶地竜の顔面を大きく傾け、竜の瞳の色が一瞬消える。
ギガノトサウルスが機転を効かせ、優華の方に噛みつこうとする。
だが優華は宙に水の板を作り、跳んでそれを回避する。
彼女の着地点は恐らくギガノトサウルスの頭。
「待って!」
更にその上に黒雷翼で飛んでいる愛美がストップをかける。
優華はそこから距離を取り、水板を沢山作ってよろける水晶地竜の方へ跳んでいく。
愛美は五つに分かれた電撃をギガノトサウルスに浴びせ、その場に倒れた。
電撃で気絶しているようだ。
一方水晶地竜はよろけながらも、口から凍てつく氷に包まれた火炎放射を吐く。
氷の壁面に閉ざされた青い炎が竜のようになっていた。
「すっご。綺麗なんだけど……。」
優華は感心しながら左手を水で包み、上空へ弾いている。
だが、しばらく続く火炎放射に優華は眉をひそめる。
「鬱陶しい。」
彼女は右手を水で包むと、火炎放射を殴る。
火炎放射や氷の欠片が爆散し、その爆散に巻き込まれた水晶地竜はまたバランスを崩す。
優華は水のバリアで全てを弾いている。
「ちょっと!!」
愛美の大声が周囲に響く。
「へ?」
優華は惚けた様子で周囲を見回す。
森の木々にまで飛んでいく炎と氷の欠片。
「あ、やば……。」
愛美が無数の電撃を飛ばし、炎を電磁浮遊で囲んで止める。
鈴がその塊の空間面積を圧縮して、連続で消していく。
だが、それだけでは間に合わない数ほど爆散していた。
(やるか……。)
俺は木の枝上で水晶地竜が気絶するのを待機していたが、そこから数々の爆散物に跳ぶ。
跳びながら空気抵抗を落として加速させる。
その安定した中で刀で心臓を貫き、心刀で鞘を二刀流にする。
そのまま二刀を水属性に変え、次々と炎を消化し氷の欠片を破壊していく。
それを数秒でこなした。影が瞬時に全てを破壊した様に見えるだろう。
全てを切り伏せ、愛美の待機している木の枝上へ向かう。
「何秒?」
「1.5秒。木から含めるなら大体4.5秒?」
「よしよしまあまあ。」
俺は口角を上げ、嬉しがってしまう。
二秒切って一秒以上。
一瞬の跡の見えないあっさり感ではなく、軌跡の見えるかっこよさ。これこそ二瞬――
「マンガとかアニメじゃ一瞬なんて良くあるけどね。」
(またかよ。)
昔からだ。かっこいいロマンは分かってくれない。
昔の彼女は勇ましくも優しく、まるで主人公のような性格をしていた。
だから大衆向けの男の子がやりそうなゲームとかは大好き。なのに分かってくれない。
ほぼ諦めている。
「ミーハーだもんな。」
「うっ……。だって強くなりたいし。」
彼女も彼女なりの能力練習を欠かさない。
『ドン!!』
連続した衝撃音が会話を途切らせる。
よろめいた水晶地竜の腹部に回る優華。
そこから繰り出される連続パンチからのフック、軽いアッパー。
『ドンドンドンドン!』
『ドォンッ!!』
大きなアッパーが水晶地竜の巨体を浮かし……。
『ドガァン!!』
優華の回し蹴りが水晶地竜の腹部に炸裂し、巨体は180度回される。
竜は勢いよく地面の場所へ蹴り飛ばされた。
その地面の亀裂に水晶のトサカが突き刺さり、仰向けになる。
水晶地竜のトサカが真っ赤に染まり、ドス赤紫色の極熱光線を放ってきた。
優華は水を纏う左手で上空に反射させながら、光線の下から近付く。
顎下まで辿り着いた彼女は、水晶地竜の巨大化した両手の掌潰しをすらりとかわす。
そのまま竜の顎に大きなアッパーが入った。
『ドォン!!』
遅れて音が周囲に響く。
水晶地竜の口が閉じて光線が無理矢理途切れた。
気を失いかけた水晶地竜を畳み掛けるかのように、優華の回り蹴りの蹴り落としが竜の左鼻先に決まる。
水晶地竜の顔右側面が、流れるように地面に叩きつけられた。
勢いが良く、竜の顔は大きく跳ねる。
土煙が消えるまで数秒の沈黙が流れる。
水晶地竜の瞳は上を向き、大きな腹が腹式呼吸で動いている。
愛美と共に竜の首もとの場所まで跳ぶ。
「あっという間だったな。」
「うん。」
優華を褒めたが微妙な反応だ。
「兄貴……。」
鈴に呆れられながら、冷たい口調で急かされる。
「分かってる。」
愛美には話の間、水晶地竜の方を見ていた。
待たせてしまっていたようだ。
あれから俺達は竜の記憶を見る時、まず愛美が神経接触をして記憶を見る。
俺は手を繋ぎ、記憶を共有してもらう。
だが切断時にはその記憶を残さないように処理してもらっていた。
「やるわよ。」
「ああ。」
愛美は真面目な表情でこちらに左手を差し出す。
俺はそれを握る。
そして彼女は右手で水晶地竜の首に手を当てる。
触れてから数秒で竜の首もとが輝き出し、周囲が見えなくなる。
「綺麗ねぇ……。」
白い半透明のドレスを着た黒髪ロングヘアの女。
シュプ=ニグラスが檻の外から見つめている。
(今回は主観的な視点か……。)
「やなVRゲーム。」
隣で愛美が悪態を吐く。
だが記憶の中だからか、向こうには聞こえてないようだ。
「あ……。古代の恐竜世界にぶちこんだら楽しそうなんだけどぉ~~」
シュプ=ニグラスがニヤ付きながら檻の中を見つめる。
(やっぱりか……。)
竜があの星から大量に去ったのは数百年から数千年前。
こんな九千万年前以上昔にいるということは、力を持つものが転移させた可能性が高い。
急に視界が牢屋の檻に突進する。
『ドギュルルン!!』
「わぁ。」
奴の魔法のせいか変な衝撃吸収音が聞こえ、ちょっと驚いてしまう。
波紋が檻に流れ、檻はビクともしていない。
「…………。」
横を見ると愛美はじっと奴のことを睨んでいる。
「ドッキリさせたい気分だし……寝てて。」
シュプ=ニグラスが粉のような物をかけてきたと思うと視界がゆっくりと閉じる。
「え、これだk――」
目を開くと、先程の水晶地竜の首もとが見える。
見事に何も覚えていない。
「奴が捕獲して、転移させたみたいね。」
「やっぱりそうか。」
愛美が簡潔に起きた記憶を説明してくれた。
「他には何か無かったのか?」
一応聞いておく。奴が何か重要な情報を話していたかもしれない。
「あんたの最後の言葉……え、これだk――だったわよ。」
愛美が雑に俺の真似をしているのが微妙に腹立つ。
「今日なんか厳しくね?」
あまりのイジりに耐えかね、鈴と優華に彼女のことを聞いてみる。
「…………。」
二人とも反応無し。
鈴は黙ってこちらをジト目で見つめているが、優華は目を瞑りそっぽを向いて腕を組んでいる。
「まだ怒って――」
(違う。優しくしちゃダメだ。)
近付こうとした一歩を踏み留まった。
「何か言いたいことでもあるのか?」
当たりの強そうな台詞なので、心配しているような雰囲気で聞いた。
「しばらく、いい?」
片目だけ開いてこちらを見ると、主語の無い言葉を投げ掛けられた。
「へ? あ……。」
一瞬分からなかったが、何を言いたいか気付いてしまった。
「な、何か悪かったな……。お前の負担でかかったし、自由参加で全然――」
「いつ復帰するか分からない。」
不安定な言葉に息を飲む。震え声だ。
その場の誰もが異論なんて唱える気が失せただろう。
でも俺としては、彼女のことを考えるならこの方が良い。依存し続ければ彼女の心が辛いだけだ。
「大丈夫だ。お前の人生なんだ。俺はあの時それを知ってほしくて……その、まあ……。」
改めて友情についての気持ちを言うと物凄く恥ずかしい。
後頭部をかきながら言葉に詰まっていると……。
「ありがとう。あそこなら私が私だって気付けるから……そうしたい。」
震え声は徐々に消えていき、笑顔が灯る。
「ま、反対してたならぶん殴ってるけど。」
鈴がとんでもなく失礼な冗談を呟いている。
「愛美、チェンジしてやれ。」
「そうね。そろそろホテル料理も飽きたわ。」
何かとトゲトゲしいこと言わないと済まないらしい。
(家庭料理食べたいからで良いじゃん……。)
「いやいや待って、お姉ちゃん。」
慌てる鈴。だが愛美は表情は変えず腕を組んでいる。
あれは絶対お姉ちゃん呼びが嬉しいやつ。
「お姉ちゃん呼びしても……あ、そうだ! 鈴、ちょっと。」
愛美が鈴の耳の近くで、こそこそと内緒話をし始めた。
終わったと思ったら二人でクスクスと笑っている。
とても嫌な予感がする。
――次の日――
(いやあの何で……。)
俺は休日なのに朝から起こされ従妹とジョギングをしている。
「はぁはぁ……。やっぱり朝はジョギングに限るよねお兄さん!」
薄桃色の髪の従妹、愛理奈がニコニコ笑顔で嬉しそうに話しかけてくる。
「ああ。」
俺はこの子が苦手だ。なのに何故か冷たい態度を取れないから好かれているらしい。
「私、こういう優しいお兄ちゃん欲しかったんです~。はぁはぁ、ずっとウチにいてくれますよね?」
(ずっと!?)
距離感が近い。肩が当たりそう。そしてちょっと重い。清楚を言わんばかりの石鹸の香りとお日様の香りが結衣と酷似している。
「ぜぇはぁ……。」
大幅に息が切れた振りをする。
「あれ?」
圧のかかった悲しそうな声。肯定しか許されない雰囲気が漂う。
(こわい……。)
「じゃ、じゃあ君が俺の
(家なんて無いけど。)
彼女が立ち止まった。
(え、なになに!? 刺そうとしてる?)
慌てて俺も立ち止まって振り返る。
「お持ち帰りはダメですよぉ……。」
(こいつダメだ。簡単に家族を捨てて男に着いていくタイプだ。)
「…………。」
無表情でそれを見つめる。
「あ、あの……ガチになっちゃうんでそんなに見つめないでください……。」
恥ずかしそうに顔を逸らし、手で顔を隠している。。
(冗談かよ。それに気付けない俺って……。)
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