第11話 ~ダブルベッドシンドローム~
浴衣のまま部屋に戻ってダブルベッドの上に座り、愛美と話を一段落させる。
部屋もしばらくはダブルの部屋に変更してもらった。いつまで続くかは分からないが、戻ればまた部屋を戻してもらえばいい。
空きが無ければ他を探すまでだ。
肝心の話の内容は……。
昨日俺が気を失ってからの出来事を、愛美は粗方教えてくれた。
それは暴走どころではなく、新たな覚醒状態にあったと言われても否定はできなかった。
更に彼女は神経接続をした時、火事の起きた家で愛美と別れた後からの出来事も記憶しているらしい。
つまり亜美とのやり取りもしっかりと覚えているようだ。
「どうすんのよ。あんなの優華じゃなきゃ止められないし、亜美がいて妖刀村正を使う限り――」
「それは無い。」
俺ははっきりと否定する。
「なんで?」
「有効打だと思ったら反って危険だった……。なら違う策を練ってくるかもしれない。尚更無視できない。」
俺は冷静に亜美の狙いを読み取る。
彼女がしたいのは俺の能力を奪うこと。ティアスを殺して地球の指揮権を乗っ取ること。
「自分で時空間を移動したり、空間ごとの移動……。数年でただの一般人が手にする力とは思えない。」
俺は地面を見つめ、顎に手を当てて彼女が使ってきた力を思い出す。
「ティアスに血筋について聞いたけど、あの子達は神門神社ってとこの養子みたいよ。」
「本人から聞かなくてよかったのか?」
「…………仕方ないでしょ。」
ただの親切心だったが、軽く睨まれる。
「元の名字を教えてもらって、そうだと分かっても……。」
分家にしろ直系にしろ能力の繋がりを見ても、そこからの成長は意思と努力が関係する。
それは最善の想像に過ぎない。
「それよりどこの所属かってのをハッキリさせるべきよ。」
「それは……。」
俺は言葉を詰まらせてしまう。
シュプ=ニグラス側かと聞いてもあの時返答は無かった。
「中枢都市の所属もここに手を伸ばしてる。なら他の所属がいたと考えてもおかしくはないわ。ティアスのセキュリティも意図も簡単に突破してきたんでしょ?」
静かだと思ったら随分とティアスと情報を共有していたようだ。
「そうだな。それに豪乱もしばらく見てない。注意するに越したことは無いだろ。」
扇卯豪乱。優華の実の兄。奴は優華との旅の途中で対峙してから逃亡した。
奴は邪神や神獣、魔族を召喚したりと只者ではない。
優華の力試しが理由だったみたいだが、優華の右手左手の能力の前ではつまらないものだった。
優華がここにいる限り、地球に潜んでる可能性もゼロではないだろう。
「で、話逸らされたけどどうすんのよ。」
隣に座る愛美はジト目で本題へ無理矢理戻された。
俺はおでこに右手を当てながら、ベッドに仰向けで倒れ込む。
亜美がターゲットにしているのは俺だが、困難だと思われたらどうしてくるか分からない。
本心では三人に協力してもらいたくて仕方ない。
俺の暴走停止や地上の防衛に優華を。安全な竜でも力の抑止力としての愛美。何か起こっても戻せる鈴のサポート。
安定化どころではなく、必要不可欠だ。
今回の亜美の襲撃でなお、思い知らされた。
「亜美さえいなければ今回みたいのをお前や鈴に回してほしいとこだけどなぁー。」
「そうね、それであんたと優華が方が遥かに効率が良い。互いに別の任務をしてても、転送先同士をゲートで繋げるか交渉してみるしかないわ。」
「でも……。」
結衣のことが頭にちらつく。
「乱威智!」
愛美に突然名前で呼ばれたと思ったら、寝転がった上に四つん這いで覆い被さると胸ぐらを掴んできた。
「あんたは結衣の気持ち考えてる?」
真剣な表情で問い詰められる。
「考えてるよ。」
「違う。考えてるけど外れてる。正確にはあんたの個人的な気持ちが混じってる。」
(個人的な気持ち……。)
俺はそこから強がれなくなってしまった。
「確かに心配させて自分しかいないって状況は確実性があるかもしれない。でも、あんたが本当に人として見損なわれるかもしれないって考えなかったの?」
目を見開いて愛美の瞳を見つめてしまう。
その通りだ。何故がむしゃらな希望論だけを俺は思い描いていたのだろう。
そもそも俺の力不足と配慮の足りなさが彼女に不信感を与えた。
それを俺の力不足で訴えかけようなんて無茶だ。
「なんで俺、こんなことも……。」
「これだけ重い責任、今までとは違う精神的負荷に……あんたは焦ってる。」
彼女は胸ぐらを掴む手を離し、俺の頬を撫でる。
「あたしらがそれぞれやることをやってたら、あの子の正義感が参加しないことを許さないわ。間違いない……。逃げるなんて思えないわ。」
結衣はいつだって何事にも真剣に立ち向かってきた。
幼い頃から家系の危険な細剣術にだって立ち向かい、強くなる意思とそれを続けてきた自信がある。
それに、俺に必要な剣術の全ても教えてくれた。
自分が不利な立場になっても、未来とその子供達を安全な騎士団の船に匿ってくれた。
愛美は俺の瞳を一瞥すると、俺の上からどいた。
「その選択肢を選んで……奴等に立ち向かう勇気をくれるあんたになら、きっと心を開いてくれる。」
そうするなら、俺は絶対に彼女に誓わなくちゃならないことがある。
「優華はもう……傷付けない。絶対に。」
「命に代えても守んなさいよ。あれだけの力があっても、不死身じゃ無い時点で悪竜にとっては対等じゃなさ過ぎる。」
悪竜には俺の覚醒状態のような計り知れない力を振るう奴もいる。前回のようにただ怒り狂って光線を放つだけとは限らない。
でも、俺だって愛美には言いたいことがあった。
「明日中に仲直りしろよ。」
「わ、分かってるわよ。」
彼女はもどかしそうな声色をしている。後悔しているのだろう。
なんせ愛美にとっても鈴が可愛い妹なのには変わりはない。
「しばらくはここにいるのか?」
「というか何でシングル二つにしなかったの?」
「お前……。」
人に払わせておいて、更に連絡も無しに突撃してきての態度とは思えない。
「べ、別に払っても良いけど……。」
「それもそうだけど、ここの星の人間が俺達を集団で恨み始めたら俺達の願いは一瞬で破滅する。いくら強くても顔見知りの人質なんか取られたら俺達は無力だ。」
ここで暮らすリスクを再度彼女に話す。
シングルを長期で二つ取る位じゃ変わらないだろう。
けど今の俺は、愛美の目の前なら罪悪感を感じない。そのことに少し依存しているのかもしれない。
「じゃあここじゃなくて、二人で家でも借りる?」
愛美の突然の問いに心が揺らぐ。
「…………。」
「何で黙るのよ……。」
顔が熱くなる。流石に気恥ずかしい。
彼女もそうなのか、声色の震えから感じ取れる。
「あれって本当なの?」
彼女は俺の両肩を掴み、目を合わせてくる。。
真剣な目は俺の視線を逃さない。
「どれだ。」
「言わせないでよ……。」
彼女は目を逸らす。
ちょっと息が荒い。俺もそうなっているのかもしれない。
でも……。
「俺は優華に手を差し伸べられたあの時に、結衣に情けないと言われたあの時に……考えるのをやめて誇れる弟になるって決めたんだ。そこから恋より愛が
「何よそれ……。」
彼女の目元から雫が落ちる。
ちょっと厳しいかもしれないけど、その気持ちを受け入れる訳にはいかなかった。
きっと泣かれる。それも分かっていた。でも……。
「愛美が望むことなら何でもしてあげたい。でも……優華と同じ風に近付き過ぎて不安にさせたり、傷付けたくない……!」
彼女は無言のままコクリと頷く。
「だから、今は……。」
こんなこと言うのは恥ずかしいけど覚悟を決める。
「寂しいし嫌だけど……早くあの家族と馴染んでほしい。」
震える声で今でも思い出す鮮明な気持ちを押し殺す。
自分の安心の為だけに人を傷付ける。
そんなこともうやってはいけない。
「でも、俺を許してるってことをなるべく側で感じさせてほしい。」
「わがままね……。」
愛美は目元を腕でこすって涙を拭く。
「俺の昔の気持ちを知った今は揺らぐかもしんないけど、一度断ち切って焔と向き合えたんだろ? きっと大丈夫。見守ってくれてる。」
「ずるい……。ずるいよ……。」
泣き止もうとした彼女を再び泣かせてしまう。涙がぼろぼろと落ちてくる。
(まーた余計な一言を言ってしまった……。こういうのがダメだな。直そう。)
「前言撤回だ。笑え。」
彼女の両頬をつねって笑わせる。
「うっ……。ふふっ。」
笑った。
こんな無邪気な笑顔、久々に見たかもしれない。
心の中で雁字搦めに引っ掛かった何かが、少し解けた気がした……。
「これからだ。頑張ろう。」
「うん! あ……。わ、分かってるわよ……!」
彼女は笑顔で素直に返事したと思いきや、ツンデレを発動して俺の肩にしがみつく手を離した。
「明日からシングルにするか。」
「…………。」
少し意地悪を言うと、愛美は涙を滲ませながらこちらを睨み付けてくる。
(どっちがいいんだよ……。)
「じゃあシングル一つにして――」
『ドンッ!』
顔面を殴られてベッドにバウンドした。
「ごふぁっ!?」
「シングル二つで結構……! よくよく考えたら別部屋の方が襲われないし安全だわ。」
姉弟なんてこれ位の距離感が良い。
――二時間後――
「いや、あのぅ……。愛美……さん?」
ダブルベッドで横になりながらスマホを眺めてる愛美を見て、電気を消して俺もベッドに入った時にはもう時すでに遅し。
彼女に背を向けてベッドに横になったら、俺の背中に誰かが抱き着いてきた。
「なによ……。」
「なによって……。おま……。」
しっかりと腕を俺の胸にまで回してがっしりと抱き着いている。
弾力のある彼女の胸の膨らみも押し当てられていている状況。意味が分からなかった。
「いやいや、先程の会話でお前のことを思って――」
「じゃああたしがあんたに寝惚けて抱き着いている。そういうことでいいのよ。」
確かに俺からは一切近付いていない。
「いやいや、お前本当に後悔しないの?」
「いいのよ。あたしはメンタル強いから。ちょっと甘える位。あんたもメンタル強いじゃない。」
確かに俺と愛美は目的への強い意思があれば、どんなことでもへこたれない。
でもそれとこれとは違う。
「いやいや、俺は弱いメンタル見せたばっかだし……。お前さっきも泣いて――」
『ぐにゅ~~』
胸がもっと押し付けられる。
「うるさいわね。うるさいともっとエスカレートしてくわよ。」
その脅し文句がマジになってしまうのはかなりまずい。
俺はそっと太ももに力をいれて足を閉じる。
「はいはい、別に抱き着いても――」
「なんで足閉じたの?」
(気付くんじゃねぇよ!!)
「いやぁ~寒い――」
嘘を吐くと彼女は顔までも俺の肩の上に乗せ密着してくる。
「いや流石にこれ以上は……。姉弟ですよね?」
「いや?」
彼女は左手を俺の腹の方に回してくる。
愛美がここまで積極的なのは滅多に無い。
気持ちには気付いていたが、今までは何とか結衣を理由に回避してきた。
俺は意を決して振り返って彼女の両肩をがしっと掴む。
「ひぅんっ!?」
彼女は驚いて変な声を上げるも、驚いているのは目と声だけだった。
(大して動揺してないのかよ……。)
優華や結衣ならもっと距離を取るように大きく動揺するはずなのに、彼女は大して驚いてなかった。
「それ以上はやめよう。」
真剣な表情で訴えかける。
「はい……。」
赤面しながら俯いてしまった。
「あと三日経ってもダメだからな。」
彼女の生理周期を分かっていた上で念を押す。
「えっ? ひゅ!? うぅぅぅ……。」
本人はその意味を気付いていなかったのか困惑していたが、気付いた瞬間自分が何をしようとしていたのか把握し赤面した顔を両手で隠した。
「え……。」
そこまで甘えるつもりだったのかと分かってしまい、流石にドン引きしてしまう。
「姉ちゃん……。仮にも俺ら姉弟でそれはヤバイ。」
「言うなバカッ!!」
枕で人の頭を叩くなり、そのまま自分の枕を抱えてうずくまってしまう。
俺は呆けながら思った。
これからはいたずらの限度も考えなければいけない。
またしばらくすると彼女は俺の背中に優しく抱き着きながら、すやすやと寝息を立てた。
(これもこれで何か……)
彼女の側が安心できないって訳じゃないが、やっぱり目の前だったり声が聞こえてないと不安だったりもする。
「ママぁ……」
よく分からないことを寝言で言ってるし困る。
抱き着く手を引きはがそうと思っていたのに、実の母を盾に取られると不可能になってしまう。
「はぁ……まったく――!?」
溜め息を吐いていたら足に素足が触れる感覚がする。
ゾッとして見てみると、彼女が俺に両足を絡めていた。
(母さんに抱き着いてよじ登る夢でも見てるのか……?)
だが、彼女の様子はそこで一変する。
足を絡めるどころか、彼女は自分の太ももで俺の太ももを挟み込んでくる。
(あっ、やば技キメられ――)
そう予感したが……。
『こすこす』
太ももで押さえてくるだけで止まらず、下腹部と腹部を擦り付けてくる。
「うぅん……。」
彼女は甘い声を背中越しに漏らす。
(なんで急にそんな夢になるの!?)
幸い布越しなので人肌の温かさしか伝わってこない。
例えるならば気まぐれな発情猫。
俺の一番苦手な敵だ。
「んっ……! すぅすぅ……。すぴぃ~」
彼女はか細い声で強く鳴くと、仰向けに戻りスヤスヤと眠り始めた。
ツンデレの上に気分屋過ぎるなんてなんて面倒な猫だ。
気になって擦られた自分の太ももを手で触る。
ねっちょりと何かで湿っていて糸を引いているのが暗くても分かった。
(ひっ……。)
亜美の時を思い出して悲鳴が出てしまう。
ここ最近何かと度が強すぎる。
それを鼻へ持っていこうとしたが……。
(まずいまずい……。)
その腕をもう片方の手で引き止め、その指を彼女の肩に擦る。
「なに?」
ジト目でこちらに振り向くや否や、突然肝の座った声で問いかけられる。
ビクッと体を震わせて驚いてしまう。
「いや何でも……。」
「ウトウトしてんだからやめなさいよぉ……。」
彼女はそう言って背中を向けて眠ってしまう。
(ウトウトでこれかよ……。)
呆れながらその日は俺も眠りについた。
「へっ?」
ふと目を覚ますと朝日が差し込んでいる……気がする。
視界は暗い。顔が何かに埋もれてちょっと息苦しい。
顔を離そうとしても、頭の後ろから誰かに腕でがっしりと抱き締められている。
(これ……。)
更に埋もれている何かはとても柔らかい。
間違いない。愛美の胸だ。
「へへっ。」
俺は悪巧みをする。寝ているならば多少のことは問題ない。
(柔らかいおっぱいしてるだろ? こいつ寝てるんだぜ。)
両手を下から伸ばして彼女の胸を下から掴む。
みっちりと手に沈む弾力。
やはり顔や背中から触れるのとは違う。
「おい。」
圧のあるこもった声にビクッと驚く。
「あ。」
一瞬だった。
左肩を後ろから足で挟まれ、左手を両手で掴まれる。
あとは手を思いっきり引っ張られるだけ。
「いだだだだ……!」
技をキメられながらも思った。
彼女の視点からだと、寝起きの機嫌が悪い時に胸に顔を埋められ下から揉まれたという風に見えるのだろう。
「いやいやお前から抱き着いてきたんじゃん……!」
彼女の技の動きが止まった。
「だとしても揉んだ……!」
「すみませんでした……。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます