第10話 ~客観的視点~
「大丈夫だったかい?」
「ええ、まあ……。」
黒髪の成人男性が玄関から愛美と鈴を迎える。
鈴は微妙だったという雰囲気で答えた。
「…………。」
愛美は何を喋ったらいいのか分からず目を逸らしている。
「愛理奈が夜食を残しておいてくれたけど食べるかい?」
「た、食べます!」
鈴は空気を悪くしないためにも、前向きな返事をした。
「愛美……さんは?」
成人男性……伯父に当たる存在である、天崎
彼は未だに愛美との距離を掴めずにさん付けになってしまう。
「部屋で……食べさせてほしい。」
「わ、分かった。二人ともお風呂は追い焚きし直してあるからね……。」
家族が増えるということは合わせられる人もいれば合わない人もいる。
そんな気まずさが滲み出るやり取りだった。
愛美は一昨日からあまり自己紹介もできず、完全に話しかけるタイミングを見失っていた。
唯一女の子である従妹の愛理奈ともあまり打ち解けられていない。
鈴は乱威智のこともそうだが、愛美のことも心配で仕方なかった……。
(当たりが強く出来ないからきっかけが無いのかな……。)
――翌日――
江戸から帰ってきた後、予想外の事態が起きたということから俺は一日の休みをもらえた。
変わらず学校はあるのだが……。
授業を受けている間に、愛美から電動シャープペンで問われることもなくあっという間に昼休みになった。
「乱威智! 一緒に飯食べようぜ!」
前の席の優太が気軽に話してくれる。
この前のことがあっても、気にせず話してくれる。
本当に良い人だ。
「ああ、もちろん。」
俺としてもせっかくの休みは楽しく過ごしたい。
断る理由なんてなかった。
「じゃ、食堂にいこうぜ。」
然り気無く後ろから三上も話しかけてくれる。
愛美も気になったが、亜依海が彼女と楽しそうに話しているのが見えた。
(俺がもう心配しなくても大丈夫か……。)
俺達は食堂でお互いのことを話しながら昼食を取る。
向かい側の席には優太がいて、その隣には三上が座っている。
ふと話題が尽きた瞬間。
「あ、昨日はあの後大丈夫だったか?」
「あぁ……。大丈夫だ。って言っても信憑性無いかもしんないけど……。」
聞かれた時どう答えようとか色々考えていた癖に、微妙な答えになってしまう。
「乱威智が大丈夫って言うなら、信じるよ。問題なく学校に来てる訳だし、顔色も良さそうだ。」
「そ、そうか?」
自分では顔色なんて気付かなかったけど、旅先でも野宿で寝たり気を失ったりしても銭湯で休んだからだろうか。
本当は我慢してた家族とお風呂も、「先に入るから。」とか姉妹二人に言われたので、「本当はあの時入りたかったけど、人の目とか気まずくなるかなぁとか色々考えてたんだけどなぁ~」と駄々をこねた。
優華が「怪我人だしまあまあ……。」と言ってくれたおかげで存分に楽しめた。
ティアスに現実の時間調整もしてもらったから、0時頃には帰れて昨日はぐっすりと眠れた。
「まあ結構寝たし銭湯で温まったからかなぁ。」
「おお、ゆっくり休めたみたいで良かった。」
三上も安心した口調で食事を続ける。
「臨時? 特別だっけ? あの銀髪の生徒会長さんに任せて良かったよ。」
「え?」
思わず俺は箸をお盆に落としてしまう。
「はぁ……。優太。口ようけ、出てるぞ……。」
「え? うそ?」
「ま、任せてどうしたんだ?」
俺は食い気味で話を聞く。
「え、なんか愛美さん? とかが運ぶよって言ったけど、病院知ってるの? って聞き返されてて……。」
「まじか……。」
嬉しさをご飯と一緒に噛み締める。
「わ、悪いな。気に障ったりしたか?」
「いや、むしろ嬉しいよ。」
本当に嬉しくて涙が出そうだった。
結衣からも俺に一歩踏み出してくれている。
俺の誠心誠意さを少しずつ、彼女の本心を引き出せる状況で伝えればきっと元通りになれる。
それが分かったからだ。
「笑った……。」
「あぁ。」
「え?」
俺は最初何のことか分からなかった。
「いや、笑ってたよ! ほんとに嬉しかったんだな。良かったぁ……。」
優太は安心したのか朗らかな表情で背もたれに寄っ掛かる。
「お前の口ようけもたまには役に立つんだな。」
三上も彼に対し感心している。
どうやら俺は笑ってたらしい。
「その人となんかあったのか?」
回りくどい形ではあるが、三上にそう訪ねられた。
真剣な表情で。
(見透かされてんなぁこれ……。)
「まああの二人のように、仲間で幼馴染みだけど色々いざこざがあったんだ。」
俺も負けじと誤魔化すような返答をする。
あながち間違っちゃいない。
でも学友に対してこういう対応をするのは、俺としても結構苦しい。
恋人だなんて言ったら、意識させてしまう。
相手としては好意のつもりが、余計彼女から遠ざけられる可能性だってある。
一番中間を取ってもらえる未来に補助してもらうのが安定だ。それに頼りきる訳にはいかないが。
結衣はとても押し引きが難しい。
「どした?」
優太がのれんをくぐるかのように顔を覗かせてこちらを訪ねる。
「なんでもないぞ。」
俺は結衣を気にしていない。俺は結衣を気にしていない。俺は結衣を――
「気にしているな~」
「ゴホッ!ゲホッゴホッ!」
唐突にジーニズが喋るので、落ち着くために飲んでいた水でむせてしまう。
「え、今誰か喋った?」
「そうかぁ~?」
周りを見渡して驚く優太に対して、こちらを向きながら不敵な笑みを浮かべる三上。
(何で今!)
『僕が場を柔らかくしてあげたんだ。感謝してほしいよ。』
頭の中に直接ジーニズの声が聞こえる。
これを使えるってことは少し余裕が出てきたのかもしれない。
「乱威智は今何か聞こえなかったか? すごい声真似してそうな声がめっちゃ近くから……」
「誰がダ――」
背もたれにかけていた刀の袋を持ち上げて、妖刀村正をチラリと見せる。
「あーこいつ喋るんだよ。」
俺のカミングアウトで、ジーニズの優太に対するツッコミを潰してやる。
「すげぇな……。」
優太は圧巻していて、ジーニズも満更でもなさそうだ。
「じゃあこの人に聞けば銀髪の人との関係性が分かると。」
三上はどうやらとんでもない勘違いをしているようだ。
「いや違――」
即座に否定しようとしたが……。
「そういうこと。乱威智のこーんなこともあーんなことも知ってるね。」
ジーニズの個性的な声の前では俺の声など掻き消されて当然だった。
「え? 経験人数とか?」
(は、はい?)
突然の優太の発言に俺達は黙ってしまう。
「優太、口ようけでも聞いていいことと悪いことがあるんだぞ?」
三上が苦虫を噛み潰した顔で、彼の肩を掴み注意をする。
俺は冷静な思考を張り巡らせる。
いきなり経験人数とか聞く人に、鈴のサッカーの練習を任せて良いのか?
断固、そんな玉遊びは俺が監視して阻止しなければならない。
「なあ優太。今日から鈴とあそこで練習だっけ?」
「あーそうだけど……。」
俺は優太の興味の持ちそうな話題に逸らして気を引く。
「俺も休憩がてら見に行くよ。」
「まじか! やったぜ! 俺のすごいところ見せてやるからな!」
(俺のスゴイトコロ……? スゴイトコロ……? スゴイトコロ……? スゴイ――)
「大丈夫かー?」
「大丈夫。」
三上に声かけをされ、手を振られているが気持ちはしっかりと持っている。
でもそれだけじゃなく、彼らのサッカーチームとのいざこざについて考えていたらあっという間に放課後で……。
あっという間に土手の坂にあるベンチに座り、土手の下にあるグラウンドを三上と眺めていた。
「ハッ! 俺は今まで何を!?」
「普通に下校中も喋ってたろ。」
全く意識が無かった訳じゃないけど、ふと考え込んでいた時間から現実に戻った。
「そんなに心配なのかー?」
「いや、そういう訳じゃないけど……申し訳ないことしたなって。」
考え込んでいた正体は罪悪感。
そんなことで壊れる位ならと思ってしまったりもするが、未練がなければ彼らもわざわざ優太に突っかかったりしなかっただろう。
「すぐに戻るよ。というかあの葵さんとはどうなったの? 昨日はなんか雰囲気違ってたけど。」
三上はそれを一言で済ませてしまうと、優華との関係が気になるのかそれを聞いてきた。
間近で見ていたから何となくアイコンタクトとかで気付かれたのかもしれない。
そこまで来ると隠すのも野暮だろう。
彼女の性格をサッカーコーチという立場で知っているなら、別にこれに関しては悪いことも起こる気はしない。
「仲直りしたよ。」
「それなら良かった良かった。」
簡潔に答えると、彼は一言だけであの時のことを問い詰めるようなことはしなかった。
「話したことあるのか?」
「まああるけど……。」
「あるけど?」
嫌な予感はしたけど問い続けてみる。
「正直、微妙な空気間になるだけだったぜ。」
(まあそうだろうな……。)
勘の良い彼でも探る限度があるのは分かっているだろうし、それも聞けないとなると彼女からの問いを答えるだけだ。それだけ。
「でも、亜依海がやってるバンド仲間の幼馴染みが、あの人をしばらく泊めてくれてたらしいんだ。」
「え。」
俺は言葉を詰まらせてしまう。
それが彼女の言った距離を置かなければならない人物なら……。
「どんな人なんだ?」
「お、俺も別クラスだしそこまで詳しくは知らないよ? でも強くて思いやりがあって優しいやつらしい。」
(強くて思いやりがあって優しいか……。)
確かに優華なら相性が合いそうな友達だ。
彼女は優しい強がりでどうしても自己犠牲をしてしまう。
だからそれを自然に甘えさせてくれる未来は、彼女にとって必須だった。
「そっか。なら良かった。」
「え、良いのか? 未練ありありな感じだったけど。」
三上は意外な表情でそう聞いてくる。
(未練……? もしかして男なのか。)
それは俺にとって逆にホッとするものでもあり、ちょっと怖くなった。
「あいつはいざとなったら逃げられる。俺が嫌で逃げた位だしな。整理が付けば仲直りも出来る。別にもう心配することはない。」
「ならよかったぜ。」
だがグラウンド上はこんな雰囲気の良い会話ではなさそうだ。
「ちょっと! ほんとにこんなことばっかりして意味あんの?」
「当たり前だ! ドリブルはサッカーの基本だ!」
熱血教師と不真面目な生徒。
優太は赤いコーンの近くで、二人目のディフェンスを演じて鈴のドリブルの行く手を阻む。
「いやあれ初日にしては分かんなくないか?」
俺は三上に率直な疑問を投げ掛ける。
「まあお手本はしっかり見てたみたいだし大丈夫なんじゃないか? 実践的なやり方の方が覚えた時に役に立つだろ? 麻雀の四麻で先に練習するみたいに。」
(すんごい例え出してきたな……。)
鈴は優太の動きを真似て、右後ろに半回転すると左側に切り返してボールを弾いてドリブルをしようとする。
彼女の飲み込みの早さはよく知っている。
俺も彼女に空中戦の格闘技を教えたことがあるからだ。
だが弾いたボールは優太に右足でちょこんと突付かれて、他の赤いコーンにぶつかる。
「んん……!」
うまくいかないことに少し眉をひそめる鈴。
「まだ一回目。ドリブルもさっき覚えたばっかりだろ? でも動きは完璧。」
「完璧なのになんで……!」
最初の位置に戻ってくる優太に、鈴は悔しそうに質問する。
「今のは……ちょっと意地悪だったけど、反射神経でボールを止めて切り返すか持ち上げるかどうにかするしかなかった。」
「ぐぅ……!」
教えてないことをしなければ勝てなかったことに不満を覚える鈴。
でも彼女はそんなことでへこたれたりはしない。
だからきっと夢中になってしまうだろう。
「俺もなんか時間忘れてやりたいことやってみたいなぁ……。」
俺はベンチの背もたれに寄っ掛かり、少し空を見上げながらぼやいた。
「麻雀なら教えるぜ!」
三上は笑顔でグッジョブサインをする。
「うーん。でもやってみなきゃ分かんないよなぁ……。」
分からないから面白さは伝わってこないけど、見つけたいなら何でも試してみるしかないのだろう。
「戦いはやっぱ嫌いなのか?」
「嫌いというか……一人で戦うのは、うーん……。」
俺にはジーニズがいる。けど戦闘中は何か危険なことが無ければ話すこともない。
すると一人で戦っている気分になる。
それより仲間と一緒に戦っている方が楽しいに決まっている。
でも今はそれを我慢しなくちゃいけないってのが、更にストレスになっている気がする。
「それってやっぱり、何をするのにも誰かと一緒にいたりってのが楽しいんじゃないか?」
「そうかも……しれない。」
彼の言う通りなら、案外俺は寂しがりなのかもしれない。
「乱威智、突然だけど一日の中で一人の時間ってどれぐらいだ?」
「一日……。特に何もなければ学校以外……? でも戦う時は仲間とは一緒だな。」
「ここに来るまでは?」
「来るまでは……仲間と旅してたから一日のほとんど。」
彼の唐突な質問。
「それだな。」
「え?」
彼に一日の誰かといる時間について指摘されるも、何故なのか分からなかった。
「だってそれって授業時間抜いたらさ、誰かといる自由な時間ってどれくらいだ?」
「自由……。あんまないな。いやでも俺にはジーニズが――」
「その喋る刀のジーニズ君って今はどうしてるの?」
「…………。」
その返答にしばらく沈黙が流れる。
(完全に寝てるなこいつ……。)
「寝てる。」
「いつ起きてるの……?」
「戦闘中か、あとは……。」
「それが断定できないってことはバラバラなんだな。」
返す言葉も無い。
旅をしていく中で、ジーニズの寝てる時間が多くなってきてるのは分かっていた。
でもそれについて聞いても、君が寝てる時間に寝てる。とはぐらかされてしまっていた。
そう言われては確認しようが無い。
生活リズムを崩したり寝不足になってまでそれを確認したら、仲間に迷惑をかけてしまう。
ジーニズを信じる選択肢しかなかった。
「今、乱威智があの二人を見て感じたことは……夢中になれる何かが無いんじゃなくて、その誰かといるリラックスタイムが足りないってことだ。」
彼ははっきりと俺の求めているものを宣言する。
順序立てて説明されたら、そんなの後者の方に実感が湧いてくるだろう。
「数日前まで仲間と旅してたから、突然の変化に耐えられなくなったとか……?」
今思い浮かんだことを聞いてみる。
「あるな。それに突然のホテル暮らしはキツいだろ。」
「そりゃそうか……。」
「あと誰かさんにそれ心配されたか?」
「いや、今日が初め――」
いや、違う。
思い出してみれば昨日の混浴終わり。脱衣場でで聞かれた。
『あ、あんた……。一人で寂しくないの?』と。
愛美は震えた声色で、俺に聞いていた。
俺はホテルの匂いは最高だと言って、無意識に誤魔化していた。
「三上、お前は占い師か何かか?」
「いや数学苦手だが。」
よく彼女と会話せずにそこまで……。
(え、もしかしてまた攻略済みパターン?)
「あと龍生でいいよ。」
「あっ……。」
(やべぇ……。母親の名前と似てるから呼びづらいとか絶対に言えねぇ……。)
「ん? 誰かの名前呼びと被るとかか? なら――」
「いや、問題ない。龍生。」
不自然過ぎる名前呼びに彼は笑っている。
「お? 変に呼び慣れてないねぇ。」
見透かされたからかいに困り果てる。
「まあ、アテ? とやらがどうにかなるまで、亜依海の家にでも泊めさせてもらったら――」
「いやいやいや。知り合ったばっかの異性一つ屋根の下は流石にヤバい。」
「まあ愛美ちゃんは黙ってなさそうだな。」
そのちゃん呼びもやめておいた方が良い。とは言わなかった。
言わないでおくことで面白いことも起きる。
――夜――
「何、故、ど、う、し、て~」
「し、か、た、な、い、じゃ、な、い~」
ホテル内銭湯入り口の待合室。
そこで電動マッサージチェアを使う俺と愛美は、声を振動させながら話していた。
電動マッサージを終えると、彼女は体を伸ばしながら物足りなさそうに呟く。
「もう一風呂浴びようかなぁ……。」
「サウナか?」
俺としてもサウナはよかった。
「あんたと一緒にしないで。あたしは寒い方が好きなの。」
「じゃあなんで?」
躊躇うことなく理由を聞いてみると、何故かそっぽを向かれた。
「あーーー!」
愛美は突然しゃがみ、髪の毛を掻き回しながら唸り始める。
「ど、どうした?」
「あんたのストレスとかトラウマ部分見せられて、鈴にもキレられて……普通でいられるかっつーの……!」
「あ。」
彼女が温泉で漏らした言葉に合点がいく。
(だから心配なんかしてたのか……。)
「神経接続か?」
「そうよ。」
「あー、やばかったか? 俺の暴走状態は。」
然り気無く話題を逸らす。気負っている部分を本人に見られて、その話が出きる訳が無い。
「すぅー……はぁ……。」
愛美からは大きな溜め息を吐かれ、周囲から変な目で見られた。
(え、なになに!?)
突然のことにキョドってしまう。
「部屋で結界張って話すわよ。」
しゃがんだままの彼女は、真剣な表情でこちらを見ている。どうやら状況はかなり把握されているらしい。
結界を張らないと亜美に見られてしまうからだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます