第9話 ~本当の心~
(何で……。)
どうしてここまで想っていたのか。
彼がジーニズを手にした四年前。
強くなる弟に嫉妬や愛情が芽生えだした当初の愛美は、彼には結衣がいるからと割り切って弟として向き合うことを決意した。
罪悪感に関しては何となく分かっていた。
冷たい素振りから一緒にいるのが辛いのかと感じ、自分から距離を置く時もあった。
でも愛美を特別扱いするほど強いものだとは思わなかった。
『あんたいつか、足元掬われるわよ』
優華から言われた言葉がようやく分かった。
二刀を次々と避ける身のこなしを魅せる愛美は思考が止まっていたが、ハッとあることに気付く。
(あの方法なら……。)
愛美は上下左右に同時に流れる刀を、ジャンプしたりしゃがんだり体を反らして避けながら二人に声をかけた。
「あれ切るの協力して!!」
「分かったわ!!」
鈴はノータイムで返事をする。
「どうするんだ。」
「それを今から考えるんじゃない。」
「考えも無しに返事するな……。」
攻防一体をサポートしながら二人は考える。
「恐らく彼はあの戦い方に慣れていない。」
「なんで?」
「骨の根を見てみろ。切ってと言われたのに様子が変わってから使う素振りもない。」
「じゃあチャンスは気付かれない一回だけ……。」
正直二人じゃあれを一発で切断するのは難しい。
時を操っても遠距離魔法を使っても、神に等しい力を持つ愛美を押している乱威智の骨根を一発で……。
「あっ、策を練ればいけるかもしれない。」
何かを思い付いた鈴は小声でやり取りをし始めた。
愛美は二刀の隙のない猛撃を躱すだけで、カウンターする余裕もなかった。
(冷静に……。あたしはそうなるって決めたんだ……。)
亡くなった焔の為にも、仲間を一人とて失う訳にはいかない。勿論自分だって死ぬ訳にはいかない。
だが乱威智の攻撃は緩むこと無く続く。
突き技からの払いも爪具を使って受け流す。
(やっぱり根を切らないと……。)
「変わって!!」
髪ゴムを緩めた鈴が愛美を押し退けるような形で乱威智のヘイトを買う。
「バ、バカ……! へ?」
乱威智は鈴へ攻撃を仕向けるも、時を操る能力で自分を加速させあり得ない速さで避けていく。
まるで次の地点へ瞬間移動するかのように。
乱威智は変わったことに気が付いていない。
鈴がツインテールを緩め、ストレートヘアに見せているからだ。
考えてみれば瞳の色も同じ琥珀色。
暴れまわって自我を失いかけている彼には分からないだろう。
愛美の目の前に手を差し伸べられる。
彼女はその手を拳でコツンと合わせる。
「協力しなさい。」
「望むところだ。」
愛美は弓を変形させ、剣の形にして右手に持つ。
治樹は両手を彼女の剣に添えて魔力を送る。
変形した弓はしっかりとした西洋の剣へと変化し、青い水を纏った。
そこに愛美は左手を当て、雷の輪っかを纏う。
「きっとあいつ切るだけじゃ再生する。」
「じゃあどうするんだ?」
「属性変換であいつの属性を乗っ取る。」
愛美は対策について話すと、治樹の顔は険しいものになる。
愛美は乱威智と一卵性の双子だ。
その事からもう片方の属性を膨大な量使うと属性ごと入れ替わってしまう。髪色や体の色素も入れ替わる。
その影響が出る確率は約一万分の一。
前例は約一万件のうち一つしかなかった。
「危険だ。ブラックホールでも作る気か?」
「よく分かるじゃない。」
「やめろ。」
「嫌よ。あたしなら出来るから。」
「はぁ……。」
出来るからと言われて出来なかったことなんてほとんど無かった。
でもそれと代償に彼女は寿命や片目を失ってきた。
神に近い力を振るい、それを最大限引き出すということはそういうことだ。
剣を纏う水は綺麗な造形を作り出し、雷は安定した形を保ち始める。
「生きていればどうにでもなる。あいつの言った話なんだけど何か引っ掛からない?」
「まだ隠し事を……?」
「かもね。」
彼女は吐き捨てるかのような台詞を吐くと、乱威智の元に駆け出した。
愛美は乱威智の背後に付くと、電磁波で急ブレーキをかける。
剣を一回転させて、何本かに分裂していた骨根を断ち切った。
彼が後ろを振り返った時には誰もおらず、正目に向き直った時……。
愛美が衝撃に備える為に足を大きく開き、両手を上下で合わせて黒い球体を作り出している。
彼女の髪がふわりと浮き、赤い電撃を周囲に纏う。
雷を帯びていた右目は緑色のオーラを纏い、赤い眼球が光る。
髪色も毛先が金髪から赤色へと変化していく。
いつの間にかもう片目も赤く輝いている。
球体は黒から紫色、群青色を取り込み始める。
彼女の背中から黒い電撃の翼が二つ生える。
だが、その溢れ出た翼を愛美は気合いを入れて背中にしまい直す。
すると……黒い球体が二つ現れる。
乱威智は根を再生しながら、こちらに向かってくる。
治樹がバリアを張りながら彼女の背中に右手を添える。
周囲に赤い雷が龍のように暴れ始める。
それも押さえて球体を増やし……。
乱威智が寸前まで近付いた時。
約六つの球体がドス黒い光線を放った。
それは乱威智を貫き、結界の端まで叩き付けた。
骨根も粉のように消える。
「やったの……?」
愛美のその言葉に答えるかのように、彼はゆっくりと立ち上がる。
体の穴からは白い光の粒子が舞っている。
愛美は赤い髪色に、乱威智は金色の髪色へと完全に変化していた。
「ゴボッ……!」
二人は同時に血を吐き、愛美は片手を地面に突く。
乱威智は両膝を突いて四つん這いになっている。
「お姉ちゃん! 何してるの!?」
「だい、じょうぶ……! 寿命は減らない。」
自分の神経の繋がりを断ち切り、もう一度繋ぎ直すなんて無理なことをしなければ問題ない。
「そうじゃないよ!」
鈴は両手を添えようとするも、愛美は残った力でその手をゆっくりと払う。
「あいつまで、元に戻っちゃう……。」
元に戻ればまたあの繰り返し。
愛美は闇属性を扱うのもお手のものだが、慣れない光属性を植え付けられた乱威智は普段のように体はうまく動かない。
愛美の赤くなった髪色は段々と毛先から黒く染まり、同様の白髪の症状が乱威智にも現れ始めた。
制限時間は五分。だけど乱威智が膨大な闇属性能力を再び使うまで数十秒と無いだろう。
愛美はゆっくりと体勢を立て直すと片手で口元の血を拭う。
再び駆け出し、黒い炎を纏った両爪具を乱威智の眼前で振りかぶる。
琥珀色の眼光がチラリと見えた瞬間、左手の白い雷刀で受け止められる。
片手で受け止められるはずも無く、衝撃は大きく乱威智の方へ片寄る。
だが、左手に潜む黒い雷刀を見逃さなかった。
それが本質とばかりに膨大なオーラを秘めている。
(まずい……!)
左爪具を剣先に合わせようとするも間に合わない。
愛美の心臓を真っ直ぐに狙う黒雷刀。
「ごめんね……。」
「諦めてんじゃないわよッ!!」
間に入った水色髪の親友が、乱威智の顔面に右拳を喰らわせる。
乱威智は吹っ飛び、彼女の右手で属性変換そのものが分解された!
彼の髪色や属性全てが夢から覚めたかのように一瞬で戻った。
愛美はゆっくりと元の金髪へと戻っていく。
ポカンとした愛美はその場に尻餅を突いてしまう。
「ちょ、大丈夫?」
数秒、優華が助けてくれたんだという認識まで時間がかかった。
「だい、じょばない……。」
涙を流す愛美は残り少ない力で優華に抱き着いた。
そのまま二人は倒れ込む。
「ごめん……。」
「な、何……? どしたの?」
「辛いのに酷いこと言っちゃって……。」
「いいわよ。それくらい……。」
優華は愛美の髪を優しく撫でる。
撫で下ろした瞬間。
「いったッ!!」
静電気が彼女の手に走る。
「なんなのよもう……。」
「ごめん……。」
愛美はもう一度謝る。
「別に良いわよ。」
「違う。」
「今度は何……?」
くどいと言わんばかりに優華は呆れている。
「漏らしちゃった……。」
「サイアク……。」
顔を逸らした優華は、そのままおでこを片手で押さえた。
その後……。意識を取り戻した俺達は、寝不足アピールをする治樹さんを現実世界へ見送った。
帰る前に江戸の銭湯で一風呂浴びてから帰ることになったのだが……。
「なんで混浴なの?」
愛美が不満そうに湯船に浸かりながらD位はあるそこそこ大きな胸を隠す。
人は数人いるが、おばあさんやおじいさんばかり。
「街のいくつかはそういうもんなの。」
優華は隠すつもりもなく、堂々と湯船に肩まで浸かっていた。
Eはあるほどの大きな胸が少しだけ浮いている。
公共の場で恥も外聞も無い。
「お前は……まあいいや。」
俺は優華のその姿を見てそのことを指摘しようとしたがやめた。
「何よ。恥も外聞も無いって言いたいの?」
「いや別に。そんなに気にならん。」
「まあそうね……。」
喧嘩しそうな二人だったが、急に愛美を見て塩らしくなった。
「しょ、しょうがないよ……!」
鈴が愛美を庇おうとして目の前に移動するも、それは返って誰もが認めてしまうことになる。
「だ、だって出ちゃったんだもん……。」
愛美は開き直る。確かに昔からだから仕方ないことではある。
「ホラーの次は自分の静電気ねぇ……。」
優華はぼそりと愛美に対してのいじりを呟く。
「何か言った?」
圧のかかった愛美の声を遮るように、俺は鈴に率直な意見を伝える。
「そういや鈴、 またでかくなったな。」
A+からB-に上方修正。
『ゴンッ!!』
容赦ない拳骨とグリグリで頭を湯船に沈められた。
対抗しようと鈴の脇をくすぐる。
「さ、ささ触った……!」
鈴は顔を真っ赤にして優華の元へ寄る。
「あんま大きな声出さない。くすぐっただけでしょ。」
かなり軽すぎる見方だ。こいつに痴漢なんてあってないようなものなのかもしれないと時々思う。
「なんでそっちの毛があるのがほんとキモいんだけど……。」
愛美は引いた顔でこちらを見る。
「鈴に限る。」
「その方がキモいわやめろ。」
愛美に見下されている。
目と目を合わせる。
簡略化された蛇と蛙の睨み合いが続く。
「はははっ……! さっきの二人と全然違う睨み合いで笑える……!」
優華に笑われている。
愛美は笑う優華に気を取られた瞬間。
俺は愛美の脇腹をくすぐろうとした。
『がし!』
『がし!』
両手を優華と鈴に掴まれて押さえられる。
「ここはダメよ多分。」
「ここではまずいよ。」
二人のその言葉で察した。
「おっ、そ、そうだな……。」
「えっ?」
愛美はポカンとこちらを覗いている。
最高の眺めだったことは、とりあえず脳裏に焼き付けた。
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