第8話 ~歪な偶然~
緑色に変化した龍に追い付く愛美。
龍の目の前に立ちはだかり制止する。
「何用だ……。」
龍は言葉を喋り、愛美にそう問い掛ける。
「どうしてあの娘から能力は取り上げてあたし達は無視するのよ。」
「触らぬ神に祟り無し。」
龍は顔を逸らしまたどこかに行こうとする。
「あんたが星から逃げた理由がよく分かるわね。」
愛美の一言に龍は再び顔を向ける。
「星に戻す理由は何だ?」
龍もこちらの考えを考慮しているのか、単刀直入に聞いてくる。
「竜という能力の万物を生み出したのは神。それを悪用しようとする奴がいるからよ。」
「そんなものねじ伏せられる。」
龍は真っ向から否定する。
「じゃあそれが神にも邪神にも抗えない、能力を違う形で生み出した神性だったら?」
「ヘビ好きは嫌いだ。」
「そんな見た目してるのによく言えるわね……」
愛美が小さく呟くと……。
「何か言ったか?」
龍が目元のしわを寄せ睨み付ける。
「悪かったわね。でも、その侵食のせいで星の人間と竜は洗脳されて、あんた達は逃げてきた。正直未来の人間からすると手間がかかるけど、良かったわ。」
「良い……? そもそもどうしてその洗脳が解けて、お前達は無事でいられる?」
過去のことを整理すると、龍は疑問を抱き食い付き始めた。
「そうね……。ヒーローでもいたんじゃない?」
「どうやって……。」
「それより前に、星が安全になれば狙われるのはあんた達って訳。」
愛美は未来のことはうまくはぐらかし、やるべきことを伝えようとする。
「言っておくが、王族の言うことは聞かん。」
「悪かったわね……。」
「貴様は悪くないが、もう少し態度があるだろ。」
愛美は龍の言葉に気圧される。
(何であたしが……。)
彼女は不満に思いながら、空中で膝を突いて頭を下げる。
(最悪……!)
屈辱しかなかった。けど謝らなければ、話は前に進まない。
「もういい……。私こそ……。」
龍は申し訳なくなったのか、態度が変わる。
「いい。それより、これからあんたが無事に星に帰れる方法を教えるからしっかり覚えなさい。」
乱威智が星に還させるということはもう出来ない。
ならば、暗黒時代を回避して自力で帰らせるしかない。
愛美は暗黒時代が明けるのが300年程後だということを教え、いつ地球を出ていつ星に帰らなければならないのかを伝えた。
未来が多少変わってしまうが、そこはティアスにも確認を取り大幅な変化が無いことを確認した。
今回はうまく解決したが、毎回そうなるとは限らない。
(本当にアイツ一人で……。)
一方その頃、街の中心部では……。
「
亜美がそう叫び、二刀を連続で振ると透明な衝撃波が繰り出される。
俺はそれを避け、一瞬で間合いを詰める。
右後方から峰打ちで首筋を狙うが、彼女は背を向けたまま妖刀村正を背中に回す。
見事に攻撃を受け止められた。
俺は先程やられた姿を隠す回転居合い斬りを放った。
それも赤い刀で受け止められてしまう。
「バレバレ。」
彼女は背中にあった妖刀村正を縦に振り下ろす。
頭に触れる寸前、鞘で受け流して次の攻撃へと移る。
「ッ!?」
二刀を刀と鞘で巻き込み彼女の腕を引き寄せてバランスを崩しながら、右足で跳び回し蹴りのフェイントをする。
背中を逸らして躱そうとしている。
俺は左足で彼女の両足を蹴る。
バランスを崩されて宙を舞う彼女。
瓦に転びそうになるが、二刀が引っ掛かったままで上半身が浮いたままだ。
彼女は無言のまま、こちらの刀を軸に側面宙返りをした。
宙返りの途中で止まり、空中で逆立ちした瞬間……視界が封じられる。
宙返りの途中から俺の方へ倒れ込み、肩車の形になるように肩へ足を挟んできた。
首筋に湿った皮膚が触れる。
(ひぃっ……!)
途端に上を向いたせいで、浴衣の裾で視界が封じられたのだ。
そのままがっしりと太ももで頭を挟まれ……。
「ほら、覚悟しろッ!」
彼女は俺の頭を固定したまま、後ろへ宙返りする。
(地面に叩きつけるつもりか……。)
そこから隙を狙うという算段だろう。だが、一歩も引くわけにはいかない。
刀と鞘を瓦に突き刺し、俺も後方へ宙返りして彼女の頭を太ももで挟み、半分硬いモノを押し当てる。
「うぐっ……!?」
彼女が動揺した隙を狙った。決してやましい気持ちではない。
刀と鞘を持つ手を軸に、腕に力を入れて宙返りを前方向に変える。
そして彼女が元いた瓦に彼女の背中を叩きつける。
「え?」
彼女は俺の袴を噛んで咥えたまま、ブリッジをすると……足で瓦を破壊して家屋に落下した。
彼女はブリッジ後の遠心力で俺の頭上が地面に来るように前回転した。
俺は仰向けで寝ていたはずなのに顎の力で270度も人を振り回すなんて……。
更にまた太ももで俺の頭を挟み視界を封じる。
「んぶっ!?」
湿った皮膚が口に当たり、しょっぱくて甘酸っぱい匂いがする。
「ひゃっ……!?」
意外と可愛い声で鳴くも足を挟む力は弱まらない。
彼女はまだ俺の袴を噛んだままだ……。
この体勢は……非常に卑猥な体勢だ。
でもそんなこと気にしてられない。
落下した俺は民家の床に頭を叩きつけられそうになるが、当てずっぽうで左手の鞘を地面に突き立てる。
そして俺は袴目掛けて、右手の妖刀村正で峰打ちをする。
「うぐっ……!」
彼女の首にヒットした。足を挟む力が弱まる。
袴を噛んでいたのも離し、彼女は床に落下しそうになる。
だが、彼女は切り返しに俺の腹部に二刀を突き刺してきた……!
「ぐッ!?」
(強情な……!)
仕返しに彼女の腹部か服を噛もうとするも、うまくいかず小さなでっぱりを噛んでしまう。
「あぅぅぅ……!!」
動物のような鳴き声が聞こえた瞬間、温かい水飛沫が顔にかかる。
(え?しっこ?)
アンモニア臭はない。生臭い匂いと甘い味がした。
二刀は腹から引き抜かれ宙へ舞い、彼女は突然倒れる。
「え、何何!?」
俺も驚いてしまう。態勢を立て直すため、地面に着地して彼女から距離を取る。
毒か何かと警戒した俺は、ぺっぺと口に含んだ物を吐き出す。
彼女は床で痙攣している。
覇気も消え、目の色も元に戻っている。
というか……目が逝ってる。ラリってる……?
「な、なにしてんの?」
率直に聞いてしまう。
「はぁはぁ……。て、てめぇ……!」
彼女は怒った様子でふらふらと立ち上がる。
また覇気を徐々に取り戻そうとしているが、赤いオーラや目の色の変色は点滅している。
俺は顔についた液体を手で触って嗅ぐ。
「嗅ぐな変態!」
「あっ……。」
(えっ、コイツもしかして……。こんな緊迫した状況下で……。)
「いやいやどっちがだよ。いきなり押し当てるか? 普通。てか何で穿いてないの?」
俺も驚きすぎて彼女を煽っている余裕もなかった。
「あたしだって穿きたいわよ!!」
彼女は恥ずかしそうに浴衣の裾を押さえ、大きな声で答える。
「え?」
(コイツの意思とは別?)
「穿いたら燃えちゃう呪い?」
「ち、違うわよ!」
今のところそうとしか考えられない。
「ともかく、不死身が欲しいならお前には無理だ。」
俺はハッキリと彼女の狙いを打ち破る。
「何で!?」
「そもそも貰い物だからだ。」
本当は特殊なことすれば、相手にも伝染させられる。
でもそんなこと仲間にすら教えるつもりは毛頭無い。
「そう……。」
彼女は落ち込んだ顔色をする。
「強くなりたいのか助けたいやつがいるのか知らんが諦めろ。もっと別の成功法を……。」
「つまんな……。」
「は?」
「んな嘘通じる訳ねぇっつのッ!!」
彼女の一突きが俺の心臓を貫く。
カウンターで催眠攻撃を彼女の首にしそうになる。
(…………!)
やらなきゃいけないことなのに。自分が叶えたい仲間との幸せが邪魔をする。
すぐに蘇生しない。数秒彼女に刺されたままだ。
(まずいっ!)
俺は戦闘の緊張感で、カウントの回数をすっかり忘れていた。
もたれ掛かった彼女に伝えなきゃいけないことを伝える。
「逃げろッ……!」
「は?」
しかも今までとは違う。心臓にドバドバと力が流れてくることに気付く。
(ヤバッ……!)
赤い血に紛れた黒い刀身。妖刀村正だ。
「あれ? 生き返らない……?」
彼女も異変を察して刀を引き抜こうとする。
「あ、あれ……!? 抜けない!! 何したのよあんたッ!!」
七回のカウントが溜まれば毎回、乱威智の力が異常なほどパワーアップする。
これをジーニズは、第二覚醒と呼んでいる。
生き返る行為自体が覚醒。だから第二。
幾度となくこの第二覚醒を繰り返したが、その覚醒はムラがあり、ジーニズは第二覚醒や第いくつという値でそれを数えてきた。
自我を失った時もある。だからこそ俺の側にはいつも鈴がいた。
残った意識で刺された妖刀村正を両手で掴む。
「グァぁッ!!」
最後の力でその刀を抜き捨てる。
胸を両手で押さえる。痛みさえも忘れる位苦しい。
理性や意識ももう限界に近い。
刀が抜けずに尻餅を着く亜美。
「な、なによこれ……。し、知らないわよ……。」
彼女もカウントなどという単語を盗み聞いただけじゃ、こんなことになるなんて分からないだろう。
鼓動があり得ない位早くなる。
「はや、く……!!」
必死に逃げるように伝える。
「……ッ!?」
彼女は何かに恐れるような表情をした後、ホールに逃げた。
俺の意識はそこで途切れた。
――同時刻、家屋の外――
乱威智と女侍の家屋に入ろうとした愛美と鈴。
突然。黒い透明なオーラが風となって吹き抜ける。
「えっ!?」
鈴は突然のことに驚くが、愛美は表情を歪める。
「離れて!! 死ぬわよッ!!」
愛美は通りにいる人間達に大声で叫ぶ。
だが、住民は何て言ったの? と言わんばかりに皆きょとんとしている。
火事になった家は鈴が元通りに時を戻したおかげで直ったが、火事に巻き込まれた人の手当てや野次馬でそれが聞こえる状況では無かった。
「危機感が無いわね……!」
ぼそっと愛美が呟く。
皆先程の空中戦を放浪人同士の喧嘩と思っているのだろう。
龍に関しても覚えていないようだった。
「鈴、戻せる?」
続けて愛美が鈴に問うも様子がおかしい。
「お兄ちゃんじゃ……無い。」
呆然と力の変容に驚いているようだ。
「鈴。」
愛美が鈴の頬を両手で包み、顔を引き寄せる。
「お願い……。もうこんなお願い、したくなかったけど……。」
愛美は焔のことで鈴に頭を下げてまで、散々能力を使うように頼んできた。
だから、いざという時は彼女のしなきゃ後悔することを支える。そう決めていた。
鈴にもその真剣の表情に写る思いが伝わってきたのか、意識を取り戻す。
「わ、わかった!」
鈴は両手を屋敷に添え、肩幅に足を開く。
チリンチリンと髪留めの普段は鳴らない鈴が鳴る。
ツインテールがゆらゆらと波打つ。
青白い光の波が鈴の手から放たれ、家を丸々包む。
丸々包んだその波は波動に蠢き、球体の形になる。
異様な力の根元である乱威智に焦点を当て、その球体は縮んでいく。
だが、力が強すぎるのか何かに掻き消されているようで……操る感覚には程遠い。
球体は跳ね除けられ、縮めることが出来ない。
「な、なんで……?」
今まで戻せない物なんて無かった。
目を瞑り、何度も波動の球体を縮めるも元に戻ってしまう。
「やっぱりか……。」
愛美は何かを知っているかのような口振りで、鈴を制止させる。
「えっ、お姉ちゃん?」
「大丈夫、任せて。」
「何するの?」
鈴は強めな口調に変わる。
その時、家が一瞬にして溶けて液体になった。
液体は更に蒸発して消えていく……。
「あっ……!」
中に乱威智がぽつりと立っている。
姿も変わらずオーラも放たれていない。
力が空気へと変わり、漏れるほど溢れだしている。
彼の目が見える。黒い眼球にエメラルドグリーンの猫目。
更に刃のような骨が背中を突き破って現れると地面を突き刺した。
「ヤバいわ……。」
彼は体から出た骨で、自身の体と地球のエネルギー脈……地脈を結合させたのだろう。
竜が星に住む上で自然に吸っているはずのエネルギー。それを奪おうとしている。
でもそれを奪うには地脈に繋げただけではダメだ。
地脈よりももっと下にある竜脈というものを探らなくてはいけない。
「落とし前付けなきゃね……。」
その前に何としてでも断ち切らなくてはならない。
普段使われないエネルギーを奪えば、この星の生態系バランスを崩す可能性もある。
過去が変われば未来も変わる。
鈴に世界ごと巻き戻してもらうというもしもの策もあるが、今の彼にはそれが効かない。
もし巻き戻しても……彼は無限にエネルギーを蓄積し続けることになる。
死なずに、力を奪う妨害をして、体力を消耗するのを待つしかない。
愛美は折り畳み式の弓を取り出し弓の形に変形させる。
弓を天に構えると、雷の矢を天に放つ。
「お姉ちゃん……。危険なことはダメだよ。」
鈴はゆっくりとその場から離れる。
愛美は左目の黒い眼帯を外し、天を見上げながら話した。
「そうも言ってられないけど……アイツ自身と傍観者ズラしてる人達次第ね。」
愛美の話が終わると共に、雨雲からバァン! と雷鳴が鳴る。
それを追うように一筋の雷が彼女の左目に直撃する。
乱威智の意識がそちらに向いたのか、愛美の方を見る。
帯電した愛美は青や紫の電撃を纏う。
住人はそれを見て驚いている。
ホールを介して、紫色の髪の白衣を着た青年が現れる。彼は愛美の後ろに立ち、結界を張った。
結界で異常な物は周りから見えなくなったのな、住人はきょとんとしている。
「一時的な物だが。後は未来に頼むんだな。」
「充分よ。」
愛美と乱威智は駆け出すと、拳と拳を激突させる。
衝撃波が周囲の結界の表面を揺らした。
「単純で助かるわ。」
愛美の拳の先からデジタル化された青い魔方陣が現れ、青いオーラが乱威智の体に溶け込む。
バワーアップしているのであれば、パワーをダウンさせることが先決だ。
近代の複雑な仕組みであれば、古風の呪いを駆使した物は対応し辛いはず。
そのデバフのおかげが乱威智の体の動きが鈍る。
だが……彼の後方数メートルの地面から鋭利な刃物のような骨が現れ、根のように姿を歪ませてこちらに斬りかかる。
しゃがんでそれを躱す。
愛美の裾の中に折り畳んでいた爪具が手の甲を覆い、乱威智の腹を貫こうとした時……。
突然、乱威智の腹に不気味な穴が空き腕を飲み込もうとしていた。
(!?)
愛美は寸前で腕を切り返し、フェイントで済ませると右側に体を逸らして距離を取った。
(攻撃してこない……?)
逃げようとする愛美を追い討ちすることも可能だったはずだ。
でも彼は無表情のまま、授け物を貰うかのような手振りで片手を天に向ける。
彼の掌にリンゴが現れた。
「何する気……?」
思考が全く読めない。普段の彼とは全く違う、人型をした神性を相手にしているような気分だ。
彼はリンゴを口に持っていく。
「待ちなさいッ!!」
彼が持つ物がリンゴである必要性はない。
シュプ=ニグラスの手によって数々の絶対能力者を生み出した、禁断の果実である形である必要はないのだ……。
彼は口元でリンゴを止める。
「あんた、意思があるわね?」
愛美の問い掛けを無視し、乱威智はリンゴをかじる。
無表情のまま。
彼の体に赤いドットのオーラが溢れ出す。かじったリンゴもデータとなって消えていった。
「…………!」
挑発なのか? ただのデバフを掻き消す為だけの行為か?
リンゴの形にしたのは故意であれば意思がある。
そういう物が存在するのであれば偶然。
どちらかということ。
(でも……何故攻撃を止めたの? 見せつけるため?)
要らない思考が頭の中で飛び交う。
そしてその後も彼はこうやって様子を見ている。
愛美に一つの考えが過った。
力を節約しているのではないか?
でも愛美が彼の拳を受け止められる存在であることは最初に分かったはず。
そんな相手に力を惜しむようなことをするのか?
愛美は距離を置いたまま、彼を円で囲うようにゆっくりと横に歩く。
ともかく今は致命傷を負うこと無く、彼の背中から出ているあの
あれが彼を過信させている訳なのかもしれない。
恐らく骨根は地面から
竜が力を使う源は、星から自然に奪い蓄積したエネルギー。
彼はそれを骨根で代用し、神経細胞で能力を使う人の身でありながら力を奪い続けている。
今までの第二覚醒以降の暴れ回る彼の様子とは丸っきり違う。
それを痛いほど気付いているのは、少し離れた場所から見守る鈴だった。
「何なの……? 今までと全然違う。」
「妖刀村正を持っていた彼女は逃げ仰せた。あれだけ激情していたのに。」
紫髪の青年、華剛治樹は鈴に話しかける。
「導いてるつもり?」
「君のそういうところが仲間を傷付ける。敵にだけにしておけ。」
鈴は冷たく接したが、空気が読めないと言わんばかりに彼に否定された。
鈴はムッとした顔で愛美と乱威智の方を向く。
「どうやら暴走はしているのに、完璧かのように能力を使いこなし、頭の回転も良い。」
「どうすればいいの?」
治樹の状況整理から、鈴は仕方なく指示を仰ぐ。
「何が効くと思う? 煽りとかではない。僕は彼の弱点について未だに分からない。」
「分かるでしょ。兄貴が一番早く反応する理由なんて一つしかないわよ。」
彼の問いに対し、鈴はある答えを決めつけている。
「そうか? 君なら大好きな人間と親だったらどちらを取る?」
「…………何で私に聞くのよ。」
「恐らくそれは第二優先というやつだ。」
人の話など聞かずに、答えへと突き進める。
「現に今の彼に精神論が効くかも分からない。むしろこうなってから出してきたというこたはハッタリだと思われる可能性も――」
「もういい。」
鈴は拳と拳を合わせて気合いを入れる。
治樹はそれを見るなり、地面に両手を当てる。
一方愛美は足を止める。
睨み合いと沈黙が数秒続いた。
緊迫した空気が、永遠と感じてしまうほど長く感じる。
駆け出した愛美は左拳を振りかぶると、その拳に黒い雷撃を纏う。
彼の顔面に当たると思われた拳は、呆気なく彼の右腕で外側に逸らされる。
そこから勢いを反転させた、右足の上段回し蹴りを彼の頭へ繰り出す。
今度は雷を纏ってない。
彼は右手でその足を引き寄せるように掴む。
状況がひっくり返ったと思うその瞬間、愛美がニヤリと笑う。
彼が素手で触れたことに意味があった。
愛美は
戦いの刹那、神経系から探った彼の脳電波からいくつかの感情が流れ込んできた。
『許してくれ……。俺が殺したんだ……。俺が見殺しにした……。』
(!?)
『もういいや。』
諦めの感情と共に流れてきたのは……
亡くなった焔、透香の兄の勇馬、未来の最初の夫に対する罪悪感。
そしてその人の為に泣いた愛美や透香や未来に対する強い罪悪感。
自分の嫌悪感を感じさせる間もなく、吐きそうな程その感情は強かった。
そして愛美に対しては特に強かった。
大好きな人に嫌わせてしまった。
優華や結衣に対するトラウマも次々と流れ込んでくる。
目を見開いた二人は神経接触が遮断されると同時に、掴まれた彼の手も離された。
足が放り投げられた愛美は、空中で横になる。
うつ伏せに回転した瞬間腹部に鈍痛が走る。
乱威智の拳が腹にめり込むと同時に、激痛が走る。
「うぐッ……!!」
(やばっ……)
生理の激痛から、バタンと地面に落ちる。
その時、スズの音が鳴り響いた。
時が止まり、愛美の体の時間だけが遡る。意識は変わらぬまま。
空中で回転した状態の愛美に再度拳が振り上げられるが、寝っ転がるように体を回転させて拳を避ける。
足を開脚し、右手を突いて地面に着地する。
上を見上げると……二つの刀を振り下ろそうとする赤い瞳の乱威智。
悲しみ故の怒り。愛美にだけはそれがすぐ分かった。
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