第14話 ~一刀一閃~
夕方四時五十分。
指定の座標は雨柳東公園近くの土手。
鈴や優太が使うグラウンドだった。
土日だから練習していないとタカをくくっていたが……。
「まずいな……。」
鈴はともかく優太やベンチに座る三上一般人を巻き込むのは危険だ。
俺は真剣勝負のつもりでも、奴は何を考えているか分からない。
「おー! 乱威智も来たのか!」
いち早く気付いた優太がこちらに手を振っている。
俺は急いで土手下まで跳び、優太の近くに行く。
「悪い、今日の今だけここ使わせてもらっていいか?」
ギリギリまで剣技の練習をしていたから息も上がってしまっていた。
「え……別にいいけど、どうしたんだ? そんな焦って――」
『ドンッ!』
グラウンド後方で地面に何かが着地する音が聞こえる。
(見てるからか……!)
「鈴! グループ見てないのか?」
グループチャットにはあの後、智奈喜が亜美とあの座標の位置を教えてくれていたのに。
「…………。」
黙って下を向いている。
「無視すんな。」
亜美の声と共に奴の妖刀村正が矢のように投げられる。
振り返り様に抜刀し、鞘と刀で挟んで掴む。
「なあ、俺から一つ良い提案がある。」
「…………。」
反応が無く無視しているようだ。
「能力を使わない剣技だけの勝負。負けた方は勝った方の要求を飲み込む。」
「は?」
眉を潜め、気に入らないと言わんばかりの表情をする。
亜美は足を開いてしゃがみ、居合い斬りの体勢を取り、左腰の自刀の柄に手を添える。
柄を握らず親指と他の指の間を60度程開いている。
(抜刀術か……。)
俺も鞘を左手に持ち、刀身をしまう。
腰を落として、アキレス腱を深く伸ばす。
速さは互角。ならば姿勢を極限まで落として空気抵抗も落とすしかない。
美しさなんて気にすることが出来ない命のやり取り。
その覇気に優太は土手上まで鈴の手を握り走っていった。
奴は目を見開き、俺は目を閉じる。
亜美の方から刀の引き抜く音がした。
俺はその合図と共に居合い斬りと見せかけて走り出す。
奴は居合い斬りを銃弾の様な速さで放ってくる。
俺は接触寸前のタイミングで下から抜刀して刀身を斬り上げる。
だが合わせた刃物の音は甲高い接触音ではなく研ぐような鋭い音。
どうせこちらの手打ちはバレている。
受け流すことも分かっていた。
奴も右利き。ならば居合いを左手で打つことになる。
止められて左手で受け流すなら俺から見て右手側は移動しにくい。
だから俺は左手で鞘を抜いて左から攻撃すればいいて。
目を開け、見えた奴の頭部目掛けて振りかざす。
奴は軽々とそれすらも体を反らしてかわし、そのまま後ろ宙返りをしていた。
回り奴の姿から一筋の光が見える。
それは居合い斬りの刀身から放たれる赤い反射光だった……!
刀と鞘を背中にクロスさせて受け止める。
衝撃なんか大きいに決まっている。
だから俺もそのまま後ろ宙返りをしてクロスさせた刀で受け流そうとする。
だが早く動きすぎた。
奴は居合いを途中で止め、刺突を十回ほど腹部に繰り出してくる。
刺される痛みに耐え、逆さまのまま足を曲げる。宙を蹴って空気抵抗も極限まで落とす。
俺は逆さまのまま、曲げた膝で宙を後ろに蹴り続ける。それに合わせて腕先の細かい斬り裂きを何度も繰り返す。
全てを刀で受け止めてはいるが、一つだけでは受け流すことができないようだ。
その状態のまま奴を十メートル程押し続ける。
剣技を受け止めるのは感覚だ。
逆さまのままではその感覚も多少は狂う。
それを狙った。
「嘘じゃねぇかッ!!」
奴は逆上の声を上げたと思いきや、大きく刀身を押し返す。
「辻――」
また奴の姿が目の前から消えた。
目を閉じる。
風と気配と匂い。
右から回転斬り。それを刀で弾く。
更に後ろから回転斬り。それも体を捻り刀で弾く。
奴の気配が完全に消えた。
その感覚に覚えがある。
上から来る強風。
(どっちだ!?)
上からか下からか10メートル以上の距離を置いた攻撃。
目を開ける――
その時には地面の轟音も聞こえ、天には影が見える。
両方だった。
刃先と刃先を合わせる串刺しにする剣術だった。
急いで反応し体を横に逸らして刀をその刃先同士のところに当てる。
ビクともしない。
それを利用し、その接点からの跳ね返される力に空気抵抗を上下させた。
結果俺は十メートル程後ろに飛び、刃先で地面を叩いて体勢を戻し着地した。
腹部の傷はとっくに塞がっている。
確かにこれは平等な勝負じゃない。
奴はまた居合い斬りの体勢を取っている。
(またか……!)
と思いきや姿を消した。
ひらひらと舞う沢山の布。
「…………!?」
薄いピンクの小さい赤リボンが付いたパンツが沢山舞っている。
いきなり目の前に出現した彼女の居合い斬り。
それを刀と鞘で受け止める。
先程と違って居合い斬りの力が弱い。
「な、何事……?」
彼女の顔を見ると赤面したまま目を合わさない。
キッと睨み付けてくる。
桜とパンツを間違えたのだろう。色も似ている。
どうやら緊張が足りていないようだ。
「今回の俺は本気だ。」
舐められていることに気分が悪い。
「あれ? 怒っちゃった?」
奴は苦笑いしながらこちらを煽る余裕すらあるようだ。
鞘を腰に納め、刀の柄を両手を掴む。
「おーおー。あたしに気遣ってくれたの?」
奴は構えることもなく、首をかしげている。
右上から左下に斬りかかる。
後ろに避けられる。
「それだけ? だったら笑え――」
足を踏み込み続け、刺突と斜めの斬り裂きや上下や左右の切り裂きを十連続で繰り出す。
首をかしげたり後ろや全てを避けられる。
「おっそ。まず剣術ってのは――」
速さのペースを限界まで上げ、九十九の剣技を行おうとした。
一秒間に四回。
一に斬り裂き、二にその切り裂いた場所から突き裂き、三に刀を引き刺突、四にその場所から右回転斬り。
奴は全てを避けることが難しく、刀で受け止める。
だが三秒目以降、少しずつ間に合わなくなってくる。
「ちょっ……!」
十秒目以降、段々と受け止めが甘くなり、二つの攻撃を一つの動きで受け止めるようになってきた。
「まてッ!!」
十四秒目以降、奴の服と肌に初めて切り傷を入れる。
「いたッ……!」
二十一秒目以降、奴は四連攻撃を全て捌けなくなった。
「やめッ……。」
二十五秒目三連目の刺突で彼女の目前で止める。
彼女の体は切り傷だらけ。服もところどころはだけている。
だが顔には傷一つ付いていない。
よく見れば綺麗な顔付きをしている。
「…………。」
綺麗な顔付きの彼女は黙ってしまった。
刀を引き、話しかける。
「もう終わりか? あれだけ速い刺突が出来るなら捌け切ると思ったんだが。」
俺は八つの剣術を学んだ剣術オタク。捌けたのではと聞いてみても……反応が無く突っ立っている。
編み出した物以外で、実際に恩師に習った剣術は……
竜宮ノ
千ノ
先程の九十九ノ
千ノ刀は大昔の初代が編み出した物らしいが、千個もあるのでそれ以降誰も覚えられていないものが多い。
思い出してみてもあの場所の道場は一際広かった。
俺が習得したのは千ノ刀の速に過ぎない。
他にも千ノ剣・重、鈍、刻、断があり、それぞれ大剣、打撃剣、双剣、剣に対応したものだ。
これだけ考え事をしても突っ立っているなんて、スタイルに余程自信がありショックだったのだろうか?
「わ、悪い……。モデルにでもなりたかったのか?」
瞬間、彼女は歯を食い縛り、鬼の形相で睨み付ける。
(少しは本気になってくれたか?)
俺は鞘を抜き、刀でゴールネットの方向を指す。
「村正持ってこいよ。本当の速さ教えてやる。」
顎で指図をした。奴はそれに従う以外選択肢が無いだろう。
「ええ、付き合ってやるわ。」
彼女は動く際に一瞬もたついた。
だが、歩みを止めることはない。
妖刀村正は刃物とは信じられないほど切れ味が高い。
だから独特な痛みを発するのだが……彼女はそれも分かっているようだった。
次第に走り出し、ゴール手前の地面に刺さった妖刀村正を抜いた。
俺と同等かそれ以上かそれ以下かなんて分からない。
だが、彼女が簡単にへこたれるような人間じゃないということは分かる。
彼女はこちらを振り向きながら、赤い刀を右手に、妖刀村正を左手に持っている。
彼女は二刀を下ろして刀身を合わせる。
赤い火花が散らし、腰を落として独特な構えをしている。
俺も腰を落とす。
刀と鞘をハの字に構える。
先に動き出したのは奴だった。
赤い気配が背後からする。
奴の姿は先程の場所にもうない。
振り返ると奴が影から現れた。右側面をこちらに見せ、空中から右手の村正で薙ぎ払いをしようとしている。
その薙ぎ払われる村正を俺も村正で受け止める。
それを軸に奴は赤い刀を左手で振り上げる。
俺は村正を傾けて内側に受け流し、左回転する。
一回転し左手の鞘の左回転斬りを奴の背中に当てようとする。
勿論奴は振り上げていた赤い刀を背中に添えて受け止めようとする。
俺は鞘を寸止めして逆回転し、奴の
だが、奴は膝を曲げてそれを回避する。
その瞬間、奴が両腕を振り上げるのが見えた。
直ぐ様に刀と鞘を交差して前に掲げ、攻撃を受け止める。
『カァァァン!!』
力強い金属音が鳴り響く。
そこからだった。奴の太刀筋が二重人格のようにチンピラから喧嘩屋に豹変した。
重い一撃が肘にまで響く。
二刀同時かと思いよく見てみると、左手の村正だけ。
奴は右手の赤い刀を大きく振りかぶる。
(こいつまさか……。)
妖刀村正を手にしてからこの始末。
前回、火事の中で会った時も言葉の選び方や態度が強かった。
そう思いつつも赤い刀と村正の連撃を受け止める。
一撃一撃がとにかく重い。
これじゃ押されるだけで何も仕掛けられない。
左手の鞘を引き俺の村正で奴の村正を受け流す。
先程と同じように左回転し、右側へ距離を取ろうとしたが、それでも奴は追撃してくるだろう。
予想通り、背後を向けて横目でみれば奴も背後をこちらに向けて同じ体勢を取っている。
横目と横目と睨み合い、鞘と奴の赤い刀の回転斬りが重なる。
『パァン!!』
今まで以上の金属音と火花が散った。
そして離れない刀身同士で押し付け合う。
だが、俺は反動の力を活かして距離を置いた。
空気抵抗を上げて後方にブレーキをかけ、すぐに駆け出す。
一秒間に二回攻撃を目安に、斜めの振り下ろしや斬り上げや水平斬りをランダムに行う。
千ノ刀・速、五十ノ二斬
流し斬り等の斬撃のみを用いた五十連撃技
二の次は三。
一秒間に三回攻撃へと増やした直後、奴は村正だけでそれを受け流す。
赤い刀の全身を乗せた水平振り回し斬りを攻撃の最中に当ててきた。
間違いない。前回反対側の瓦まで叩き飛ばされたのはこれだ。
直ぐに頭を回転させる。
しゃがんで避けながら刀と鞘を重ねて、受け止めていたはずの一撃を右へ受け流す。
だったらこちらも同じ手を使うまでだ。
うちの王家の
二刀重ね。
その名の通り、二刀や刀と鞘を水平に重ねて威力を増すやり方。
一見普通に重ねただけだが、これも抜刀術だ。同じ速さで出来なければ意味がない。
今でもたまに星へ帰っているのは、力をつけた状態で王家の技を皆伝するためでもある。
勿論術を全て皆伝したなんて一言も言ってない。
今出来るものを取捨選択し、一部分を習得したに過ぎない。
奴が振り流した反動で赤い刀が間に合わないのは分かっている。
奴の左手の村正は振り上げられているが腕が交差した状態じゃ下まで振り下ろせない。
半端に振り上げた村正を二刀重ねの斬り上げで弾く。
振り上げた時のジャンプ力で奴の肩上へと登る。
反動状態の赤い刀を下から斬り上げた。
それでも彼女は刀から手を離さない。
結果赤い刀は俺の力に押し流され、奴の目の前の空を縦に斬り裂く。刃先は地面に突き刺さる。
簡単に抜ける訳が無く戸惑っているようだ。
奴は村正で攻撃を受け流すかして、赤い刀が抜けるまでの時間を稼がなくてはならない。
その前に決着をつけてやる。
村正の刃の方向を逆にして、峰打ちに変える。
スピードは先程の攻撃から落とさない。
そのまま千ノ刀・速、五十ノ四斬へとスピードアップさせる。
いくら妖刀に取り憑かれていようが、片手では捌き切れないのは分かっている。
秒速四回、残り四十五回の峰打ち二刀重ねを繰り出す。
勿論最初は全て見切るか受け流される。
無我夢中で持ち前のスタミナが尽きるまで叩く。
おかしい。
奴の体に当たる鈍い感覚が一度もしない。
風を斬るか、鉄同士を擦り合わせる音がするだけ。
攻撃方向もランダムのはずなのに。
一つ考えられるのは、村正の精神影響によるリズム感覚の上昇。
二十四回かそこらで切り上げ、五メートル程距離を取る。
多少息は乱れているがすぐに戻せる。
「お前……食われるぞ。」
妖刀を人が使えば人の魂を食らう。
言い伝えにあるソレは、噂が本当に出来る自己暗示や必ず勝てる自信過剰、切れ味や安値ブランド品の快楽物質によるものだとジーニズが説明してくれた。
奴は赤い刀を抜きこちらへ差し向けながら答える。
「あんたこそ。ソイツの加護無しで正常でいられるの?」
「使い慣れてるからな。」
適当な言葉で誤魔化す。
「力の流れでバレバレ。そういう油断にコイツは入り込んでくる。」
呆れた表情でこちらを一瞥すると、自身の村正を持ち上げて見つめる。
「そもそも、今まで傷一つ付けて来なかったのに、村正のみで浅い切り口。欲が出てるわよ。」
奴はこちらを挑発するような口振りで続ける。
「だったら……!」
俺は村正を地面に突き刺し手元から離す。
「おいおい、あんたが二刀使えって言ったのに……。」
俺らしくない。挑発に乗せられた。
「じゃあ遠慮無く……!」
奴はそう告げると姿を消す。
今度は赤い彼岸花が散る。
「彼岸ッ!!」
背中に激痛が走る。
縦の斬り下げで背中を斬られたようだ。
次の一撃は鞘で受け止める。
十字になるように受け止めたはずだが、重い。
奴は二刀を重ねていた。
全然押し返せない。
背中の痛みが全く引かない。血がボタボタと流れ落ちる。
「あれあれ? 傷塞がらないねぇ?」
そのまま受け止めきれず肩に奴の二刀が食い込む。
「そこまでよ。」
鈴が横から制裁に入ってくる。
結局鈴には、俺の心の迷いも全て見抜かされていたのだろう。
俺を嫌うこと無く付いてきたのが、功を成したのか仇と成したのか……。
「守られてるガキが何の用だ。」
奴もここまで来たら本気なのか引き下がらない。
鈴は右手をかざし、水色のガラスのような防壁を作る。
「おいッ!」
奴は怒鳴るも鈴は動じず、右手をかざし続ける。
「あんたを幼少期まで戻してもいいけど。」
鈴の言葉と同時に亜美の体を水色の球体が包み込む。
「はぁ、参ったわ。帰る帰る。」
彼女は降参の言葉と共に二刀を腰の鞘に納める。
彼女の目の色も茶色に戻り、魚の死んだ目で俺を見下す。
「随分雑魚いお兄ちゃんに世界の命運かけられたわね。」
本当に気に入らない。
鈴が手をかざすのをやめると、亜美は黒いホールを開けて帰っていく。
俺は痛みに耐えて立ち上がり、地面に刺した村正を手にする。
幻影でも見ていたのか、嘘のように傷は塞がっていく。
「星に帰って、見てもらおう。」
鈴はしゃがみ続ける俺の肩に触れ、そう言葉をかける。
「わかった……。」
握り拳を震わせながら、こう答えることしか出来なかった。
俺は彼女に能力無しでは勝てなかった。その悔しさと不安が心をぐちゃぐちゃにする。
嘘だと思いたかった。
ここ数日ジーニズが話さないこと。
優華が降りたあの日以来、能力がうまく使えないこと。
極めつけに村正に触れていないと傷が治らないこと。
俺は今、不死身になれるかどうかも怪しい。
これから回復がどうなるのかも不安だった。
立って見ていた二人は駆け寄っていく。
だが、土手上で買い物袋を落としたまま神門亜依海もそれを見ていた。
彼女は買い物袋を広い、早足でその場を去っていった。
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