第5話 ~ファーストコンタクト~

翌朝、ハッと目が覚めてベッドから上体を起こして隣を見ると……

優華は寝息を立ててぐっすりと眠っている。

「ちゃんと寝てるか……」


彼女を連れて帰ってきて寝せた後、俺も眠気と疲労に耐えられずに隣で眠っていた。

自分の中でもトラウマになっていたのかもしれない。

朝起きたらもういないだなんてことはもう嫌だ。


しっかりと未来の元へ送り出すまで、気が抜けない。

でも途中で何度も目覚めていたせいかあまり眠れていない。

「ふぁあ……早く起きすぎたな」


俺は早朝にも関わらず、未来にメッセージを送ることにした。

『優華と会って今までの話を聞いた。姉さんに会って話したい』

送って、ある程度時間が経っていればゆっくり考えてくれるだろう。


スマートフォンがバイブレーションを鳴らす。

着信画面になり、相手の名前を見ると未来からだった。

「起こしちゃったか……」


急いで部屋の外に出て、電話に出る。

「起こしてすまない」

『今からそっち行くから!』

電話先では、焦った彼女がドタバタと支度をしている音が聞こえる。


「落ち着け、まだ寝てる」

『はぁ……』

何故か溜め息を吐かれる。


『だったら……』

未だに彼女は落ち着いてくれない。俺は彼女自信の現状を察して説得しようとする。

「だったらじゃなくて、子供達は――」

「それでも行かなくちゃいけないの。逆に、乱威智だったらどうする?」

後悔していた俺は、そういう言われ方をすると弱い。


「気を付けてくれよ」

『分かってる』

ただでさえ彼女は、ジーニズのような形で大きな力に取り憑かれて、重荷を抱えている状態だ。


その後、部屋番号を教えると彼女から電話を切られた。

部屋に戻り、まだ眠る優華を見守ることにした。



三十分もしないうちに彼女はやってきた。

赤いショートヘア。左側にちょんと跳ねたアホ毛。

服装は黒いTシャツに黒いカーディガン。そして紺色のジーンズスカート。

(わざわざ着替えてまで来なくても……)


ドアもそーっと開け、音を立てないように近寄ってくる。


「幸樹には?」

俺は率直な質問をする。

「悪いから書き置きを残した」

幸樹とは彼女の夫且つ、俺の唯一の男の幼馴染み……華剛かごう幸樹のことだ。


(そういやクラス違かったけど……大丈夫だったかな)

そんなことを思いながら未来のジト目を見つめていた。


「無理しすぎ」

「へ?」

彼女と目が合い、不機嫌な様子で注意された。

すっとんきょうな声が出てしまう。


「クマ」

自分の目元を指差される。

「しかも顔色もよくない」

「俺はどう――いややらなきゃならないんだ」

吐きかけた弱音を強気に変え、目を逸らす。

この瞬間が何よりも辛い。


「でもこの借りはしっかり返すから。帰りは良いこと起こるかもね」

「??」

彼女はいたずらに笑いながら励ましの言葉をかけてくる。


「ぽかんとしてないで寝てていいよ」

「え、だって俺が伝えるのを手伝うって……」

「はぁ……好きにしなさい」

彼女は呆れた口調で返すと、優華の側によって手を握る。

俺はその優華の寝てる横で背を向けて目を閉じる。

(まあ一安心か……)


彼女が起きるまで待つつもりが、俺はいつの間にか深い眠りについていた。



「ん……」

目覚ましが鳴っている。スマホのアラームが……

「!?」

ハッとして目が覚め、上体を起こす。

朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。

隣を見ると……誰もいない。


「やったか……」

頭を抱え、彼女との約束を守れなかったことを悔いる。


スマートフォンを取り、時間を確認する。

写った時間は七時五十分。

設定していたアラーム時刻は七時……

「は、はは……ハハハ」

苦笑いを隠せない。


「やっと起きたな」

ベッドに立て掛けた刀……ジーニズが話しかけてくる。


「はぁ……」

「なんで起こさなかったかは自分の体に聞くしかないな?」

ジーニズは煽り口調で話しかけてくる。ニヤニヤ笑みを溢しているのが話し方から分かる。


「まだ間に合う」

朝食は諦め、コンビニで買ったパンを食べながら用意をして学校へ向かう。

方法は勿論……


「な、なぁ……こんな屋根を跳んで学校に向かうとか、バレたらまずくないか?」

まさかジーニズから慎重な意見を聞くことになるとは思わなかった。


「みてないみてない」

そう余裕をこいていたら……目先の電柱の上に、金髪ロングヘアの見慣れた人物がいるではありませんか。


愛美だった。彼女は道端を見ている。

(待ち合わせか? 制服姿なのに何やってんだよ……)

ちなみに雨柳高の女子制服は黒いセーラー服に白の線、黒のミニスカートというものだった。


「…………」

「…………」

俺が屋根に着地するなり後ろを振り向いてくる。慌てて見つからないように彼女の後ろへ回り込み……


「ア゛ア゛アアアア……」

ジーニズはノリが良い。彼は霊が言いそうな呻き声をうまく鳴らす。


宙に浮いたまんまで通り際だったが、うまくいったようだ。

見事に彼女はピクリと震える。


俺とジーニズはニヤニヤと笑う。

昨日の生理で当たられたお返しがまだだったので……

ふと冷静になる。

(あっ……ヤバっ)


彼女は震えながら下腹部を両手で押さえてしゃがみこむ。

屋根に戻った俺は……

(やっべぇ……絶対待ち合わせなのに……ヤバイヤバイ……)


「だ、大丈夫か?」

フラフラする彼女を何とか屋根の方まで引いてきて様子を伺う。


「鈴に、チクってやる……」

震えて涙を堪えながら答える彼女。普段とは全く違う弱々しくて女の子らしい声色で驚いてしまう。


「わ、悪かった……誰と待ち合わせしてたんだ?」

「同じクラスの……女子の友達……」

(俺は何やってんだぁ……!)

彼女のこの星に来て唯一の友達? そんな人との待ち合わせを俺は台無しにしてしまった。


「しょ、正直に話そう……!」

「絶対引かれるっ……!」

彼女は泣きながら俺にもたれ掛かる。


「だ、大丈夫大丈夫。多分皆来てる。だから貸してくれるだろ。多分……」

俺は適当に彼女を丸め込む。


「バッ、バカ! そんな貸してなんて頼める訳ないでしょ!」

彼女は反論してくる。そりゃ昨日今日知り合った友達にいきなり頼める内容ではない。


「だ、だったら長い付き合いの幼馴染みに頼みに行くか?」

俺としてはこの罪悪感をどうにかしたい。そして遅刻するのではないかという考えが離れない。


「そ、それもそれで……」

「だろ? だったらお前が許した優しい人間に頼むのが妥当だと思うんだ……!」

俺はうまく丸め込もうとする。


「あっ、ちょっと……お腹痛い」

そんな話を余所に彼女は腹部を手で押さえてふらついている。

「とりあえず降りるか」

俺は彼女を素早く抱えて地面に着地する。

「あっ……! 振動がっ!」

「だ、大丈夫か?」


「あれまー」

目の前から声をかけられる。

(見られ……た?)

「…………」

俺の思考が止まり、ボーっとしていると……


目の前にいるのは茶髪ロングヘアーの女の子。

彼女は俺が抱えている愛美を見るなり、目を丸くする。

「あれ? 愛美ちゃん具合悪いの?」

「悪い……トイレ貸して……!」

「でも学校が……しょーがない! さあさあ早く、入って!」

彼女に案内されるがまま、俺は愛美を抱えてそこそこ立派な一軒家に入った。


愛美をトイレまで運び、トイレの外で彼女を待つ。

「ちょ、ちょっと……さ、さ三枚くらい……も、も……もらっても」

(緊張し過ぎか……!)

「? よく分かんないけどいいよー」


そして俺は初対面の女の子とトイレの前で待つという、全く意味不明な状況へと陥った。

「君って昨日愛美ちゃんと転校してきた……えっと兄だっけ? 弟だっけ?」

彼女は昨日のことを覚えていてくれたらしい。確かに同じクラスだったかもしれない。

「お、弟です。乱威智です」


「そ、そっか……あ、私は御門みかど亜依海あいみ

「御門……?」

(いや聞き間違いじゃない……御門って言ったよな?)

「ど、どうしたの? 珍しい名字だったかな?」

「い、いやそんなことない」

(き、気のせいだろ……こんな近くにいるとは思えない。それにまだ名字だけ……。いや待て、あいみって……そういや優華の奴、言ってなかったか?)


「ど、どうしたの?」

(だ、だとしてもだ! あいつがいない時に、勝手に姉がいましたとか言う訳には……! いやまず優華のことから探ってみるか……)

「ゆ、優華って知ってるか?」

「!? 優華ちゃんと知り合いなの!?」

亜依海は優華の名前を聞いた瞬間、過剰に反応を示す。


「ああ、俺達と同じ……あ」

(まずいな……あいつってそもそも自分が宇宙から来たってこと明かしてるのか?)

「あーー、やっぱり本当だったんだ。宇宙から来たってこと」

彼女は少し悲しそうな表情で答える。

(聞くからに仲良いみたいだし……そりゃそうだよな)

優華が本当のことを彼女に話しているのなら、少しでも同じ立場として仲良くしたかっただろう。


「あーでも……私はそんなことじゃ嫌いにならない。だって私のこと、信じてくれたし……!」

彼女は胸を張り嬉しそうに答える。

ホッとしたというか、胸の中に溜まっていた何かが軽くなった気がした。


「なら、よかった……」

安心して右を向きかけた時、何かが視界に写った。

思い出の写真立てというやつだろう。

幼い女の子二人と父親と母親が笑顔で写っている写真。

胸が痛い。


思い出せば家に入る時、彼女以外のスリッパは無くてわざわざ玄関の戸棚から取り出してくれていた。

女物の靴しか無かったのも不思議だなと思っていた。

彼女が独り身である可能性が高い。


目線を元に戻してバレないようにする。

あくまで俺が、あの亜美という姉にどうこう言える存在ではない。

ここから先は優華のテリトリーだ。触れればまた彼女を傷付ける。


「出てこないな……遅刻確定か」

「あんたのせいよ!」

トイレ越しから声が聞こえてくる。

「悪かったって……」


ハッと思い出す。俺は愛美がいる前で、優華のことに関していきなり亜依海に聞いていた。

(気まずいからってここで聞いたのはまずかったな……)


「ん? あっ……」

彼女は何かを察したのか、いきなり写真立てに手を伸ばす。辛そうな表情で。

伏せようとしているのが分かった。

「待っ……て!」

その腕を掴む。


「ふぇっ……?」

「何に察したのかは知らないけど、検討違いだ……。必ず連れ戻す」

言ってしまった。優華ですら言っていないであろう一言を。

「えっ?」

俺は亜依海の腕を離す。


『ドタン!』

勢いよくトイレのドアが開く。

「何してんの……!」

息を荒げた愛美がトイレから出てくる。


「大丈夫だったのか?」

突然のことに驚きながらも彼女を心配する。

「だ、大丈夫よ……」

視線を逸らした彼女は照れながらそう答える。怒って突っぱねてくるかと思っていた。


「ならよかった。とりあえず、遅刻の電話入れるか」

俺はスマートフォンを取り出してワンタップで未来に電話をかける。

「あ、あんたちょっと……!」

愛美はその相手に気付いたのか不安そうな声を上げる。


『何?』

そんな愛美を余所に、電話越しに未来の声が聞こえる。

「あー未来、愛美が体調悪くしてたから遅刻する」

俺は彼女に一方的に用件を伝える。


『はぁ……伝えとくけど、違う内容なら今度から自分で電話して』

彼女はしょうがないと言わんばかりに答え、電話を切る。

未来は数日前から相談室の先生として同じ学校に勤務している。でもただの相談員ではない。能力関連も専門とした特殊な立ち位置にある。


「ちょ、ちょっと……」

愛美は気まずそうな顔で俯いている。

「仕方ないって。でもこれで少しは近付けるんなら良いじゃないか」

俺は都合の良い解釈をとりあえず並べる。


でも彼女が未来に対してトラウマを抱えて、奥手になっているのは確かだ。


「でも……」

まだ彼女は気難しそうな態度を取る。

「逆に鈴がそうだったとしても、お前は嫌ったりしないだろ?」


「まあ、確かに……」

やっと納得してくれたようだ。

そんな彼女を気にしながら、俺達は急ぎつつ学校に向かった。



彼女が未来にトラウマを抱えることになった原因。

もうかれこれ四年位経つ。あれも入学式の日で同じ時期だった。


その日だけ愛美は登校時に鈴を送っていくことを頼まれていた。

だが目を離した隙に鈴の友達がいじめられっ子にいじめられていた。


それを庇おうとする鈴が能力を使わないように、彼女は二人を庇うも……何故かいじめられっ子にセクハラをされる。十歳前後の子がやるようなものだろう。


だが、彼女は誤って能力を発動してしまう。

更に先祖から受け継いだ神の力も抑えきれず、その能力のコントロールが効かなくなってしまい放電爆発。


軽傷だったが、愛美と鈴は入学式の日だけ入院することになる。

そんな二人を心配して未来はお見舞いに来ていたそうだ。


同時刻にジーニズの兄が病院に刀の姿として現れる。だが彼は愛美に取り憑くはずが、間違えて未来に取り憑いてしまった。


操られた未来は愛美に接触して神の力を取り込もうと目論むも、恐怖心を与えるだけで俺に阻止されてしまう。

見間違えるほどのミスを犯すのだ。術も発動失敗してしまったらしい。


最初は俺も仲間達も愛美が術にかけられてしまったのではないか、よく踊らされた。


だが未来もそのことに申し訳なく思っているだけではなく、自分が取り憑かれていることに前向きに考え始めている。


もし未来があの時、その場にいなかったら……

愛美の圧倒的な力を彼女の口から聞くことも無く、俺達はその力でこの世からいなくなっていたかもしれない……



そんな昔話を思い出しながら、俺は授業中に眠りそうになっている。

目の前のシャープペンが電磁浮遊で勝手に動き、目を見開く。


「!?」

一瞬何が起きてるのか分からなかったが、電磁波が飛んでいるのを見て理解した。

後ろの席にいる愛美が能力で動かしている。


『無理してる?』

その心配の言葉よりも、彼女が遠隔で文字を書けることに目を丸くしてしまう。

俺はまさかと思い、もう一個のシャープペンを取り出して……


『してたとしても倒れないようにはしたい』

わざと長めに答えを書いた。

するとすぐに答えが返ってきた。

『やめてよね。あんたまだ結衣と仲直りしてないんだから』

長めに返ってきた。しっかり見えていることにも驚きだが……


『それでも、やらなきゃならない』

俺の答えはいつだって変わらない。

竜を全てシュプ=ニグラスや豪乱の手に渡さず星に還すこと。

未来からジーニズの兄貴を取り戻し、彼女をそのしがらみから解放してあげること。

今意識すべきことは二つだ。

どうせいくつかに派生していくのは目に見えてるが。


『やらなきゃいけないことあるのに、民間人の味方してて平気なの?』

『平気じゃない』

やはりこうなった。彼女がこうやって回りくどくコンタクトを取ってくるということは、必ず真意がある。


『じゃあなんで?』

『俺から話せば、優華がまたどうなるか分からない』

『いつの間にか勝手に仲直りしてて、そっちの方が意味分からないんだけど?』

こうやって口論のようになるのも分かっていた。

疲れているんだろう。情動的で浅い判断をしてしまった。


『仕方がない。竜との接触で自然に危険が起きれば、あいつが繰り出される。そういう仕組みだったのを俺は知らなかった。』

俺があまりに長い文を書き込んだ為、返答には少し時間がかかった。


『許してくれたの?』

『秘密と今までのことを聞き出した。それだけだ。』

また返事が詰まる。納得したということなのだろうか?


『あの子とはどんな関係?』

『初対面だ』

『このクラスの全員の命がかかってる。答えなさい。』

先生にバレないように、小さな溜め息を鼻でする。


『そんなに確かめたいなら、優華とあの子に聞いてみたらどうだ? 俺はその責任を持たない。ただ任務の邪魔になるならどうにかするだけだ。』

『あの子の家族が邪魔者だったのね?』

即答で返事が返ってくる。余計な一言を言ってしまった。頭を抱えたくなる。


俺が答えなければもうここから発展することはない。

そう思いきや……

『今夜、あたしも行くから。伝えといて。』

(何言ってるんだ! 許可まだ出てないのに!)

問い詰めるなんてバカなことはせず、一歩引いた賢い答えを出してくる。でも流石にそれは許されない。


『まだダメに決まってるだろ!』

『いや? あたしが同行ってことなら軽めなのを任されるかもしれない。あんたの今の体調の悪さなら丁度いいんじゃないの?』

軽はずみで適当だが理に適っている。でも一つだけ問題点がある。


『もう今回の件でイレギュラーが発生するのが分かった。だから――』

『だったらなんで優華はOKであたしは駄目なの? 同じ命を落とす可能性があるでしょ?』

あー言えばこう言う。焦る気持ちは分かるが、優華の力は前とは比べ物にならないほど強くなっている。


『優華の力が段違いなんだ! 物理特化オーバーパワーを持っているだけじゃない。近接もディストラクティブで返せる。隠密の能力もかなり高くて匂いも似せてきてる。前回の竜とも契約して――』

『今のあの子が求めてる生活ってそこなの?』

優華の説明を区切るように、核心的なことを聞かれる。


『もういいんだ。優華は未来に託した。あとはあいつが決めることだ。やめるもやめないも、あいつ次第だ。』

『それでなんであたしは駄目なの? 納得できない!』

目の前の電気を纏ったシャープペンは力を失い、落下する。

俺は机上で音を立てないようにペンをキャッチする。


そもそも優華にはピンチヒッターで入ってもらっただけで、本来あんな危険な悪竜の解放に同行すること自体間違ってる。


今回も今回だ。

もうちょっと自然に危険が及ばないフィールドを用意するとかしてほしい。出来ることならな。


ただ任務があれでも簡単な物を用意されてるのは分かった。竜に対して語りかけが効くし、優華のサポートは手厚いし楽ではあった。

色々と彼女の話を思い出して眠れなかったのは、予想外だったが。



眠いまま授業を受けて放課後まで何とか耐え凌ぎ、俺は真っ直ぐ帰ろうと席を立った。

(やばい……もうキツい)

「だ、大丈夫か?」

前の席にいた優太が立ち上がり、俺の体を支えてくれる。

「ま、まあ帰って寝れば大丈夫だ」


「帰るって家にかい?」

三上までも俺の心配をしてくれる。


「下宿先だ。アテはあるけど、まだ話が付いてないんだ」

こんな時に嫌なことを思い出したくない。

愛美とのこともあるが、色々な部分で心身共に疲れていた。


「それよりもうちょっと休める場所があるよ」

突然声をかけてきた同級生の女子、今朝に出会った神門亜依海。


「別に安い下宿先じゃない」

「いやいや、それで休めてないから辛いんだろ?」

優太も真剣な様子で俺を問い質してくる。


「正直、今すぐ救急車呼んだ方が良いんじゃないかって位の顔色だ」

三上も真剣な顔で俺を説得しようとする。


「そ、そんなかぁ?」

「何か嫌なことでもあったか?」

三上は眉をひそめながら、心配してくれる。

(また見透かされてるのか? 俺は。)


「昨日のこと――」

「解決した。」

彼の続けての問いに、俺は食い気味に答えた。


「まじか……。」

三上と優太は声を揃えて驚いている。


「え、昨日何があったの?」

亜依海は昨日あった優華とのことを知らないようだ。

(他言はしてないんだ……。)


「ほんとに解決したのか?」

三上は俺の両肩を掴んで真剣な表情で聞いてくる。

「仲直りしたよ。コーチさんとは。」

俺がしたのは仲直りというより、罪滅ぼしをしたに近いのかもしれない。


「コーチさんって、あの葵さん?」

「ああ、そうだ。」

半分欠伸をしながら答える。

(早く帰りてぇ……。)


「はいはい、行こうな。」

三上には真意を見透かされたような笑みで腕を引っ張られる。


そのまま校庭まで降りて下校しようとしていた時……。

「ん? 何かやってるのか?」

三上が校庭の様子がおかしいことに気付く。

俺にも何となく分かるが、嫌な予感がする。


校庭の中心を見ると、金髪天パロングヘアー女子と水色髪ポニーテール女子が対峙している。

「ふぅー……はぁ……」

俺は大きな溜め息を吐く。


愛美と優華が揉めているのを見て、俺に飛び火しない訳がない。


「ちょっ……行く気か?」

俺は三上の注意も気にせず前に進む。

だが彼は掴んだ腕を離さず着いてくる。

「良いのか?」

「抑止力になるだろ。」

俺は彼を連れたまま、校庭のど真ん中へと歩き進める。


「何で揉めてる? 大体俺が原因だと思うけど……結衣が来るのも時間の問題だと思うが?」

俺は二人に対して質問を投げ掛ける。

「何でアイツのことを話したの?」

「人質とか卑怯ね」

二人から待っていたと言わんばかりに問い詰めや罵倒を投げ掛けられる。


「教えたんじゃない。亜依海さんとやらに俺の反応でバレた。接触してしまったのはそいつの友達でもあったみたいだからな」

まず愛美のことは無視し、優華に対して弁明をする。


「んで? 何でコイツが知ってるの?」

優華は愛美のことを相当警戒しているようだ。

まあ仕方もない。彼女はカッとなりやすく情に動かされやすい。亜美のことを知ったら余計介入したがるに決まっている。


「コイツってあんた何様よ!」

愛美もその言葉に電撃を纏い、一色触発な雰囲気を見せる。


「落ち着いてくれ。それに関しては悪かった。俺のミスで愛美が間接的に聞けてしまう場所で、対応に当たってしまったからだ」

「はぁ……謝るなら、まあいいわ」

優華の方は俺に非難を飛ばしてくることは無さそうだ。


「と言うより何であたしが作戦に参加できない訳!?」

「そういうすぐに頭に血が上るところも神様に見られてるのよ」

俺が答える前に、優華は彼女に小馬鹿にするような返答をする。警戒以上の念を抱いているようにしか見えない。


「はいはい、そうでしたね。自分のかたきを目の前にしてもビビってるような人には分からないかもね」

愛美も愛美で、怒り狂う訳でもなく煽り散らしてくる。


「ええ、ええ、そうよ。でもまあしょっちゅう股から血溢れさせる程怒ってる人には、殺すことしか頭に無いみたいだし? 別にそんなビビりの私に関わること無いんじゃない? 殺人鬼の神様さん?」

互いに煽り合いが始まる。正直使う言葉の内容からしてとても仲良しには見えない。


「殺人? それに最も関わってるはあなたなんじゃない?」

「どこがよ! どこが……! あんたの方が……! よっぽど……」

煽り合いは遂に優華を傷付ける一言へと変わり、彼女は涙を浮かべる。


「そうやってあんたいつもせこいよね。男の前ではむせび泣いて、女を主張して全部を横取りしようとする。人が積み上げきたもん全部ぶっ壊して! だからあんたは幸せに――」

いつの間にか、二人の間に未来が飛び込んでいることに気付く。


(まずい!)

未来が愛美に振りかざす平手を、俺が腕ごと掴む。


「ひっ……!」

愛美も驚いて手を掲げて顔を隠す。

彼女は震えて怯えている。この姉も人のことなんて言えたもんじゃない。


「力を力でねじ曲げるのはダメだ」

未来に対してここは下がるように止める。


「そうね」

彼女は淡々とした様子でゆっくりと手の力を抜く。


「はぁ……はぁっ……!」

対する愛美は、未来への恐怖感から息切れまで起こしている。


「おい、お前自身が紡ぎ上げてきた守るべき人はどうした? 俺が言えることじゃないけど、あの時のお前はもっと輝いていたと思う」

「そう……?」

彼女はやっと認められたかと震えを止める。

ずっと俺が否定していたから、自信を取り戻すことに無我夢中になっていたんだろう……


「でも、今のお前は焦りすぎだ。お前が強いことなんて主張しなくても誰だって分かってる。だが、この星に来た目的はそうじゃない。分かるだろ?」


この星に来た目的、それはシュプ=ニグラスの被害や二次災害に遭った竜や能力者を助けること。


宇宙では色々な敵を討伐してきたが、今回は違う。

そして未来の呪いを解く為に、愛美と彼女を向き合わせる必要もある。


彼女に今伝えるべき使命も勿論ある。

愛美が宇宙で仲間にした能力者達や、奴の力で能力者にされた地球人も、ここに適応できるように監視するという指示も国から受けている。


「あの子達は……ちゃんと帰したわよ」

「帰したで済むのかよ。あの子らが不祥事を起こすなんて俺も勿論思えない。けど、もしここの人間の行動が引き金でそれが起きてしまったらどうする? 能力を使わなきゃ死んでしまう状況に陥ったらどうする? 俺達の責任どころか俺達の立場が弱くなって他の無関係の仲間に実害を与えることになるんだぞ?」

「…………」

先の先まで見据えた意見に、核心を突かれた彼女は黙ってしまう。


俺達の星の人間は、そんな異能に目覚めた人間を隔離して集まった。

この数千年の歴史の中で、逆に地球へ能力者が送られることなんて無かった。あってはいけなかった。

そんな秩序を奴、シュプ=ニグラスが壊した。

奴が再起不能な間、この星をどうにかするのは代表者である俺達だけだ。


「母さんの顔を背負ってるんだ。俺達しか――」

突然視界が眩み、目が回り始める。

(やばっ……これ……)

俺は無理していたのだろうか……

そのまま視界が暗くなり、意識は途切れた。



明るい光が差し込み、目をゆっくりと開ける。

ぼやけた蛍光灯が目に映る。


「んあ……」

薄い緑のカーテンの隙間から白衣姿の愛美に似た人がいる。

(医者……?)


「ん? 起きたのか……」

「はい」

一応返事をする。どうやら俺は倒れたせいで休める場所? 病院に来てしまったようだ。

もうちょっとアットホームな感じを期待していたのに……


「保険証とか持ってないっすよ……」

「宇宙でもその概念があるのか?」

どうやら彼女……二十代位に見える金髪天パロングヘアーの若い女性は俺達の存在について知っているようだ。


「ありましたけど……何ならそれで結構困りました」

「そりゃそうだろうね。最初にここに運ばれた宇宙人は君が初めてだ」

どうやら俺が初めての宇宙人らしい。だとしたら他の仲間はまだお世話になっていないようだ。


「宇宙人ってことは、能力者は沢山診てきたと?」

「復帰早々頭を使うな。君が倒れた原因は過労だ。主に内面的な方のだが。つまり頭を使いすぎたんだな」

確かに最後らへんも愛美を説得するのに頭を使っていた。


「あまり使いすぎるとプッチンと逝くぞ」

「別に大丈夫ですよ。俺は不死身ですし」

俺はてっきり公表されているのかと思い、平気な理由を答えた。


「ふーん、なるほど。流石は選ばれた人間だということだな。ま、私は君をまだ許してないがね」

「は、はぁ……?」

いつ恨みを買ったのだろうと思ったが、思い当たる節すらない。


「じゃあ君に質問がひとつ。その答えに私が納得したら医療費は差し引いてやろう」

(な、なんて気まぐれなんだ……)


「柚原という名字に覚えは?」

「ゆはら……? え? 華代子先生? おっきくなりましたね……」

故郷の星にいた大人なのにちっちゃい保健の柚原華代子先生を思い出す。金髪ボブヘアで優しそうだったのに……


「違う。私は妹の夏菜子だ」

先程より随分と力のこもった口調だ。

(あっ……)

俺は彼女が怒っている理由を察してしまった。


それもそうだ。

三年前、未来がジーニズの兄に取り憑かれた病院。

そこで彼女が暴走し被害に遭って亡くなったのは彼女の母親に当たる人物だからだ。


「その……すみません。どれくらいまでの話を聞いて……」

「聞くも何も本人が死んでしまっては連絡の取り用がないな」

どんどん彼女は暗い口調へと変わっていく。


「へ……? 死んで……。華代子先生が……?」

先生が死ぬなんてあり得ない。何故なら三月に戻った時、俺は訪ねることを忘れなかった。

先生はいつの間にか自分の家族がいて、幸せそうに暮らしていた。


「だ、だってこの前帰った時はあんな幸せそうに……」

「知らないのか。自分の故郷で暴走した能力者の話も」

俺は未だに現実を受け止められないままだった。


「いやいや、そんな直近で……?」

「ああ、テロリストが集団で民家を襲う事件が多発しているそうでね。革命派の人間だったらしいな」

「…………」

俺は少し考える。ちょっと寝惚けた頭では理解するのが追い付かない。


つまりは、俺達国側の政策に反対した人間が殺したと……?


「俺がまた……」

「別に君が殺したとは言ってない。ただ、間接的に関わっていた人間を、私が信用するに足りるか判断したい」

彼女はパソコンと向き合いながら受け答えをしてくれていたが、こちらに向いて俺の目を見る。

俺も起き上がり、ベッドの上に正座する。


「母さんの件、わざとではないんだよな?」

鋭い瞳で、それは人を疑う嫌悪感そのものだった。

「勿論です。ただ、俺が未来の暴走を……コイツの兄の暴走を抑えきれなかったのは事実です」

俺は自身の刀を指差し、弁明する。


「そうなのか?」

彼女は刀に向かって問い掛ける。

「…………」

「ジーニズ」

黙ったままの彼を注意する。


「兄と僕のことは恨んでもいい。ただ、どうか未来ちゃんだけは恨まないでやってほしい……!」

「別にそれは構わない。もうさっき謝られた」

「そう……ですか」

未来が彼女の存在を知り、そうしなきゃいけないと思ったのだろう。


「君達が良い人達だってことは分かったよ。あ、ちなみにさっきのは嘘だ。安心しろ、姉さんはまだピンピンしてる」

「え、えぇ……」

俺はすっかり信じていたものだから、普通に困惑してしまう。


「過去のことなど忘れていると思って悪戯をした。許してくれ」

「随分とジョークが鋭いな……」

ジーニズも若干引いている。


「でも、そうじゃなければ君も弁明しなかったろ?」

「…………」

図星なのか黙ってしまった……。


「君が精神面で弱いという情報もデータで貰ってる。真実を話せないようなら精神管理は務まらない」

(大人ってやっぱ凄い……)


「でも犠牲になった人は、俺は片時も忘れた事はありませんよ……」

「……そうか」

乱威智が正直に話すと夏菜子はノートパソコン目を逸らした。


「戻ったのは墓参りの為か……?」

彼女はポケットからコーヒー缶を取り出しプルトップを片手で開けながら問いかけた。

「はい。諸悪の根源を潰そうと、俺がやる事は変わりません」


「決意は固いのだな……」


「一つ、相談いいですか」

「何を?」

ここまで話したら俺も出るとこは出る。


「俺は未来と、それに取り憑いたコイツの兄と、コイツの父親、そして父さんを攫ったコイツの母親と決着を着けるためにもここに来てます」

「ここに来てそれを話す理由は?」

先生も真剣な表情で俺の話を聞く。


「無理してでもいち早く竜を治めて、より完全な俺達にならないと……奴を取り出して未来を救うだなんて不可能だからです」

俺はここに来た理由を、明確な意思として伝える。


「タイムリミットがあるのか?」

彼女の言い方は、医師として心配するような口調だった。


「ええ、一人の人間の器に二つの魂なんて危険です……俺ですらこうやってコントロールするのが危うい。毎日悪夢だって見ます。未来だって一つを操ることすら未だにできないから封印処置という形で落ち着いてくれています。今回の原因だって神経細胞関連なんでしょう?」

俺が倒れた理由だって考えてみれば分かってる。

こんな程度のストレスが原因なら俺はとっくに折れてる。


「…………私はそれについても無茶をしてほしくない。だがそれともちょっと違う」

(違う……?)

俺は率直な疑問を抱いた。

今まで故意的に起こす能力暴走で、神経に負担がかかっていたのではないのかと。


「正直、私は今すぐにでも君を入院させたい。君は竜を還す際に記憶を探るそうだな……」

「ええ」


「その記憶の整理はジーニズ君とやらの睡眠が担っている。だが、これから君は……いや君達は突然眠ることが出てくると思う。それがどういうことか分かるか?」


「これからこんな無理を続けていけば……目を覚まさなくなるかもしれない」

「植物……状態……」

俺は自分の置かれてる状況に恐怖した。もし、全てを解決したとしても……


「例え目的まで長くなっても、戦いの間隔を開けること。私から言えるのはそれだけだ。誰に命令されようとも、どんな危険な賭けになろうとしても君の人生は君が決めろ」

夏菜子先生はそう話すと、資料を纏めてノートパソコンを閉じて診察室の後ろへ行ってしまった。


ジーニズは申し訳なさそうに喋り始める。言われる内容は分かっていた。

「すまない。今回の竜との戦闘すら久々だった。僕は大丈夫かなとタカをくくっていたよ。けど、もうここまで――」

「ダメだ……」

俺はそんなの認められない。

「何言って……」


あとちょっとなんだ……

「だったら過去目視ビジョンキャンセラーは無しだ。もう記憶を覗かないで真っ向に――」

「君の精神が壊れる……! 本当の意味で記憶を無くすぞ!」

「それでも、良い……眠り続けるよりかは」

苦肉の選択をしてでも、絶対にあの二人をどうにかしなきゃいけない。

未来達のこれからのためにも……


診察室から出ると病院はもう真っ暗で閉まっていた。

裏口から帰り、俺は次の任務へと向かう。

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