第4話 ~力を狙う者~

 気が付いたら真っ白の空間で目を覚ます。

「うっ……あれ」

(寝てたのか)

 俺が起き上がると……

 数メートル先で優華と、十代前半且つブロンドカラー寄りの金髪ボブヘアの女の子が喋っている。


「だ、誰?」

「私の娘よ」

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえて振り返る。


「あんたか……」

 俺に語った仮の名、ティアス。娘と同じブロンドカラーのロングヘアー。

 髪は整っているが、容姿は顔を隠すレースのようなもので見えない。


 服装も白いワンピースドレスのようなものを親子で着ている。

 彼女は地球の神……というより歴史を導く概念という方が近い。彼女達は千年で次の概念に交代する。


「なぁ、アレを思い出すからやめてくれないかそれ」

「はぁ……どうして千年も生きてきた神にそんなこと言えるのかしら」

 ティアスは渋々レースを取る。

 容姿はとても綺麗な女性。神らしいと言えば神らしいが……


「アイツも整ってたからな」

「人の顔より、ドラゴンのことは心配しないの?」

 呆れ口調で問われる。


「気にはなるが、心配はしていない。優華がいるなら……」

 俺は女の子と楽しそうに話す優華を見る。

 でも本心は、優華自体がその力を得て何をしようとしているのか……そこが心配だった。


「彼女の運命は……幸運だけど残酷ね」

 ティアスは小声で呟く。

 概念と言っても神の力は実在する。それを受け継ぐティアスには分かるのだろう……


「ドラゴンは今、浄化してるわ」

 わざとらしく彼女は話題を変え、明後日の方向を指差す。


 指先の空中に浮いてるのは……大きなエネルギー球体。

 中で何か、青と黒の水流のようなものが流れて蠢いている。


「順調なのか? あれは。俺よく分かんないけど」

「問題が起きなければね」

 彼女の口振りは何かを畏怖しているような感じがして、まだ帰るとは言い出せなかった。


 その行動が正しかったのだと、五分も経たずに気付かされた。

『ビーッ! ビーッ! 侵入者発見! 侵入――侵入者第一防壁突破!』

 空間全体が赤く点滅し、機械の警報アナウンスが流れる。

「はぁ……」

 ティアスは溜め息を吐く。


「なんなんだ!?」

「くそッ」

 優華も小言を吐き捨てる。


 娘とやらも母ティアスの元に駆け寄り、背中に隠れてしまう。

 理解していないのは俺だけのようだ。


「おい――」


『侵入者、第二第三防壁、最終ゲート通過』

 機械アナウンスが早口に警報を大きくさせる。


 次の瞬間、優華の近くの空間に亀裂が入り……割れたて何かが飛び込んできた。

「お邪魔しまァァァす!!」


 飛びかかる姿として見えたのは……橙色の長い髪と赤い着物。そして主張の激しい水色の帯。

 その女らしき人物は赤い刀を振りかざす。

 優華は左手で右方向に叩き流そうとする。


 だがその女は衝突直前に止まり、両手から右手に赤刀せきとうを持ち変えた。居合いの構えを取っている。

 軌道を変えて優華の右側を通り、背後に移動して切り裂く。

「優華ッ!!」

 だがその優華は残像だった。


 再び現れた優華は、女の右腕の上にいた。

 そのまま手の甲に踏み蹴りを入れると、逆方向……女の左側から回し蹴りを放っていた。


 回し蹴りが決まる刹那。

 女は瞬時に右手を刀の柄から離して、ダガー持ちに切り替える。

 左手で左腰の鞘を外して左脇腹に添えた。

(なッ!?)


 回し蹴りが鞘越しの左脇腹に決まる。

「ぐぅッ……!」

 女は苦しそうな表情をするも口角は上がっている。


 ダガー持ちの赤刀を優華の顔目掛けて振っていた。

 だが……優華は上体を逸らして早めに避ける。

(読んでる!?)


 優華は女の脇腹と垂直な体勢になる。

「あ」

 ゼロ距離から放たれるドロッブキックが繰り出される。

 女は五十メートル程飛ばされ、空間の壁に叩きつけられる。


 物理法則を無視した怪力。

 優華は怪力は持っていてもそれほどの力を持ってなかったはず。


『って何でお前近距離攻撃を……』

『後でその経緯、じっくりと話してやるわよ』

 彼女の言葉が本当なら……

物理特化オーバーパワー……」

 未来の持つその力に妊娠する体を奪われた彼女。

 それを軽々しく使っている。


(冷静になれ……!)

 まず女の方を見る。

 年代はほぼ俺達と同じ位に見える。十七歳前後だろう……

 ロングヘアーと二つのお団子。そして長いツインテール。目の色は茶色。

 武器は赤い刀身、黒い鞘と柄の刀。俺の持つ村正と逆の色だ。


 服装ははだけた赤い着物と水色の帯。

 開いた足からはパン……

(いやいやいやいや)

 慌てて目線を彼女の顔に逸らす。無かった……


 そこで彼女と目が合う。

 彼女は、正に股間の前の地面に刀を突き刺す。


「その刀……いくつ宿ってる?」

 彼女は体勢を変えないまま、俺に質問をする。


(隠したいのか見せたいのかどっちなんだこいつ……)

「んじゃあお前はいくつだ?」


「は~~お前はそうやって奪ってきたのか」

「黙れ」

 優華は会話を断ち切り、睨み付ける。


「なんでよぉ~。新入りに挨拶位……」

「晒し首、妹に見せたいの?」

 優華がとんでもない脅し文句を告げる。


 女の目の色が赤色に変わる。

(これがコイツのスイッチ?)

 特定の感情の変化、もしくは一定値を越える能力発動が突然あった時、能力者は目の色を変える。

 それを俺達はスイッチと呼んでいる。


「どこで知った」

 そこには先程のおちょくる様子などなく、迫真で切羽詰まった表情だった。


 優華は一歩ずつ余裕な足取りで近付きながら答える。

「あんたの名字、御門みかどって言うのね」

「誰に聞いた」

 御門の表情は驚きから怒りへと変わっていく。


「あ」

 優華はただ単語を彼女に投げ掛ける。

「あ?」

 先程とは完全に攻守逆転していた。


「あんた」

 優華は女の頭を指差す。


「はっ」

 俺は息を飲む。

(まさか優華は今まで、こんな奴等からもこの星を守るために……竜達と)

 罪の重さがずっしりとのし掛かる。


 逃げてきたのではない。また彼女に背負わせてしまっていた。それにも気付かず……


「あんたが引っかかってどうすんの。あんたの代役なんてできないわ」

 振り返る優華は、俺に呆れた言葉を投げ掛ける。

(コイツ……!)


 優華は御門に視線を戻す。

「そもそもあたしと亜依海ちゃんが知り合いだったらとか考えなかったの?」

 神門は頭を柄に当てて俯いている。


「神門 亜美。素敵な名前じゃない」

「煽ってんのか?」

 神門は再び顔を上げて、今度は刀を掴んで立ち上がる。


「別に。名前位知ってたっていいでしょ」

「あんた……何がしたいのよ」

 二人の噛み合わない会話が続く。


(時間を、稼いでる……?)

 俺も一歩ずつ気付かれないように近付く。


「あんたの考えてることなんてバレバレよ。でもざんねーん。そもそも、私の狙いが違ったら?」

 亜美の話が終わる時、彼女はドラゴンではなく俺を見ていた。


「人間も侮れないな」

 気付いているのならば別に良いだろう。普通に一歩踏み出し、彼女の挑発に乗る。

 足を地面に着けた時、既に彼女は俺へと飛び掛かっていた。獲物を狩る獣のように……


 俺は待っていたと言わんばかりに立体影を作る。

 立体影とは影分身より速く動くことで実体を持つ複製立体像を作ることだ。


 俺自身も立体影となり合計三人の自分が居合いの体勢を取る。


「桜」

 亜美は一言呟く。そんな彼女の周りに一瞬で桜の花びらが散る。


 それに紛れて姿を消した。

(陽動の一種か?)

 だが目の前の舞う桜を見て嫌な光景が頭を過った。

 桜が……花としてはあり得ない程、光沢が乗っていた。


「っ!?」

 俺は直ぐ後方へ移動し、立体影を解除する。

 張り巡らされた刃物の花びらの中で、高速移動を繰り返すなど自殺行為だ。


 分身を散らすには効果的な技。

 だが……彼女の姿は未だ見付からない。

「おっっそい」

 背後で声が聞こえてくる。

(ステルス系の能力なら……)


 俺は直ぐに目を閉じて耳を研ぎ澄ます……

 右からそっと風が吹いた。

 刀を抜刀して右方向に向ける。

 そして目を開けると……


「邪魔」

 その刀に乗っていた優華が回転回し蹴りを頭部に放ってくる。

(あれ……痛みが来ない)

 遅れて何者かの頭部が俺の後頭部に勢いよく当たる。

 そして……吹き飛ばされた。


 気が付いて目を開けると、亜美も倒れている。

 だがその体は一瞬で桜に変わって消える。


 腰部を突き刺す痛みが走る。二つの固い物がのし掛かる。

(雪駄……?)

 いつも戦闘服着用時に足袋と同時に履く物。その裏側の感触は覚えている。


 横になりながら上を向くと……顔を戻した。

 なんと俺の上に亜美が立ち、刀を突き刺していた。


「ここじゃアレね」

 そんな彼女の言葉と同時に床に穴が空く。

「え」

 俺は闇の中へ、彼女と共に落とされた。


 気が付くとホテルの自室の中にワープしていた。

 仰向けの俺に股がる彼女が見える。

「え」

 自分と彼女の状況に理解が追い付かなかった。


「へぇ……傷もすぐ塞がっちゃうんだぁ~」

 先程の殺気を纏った瞳はどこへやら。

 彼女は妖艶な顔色で、俺の塞がった腰部の傷を指でなぞる。


「何が目的だ」

「そんなの……」

 彼女は耳元に顔を近付ける。

「混ざり合った……どろっどろの遺伝子よ」


「遺伝……子?」

 困惑したまま問い返すことしか出来ない。

 まずこいつの望みを聞かなければ話は何も進まないからだ。


「そうよ。悪い話じゃないんじゃない? あなたと遺伝子を交換こすれば、あなたも強くなれる」

 俺は性格がコロコロ変わる奴が苦手だ。全く狙いが掴めない。これも本当の理由なのかも定かだ。


「不死身が欲しいって訳か」

「話が分かって助かったわ」

 彼女はおもむろに着物の帯に手をかけようとする。


「でもお前、それただの空振りで終わるぞ」

「なんで?」

 彼女は服に伸ばした手を止める。

 一方俺は、仰向けになりながら右手の刀を地面に着けながら動かす。


 能力の大部分は、この妖刀村正に取り憑いたジーニズの物である。

 何故ならこれで毎度眠らせる代わりに一部の能力を複製してしまうからだ。


「刀が何よ」

「ん? お前もそうじゃないのか?」

 どうやら彼女の刀はそういう役割を成していないようだ。


「は?」

「そうか……じゃあ俺だけが気持ちよくなって得するな」

 困惑する彼女に対し、俺は笑顔で答える。


「は? 何なのよ!」

 彼女は俺の胸ぐらを掴んでくる。

(もうちょっとだ……)


「さあな」

「教えなさいよ!」

 どんどん彼女の意識は俺に集中し、顔が近付く。


 俺は刀で彼女の首筋を擦る。

 ジーニズが持つ傷も付かない催眠の一撃で。


「何の真似っ……」

 彼女の目の光が薄くなり瞼が重くなる。


 急所から流す催眠毒は、彼女の神経能力の働きを阻害し、急激な眠気を発症させる。


「くッ……!」

 彼女は直ぐに俺から離れ、フラフラと部屋を歩き惑う。


「お前が複数あると言っていた能力は、神経接触で奪ってきたのか……」

 能力を集めているという彼女の情報から、予想を口走り狙いを見抜く。


「自由な世界。最強の、あたしだけの……守るものもいらない……世界」

 彼女は虚ろな目でぼそぼそと呟いている。


「守るもの?」

 稀にターゲットを半催眠状態にかけると、寝言で自分の本心を語ることがある。


「うるさいうるさい!! 泣くなッ!!」

 彼女は不安定な精神状態のまま、また黒いワープの穴をこじ開け……落ちていった。

 そしてその穴は直ぐに消えた。


「何だったんだ……」

「僕にも、分からない……」

 ジーニズもやっと集中状態が抜けたのか喋り始める。


 だが、俺の座る地面にまた穴が空いて異空間に落とされる。

「えっ」


 尻餅を着いた場所は先程の白い空間。

「引いたみたいね」

 近付く優華が俺に手を差し出す。

 俺はその手を見つめてしまう。


「何よ」

「いや」

 俺は手を取り、立ち上がる。


 彼女は、俺の手を握った手を払いながら嘆息する。

「弱かったわね」

「耐性があるってことではな……」

 催眠毒は耐性があればあるほど重度の症状をもたらし、幻覚を見せることもある。


「同じような目に逢ったのか……」

 同じことがあったから耐性が付いている。

 そう考えるといたたまれない。

「睡眠プレイか?」

 ジーニズはセクハラ親父のような一言を喋る。相変わらずだ。


「そうとは限らない。アイツの場合、あんたと同じ蓄積能力者ドラゴンよ」

 ドラゴン。色々な星ではそう称されている。竜属自体が何千年の寿命の中、能力を蓄積し続けるからだ。


「その通り。数々のドラゴンを取り入れることで沈めてきたのは彼女よ」

 ティアスが亜美についての説明をしてくれる。


「睡眠を司る竜も勝手に取り入れるといったところね」

 優華は自分の予想が当たったことにあまり嬉しくなさそうだ。


 昔なら……

『はい私の勝ちぃーー! 何か奢んなさいよ!』

 空気を淀んでいてもそう元気付けてくれた。


「過去のことを考えても何も変わらないわ」

 今の彼女は真顔で淡々と小言を呟くだけ。


「何で分かるんだよ」

「ボーッとして私を見るってことは、思い出に耽るかやましいことしかないでしょ」

 こんなに愛情のある台詞も、冷たい口調で言われたら台無しだ。


「はぁ……帰るわ。ドラゴンとも契約したし」

 彼女の言う通り、ドラゴンの姿はどこにもなかった。


「俺無しでいけたのかよ」

「そもそもアクオスは水を由来した名前。私の国にいた竜で間違いないでしょ」

 同族だから信用する。彼女の言い分にはちょっと納得できなかった。


 仮にも奴がいた二百年前頃の星は、竜族を生き物として見ていなかった。

「なんで……」


 彼女はティアスにアイコンタクトを取り、また先程の穴を目の前に空けてもらう。

「待てよ! 話があるって……!」

「あんたには神様からお話があるんじゃないの?」

 優華は俺の相手が面倒臭いのか、俺をティアスに擦り付けようとする。


「また明日同じ時間同じ場所。以上」

「ちっ」

 その最低事項だけの連絡に優華は舌打ちする。


「分かった」

 俺は一言で答えると彼女の後を追って、謎の穴……もといワープホールをくぐった。


 出てきたのは……都会の路地裏。

 排気口やらゴミ等が散乱している。


「何?」

「俺、三月にお前の故郷へ行ったんだ」

 後ろ姿のままの彼女は、ピクリと体を震えさせた。

(やっぱり隠していることは明らかだな……)


「で、何をしたの?」

「今の民主国家責任者がお前の城の生き残りという情報を母さんから聞いて、その責任者に会いに行った」

 俺は淡々と一ヶ月前のことを明かす。


「で?」

「お前の過去を、教えてもらった」

 彼女は無言で握り拳を震わせている。


「俺は何もお前の事を理解できてなかった。それが分かった」

「そう……」


 その時に聞いた内容。

 それは優華の幼少の頃に住んでいた王国。扇卯せんう城があった頃の話。


 彼女は才能に恵まれ、兄が嫉妬し、何度と暴力や性的暴力を加えられていた。

 そしてある日、兄が警備人を全て殺して城に火を点け……悪夢にうなさされた優華だけは逃げることができた。城は全焼し家族も親族も全て死んだ。

 彼女からはそう聞かされていた。


 だが事実はそんな甘くなかった。

 責任者の話では彼女は幼少期、女として生まれたことから親からも虐待の対象となり……


 周りの人間からも関わってはいけない人間だと差別されていた。

 兄はただ親の期待や英才教育のストレスとして彼女に当たっていた。

 守ろうとしてくれたメイドも執事も次々と打ち首。


 更に現在のその兄……豪乱の全身の皮膚は、継ぎ接ぎ多色の皮膚で縫われている。

 俺もこの目で見たことがある。


 だが、対して優華は火傷の痕が一つもない。

 その事を責任者に聞いた。


 あの放火の夜、現責任者は地下の魔道図書館で本の整備をしていた。


 その時に見たのが……優華。優華は火の上級魔術の本を手にしていて……

 彼女に見付かった現責任者は刃物で刺されたという話だ。

 縫われた傷も見せてもらった。


 結局兵など死に至らしめることなく、彼女は上級魔術で消えない炎を使って城を燃やしたと仮定しているそうだ。



「その時の話を、今までのお前も、全部お前の口から聞かせてほしい。俺の頼みはそれだけだ」

 全てを彼女の口から聞く。

 それまで俺は、仮定を現実と断定しない。そう決めた。


「あんた頼める立場なの?」

「じゃあ、あの責任者よりお前が信用できるってことを俺に示してくれ。今、お前の言葉で」

 俺は今の彼女を信じる。先程の戦闘でもそう思っていた。


「真実を知ってどうするの――!?」

 俺は振り返る彼女を抱き締めていた。

「お前が未来に伝えられないなら、俺が伝える。そうでもしなきゃ……お前は未来の元に戻れない! 全部壊した罪滅ぼし位……して当然だ」

 俺は必死に自分がするべきことを伝えた。


「よ、余計なお世話よっ!!」

 彼女は俺を突き飛ばした。

 だったら……

「じゃあ、お前は一生未来と決別して生きていくのか……?」

 彼女はまた握り拳を震わせている。


「私は……」

 彼女が何かを伝えたそうにしている。俺は黙って聞くことにした。


「私は、大嘘付きよ……!」

(やっと折れてくれたか……)

「話してくれ。そしたら嘘は無くなる」


「その女が……地下の魔道図書館で見たのは私よ。どう言ってたかは知らないけど、私はこの力のせいで親や他のヤツにも差別された……。流石に殺されはしなかったけど、酷いことは沢山されたわ……。糞兄貴に関しては変わらず、しかも毎日毎晩よッ……!」

「…………」

 怒りに震える彼女を見て、ただ頷き話の続きを聞く。


「あの日消えない火を点けたのも私。取り巻く全てを殺すため……。でもアイツは火だるまのままやってきた……。私は怖くて、そこから逃げた……」

「そうだったのか……」

 恐らく現責任者が生きているのも、彼女が急所を外したからだろう。

 俺はもういいと言わんばかりに、彼女を抱き締めようと肩に触れた。


「待って……まだ、いい。平気」

「分かった……」

 俺は大人しく肩に触れた手を離した。


 彼女はまた震えながら真実を告げる。

「一週間位、近郊の森に逃げた……。水飲んで木の実食べて、逃げた……。でもどうしても気になって……忘れられなかったの……。野宿してる盗賊から身ぐるみを盗んで、街に戻ってきたわ。そしたら、勿論城は全焼してて……アイツが指名手配されてた」

 彼女は過去のことを全て伝えてくれた。


「そっか……」

「あとはあんた達に伝えた通りよ……」

 俺は彼女に近付こうとする。


「だからそれぇっ! やめて……! これ以上私を……うぐっ、困らせないで……!」

 彼女は泣きながら、抱き締めようとする俺を全力で拒否する。

 自分でもやっと気付いた。無意識に彼女を支えたくなってしまっている。


 俺がもうしなくても、そうしてくれる存在はもうあるんだ。彼女はその過去を乗り越えて、変わったんだ。


「分かった……。それは未来の役目だ……!」

 自分の歯痒い感情を押し殺して、彼女に近付くのをやめた。


「ここに来てからね……」

 彼女は涙を拭い、泣き止みながら話を続ける。


「正直、最悪だったわ……! お金も代えられない。誰の後押しも無い。ナンパされたからうまくやって金ぶんどったら、治安の悪い組織に目付けられるし……漫画喫茶で寝てる間に拉致られるし……もう、ううっ……」

 俺は堪らず彼女を抱き締めた。


 やっぱり予想できないことは無理だ。

 更に彼女が女としての尊厳を汚されるのが、何より耐えられなかった。

「ごめん……俺が、あの時引き留めてたら……!」

「ほんとよ……! もう、遅いわよ……!」


「奴等の本拠地で滅茶苦茶にされて……私の意識が飛んで数時間経ったせいね……。リオン、私の式神が奴等を皆殺しにしてて……」

「そうか……」

 俺はただただ聞く。話したくないけど話したいという、彼女の気持ちだけを考えて……


「何とか逃げて……気が付いたら私は、銭湯に忍び込んでた。でもバレそうになって隠れたわ……。また、酷い目に逢うんじゃないかって……。でも、それは客だったの。そこからその人に助けられて病室で目を覚ましたわ。治療が終わった後、その人は一晩自分の家に泊めてくれた……でも!」

「逃げ……たのか?」

「だって! これ以上誰かを不幸になんて……したくなかった!」

 彼女の根は臆病だから……いくら甘えたくても、そうしてしまったのだろう。


「この世界で強くなるしかない……そう思った。だからまず、組織のボスを調教して、成り代わった。あるだけかっぱらって元ボスに任せて逃げて……何とか毎日暮らせるようにはなった……! 同じ年頃の知り合いも出来て、学校に行ったら特別に置かして貰えたわ……」


「ようやく上に知られたって感じか……」

「ええ、その頃辺りから……能力の本質がこの星で明らかにされたわ」

 話が軽くなり、少しずつ彼女は落ち着いてきた。


「それで今は……残りのお金と、そこら辺の金持ってそうなおっさんから貰った金で暮らしてるわ」

 彼女は淡々とエグいことを喋る。

(お前がその気なら止めはしないが……)


「服もそれで?」

 今彼女が着ている服は、別に豪華そうな物ではなく普段着だった。


「あっ、間が抜けてたわ……。ちょっと前まで知り合いの家にしばらく泊めさせてもらってたの。心から信頼できた……! でも……能力者を狙う輩とか皆殺しにした組織の関係者、後はティアスに呼び出されて以来あの女侍に目を付けられてたりして……うぐっ、離れざるを得な……くて! はぐぅっ……! うぅっ!」

 一番それが辛かったのだろう。彼女は俺に抱き付いたまま、声を押し殺して泣いている。どれだけ不安で声も上げられず助けを求められないのが怖かったのかが分かった。

 俺は彼女の背中を撫でる。今するべきことは……それだけだった。


 これからその恐怖が無くなることは無いかもしれない。でもその度に俺や未来、仲間達が支える。

 彼女の傍にいてずっと思っていたことだ。

 こうさせてしまった俺には、それを手伝う義務がある。


 泣き始めて五分程が経った。

 彼女は今度こそ本当に落ち着いてきた。

 これだけ泣くってことは、それまで相当無理をしていたことが分かった。


「ありがとう……」

「ああ、今は無理すんな。後は任せて、ゆっくり休んでてくれ……」

「うん……」

 完全に落ち着くまで暫くそのままでいたら……彼女は眠ってしまった。


「おいしょ……」

 彼女を背中に背負い、スマートフォンを取り出して時間を見る。

 表示されている時間は午前三時前。


(とりあえずホテルに帰って……寝かせるか)

「なるほど。お尻を今から揉みほぐして本番に備え――」

「ゴホンッ」

 ジーニズの軽口は咳払いでスルーせざるを得ない内容だった。

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