第2話 ~大切な起点~

 学校の帰り道。

 友人になった二人と

「兄弟って乱威智合わせて三人だけなのか?」

「いや――」

 三上の問いにもう二人いると答えようとした時……


「もう一人いるんだな」

 優太が自慢気にそう答える。

(あっどうしよ……兄さんのこと内緒にしとこうかな……)


 愛美と鈴以外に姉と兄がいる。

 兄はずっと行方不明だったのだが、ちょっと前に会ってからちょこちょこ連絡を取る。

 だが未だに宇宙を駆け巡り、相棒の白竜と好きなことをしている。


 姉は――

「確か未来ちゃんって言うんだよね?あのちょんの子」

 優太はメンバーについて詳しいようだ。


「おい、あんまりそういう言い方は……」

 三上は気遣ってくれるも、説明が面倒なので分かってくれていれるだけで助かる。


「あぁ、一番背の小さい姉だ。別にあの人はどう可愛がっても俺は気にしない」

「気にしないのか……」

 三上はちょっと引いている。姉に何かトラウマでもあるのだろうか?


「え、でも愛美はダメだぞ。首絞められる時もあれば、最悪電撃で焼かれる」

「こわっ……」

 逆に話を振っても引かれている……


「でもそれだけなのか?兄弟って」

 三上に問われてちょっと驚く。

(目が泳いでてバレたか?)

 彼は愛美の目線といい観察力がかなり鋭い。

(まさか……)


「いや、もう一人兄がいる」

 少し間を溜めて打ち明ける。


「あ、嫌な話だったらいいんだぞ?」

 やはり三上はこちらの様子を伺っている。

(優しいな……余所者扱いされてもおかしくないってのに)


「いやそういう訳じゃない。けど本人は自由に色んなとこに行きたいみたいなんだ」

「旅人なのか?」

「まあそんなとこかな」

 優太の予想は正しい。だが、それは簡単に口外すると悪い印象にも繋がりかねない。


「何をそんなに気にしてるの?」

「やっぱり一緒にいない兄弟ってあんまり良く思われないかな……とか思って」

 俺にとって兄は、俺の願いを先回りして叶えてくれた大切な家族だ。


 現に宇宙でやるべき竜の魂を星に還すことすら、兄が七割程完遂させてくれた。

 だから俺達はこんなに早く地球に辿り着くことができた。


 俺達の幸せを願って、俺達が自由に好きなことをできるようにしてくれた。


「お前がそんなこと気にする必要なんて……」

「いや、あるんだ。俺達が今、ここで高校生やってられるのも……兄さんが面倒なこと全部先に終わらせてくれたからなんだ」

 俺は友達には甘いのかもしれない。ペラペラと打ち明けてしまう。


「だから兄さんがここの星に来るとしたら、誇れるような場所であってほしいというか……」

 急に日本語が下手になった。


「泣けるじゃねーかぁ……」

 優太は腕で目元を拭う。


「それは、恩返ししたいな……」

 三上も優しい意見をくれる。


 全くその通りだ。その事実を知ってからはいくら頭を下げても足りなかった。


「あ」

 ふと目に留まった広い土手の下のサッカーグラウンド。

 俺は声が漏れてしまう。

 鈴が数人の男子高校生と言い争いをしている。


(あいつ……またか)

 聞いた話の通りであれば、正義感をもう一度振るいに来たというところだろう。


「ちょっと話してくる」

 優太は彼らと鈴を説得する為に河川敷を下りていく。

「俺も……」

 自分も責任を感じ向かおうとした時、肩を掴まれる。


「あいつに任せたい。ダメか?」

 三上に彼を信じろと言わんばかりに説得される。

 でも危険なのは鈴ではない。

 その行き過ぎた正義感に巻き込まれる彼らと俺らのこの星での立場だ。


「手を出しそうになったら俺が止める。鈴は未だにカッと来ると止まらない子供だ」

「甘いんだな」

 彼は優しく笑うと、土手の坂に立て付けられているベンチに座る。


 俺も座ってみると……

「わぁ……」

 そこから見る風景に驚いてしまう。


「良い景色だろ?」

「あぁ……すごいな」

 土手の間から見る夕日。

 それは街を反対側の土手の坂が隠し、草の地平線に沈む夕日が見える。

 更に向かい側の急な土手が強い影を作り出す。

 明るさと暗さの差がとても綺麗だった。


「夕日が目立って見える」

「今のコーチが特段こういうのにセンスがあってな。ベンチを取り付け直したんだ」

「はぇぇ……」

 確かにそのお洒落なセンスは尊敬してしまう。


 ふと思い出したかのように下を見る。

「頼む!こいつの技量認めてやってくれないか!」

「なっ、あんた何してんのよ……!」

 優太が仲間に土下座をして頼み込んでいた。


「キャプテンがここまでするなら……」

 体格が良い男子高校生達も納得しかけている。


「いーやキャプテン。いや優太、お前自分が何言ってるのか分かってるのか?」

「分かってるつもりだ……!」

 優太と同じ位の体格で、スッと引き締まった顔と体型。茶髪でモテそうなツーブロックヘアの男子高校生が出てくる。


「俺達、中学から皆で力合わせて頑張ってきたよな? そんな俺達より、こんなどこからやってきたか知らない宇宙人の女の味方するって言うのか?」

 その男はもっともな意見を吐く。

(やっぱり難しいか……)


「そうじゃない! 確かにこいつはサッカーのサの時も知らなそうな人間だ。だけど俺達と一緒になったらどうだ? 鬼に金棒だぞ?」

 優太は必死に説得するも、その説得の仕方では全然ダメだ。


「お前……変わったな。そんなに力が欲しいんなら、勝ちが欲しいんなら勝手に目指しとけよ……」

 男はユニフォームを捨て、グラウンドを後にしてこちらの土手の坂を登ってくる。


(俺の出番かな……)

 いくつもの悪魔や邪神、神や竜達を説得してきていた俺は自信があった。


 その男の目の前に立つ。

「なんだよ。侵略者」

 俺の精神はその程度ではびくともしない。


「ああ、俺は全く関係ないお邪魔虫でしかない。でもお前、それで後悔しないのか?」

「何が言いたい?」

 男は惚けた表情で眉を潜めている。


「大好きな仲間と大好きなことをする空間が今、奪われようとしてるんだぞ?お前、それでいいのか?」

「は?お前に何が……」


「だったら、お前それに抗わなくていいのか? そんなふざけた意見鵜呑みにするんじゃなくて、アイツの根が折れるまで噛みついて噛みついて……いつもの場所取り戻したいんじゃないのか?」

「くッ……無関係の奴がペラペラと……」

 確実に効いている。


「下の仲間を見てみろ」

 俺は土手の下を指差す。

「お前の仲間、どっちに行こうかめっちゃ悩んでるじゃねぇか」

 土手の下にまだいる仲間達はユニフォームを脱ごうか脱がないか迷っている。


「お前らの絆ってそんなもんなのか?」

「お前ッ……」

 殴りかかってくる拳を片手で受け止める。


「この拳、俺じゃなくて本当にぶつけるべき相手にぶつけてこいよ。」

 男はこちらを睨み続けているも、表情にブレがある。


「モヤモヤするなら吐き出して――」

 俺が最後の後押しをしようと瞬間……


「何してんのよ……」

 背後から一番会いたくない仲間の声が聞こえる。

 俺はゆっくりと振り向く……

「コーチ……?」

 男もそちらの方に気が逸れた。


 お洒落なジャージを着た同い年の女性。葵優華という同じ星出身の仲間が立っている。

 水色髪のポニーテール。それは前に会った時とは違って枝毛になっていた。


 今まで彼女の特徴と言えたお気に入りのシャンプーの香りもしない……。

 勇敢な表情も、元気を与え続けてくれた笑顔もそこには無い。


 冷たい殺意に満ちた憎しみの瞳。


(こんなになるまで俺は優華を追い詰めたのか……。)

 悔しさと後悔で唇を噛む。


 遡れば複雑過ぎる事情で、俺と優華とのヒビが亀裂になっていき、こんな視線を向けられている……。



 僅か一年半前、俺達の最大の難敵の侵攻が大きく弱まった。

 それまで奴は宇宙で神々や魔神、邪神までもを取り込み暴虐武人に星の破壊や生物の虐殺を行っていた。


 だが、仲間達と協力し……愛美と俺で奴の力を一時的に封じる策を成功させた。


 その後直ぐの事、兄が白いドラゴンに乗り竜と戦っている衛生写真が見つかった。


 俺達は分担して竜を還せるように愛美、俺、彼女である結衣率いる騎士団で別れた。

 兄といち早く再会する……という名目で俺は皆を騙した。


 そこで実は少し前に兄と会っていたんだと勇気を持って話していれば、こんな悲惨な関係までにはならなかった。

 本当の理由は単独行動の兄が間違ってでも戦死することを避けたかったから。


 一方、既に子供を二人産み、夫を亡くしてしまった未来。

 それを支えてくれた俺達の仲間であり未来や優華の親友、華剛 幸樹。


 その行く先に何があるか優華は気付き始め、大切な親友二人と距離が開いてしまうと勘違いをした。

 優華はそれが精神的に受け入れられなかった。


 彼女は一人で行動しようと、別れの前の晩に旅立とうとした。

 そんな彼女を俺が救った……つもりでいた。


 それから彼女を独りにさせまいと鈴と三人で行動を共にした。


 小さい頃から俺達を絶対能力で助けてくれるヒーロー。

 そうだと思っていた彼女に、いつの間にか俺は甘えていた。

 つまりは彼女を救ったことで調子に乗っていた。


 目的を掲げる俺を中心にして物語が進む。そんなことはない。


 彼女あらずして俺達は集まれないし、前に進めたとしてもいつかは折られてしまう。

 それは失ってから気付いた……


 何故なら彼女は結衣や愛美、未来や幸樹、俺や鈴とも深い深い信頼関係で繋がっていたからだ。

 互いに前を目指し闘志を燃やすライバル、一緒にいて一番幸せになれる友達、幼い頃からの兄妹姉妹関係。


 でもそんなヒーローにも最悪過ぎる過去があり、時には感情だって我慢して抱え込んでしまう。

 俺は幾度となくそんな彼女を救った。


 それに答えるかのように、彼女は俺の恋路の仲すらも取り持たせてくれた。

 俺は自分の目指す意思とは何たるかを教えてくれた憧れの女性、結衣と恋愛関係になれた。


 それが好意に値する好意、切磋琢磨する親友だと思っていた。


 彼女が見せる笑顔、様々な表情にあるその好意。

 いつか告白されることもうっすらと気付いていた。


 でも俺は……


 それから目を背け、親友として……いつの間にか家族として接し続けていた。


 それにも理由があった。

 兄について吐いた嘘を彼女だけがいるタイミングで、俺は打ち明けていた。

 彼女はそれでも微笑んで背中を叩く。それだけで許してくれた。


 そして俺は……彼女が一人で考えたい時も心配し続けた。

 親友の域を越えていると思う。

 恋人になれない代わりに、親がいない彼女の代わりになろうとしたのかもしれない。


 とうとう、彼女を本気で勘違いさせてしまった。

 彼女の信頼を裏切ることが何よりも怖かったことを言い訳に、距離を近付け過ぎた。


 ある夜。話があると呼び出され……

「あんたは私のことが好きなの? いつもベタベタベタベタしてさ……! 鈴も困ってる……わよ?」

 いつもの文句口調で顔を赤らめながら説教してきた。

 それが優しい彼女の最後の言葉。


 今思えば一番困っていたのは彼女だっただろう。


 曖昧な言葉で「家族と思っている」だなんて口走った。

 恋愛対象ではないとハッキリ言ったも同然だ。


 フラれることすら察させてしまった。

 彼女は俺に想いや感情をぶつけることすら諦め、スッと表情を無くし、顔を暗くしたまま寝床へ戻った。

 そして……翌朝、行方を眩ませた。


 俺は仲間と合流し、泣きながら全てを打ち明けた。

 身勝手な理由で振り回した事以上に、優華をまた絶望の淵まで追い詰めた事に……皆を傷付けた。


 そしてもう一度、結衣からビンタをされた。

「あの時と一切変わってないじゃない。弱いまんま。どうして優華を泣かせるの?」

 その冷たく淡々とした声を聞いてから、一切会話できていない。


 そこを境に仲間にも気を遣わせてしまっている。



 昔の事を思い出し、顔は真っ青。

 ともかく気が動転していた。

 目の前にはその優華がいる。


「あんた、私に向かってどうどうとソレ言えるの?」

「すまない……。」

「ふざけんじゃないわよ!!」

 ひ弱な言葉に彼女は勿論殴りかかってくる。


 男はとっくに離れている。

 俺は先程の左手で受け止める。

『ブシャァァァ!!』

 手から左腕まで破壊され血飛沫が飛ぶ。


 近くにいる二人もビクンッと体を震わせる。


 痛みなど感じれない。それ以上の傷を与えてしまったから。

 俺はここで言わなきゃならないことを言う。

「それでも俺は……! お前が――」

「お断りよ!!」

 血の付いた手でビンタされる。


 未だに後悔が足りない。伝えたかった言葉はそれじゃない。


 腕はそれと否応なしに再生していく。

「あんたなんか……大嫌いよ。口先だけで! 空っぽで! さっさと死んじゃえば――」


「やめて!!」

 気付いたら鈴が俺の前に立ち、止めに入っていた。


「優姉、私があんなわがまま言ったから……。」

 鈴にも気を遣わせている。今すぐ逃げ出したい自分が恨めしい。


「鈴は何も悪くない。全てはコイツがフラフラして、仲間のことなんて一切向き合わずに戦いに逃げてたのが原因よ。」

 逃げていた。確かに逃げていた。

 一切仲間と向き合ってないなんて言われる筋合いは無い。


 でも彼女を傷付けることを拒むがために、彼女の冗談を拒否することが出来なかった。

 親友にしかできない相談なのだと勝手に解釈して、本気にさせてしまった。


「悪かった……。」

「悪かった……? そういえば、愛美にもそんな謝り方してたわね。」

「ああするしか無かった。」

「答えになってないんだけど。」

 いつの間にか話の論点はズレ、口論になっている。


 愛美へしたことははっきりと覚えている。

 彼女の力を過信して、一人では行かせないという甘い言葉を振り切れなかった。

 そのせいで彼女は左目を失った……。


 仲間を作ってみれば?

 自信を失った彼女をまた元気にしてあげたかった。

 文字通り、仲間といる彼女は活き活きとしていた。


 しかしそれが……大好きな人を失うという辛過ぎる結果を生み出してしまった。

 戸澤 焔。愛美がどれくらい彼の近くにいて安心できていたか、大好きだったか。俺だって分かっていた。


 でも俺の決断で決めざるを得なかった。

 彼の中にあった呪いの時限爆弾。

 それを命ごと切り離すなんて残酷な決断俺以外にできる仲間はいなかった。

 愛美と親友だった優華は何でそれを支えてあげなかったのか?


「じゃあ聞くが、なんでお前はあの時何もしてあげなかったんだ……?」

「…………。」

無論。そんなことを考えるほど心の余裕が無かったから。

「だから俺はお前を追っかけた。」


「俺達は互いに間違ってたんだ。それでいいだろ?」

 今なら言える。彼女に手を差しのべる……。

『パシンッ』

手をもう一度弾かれる。


「それでいいなら……こんなになった私の今は何なの?」

自暴自棄のような悲痛な叫び。


「今日のところはもう……やめて……」

 鈴が涙をぼろぼろと流し、震えた声で伝える。


「はぁ……ごめんね……」

 彼女は鈴だけを見つめ、頭を撫でようともう片方の手を伸ばそうとして引っ込める。


 目が合ってしまった。キッと睨み付けられる。


「水無月ッ!チームのキャプテンは次からあんたよ」

「え、俺が……?」

 優華は男を指差して当然の結果を下した。


「烏橋がこいつと関わっている以上、このチームに入れさせとく訳にはいかないから」

 端的に理由を伝える。

「はい……分かりました」


「あと、こいつらに知れないような練習場、明日までには用意しとくから。メールはしっかり確認しなさい。あと他のメンバーにも教えられるように、事前にどこかで集まっときなさい」

「りょ、了解しました……」


 彼女はそう言い放ち、その場を後にする。

 チームメンバー達も後を追うように去っていく。


「はぁ……世話のかかる兄ね」

 それでも鈴は俺のことを元気付けようとしてくれる。


「今夜初仕事なんでしょ? 元気出しなさいよ」

 頭の上にポンと手を乗っけられる。


 彼女の言う通り、俺はこの星に来た目的を果たさなければならない。

 それを協力するために、この星の神が直々にサポートして義務化させてくれる手筈だ。


(初日からきついな……)


「な、なあ……! 仕事って何なんだ?」

 三上が堪らず話に介入してくる。


「残念ながらあんた達人間に話せる内容じゃないの。まあ兄貴……コホン、コイツもコイツなりに忙しいのよ。不死身の本人にしか出来ないことだから」

 鈴が恥ずかしがりながらも説明するが、今は可愛がれる気力も残っていない。


「それは本当に乱威智がやりたいことなのか?」

 いつの間にか土手を登ってきた優太は、俺にそう聞いてくる。


「ああ、俺が三年前に決めたことだ。兄さんの後押しも受けた。やめる訳にはいかない」

「そうか……」

 その答えに彼はちょっと気まずそうな表情をする。


「そうかぁー……ってあんたもうちょっと優しい返しはないのー?」

「えっ、めっちゃ応援してる!!」

 鈴は彼の話下手なところをいじっている。

 本当に面白い友達だ。今日友達になったとは思えない。


「なんか今日一日暗い表情してたのはそのせいか?」

 ぎょっとして目を見開いて三上を見る。

(こいつやっぱり……)

 彼は異常に物事や仕草に気付き過ぎる。能力の一種かと疑ってしまう程。


「あんた……絶対能力さいのう持ってんじゃないの?」

 鈴が俺の予想を言い当てた。

「さ、さいのう?」

 優太が素っ頓狂な声を上げる。


「それは……なんか強い能力なのか?」

 流石に察しが良すぎる……


「まあ俺も時々病院に行くし、気になったら一緒に来るか?」

 気軽に誘ってみたつもりだった。

「お前、時々病院行くって……」

 優太すらも流石に引いていた。


 そこから彼女との事情をかいつまんで話した。

 主に鈴が……


 色々と話しているうちに、すっかり日は暮れていた。

 二人と別れ、鈴をしっかり送った後は……

 俺はホテルに戻り、竜を還すための準備をする。


 と言ってもいつも通りの赤い袴に黒い着物の戦闘服。

 そしてジーニズと話しながら刀の手入れ程度。


「あそこまで怒ってるとはな……」

「やめてくれ思い出させないでくれ」

 ジーニズに指摘され優華の事を思い出す。


「逃げずに立ち向かわないと君も後悔するぞ……」

「お前だって……」

 言い返そうとしてそれが全く的を得ていない事に気付く。


「僕は向き合う気満々さ。あとは未来ちゃん次第……」

「そうだな……」

 姉の未来の話に変えるも、明るい気分にはならない。


 元々ジーニズはこの妖刀村正、黒に赤い布の刀に取り憑いた魂。

 大昔に家族心中をし、家族ぐるみで色んな生物に取り憑いて……世界を救うために歴史を変えてきたそうだ。


 そして俺はその妖刀を拾い、彼は世界を救うため……俺は仲間や家族を守るために戦ってきた。


 一方姉の未来は、俺がジーニズと出会った数ヵ月後にジーニズの兄に取り憑かれてしまった。


 ジーニズの兄は強大な力を持っているらしく、未来のか弱い体では制御しきれない。


 だが彼女は今、三人の子供を産んでいる。

 年齢は同い年。俺と愛美で三つ子の姉に当たる。

 怖いことにいつその暴走が起こるか分からない。


 でもソレを起こさなければ、ジーニズの兄とは対峙不可能だ。

 何故なら奴はその時のみ未来の体を乗っ取るから。


 その戦闘によるリスクを考えて、未来と向き合わなければならない。


「そろそろ時間か……」

 時計を見るとホテルを出るべき時間の五分前。


 ともかく今の目的は、母星から逃げ出した竜の暴走の阻止。

 残るは地球の竜のみ。

「僕から言わせてみれば、逃げ出した奴の言葉なんて気にしなくていい。今は前を向くんだ」

「そうだな……!」



 俺はホテルを出て、指定の路地に立ち……光に包まれて竜が暴れる場所へと転送された。



 目が覚めて周囲を見渡す……

「森……?」

 周囲は木々が生い茂る夜。月夜が木々の間を照らしている。


『聞こえる?』

 通信での音声、強めの女性の声色が耳元に響く。

 地球での神、ここへ飛ばした人物の声だろう。


「ああ」

 二度目に聞く声だったが、いきなりだったのでちょっと間が空いて返事をする。


 まだ面識は無いが会話はしたことがある為、声で認識できた。


『今回の場所は中世の北アメリカ。部族間の黒魔術で召喚された悪竜よ』

(最初から悪竜かよ……)

 悪竜とは生命へ危害を加える竜の中で、相当な量の生命の贄を取り込んで成長した竜である。


 どんなチート級の能力を持っている人間でも、正面から太刀打ちするには命一つじゃ足りない。

 そんな最恐の竜である。


 今までもそういう奴等に対しては、俺主体で戦闘をこなしてきた。


「まだ近くないみたいだな。属性は?」

『闇属性と……測定不能だ』

 予想通りの答えが返ってきた。少しでも希望を願った俺が間違っていた。


「何も言わないってことは……あとは禍々しい位か?」

『そうね、目立った特徴は無し。あとは頼んだわよ』

 彼女はそれだけ言い残し、通信は一度途切れた。


「初回から適当だな」

 ジーニズは同じ神に取り憑いていた存在として軽く彼女をあしらう。

『聞こえてるわよなりそこない』

 神同士の言い合いが始まる。

「人の体を通信機みたいに使うな」


 下らない会話をしていると……

『ガサゴソ……』

 草陰が揺れる。刀の柄に手を添えて身構える。


「アアァァッ!!」

 上裸の黒人民族の男が刃物を持って襲い掛かってくる。

(早速かよっ!)


 刀を抜刀し、攻撃を正面から受け止めて押し返す。

(普通の人間か……)

 腰にある鞘の固定を緩めて、納め口を前に押し出して男のみぞおちを突く。


「グォバァッ……!」

 男は息を吐き、目を見開いて怯んでいる。

 紫色に光った刀身を男の首に添え、ジーニズの力を使って眠らせる。

 気を失った男を地面に置く。


「原住民も敵か……」

 男を一瞥して呟く。

 鳥の羽を布で頭に巻いて身に付けていた。


 にしても非常に面倒臭い状況下で悪竜と戦わなければいけない。


「また来るぞ……!」

 ジーニズに声をかけられてハッとする。


 突然遠くの木々が次々と倒れ、草木が激しく揺れる。

『ドスンッ!』

 地響きと共に原住民の悲鳴や雄叫びが聞こえる。


 おそらく悪竜がもうこちらに到着し、彼等と交戦し始めたのだろう。

「やってくれるな……」


 俺は木の幹へ跳び、それを足で蹴ると同時に空気抵抗を減らす。

 二、三度繰り返して勢いを付けたら、目的地周辺の上空へ跳ぶ。


 上空で回転し地面に向く。

 刀を右側に持ち、引いて突く体勢を取る。


「サタンッ!!」

 四年前程にジーニズの力で取り込んだ悪魔サタン。

 それを呼び、刀を巨大化させる。


「はああァァァ!!」

 覇気と共に目の色が緑から赤に変わる。

 ジーニズの力を借りて、巨大化した刀に黒い線形のオーラを纏う。


『グォォガララァァァァ!!』

 地上から黒いオーラを纏ったドラゴンが飛んでくる。

(竜じゃなくてドラゴンじゃんッ!!)

 予測はアテにならなかった。


 俺はあえてドラゴンの翼に巨大の刀を突き刺す。

 何故なら下から複数の弓矢が既に飛んできていたからである。


 ドラゴンの翼ごと刀を振り回して矢を弾く。

 ふと目線をドラゴンの顔に移すと口からマグマの塊を泡のように吹き出し……


(来るか!)


 サタンの術を解き、刀を縮小させて翼から離す。


『ゴオオォォォォ!!』

 火炎放射発射と共にドラゴンの体は反動で後ろに下がる。

「当たんねぇよ!!」

 火炎放射を空気抵抗操作で自在にかわす。

 そしてドラゴンの体に刀を突き刺し、いち早くその体に左手で触れる。


 奴に触れた状態で空気抵抗を極限まで減らす。

 火炎放射の影響でドラゴンはジェットエンジンのように加速し、目にも止まらぬ速さで遠方の崖に突っ込む。


 俺もドラゴンに掴まったまま、ジーニズの催眠毒の力を使う。

 刀身は紫色に光り、奴にどんどん催眠作用の毒を送り込む。


 だが……


「まずい! こいつエネルギーを変換してるぞ! すぐ抜け!」

 ジーニズの話が確かなら……

 ドラゴンは口元から薄紫色のエネルギー球体を放出しようとしている。


「!?」

 その方角を見るに先程の場所。

 ドラゴンではなく崩れかけた崖を蹴り、崖自体を破壊する。

 ドラゴンは崖と共に胴体を天に十五度程逸らす。


 反動でその対面方向に跳び、ドラゴンの発射する攻撃を受け止める為に急いでサタンを呼び戻す。

「サタンッ!!」


 次の瞬間、まさかの出来事が起こる。


 ドラゴンの首の直径自体が伸びる。

 角度を軌道修正して、光線は放たれる。

「なッ!?」

 光線とタイミングを合わせて、巨大化した剣を下から斬り上げる。


 光線は真っ二つに割れ、片方は空側へ発射角度を変える。

 土壇場過ぎて斬り方が甘かった。

 もう片方……光線の三分の二は角度を変えず原住民達の方向へ放たれる。


(終わっ――)


 突如その方向に時空を裂いたホールが出来る。

『援軍を呼んだ』

 そのホールと繋がった現実世界から優華が現れ、左手で軽々と光線を天に受け流す。

 見事な九十度だ。


(じゃなくて……!!)

「なんでアイツを!」

 呼ばれて悪い?と言わんばかりの目で遠目から睨まれる。

 彼女は水を操作し、足に纏って空中に浮いているようだ。


 逃げ場が無くて心に負荷がかかるのを感じる。


「目の前の事に集中しよう」

 揺るがないジーニズの言葉だけを信じるしかない。

 地面に着地し、反動でドラゴンの方へ跳ぶ。


(今度こそ……!)

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