六 骨肉の争い(1)
現場の捜査を終えた後、僕らは一応、家族全員の事情聴取をすることにした。主な目的は、犯行時刻におけるそれぞれの
場所は、屋敷の東側中央に位置する応接間を借りた。この応接間の南に例の鍵がまとめてかけてあるという執事の仕事部屋がある。
ちなみに北側はお金持ちの家らしく、客人に楽しんでもらうための
目に鮮やかな真っ赤なカーペットに天井からはクリスタルのシャンデリアが下がる豪華な応接間で、一人々〃家族を呼んでは詳しく聴取を行ってゆく……。
先生も僕も別に警官などではなく、ただの探偵とその助手であり、そんな捜査をする権利も権限も何も持っていないのであるが、成り行き上すっかりその役回りを代行することとなってしまった僕らに、花小路家の人々も案外素直に従って話をしてくれた。
とはいえ、死亡推定時刻は真夜中の0時~2時の間である。皆、部屋で寝ていたというくらいの回答しか得ることはできなかった。
つまり、夫婦同室の幹夫・彩華夫妻以外、全員アリバイはなく、他殺なら誰でも犯行は可能だったということになる。花小路夫妻にしたって熟睡していれば、となりに寝ている者が抜け出しても気づかない可能性だってあるし、また、もしも二人が共犯であると考えるならば、そのアリバイも信用に足るようなものではない。
しかし、そんなアリバイに関しては何も確たるものを得られない聴取ではあったが、それとは別のことで二人の人物から大変おもしろい話を聞くことができた。
その一人は、執事の藤巻さんである。
「ところで藤巻さん、このお屋敷内に青酸カリなんて置いてあったりなんかします?」
先生がいつもながら、唐突にどストレートな言い回しで訊いてみた時のことである。
「せ、青酸カリですか……い、いえ、普段、置いてあるようなことは……」
すぐにそう否定はしたが、どうにも歯に何か詰まったような言い方である。
「普段……というと、常時でなければ置いてあった時があるのですね?」
そこで先生がさらに突っ込んだ質問をぶつけてみると、執事は初めもじもじとしていたが、ようやく観念したらしく、とつとつと話し始めた。
「……じつは、亡くなられた茂様からお亡くなりになる少し前に、青酸カリを手に入れてくれるように頼まれたのです。その時は昆虫標本を作るのに使うとかなんとかいう話でしたので、私も疑うことなく手配したのですが、まさかあんなことになるとは……いえ、そのことは警察の方々もご承知のことです。茂様が飲まれた青酸カリは、おそらくその時買ったものだろうというのが警察の判断でございます」
「なるほど。では、青酸カリは屋敷内にあるのですね。とすれば、今回の咲子婦人の場合もそれが使われた可能性は大いにあります……で、今、その青酸カリはどこに?」
「い、いえ。それが、茂様が亡くなってからどこを探しても見当たらないのです。それまでは茂様のお部屋にあったようなのですが……思うに、使い切ってしまったのかもしれません」
それが、藤巻執事から得られた情報である。そして、もう一人は彩華夫人であった。
「奥様、昨日の昼食の時、亡くなった茂・咲子夫妻に、柾樹君から恨まれるような後ろめたいことがあるのではないかとおっしゃっていましたが、あれには何か根拠になるようなことがおありなのですか?」
昨日、僕も気になったそのことを先生は彩華婦人に尋ねてみたのだったが。
「ああ、そのことですの? それなら根拠も何もありませんわ。わたくし、前に聞いてしまいましたのよ。あの二人が影でこそこそとこんな話をしているのを……〝藤巻から薬を手に入れた。これで、柾樹を亡き者にできるぞ〟っていうね」
彩華婦人は、そんなとんでもない話を平然と口にしたのである。
「なんですって!? それを聞いたのはいつ、ど、どこでですか?」
その時、思わず僕は腰を浮かせて、先生よりも早く訊き返してしまった。
「そうね……確か兄が死ぬ二、三日前に、あの兄が死んだ部屋の中ででしたわね。あら、盗み聞きなんて、はしたないと思わないでくださいね。偶然、その前を通りかかったらドアが少し開いていて、聞く気がなくても聞こえてしまったんですから。あの部屋は普段、誰も使ってませんでしたから、きっとあそこで柾樹をどうやって殺そうかと悪巧みをしていたに違いありませんわ。まさか、自分達がそこで死ぬ羽目になるとは思いもしなかったでしょうね。オホホホホ…」
すると、彩華夫人は特に顔色を変えることもなく、少し記憶を手繰るように天井を見つめてそう答えてから、不謹慎にもおかしそうに笑い声をあげる。
「そいえば、あなたはお兄さんに対してずいぶんと淡白なように見えますね?」
話の腰を折るようではあるが、そんな夫人の態度に先生が感じたことを素直に尋ねた。
「え? ああ、そう見えまして? じつは、わたくしと兄も腹違いの兄妹ですの。兄は先妻の子で。わたくしの実家も以前はそれなりの資産家でしたが、それも時代の流れで家業が傾き、家をなくした兄夫婦は花小路の家を頼ってここに住まわせてもらっていましたのよ。ところが、それでも飽き足らずに兄夫婦は花小路の財産をも狙って……恩義を感じるどころかその反対ですわ! だから、夫が跡取りにと連れてきたあの女の子供…いえ、柾樹が邪魔だったんでしょうね。ま、それに関してはわたくしも同意見ですけれど。先生、兄と咲子さんを殺したのはきっと柾樹ですわ。自分が殺されるとわかって、その前にやったのよ!」
先生の質問が呼び水になったのか、彩華夫人はマシンガンのように愚痴を交えて兄夫婦との事情を語った。
なるほど……それが昨日、彩華夫人と咲子夫人の間に感じた、陰湿でねちねちとした昼ドラのような諍いの元凶か……。
だが、そのこと以上に僕らの関心を惹いたのは、彼女と藤巻執事の話を総合してわかった、とんでもない新事実の方である。
「――とすると、どうやら本当に茂・彩華夫妻は柾樹君のことを殺そうとしていたみたいですね」
事情聴取終了後、先生がぼんやりとした瞳で、どこか宙を見つめながらそう呟いた。
「ってことは、やっぱり柾樹さんが犯人なんですか!?」
同じソファのとなりに座る僕は驚きを隠せない顔で、先生の方を向いて大声で問いかける。
「いや、それはどうですかね? 柾樹君は茂氏の死について再調査するよう僕らをここに呼んだ依頼者です。もしも犯人だったら、そんな自殺と決まったものをもう一度ほじくり返すような真似をしますかね?」
「でも、みんなが自分を疑っているので先生を利用して疑いを解こうとしたとか?」
「うーん……その可能性もありますが、それにしてはリスクが大きすぎます。それに、咲子婦人も彼の手によるものならば、僕らを呼ぶのは犯行を行うのにデメリットでしかない。普通、これから殺人を犯そうというのに、わざわざそこへ邪魔な探偵を呼ぼうとは思わないでしょう?」
「それは、確かにそうですねえ……」
もっともな先生の反論に、僕も腕を組んで考え込む。
「それよりも、これがもし自殺ではなく他殺だとすれば、犯人はなぜ、あの部屋で再び犯行を犯したのかがわからないんですよねえ」
「と、いいますと?」
僕とは違うところへ興味がいっているらしい先生に、僕は小首を傾げながら再び尋ねる。
「初めの茂氏の殺害はともかくとして、もう一度、あの部屋を使うのはたいへん危険なんですよ。せっかく完全な密室だったと信じられ、警察も自殺だと判断を下したというのに、あそこでまた、しかも前回とまったく同じような方法で犯行を行ったのでは改めて他殺の線で調べてくれと言ってるようなものです。現に今回、御林君にワイヤーの跡を発見され、今回ばかりか前回の茂氏の件まで密室での自殺という説は疑われるようになってしまったわけですし」
「それはほら、あのトリックを使えるんで、また騙せると思ったんじゃないですか?」
「そこまでマヌケな犯人なんですかねえ……私にはどうにもそのことが気になって仕方ないんです。そう。まるで犯人は、前回は自殺に見せかけたのに、今回の件でそれを他殺だったとわざわざ教えてでもいるような……ま、それもこの二件が本当に他殺だったらの話ですけどね。茂氏の方は本当に自殺だったのかもしれませんし」
そう答えると、先生は深い霧に包まれた外の景色を窓越しに見つめ、しばらく黙って考え込んでしまった。
「………長くしゃべったので喉が渇きました。お茶でも飲みたいですね」
長い沈黙の後、次にその口から発せられた言葉は、この状況には沿ぐわない、なんとも呑気なものだった。
「あ、じゃあ、僕、誰かに頼んでお茶をもらってきます」
だが、じつを言うと僕も喉が渇いていたので、僕は先生を応接間に残して、ちょっと図々しいかも知れないが、お茶をもらいに行くことにした。
「ああ、すみません。よろしくお願いします。できたら私は緑茶がいいです」
そんな先生の声に見送られ、僕は一階東側に位置する応接間を出ると、一階の西側、食堂の北どなりにある厨房の方へと向かった――。
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