第112話

 先程まで真上にあったはずの太陽は西の方向へ傾き、もう少ししたら茜色の空模様に変わる筈だ。


 湖から歩いた獣道を抜けると、ようやくクルツ村に入るための木で作られた小さな門が姿を現し、見えてくる。


 門の前には門兵など入っていく人達をチェックするような者はおらず、クルツ村は出入りし放題だ。


 一応、木の柵で村を囲っているとは言えかなり無用心に見える。


 これでは何れ近い内に盗賊などに襲われてしまうことが容易に想像できるのでローランに帰った際、ギルドマスターのジールへ相談するのも良いかもしれない。

 

「到着です〜ささっと村長の家に行きますか〜!」


「ライラ!ちょっと待てって!」


 クルツ村に到着した為かライラの足取りは軽く、逆にコウは手を掴まれ引っ張られていた。


 周りから見たら少し歳の離れた姉弟が仲睦まじくしている様に見えるかもしれない。


 そのままライラに手を引っ張られクルツ村の中にある村長の家に向かってを歩いている時、コウは外套に付いているフードを深く被り、顔を見られない様にしていた。


 こうすればきっと多くの村人の目を誤魔化せることが出来るだろう。


 欲を言えばフェニも外套の中に入れておきたかったが、残念ながらフェニは成長し大きくなってしまったので外套の中には入りきらないので諦めるしか無い。


 そうこうしているうちにいつの間にか村長の大きな家の前へと辿り着いてしまった。


 勿論、コウは村長に会いたくないので家の中に入るつもりはない。 


「ここから先はライラが行くんだぞ。俺は待っててやるから」


「えぇ~いいじゃないですか~なんでそんなに嫌がるんですか~!」


 村長の家の前でライラと村長の家に入るか入らないかの話し合いをしているとフェニは付き合ってられないといった感じで近くの木の枝に逃げていた。


 すると不意に後ろから足音が聞こえてくるので振り返るとそこにはクルツ村の村長がおり、こちらに気がついたようで話しかけてきた。


「おぉライラか。湖にいる魔物は討伐できたのかの?」


「勿論ですよ~!しかも隣にいるコウさんが一緒に手伝って...!」


「ライラ!」


 コウは急いでライラの口を手で抑えるがもう遅く、今までの努力も虚しく村長にバレてしまう。


「おぉ...これはコウさんではないですか!お久しぶりですな!」


「村長はコウさんの事を知っているんですか~?」


「知っているも何も村を救ってくださったのはこの御方ですからな!」


 村長の一言を聞くとライラは目を丸くしこちらを見てくるが、コウは視線を逸らし別の方向を眺める。


 言っていなかっただけでやましい事はないのだが親に秘密にしていたことがバレたような感覚に陥り、ライラの方向を見ることが出来ない。


「コウさんが...英雄さん...?」


「その...恥ずかしかったんだよ。噂は背びれ尾ひれ付けて広がりすぎてるしな」


 頬をポリポリと掻きながら言い訳のようにライラへ今まで話していなかったことを伝えると背中に柔らかい感触が伝わってきた。


「ラ、ライラ?」


「私の大切な場所を守ってくれてありがとうございます~」


 いきなりの行動にコウは動揺し、後ろから抱きつかれているのがわかっているので顔がどんどん熱を帯びてゆく。


「んんっ!取り敢えず家の中に入りませぬか?」


 咳払いと村長の言葉にライラは自分がしていることに気づき、すぐにコウから離れ顔を赤くしていた。


「まぁそのなんだ...家の中に入るか」


「そうですね~」


 少しだけ恥ずかしい空気のまま村長の家の中へと入っていき、座布団のような物が敷かれた応接室へと案内される。


 ある程度村長と今回の依頼について話をするがこれ以上クルツ村に留まっているとローランへと帰るタイミングを逃し、泊まっていくことになってしまう。


「悪いけどそろそろ帰らせてもらうぞ」


「それはとても残念ですな。泊まっていって下さっても大丈夫なのですが...」


「次の依頼もあるしな。ライラそろそろ行くぞ」


 何故か上の空の状態のライラに話しかけると、ハッとしてすぐにローランへ帰る準備をし始める。


 ライラは既に村長から依頼の終了書を貰っているのでいつでも帰ることが出来るのだが問題は馬車がまだあるかどうかである。


「馬車ってまだあるのか?」


「先程まで馬車が待っていたのを見たのでまだあると思いますぞ」


 どうやらまだ馬車はあるらしくコウはホッとすると同時にまたあのお尻の痛みを耐えないといけないと思うと憂鬱になっていく。


「はぁ...またあの痛みを耐え抜かないといけないのか...」


 村長はコウの考えていることを察したのかとある物を近くの棚の引き出しの中から取り出し、手渡してきた。


 それは表面は布で作られており、中には柔らかいものが詰められた俗に言うクッションである。


「いいのか?貰っても」


「私はもう歳なので馬車に乗る機会があまり無いのですよ。是非使ってくだされ」


 ライラの分のクッションも貰うと一旦収納の指輪の中へと仕舞い込み、ライラをちらりと見ると既に帰る準備が終わっているようだった。


「じゃあ村長また気が向いたら来るとするよ」


「コウさんならばいつでもお待ちしておりますぞ!」


 村長と別れを済ますとコウとライラは馬車が出ていってしまわないように急いで村の入口へ向かって早歩きで向かう。


 すると今にも出発しそうな馬車が見えてきたので大きな声で馬車を呼び止めると御者はこちらに気づいたのか出発をやめて少しだけ待ってくれていた。


「止まってもらってすまんな。この馬車は何処に行く馬車だ?」


「あぁローランに行く予定だけど乗っていくのかい?」


 行き先の確認をするとローランに向う馬車だと分かったので、すぐに料金を支払い馬車へと乗り込んでゆく。


 もしこの馬車を逃していたら本当にクルツ村に泊まっていくとこだっただろうか。


 御者は馬車にコウ達が乗ったのを小窓から覗き確認すると馬に向かって鞭を振るい、少しづつ揺れながら馬車は進み出す...自分達が活動拠点としているローランに向かって。



ここまで見てくださってありがとうございます!


そしてブクマや星やハートをくださる方もいつもありがとうございますm(_ _)m

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