第87話 報告しようよ!
目的地までそれなりに距離があるが、自転車を2人乗りするわけにはいかずタクシーを呼ぼうとした良介を、手を繋いで歩いて行こうと志乃がそっと手を握って見上げる。そんな志乃に微笑んだ良介はこのままバスと徒歩で目的地に向かう事にした。
1人で歩いて向かっていたら苦痛でしかない道中でも、志乃と手を繋いで楽しく色々な話をしながら歩く道は、距離を感じさせないものだった。
途中でなんとなく入ったファミレスで食事を済ませた2人は、全国的に有名は大型の総合家具店に到着して、早速店内を色々と見て回る。
食器棚や寝具、新居のリビングも中々の広さがある事からソファーやテーブルも見て回った。
「私って幼稚園くらいの時に今の家に引っ越しただけで全然覚えてないんだけど、引っ越しでこうして家具を見て回るのって楽しいね」
「そっか。俺もガキの頃に今の実家に引っ越してきたからあまり覚えてないな。高校を出て上京してきた時はオンボロアパートだったから、まともな家具なんて置く場所なんてなかったし。あのマンションは家具が備え付けだったから家電しか買わなかったしな」
「そうなんだ。ということはあのマンションの家具は良介の趣味じゃないって事?」
「いや、あの部屋以外にも色々と見て回って他にも備え付けの部屋もあったんだけど、あの部屋が一番好みだったから選んだんだ。だから、俺の趣味っていえば趣味になるかな」
「うん。あのお部屋大人っぽくて私も好きだったなぁ」
だから今の部屋も負けないくらいに格好良くしようと張り切る志乃に苦笑いを浮かべて、キョロキョロと楽しそうに見て回る彼女の後を付いていく良介。
見て回る志乃の顔は真剣そのもので、一点一点しっかりと吟味して良介と相談しながらそれぞれの家具を決めていく。
それだけ、これからあの部屋で過ごすのを楽しみにしているのが分かる良介だったが、それにしてもと首を傾げた。
「こんな事に付き合わせたら退屈するんじゃないかと思ってたんだけど、メッチャ楽しそうじゃん」
「うん! な、なんか……ね。新婚の家具選びしてるみたいで……ね」
「は、はあ!? し、新婚って――」
「――気分だよ、気分! そんな気分の時ってあるじゃん!」
「……そんな気分の時ってあんのか?」
いきなりとんでもない爆弾を投下されてワタワタと慌てる良介がなんだか可笑しくて、志乃は顔を赤くしたまま笑った。
大方新しい家具を選び終えてどれも大型の物ばかりだった為、支払い時に配送の手続きを済ませて2人は店を出た。
腕時計で時間を確認すると、15時過ぎを指している。
帰りの新幹線の時間を考えるとまだ余裕はあったのだが、志乃を駅に向かわせる事を意識するには十分な時刻だった。
良介は出掛ける際、そのまま駅に向かおうと志乃の荷物を持ち歩いていた為、どこかで休憩をとってから駅に向かおうとしたのだが、志乃は首を横に振って休憩はいいからもう一か所行きたい所があると言い出した。
「どこへ行きたいんだ?」
「携帯ショップだよ」
言われて、なるほどと納得する良介。
実は志乃と付き合い始めて携帯が必要だと、良介も志乃を見送った足でスマホを買うつもりだったのだ。勿論、昨日の失敗を繰り返さない為に、すでに鞄の中には購入に必要な物は全て詰め込んで準備万端だったのだ。
その事を伝えると、志乃は「じゃあ、すぐに行こう!」と良介の手を引っ張っていく。土地勘がない志乃に場所が分かるのかと苦笑いを浮かべた良介は、その小さい手をギュッと握って歩を進めるのであった。
「……どれにしたらいいんだ?」
家具屋から一番近場にある携帯ショップに着いた良介が、店内にズラリと並ぶスマホに困惑する。
「システムエンジニアなのに、スマホくらいで構えないでよ」
「いや、そんな事言われても……だな」
プログラムを組む人間といっても、それはあくまで商業システムでの話であってと言い訳する良介に、呆れた顔をする志乃が一番目立つようにディスプレイされているスマホを手に取った。
「この最新機種ってね、私も大学に入って機種変したものなんだけど、拘りとか好みとかないなら同じ物にしない?」
「あぁ、それでいいよ。同じなら使い方教えて貰えるしな」
「……良介ってホントにエンジニアなの?」
言って笑う志乃に拗ねるように唇を尖らせた良介は、早速契約を交わす為に窓口に向かった。
選んだ機種は在庫もあった為、契約を済ませたその場でスマホを受け取る事が出来た。2人は新しいスマホが入った紙袋を手に、近くにあったカフェに入る事にした。
案内された席に着いて2人分の注文を済ませた良介は、早速買ったばかりのスマホを箱から取り出して電源を立ち上げる。
志乃に色々と教えて貰いながらいつものトークアプリをインストールして、預けっぱなしにしてあったアドレスをアプリから引き戻すと、真っ白だったアドレス欄が一気に賑やかになる。
すぐに向かい側に座っている志乃に新しい番号やアドレスを送ると受け取った志乃の顔が本当に嬉しそうで、間宮はずっと待たせてしまってたんだなと申し訳ない気持ちになった。
無事にアドレスを手元に戻せてホッと安堵していると、突然トークアプリに設定していた通知音が2回鳴る。
設定を終えてテーブルに置いたスマホを立ち上げると、志乃からメッセージが2件届いていた。
いきなりなんだと首を傾げた良介がメッセージを確認すると、1件目はゼミの仲間だけが集まっている以前良介も入っていたグループトークルームへの招待メールで、もう1件は良介と志乃の2人だけのトークページに書き込みがされた事を知らせる通知だった。
『これからは恋人としてよろしくね♡良介 (^ε^)-☆Chu!!』
一言そう書き込まれたメッセージを見た良介が正面に座っている志乃に視線を向けると、送った本人は顔を真っ赤にして俯いていた。
「……恥ずかしいんなら、送らなかったらいいと思うんだけど」
「う、うっさいし! 新しい良介のスマホに初めて送るのは私がいいんだもん!」
志乃がモジモジと自分のスマホに視線を落とす姿が可愛くて、良介もスマホを弄りだした。
やげてピコンと志乃のスマホから通知音が鳴り、すぐに内容を確認した画面には……。
『こちらこそよろしくな、志乃』
良介が送ったレスはとてつもなく平凡で何の飾り気のない内容だったが、志乃は表情筋を緩ませて画面から目を離す事なくデレたのだった。
一通り初期設定を終え会計を済ませてカフェを出た良介が新幹線のホームまで送ると告げて、2人は新潟駅に向かった。
新潟駅に着いた志乃がお世話になった人達にお土産を買いたいと言い出して、一旦荷物をコインロッカーに預けて駅内にある土産ブースを回る事になった。
加藤と神山、佐竹に松崎、そして希。この5人には志乃だけでなく良介も本当に世話になった。
そして、これからもずっと付き合っていきたい面子でもある。
良介と志乃は感謝とこれからも宜しくという意味を込めて、入念に土産を選んで回った。
それに加えて良介は藤崎に関夫妻、そして志乃の決断次第では世話になるであろう天谷への土産も志乃に持たせた。
志乃も個人的に今回の外泊を含めた事で背中を押して応援してくれた母親である華にも、父である拓郎に内緒で渡す為の土産も忘れずに購入したのだった。
気が付けばかなりの土産の量になってしまい、2人は土産の山を眺めて笑い合う。
大量の土産を抱えてホームに向かい、まだ新幹線が到着していない事を確認した2人は傍にあったベンチに座って待つ事にした。良介はO駅のホームでよく買った銘柄の缶珈琲を2本購入して、1本を志乃に手渡してベンチに腰を下ろす。
「ねぇ、良介」
受け取った缶を両手で包み込んでコロコロと転がしていた志乃が少し真剣な顔つきで、不意に良介に話しかける。
「ん? なんだ?」
転がしていた缶をギュッと握った志乃が、上体を隣に座る良介に向ける。
「良介が東京に来た時、連れて行って欲しい所があるの」
新潟ではなく東京で行きたい所と言われて良介が首を傾げる。
「いいけど、どこに?」
「……優香さんのお墓に連れて行って欲しいの」
それは良介にとって予想外の場所だった。
志乃にとって香坂優香という人物は面白くない人物だと思っていたからだ。
だが、私達がこうして恋人として結ばれたのは優香さんのおかげだと志乃は言う。
勿論、亡くなってしまった優香に会った事などない志乃であったが、それでも要所要所で彼女に背中を押して貰えた気がすると現実的に考えれば有り得ない事を、志乃は真剣な眼差しを良介に向けて付け足した。
その事に関して良介にも思い当たる節がある。
特に刺されて死線を彷徨った時、優香がこちら側へ戻してくれた事だ。その他にも感謝しないといけない事案がある事を自覚している良介であったが、志乃の心情を考えればここは否定するべきだと結論付けた。
「志乃の考えすぎなんじゃないか?」
「ううん、そんな事ない。ホントは良介だってそう思ってるでしょ?」
そう言い切る志乃の目には全く迷いの色がなく、良介がその目に言葉を詰まらせていると「それにね」と志乃が話を続ける。
「昨日優香さんにはまだ勝てないって言ったけどね……。ホントはずっと勝てないって思ってるの」
「そんな事――」
「――ううん、いいの。それだけの人に愛されてたんだって自覚した方がいいよ?」
決して自虐的に言ったわけではないと言いたげに、クスッと笑みを零してそう言い切った志乃が、良介には何だか大人びて見えた。
「……分かったよ。どのみち俺も志乃の事を報告しに行くつもりだったから、一緒に行こう」
「うん! 約束だからね」
一緒に優香の墓参りをする約束を交わした時、2人のスマホから同時にピコンと通知音が鳴った。
2人はそれぞれのスマホで通知内容を確認する。
特に良介のスマホはほんの一時間前に開通させた物だった為、一体何事かと怪訝に思うのは仕方がない事だった。
だが画面を立ち上げると、なるほどと納得する内容のメッセージが表示された。
それはカフェで志乃から招待されたグループトークルームに改めて参加した事に気付いた他のメンバーが、良介に向けて書き込んだメッセージだったのだ。
松崎や加藤に神山に佐竹まで全員から同時期に書き込まれたメッセージを見て、帰ってきたんだと実感が持てた間宮は思わずスマホの画面に向かってほくそ笑む。
だが、同じ内容を隣で確認した志乃が加藤達の反応を見て何やら恐ろしい事を思い付いたような笑みを浮かべるのを見て、良介は嫌な予感を抱く。
「ねえ! 今皆ここを見てるから、2人同時に付き合いましたって報告しない?」
やはり嫌な予感ほど当たるものなんだと小さく息を吐く良介は、そんな中高生みたいなノリを三十路になった自分には相当ハードルが高いと、あからさまに顔を引きつらせた。
だが、志乃はそんな良介の反応も織り込み済みだったのか「いいじゃん、いいじゃん!」と押しに徹する。
もうこうなった志乃は余程のことがないと意見を引っ込めたりしないのを、これまでの付き合いでよく知っている良介であったが、それだけ自分を出している証なんだと思うと嬉しさが込み上げた。
そんな志乃の提案を無下に断る事が出来なくなった良介は溜息交じりに「わかったよ」と観念して、お互いのスマホでメッセージの作成に取り掛かった。
報告の文章を書き終えた2人はお互いの文章を確認した後、志乃がカウントダウンを開始する。
「5.4.3.2.1.送信!」
志乃のカウントに合わせて2人はそれぞれのスマホの送信ボタンをタップした。
『良介と付き合う事になりました。これからはカップルとしてよろしくね、皆!』
『志乃と付き合う事になった。色々と迷惑かけたみたいでごめんな。距離は離れたけど、これからもよろしく』
お互いの画面に表示された2人のメッセージに、志乃は幸せそうに微笑んだのだった。
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