第58話 捜索開始!
東京駅に降り立った俺は、新潟とは違う圧倒的な人の多さに軽い眩暈を感じた。
つい最近までここの住人だったはずなのに、もう外部の人間のような感覚がある。それだけ日本の首都である東京は良くも悪くも異常なのだと思い知らされた。
ホームを降りて腕時計で時間を確認しながら、大きく空気を吸い込んでみた。
やっぱりここの空気は美味しくない。
まぁ、大阪も美味くはないのだけれど。
目を閉じて意識を自分の中に向けてみる。
(俺は何をしようとしてる?)
きっとあいつらは上手くいっているはずだ。
岸田から瑞樹と付き合いだしたと報告を受けた時、俺は応援したんだ。正直、岸田以外の男なら不安しかなかったと思う。
岸田だからこそ、あの時瑞樹を頼むって言えたんだから。
(でも……だけど、それは瑞樹の為だけを思って言った事だ)
俺の事はいいからと勝手に格好つけて悦に入ってた自覚はある。
俺は昔、優香を東と奪い合って学んだじゃなかったのか?格好つけたって、結局いい人で終わってしまって自分の手には何も残らない事を。
本当に手に入れたいものは、多少強引であっても多少我儘だったとしても、足掻くべきなんだって知ったはずだろ?
(なのに……また格好つけてしまった)
最初から自分の気持ちに正直になってさえいれば、どんな結果になろうと納得出来たはずで。今こうして東京の地に足を付けてるなんて事はなかった。
これから瑞樹と岸田の邪魔をしにいく。
最低で最悪の行為で、考えるだけでも悍ましく思う。
(だけど、今日は俺の誕生日だ。だから何だって言われるだろうけど、祝いなんていらないから。プレゼントもケーキもいらない。だから今日一日だけでいい! 俺の身勝手を見逃してくれ!)
俺は誰に頼むでもなく、どんよりと曇った空を見上げて心の中で独り言ちた。
軽くフッと息を吐いて「いくか」と、電車を乗り換える為に歩き出した。
電車を乗り継いでいくと、もう既に懐かしく思える景色に変わっていく。そんな景色が増えて行く度に、俺の心は激しく跳ねた。
だが、最後の乗り継ぎをしょうと次のホームに向かう途中で、俺は大きな失敗をしている事に気付く。
(……どうして携帯を買わなかったんだ、俺)
以前使っていたスマホは外回りの営業部隊の人間だけに会社から支給された物だ。
その為、営業部を離れる事になった俺はスマホを会社に返還していたのだ。勿論。返却した当初は向こうの生活が始まるのと同時に個人で購入するつもりでいた。
だけど、夢の中で瑞樹への気持ちを自覚してしまい、更に岸田から瑞樹と付き合いだしたと聞かされた。俺は自分の気持ちを整理して、せめて瑞樹の口から岸田との話を聞かされても普通に笑えるようになるまで、東京方面の知り合いには新しい住所や番号を教えないと決めたんだ。
そう決めると、さほど携帯の必要性を感じなくなって、俺は未だにスマホを購入していなかったのだ。
スマホさえあればアプリに預けているアドレスを引き出して彼女に連絡をとれば、比較的簡単に会う事ができたはずなのに。
あまりの馬鹿さ加減に苛立ったが、ここまで来て立ち止まっているわけにはいかない。俺はここから一番近くの携帯ショップに駆けこんで、その場で手渡し可能の機種を購入しようと決めた。
向かおうとしているA駅周辺には即納してくれるショップがない事は知っていたから、俺は本社があるO駅前にある携帯ショップに向かった。
ショップ前に着いた所で、ある事に気付いて足を止める。
(携帯買う時って何が必要なんだ?)
俺は大学までは個人の携帯を持っていたけど、就職してから会社からスマホを支給されたから、個人の携帯は解約したのだ。
それからはずっと支給されたスマホを使っていたから、気にした事もなかったんだけど……。
確か昔に比べれば手続きは随分と簡略化されたって聞いた事はあるけど、調べようにも端末がないと出来ない。
悩んでいても話が進まないと携帯ショップに入ると、店内は少し混んでいて整理券を発行して順番を待つ事になった。
正直1分でも時間が惜しい状況であったが、こればかりは仕方がないと10分程待ったところで、俺の番号が呼ばれた。
窓口に向かって早速携帯を新規で購入したいと告げると、機種を尋ねられたからすぐに手渡してくれる物なら何でもいいと頼んだ。
急いでいると言ったからか、スタッフはすぐに手続きに入ってくれたんだけど、俺はそこで大失敗している事を知る。身分を証明する物、つまり運転免許証もしくは保険証を手元に持っていなかったのだ。
俺は普段から車やバイクを使う機会がないからと、必要な時以外は家に免許を保管していたのだ。
ここへ来るのも以前からの計画でもなんでもなく、突発的に東京へ来てしまったのだから、免許を携帯していなかったのは俺にとっては不思議な事ではなかった。
何とかならないかと無理を承知で頼んではみたけど、結果はやはり契約させてもらえなかった……まあ、当然だろう。
仕方なくショップを出る俺は、こうなってしまうとただ時間を無駄に浪費しただけだと急いでO駅に戻った。
こうなればゲリラ戦術で瑞樹を探すしかないのだが、幸いな事に今日は日曜日だから恐らく大学は休みにはずで、この時間でも自宅にいる可能性は十分に高いはずだ。もし岸田と会っていたら、それこそどこにいるかなんて見当もつかない。ゲリラ戦術とか言っても、俺は瑞樹の行動範囲を把握していないのだし。
瑞樹が自宅にいる事を願ってA駅で電車を降りて急ぎ足で階段を降りて行くと、前を歩いている老夫婦の男性が段差に躓いて倒れ込みそうになり咄嗟に女性の腕を掴んでしまった為に、2人は覆いかぶさる様な形で倒れてしまった。
正直に言って『こんな時に』と思ったけど、やっぱり見て向ぬふりは出来なくて「大丈夫ですか」と声をかけた。
そんな俺達を見ても他の乗客達は見て見ぬふりで足を止める事なく、階段を淡々と降りて行く。
つい最近までそれが当たり前で、こんなもんだと諦めていたはずなのに、新潟の移り住んで現地の暖かい人間性に触れた今の俺には、そんな通行人が疎ましく思えた。
老夫婦を起き上がらせて階段を降り切るまでゆっくりと付き添った俺は、2人の感謝の言葉を受け取って手を振りながら再び瑞樹の自宅を目指して走る。いつもなら駐輪場に向かってガシャガシャと煩い自転車を引っ張り出しているところだが、今日はここから徒歩になる。
何度も彼女を送ってきた道を、少しでも時間を短縮しようと歩くスピードが上がっていく。
この道を通っていると、その時その時どんな話をしたのか、彼女がどんな顔を見せてくれていたのかと。あの時は妹を見ているつもりだったから気にならなかったけど、彼女への気持ちを自覚してしまった今は、ころころと変わる彼女の表情全てが愛おしく思えた。
最後の角を曲がり、瑞樹の自宅前に到着した。
呼吸を整える間も惜しんで、勢いよくインターホンを鳴らして少し返答を待ったが、中から何も反応がない、。俺はもう1度インターホンを鳴らして、また反応を待つ。これを3回切り返したが、誰の反応も得られなかった。
瑞樹本人でなくても誰か家族がいれくれれば、連絡をつけてもらう事が出来ると期待してたけど、一番可能性が高い自宅が潰れてしまった。
(凹んでる場合じゃない! 次だ次!)
俺は気持ちを切り替えて、再びA駅を目指す。
効率を重視するのならタクシーで移動する場面なんだろうけど、新潟で新幹線の切符を買う時に思いだしたんだけど、どうやらクレカを忘れてきたみたいなのだ。
というより、クレカの在処がよく分からない。
部屋にある事は間違いないんだけど、向こうに行ってから本当に仕事以外は無気力で帰宅した時に財布を投げ捨てた時に落ちてしまったんだと思う。
今日家を出る時に探そうと思ったんだけど、現金が5万程入っていたから別にいいかと外出してしまったのが間違いだった。
本当にらしくない事ばかり続いている。
本来の俺はもっと計画的に動くタイプで、突然、咄嗟の思い付きで遠く離れた場所に行こうと思うなんて、普段からでは考えられない。
そんな俺にこんな行動をとらせているのは、間違いなく瑞樹の存在だ。
理論的な考え方をするからこそ、天谷さんの独特な講義である『storymagic』を学習して更に進化させる事が出来たんだ。だと言うのに、人を好きになると自分の中で出来上がっているものを根底から壊してしまうのだから、瑞樹という少女の存在が、俺にとって不可解で不愉快で、そして愛おしい存在になったのかを思い知った。
A駅まで戻った俺は、今度は松崎のマンションに向かう事にした。加藤や神山、佐竹といった瑞樹に近しい面々の詳しい住所を知らない為、松崎を捕まえて連絡を取って貰おうと考えたのだ。
幸い松崎のマンションは最寄り駅から徒歩5分圏内にある為、移動時間はそれほどかからない。
松崎のマンションに到着した俺は瑞樹の自宅同様に、勢いよくエントランス前に設置されているオートロックに部屋番を打ち込んでインターホンを鳴らす。それも最初から5回連続で。
だが、ここも中から何も反応がない。
(くっそ! お前も俺と一緒で休日はあまり出掛けないタイプだったはずだろ!)
ドンとオートロックが設置されている壁を叩いて苛立った俺は、松崎が加藤と付き合いだした事を思い出した。
恋人ができれば休日の過ごし方も変わる。俺も経験あるから当然かと、壁を叩いた手をだらんと降ろした。
完全にアテを無くてしてしまったが、俺は諦めずに思いつく限りの場所を回る事にした。
よく行くと言っていたモールや周辺のファミレス、いないと分かっているK大にまで足を延ばしたが、瑞樹本人どころか彼女を知っている人物にすら会う事が出来なかった。
もう東京駅に着いた時に購入しておいた帰りの新幹線の時刻まであまり時間が残されていない。その事を確認した俺は、最後の望みをかけてもう1度瑞樹の自宅に向かう事にした。
東京に来てから電車での移動以外全て歩いてきたせいか、それとも最近買った靴が合わなかったのかは分からないけど、いつの間にか靴擦れを起こしたようで、俺は少し足を引きずるように一歩一歩と瑞樹の自宅へ歩を進める。
そうしてようやく自宅前に着いて1度目のように勢いよくインターホンを押さずに、祈る様な気持ちでゆっくりとボタンを押した。
インターホンのスピーカーから小さな呼び出し音が聞こえたが、だが家の中からは何も反応も返って来ない。念の為にもう1度押したけど、結果は変らなかった。
「……駄目か」
俺は観念したように呟いて、視線をインターホンから落とした。
「――あれ? 間宮……さん?」
気力が底をついた時、不意に横から声をかけられた。
東京で俺の名前が呼ばれた事に驚いて慌てて顔を向けると、そこには瑞樹の妹である希がいた。
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