第56話 歓迎会

「はじめまして……というより改めましての方がいいでしょうか。営業部からこちらでお世話になる事になりました間宮良介です。本来であれば4月の頭からの予定だったのですが、私事で1か月以上も遅くなり大変ご迷惑をおかけしました。大学を出てずっとこの会社で働いてきましたが、気持ちを改に新卒のつもりで頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いします」

「間宮さん! 挨拶が固いです! もっとフランクにいきましょう!」

「……はは、そういわれても……ね」


 ゴールデンウィーク中に大阪から新潟に移って連休明けから開発所に出勤した間宮の対して、以前本社で一緒に仕事をした川島が中心になっている開発1課のメンバーが、開発所近くに流れている川辺で間宮の歓迎会BBQを開いてくれていた。


「――それでは! 間宮さんの入所を歓迎してー乾杯!」


 幹事役を進んで引き受けた川島が乾杯の音頭をとると、一斉にそれぞれ手に持っていた缶を突き合わせた。

 若手の男性陣が率先して炭に火を起こして、コンロで食材を焼き始める。

 準備された食材は豪華な物で、綺麗な刺しが入った牛肉や新鮮は魚介類に瑞々しい野菜等を、焼き場担当の男性陣が豪快に焼いていくと、良い匂いに誘われて、酒を呑んでいた連中が次々とコンロの周りの集まってきた。


 焼いている若手だけでは手が足りなさそうに見えた間宮は、焼き場に使うコンロがまだ1基あるのを確認して、炭を敷いて火が入った炭を使用しているコンロから抜き、短時間でもう一基のコンロを準備した。

 それに気付いた川島が今日の主役なんだからと止めようとしたのだが、間宮は皆に顔を覚えてもらうのにいい機会だからやらせて欲しいと、早速食材を焼き始めた。


 焼いては各皿に乗せて、また次を焼く。

 その間に沢山話しかけられたおかげで、参加しているメンバーとの距離を縮める事が出来て、ホッと安堵する間宮。


 悩んで後悔もしたけれど、ここへ来る事を決断したからこその縁だと、間宮はこの縁を大事にしたいと思った。


 腹を空かせた連中の空腹感をある程度満たしてやると、ずっと忙しかった焼き場も落ち着いてきた。ホッと一息つこうと、間宮も自分の皿に自分で焼いた肉や魚介類を適当に盛り付けてトングを置く。


 クーラーボックスから冷えたビールと盛り付けた皿を手に、間宮はBBQを楽しんでいる皆の様子を全体的に見渡せる距離まで離れた所にある平たく削れていた岩に腰を下ろした。

 冷えたビールに喉を鳴らしながら会場全体を見渡すと、あちらこちらから笑い声が聞こえて皆本当に楽しそうだ。


 盛り付けた肉を一切れ口に運んで、またビールを流し込んで見事に晴れ渡った青空を見上げて大きく空気を吸い込む。

 東京の淀んだ空気を大きく吸い込もうと思った事はないが、ここの空気は凄く美味くて心が和んだ。


「隣いいですか? 間宮さん」

「どうぞ」


 空を見上げて深呼吸をしていると、ひょっこりと川島が現れた。


「失礼しまーす」と隣に座って、にっこりと笑みを浮かべて差し出した飲みかけのビール缶に、間宮も缶を突き合わせて喉を鳴らす。


「俺もよく言われるんだけど、川島さんも本当に美味そうにビール飲むよな」

「ホントに美味しいですからねぇ。特にこうして昼間から外で飲むビールとかヤバすぎませんか!?」

「はは、確かにな。俺はこういう本格的なBBQって初めてだから特にそう思うよ」

「そうなんですか?」


 大阪に住んでいた頃はそういう場所があちこちにあるにはあったが、いつも両親が忙しくてそんな機会に恵まれなかった。

 高校を卒業後、大学に通う為に上京すると、こっちではこんなに手軽にBBQが出来る場所が少なくて、あっても有料で貧乏学生の間宮には厳しい値段設定だったのだ。

 就職してからはひたすら時間に追われる日々で、気持ち的にそんな余裕が持てなかった。


(そういえば優香と付き合ってる時、BBQしたいねって言ってたっけ……。結局お互い忙しくて出来なかったんだけど……)


「まぁ、東京はそんなイメージですよね。ところで新潟はどうですか?」

「ん? まだ数える程しか住んでないけど、自然が多くてのんびりしてる感がいいよな」

「その感想はまだ観光客寄りですねぇ。実際に住むと大変ですよ? 東京に比べたらすっごく不便ですしね!」

「はは、確かに不便な事はあるんだろうけど、住んでる人達は温かい人ばっかりだし、気持ちに余裕をもっていられる感じがいいと思うんだ」

「そういってもらえると、生まれも育ちも新潟っ子としては、嬉しいですけどねぇ」


 元々初見ではなく、一緒に仕事をした事がある2人だった為、変な緊張感もなく美味い酒の肴に色々な話で盛り上がった。


「松崎さんはお元気ですか?」

「あぁ、相変わらずだよ」

「そうですか。松崎さんにも色々と良くして頂いたんですよ」

「そっか。そういえば川島さんみたいな人が開発にいるのなら、ウチの会社は安泰だなって、アイツが言ってたよ」

「えっへへ! そう言って貰えるとモチベーションがヤバいくらい上がっちゃいますね!」


 松崎の話題から東京での話の流れになった時、何気に川島の口から出てきた人物の話で、間宮のビールを飲む手が止まる。


「そうそう! あの子も元気ですか?」

「あの子?」

「ほら! 天谷社長のゼミに2人で数日通った時に、私達を見てムスッとしてたあの女子高生ですよ」

「……あ、あぁ、瑞樹の事か。確かにあの時ムスッと機嫌が悪かったよな。受験勉強でストレスが溜まってたのかな」

「…………」


 間宮の返答に不思議そうな表情で、ポカンとする川島に、間宮は首を傾げた。


「え? なに?」

「……間宮さん、それワザと言ってるんですよね?」

「…………」


 間宮は川島の指摘に何も言い返せない。

 確かに川島と仕事をしている時の間宮であれば、川島の問いに首を傾げていただろう。

 だが、今の間宮は自分の気持ちを自覚していて、瑞樹の気持ちも形としては理解している為、何も言えなかったのだ。


 川島の問いにどう答えるべきか悩んでいると、何時の間にか一部の同僚達が2人の周りに集まってきていた。


「まさかの川島女史が間宮さんにアプローチ!?」

「ばーか、そんなんじゃないよ」


 同僚の1人がそう川島を揶揄ったが、当の本人は涼しい顔でサラッと受け流す。


 開発所に初出勤して配属される部署が決まるまでの間、簡単な研修期間があったのだが、その時に何人かの同僚に訊いた話では川島はこの場ではかなりの優良物件らしく、絶大な人気を誇っているという。

 その事に関しては間宮も同感で、大変優秀なエンジニアで最年少でチーフに任命されたのは本社でも話題になった。さらに知的美人という雰囲気を醸し出している彼女であったが、オフではかなり可愛らしい印象を抱かせる女性で、そのギャップが人気に拍車をかけているらしいのだ。


 だが彼女が入社してから今まで1度も浮いた噂がたった事がないらしく、そんな話を聞いたらこうして2人で話し込んでいるのを見れば、スルーするわけにはいかないだろうなと間宮は苦笑いを零す。


「そうだよ。川島さんに新潟の魅力を語って貰ってただけだって」

「ここの魅力? こんな田舎に魅力なんてないですよ! そんな事より東京生活の話聞かせて下さいよ!」


 興味津々と言わんばかりにそう返した女性は川島と同期らしく、見た目は川島と真逆な感じの可愛らしい女性だった。


「東京生活っていっても、俺は別に東京生まれじゃないからね」

「そういえば、大阪の人でしたよね」

「そうだけど、何で知ってるの?」

「川ちゃんに聞いたんですよ。ていうか、彼女さんとか大丈夫だったんですか?」


 彼女、つまり恋人の話題になると、周りにいた連中がグイグイと距離を詰めてきた圧に間宮はギョッとした。


「彼女なんていなかったから、問題なんてなかったよ」

「えー!? 彼女いないんですか!? 凄くモテそうな感じなのにー! ねぇ、川ちゃんホントなん?」

「うーん……。確かにあの時もいないって言ってた……けど」

「けど?」

「モテてはいたよ。本社のお姉さん達が給湯室で間宮さんの噂してるの聞いた事あるし、取引先のゼミで英語の講師をやってるとっても綺麗なお姉さんとも何かありそうだったし――それに」

「え!? それにってまだあんの!?」

「神クラスの信じられないくらいの美少女JKとも仲良かったしね!」

「マジですか!? もうそれって『たらし』じゃないですか!」


 酷い言われようだと間宮の顔が引きつる。

 そんな事ないと否定しようとする間宮であったが、女性陣からは冷ややかな視線を、男性陣からは羨望の眼差しを向けられてしまい、ただ口をパクパクとするだけで言葉が出てこない。


 その場の盛り上がりにクックックッと声を殺して笑っていた川島だったが、間宮のジト目に気付いて慌てて平静を装うと姿勢を正して、コホンと咳払いする。


「それで!? 誰と付き合ってるんですか!? 私的には英語の講師さんと睨んでるんですけど!」


 何だかクイズ形式の流れになり、彼女はいないと答えたはずなのにと苦笑する事しかできない間宮を余所に、流れに乗ってきた男性社員が自信満々な様子で人差し指を立てた。


「まぁ、まずJKはないですよね!」

「……どうして?」

「だって間宮さんってもうすぐ30歳になるんですよね? そんな大人が親の拗ねを齧ってるだけの、口だけ達者なガキと付き合うとか有り得ませんよ」


 言われて間宮の眉間がピクッと跳ねる。


「拗らせてんねぇ。なに? もしかしてJKと付き合ってたとか?」


 女子高生を虚仮威す男性スタッフに、女性スタッフがそうツッコむ。


「まぁな! 妹みたいに甘えてきてよ。それで散々貢いでたんだけど、いざ懐に限界がくると「使えない貧乏」とか言って、さっさと次に乗り換えやがったんだぜ!? 結局あいつは俺が金持ってそうな社会人だからってだけで近づいてきただけだったんだよ! ふざけんなって感じだろ!? いったいいくら貢いでやったと思ってやがんだ!」

「おぉ! 凄い闇背負っちゃってる」


 悔しそうにする男性スタッフに「JKなんてそんなもんだ」とか「あいつらはイケメンと金にしか興味ないんだ」などど言い合って笑いが起きた。


 そんな連中に何かを我慢しているような仕草を見せていた間宮に気付いた川島が、JKを馬鹿にしてるスタッフ達を止めようとする寸前の事だった。


「…………けせ」

「あっはは……え? なんですか? 間宮さん」

「……取り消せ」

「へ? 何をとりけ――」

「――取り消せ! 今言ってた事、全部取り消せつってんだよ!」


 突然、間宮が激怒した。

 これからやっていく仲間達が自分の為に開いてくれた歓迎会の席でだ。

 勿論、その事を重々理解したうえに、世の女子高生の中にはそんなのもいるのも理解している間宮であったが、それらと瑞樹を1つ括りにされた事が我慢ならなかったのだ。


「瑞樹をそんなのと一緒にすんじゃねえ! あいつは! あいつはなぁ……」


 会場の隅々までシンと静まり返り、聞こえてくるのは流れる小川の水の音だけになった。


 世間の女子高生を偏見の目で見て罵った男性スタッフが、怒りを隠そうともしない間宮に「え? い、いや……その」とあからさまな狼狽え、小さな段差に足を取られて尻餅をついた。


 怒りをあらわにした間宮を横目に小さく溜息をついた川島は、飲みかけの缶ビールを一気に飲み干しながら立ち上がると、間宮の隣に立ち背中をポンと叩く。すると、予期していない感覚にハッと我に返った間宮の顔色が一気に青ざめた。


「!! ご、ごめん! 何やってんだ俺は――本当に申し訳ない! 大丈夫か!?」

「――あ、いや……大丈夫です」


 不必要に怒り、場の空気を悪くしてしまった事を含めて、尻餅を着いた男性スタッフの手を引いて立ち上がらせた所で、間宮は両膝をついて参加メンバー全員に謝罪した。

 男性社員も酔った勢いで暴言を吐いた自覚があった為、「こちらこそ、すみません」と頭を下げるのを見て、間宮の周囲に集まっていたメンバーから安堵の息が漏れる。


 周囲の空気が和らいだのを機に、川島は焼き係をやっていた若手のスタッフに目線で合図を送ると、若手スタッフが口元に手を添えて周りの聞こえるように大きく空気を吸い込んで口を開いた。


「えっと、今から皆さんお待ちかねの特製ニンニク炒飯を作りますから、食べる方は集まってくださーい!」


 川島の意図を汲み取った男性スタッフが、恒例になっているらしい特製ニンニク炒飯を餌に間宮の周辺にいる人間の意識をこちらに向けるように呼び掛けた。


 その掛け声に白々しさを感じたメンバー達であったが、この重い空気を戻そうと必要以上のテンションで皆コンロの周りに駆けて行く。


「さてっと! 私も炒飯食べようかな! 間宮さんもどうですか?」

「……折角の歓迎会だってのに……ごめん、川島さん」

「んー、まぁ、これは間宮さんが悪いですね。でも、ウチのスタッフに馬鹿はいないので、大丈夫ですよ!」


 ニカっと白い歯を見せて、川島は串刺しにしている牛肉を頬張った。

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