第26話 卒業旅行 act 16 早紀のお節介

「あ! 志乃みっけ!」


 パレードが行われていた場所に戻ると、加藤の元気な声が飛んできた。


「ふふん、どうよ! 約束は守ったぜい? 間宮さんと2人っきりのファンタジーの世界はどうだったい?」

「うん。すごく綺麗でよかったよ。ありがと、愛菜」


 そうなのだ。偶然を装った2人きりイベントのように見えていた事だったのだが、実は加藤が仕掛けたイベントだったのだ。

 その事に感謝の気持ちを伝えた瑞樹であったが、間宮との時間について触れる事はなかった。


「……そっか」と返す加藤も平静を装うとしているだけで、何かあったのだと察して追及はしない。


「よし! 腹も減ったし、そろそろ帰るか」


 間宮と瑞樹の間に流れる微妙な空気に気付いた松崎はこの場ではどうしようもないと判断したのか、夕食は間宮の実家で食べる事になっていた為、時間を理由にこの場を離れる選択をした。


 車を停めている駐車場へ向かう道中や、帰りの車内でも今日一日満喫したUSJの話題で盛り上がった。

 間宮と瑞樹も話の輪に入っていたが、2人が1度も目を合わせていない事に加藤と松崎は気付いていた。


「ただいまです!」


 玄関を開けて加藤が元気に、まるで本当の家族のようにリビングにいるであろう雅紀達に声をかけた。

 誰に対しても裏表が極端に少なく、持ち前の明るさですぐに周りの人間に溶け込んでいく。それが加藤の最大の魅力であり、松崎が一番惹かれたものだ。

 大親友と位置付けている瑞樹と、彼氏である松崎の前では弱い部分も見せているが、間宮達にとって加藤はなくてはならないムードメーカーなのだ。


「おう、おかえりぃ! どうやった?」

「はい! 間宮パパさんに貰ったパスのおかげで滅茶苦茶楽しかったです! ホントにありがとうございました!」

「わっはっは! 余ってたもんやから気にせんでええ! おもろかったんなら良かったわ!」


 加藤の後に続々とリビングに入って来た他のメンバーも雅紀にお礼を言っていると、インターホンも鳴らさずに誰かがリビングに飛び込んできた。


「ウチもただいまー!」

「おぅ、おかえりぃ! 店はもうええんかぁ?」

「うん! 早々に完売したから閉めてきてん」


 完全に自宅に帰ってきたように現れたのは早紀だった。

 雅紀や涼子も驚く事なく当たり前のように接する辺り、これがデフォなのだろう。


 訊くと、早々に完売した時はよくこうして現れて、雅紀と涼子と康介とで酒を呑む事があるらしいのだ。


 得意気に完売したと話す早紀のは顔は、充実感に満ち溢れていた。この仕事が楽しいのだと、誰にでも分かる早紀の表情に間宮は強い憧れを抱いたのと同時に、やはり大切な仲間達と別れる事になっても、ずっとやりたかった仕事を諦める事は出来ないと実感した。


 あの時、瑞樹に東京を離れる事を話したのも、間違っていないと。


 ◇◆


「え? 離れるって?」

「ずっとやりたかった仕事があってな。そこに誘われたんだ」

「……それが東京を離れる理由なの?」

「あぁ、開発部門の仕事でな。開発所が新潟にあってさ、そこへ行く事に決めたんだ」

「……そ、そうなん……だ」


 言うと、瑞樹はローブのフードをこれでもかという程に深被りして、間宮からは顎先しか見えなくなった。


「いつから行くの?」

「来週末の土曜日に」

「……急なんだね」

「本当はもっと前から決まってたんだけど、受験控えてる瑞樹達には言い出しにくくて……な。――ごめん」


 皆が待っているであろう場所に向かって、ゆっくりというか力なくと言った方が適切な歩き方で歩き出す。立ち尽くす間宮と擦れ違い様に「……わかった。頑張ってね」とだけ言い残して。


 そう言い残した瑞樹は終始フードを深被りしていた為、どんな顔をしていたのか見えなかったが、間宮にはその表情が手に取るようにわかった。

 瑞樹の表情を想像すると胸に痛みを感じた間宮だったが、同時にハッキリと瑞樹に伝える事によってホッとする気持ちも確かに存在していた。


 ◇◆


「ていうか、まんま家族みたいに入ってきたな」

「ええやん! 長い付き合いで家族みたいなもんやし!」


 間宮が呆れた顔でそう言うと、早紀は間宮の肩をバシバシと叩いてケラケラと笑う。そんな2人の様子が、瑞樹には本当に仲のいい姉弟の様に見えた。


(……いいな。姉弟なら離れていても家族……なんだもんね)


「よし、お前等! ちゃんと晩飯は食わんと帰ってきたやろうなぁ!」

「はい! 志乃が絶賛してた間宮家のお好み焼きを楽しみに、我慢して帰ってきましたよ!」


 今朝家を出る時、以前瑞樹が絶賛していた間宮家のお好み焼きが食べたいと加藤が言い出して、松崎達も興味津々といった感じだった為、今晩はお好み焼きをする事になっていた。


 すでにテーブルにホットプレートが2基準備されていて、涼子は間宮家秘伝の出汁を練り込んだタネ作りに取り掛かっていた。

 瑞樹達が手伝いに手を上げてキッチンに向かうのを見て、雅紀は間宮と松崎に先に軽く飲もうとビールを進めようと冷蔵庫を開けた。


「おい、ビールが5本しか入ってへんぞ!?」


 冷蔵庫に缶ビールの数に不満を漏らす雅紀に、買い忘れたと慌てる涼子。


「しゃーないなぁ。おい、良介! ちょっと近所のコンビニでビール買ってきてくれや!」

「はぁ!? 帰ってきたばっかなんやから勘弁してくれや」

「文句言うとらんと、これで買ってこい!」


 ブツブツ言う間宮を無視して、雅紀は1万円札を無理矢理手渡した。


「あ、あの! おつかいなら私が行ってきます」


 雅紀と間宮のやりとりを見ていた瑞樹が、自分が買い出しに行くと手を上げる。


「いやいや! 買ってきてもらうの缶ビールやから重いし、時間も遅いから女の子やと心配やしな。それに瑞樹ちゃんは未成年やから売ってもらえんかもしれんしなぁ」

「でも、お世話になってばかりなので、何かしたいんです」


 当初の予定より一泊増えたというのに、雅紀達の厚意に甘えているだけで何もしていない事を気にするのは、瑞樹の性格を考えれば当然の事だった。


「ええんよ、瑞樹ちゃん。こんだけ若い綺麗どころがここに居てくれるんが、おっちゃんにはご褒美なんやから気にする事ないで」


 そこに早紀がケラケラと笑ってそう言うと「そういうこっちゃ!」と雅紀も笑い、キッチンにいる涼子も笑った。

 キャラの違いはあれど、やはり間宮の家族だと瑞樹はこの温かい空気が本当に好きになった。


「というわけで、買い出しならウチが行ってくるよ」と早紀が言い出すものだから、助かったと間宮が受け取らされてしまった1万円札を早紀に手渡そうとした。


「は? 良ちゃんも一緒に行くに決まってるやろ」

「……は? 行ってくれるんちゃうんかい!」

「あったり前やんか! か弱いウチのボディーガードやってや!」

「……え? かよわ――ぐほっ!」

「ん? ウチか弱いよなぁ! 瑞樹ちゃんといい勝負やんなぁ!」


 言うが早いか、早紀は上体を捻って反発力を利用して、肘を鋭く間宮の腹部に突き刺した。


(この人……デキる!)


 一連の動作を目にした神山と佐竹が唸る。


「……は、はい。お供させて……頂きます」


 ガクッと膝をついた間宮は、目の前に仁王立ちしている早紀に従うと白旗を振った。


「わっはっは! 久しぶりに早紀ちゃんの突きみたなぁ!」


 愉快に笑う雅紀を恨めしそうに睨む間宮を余所に、早紀は小物入れに入れてあった雅紀の車の鍵を取り出した。


「ちょっと小突いてこの様じゃ使えんから、瑞樹ちゃん! ウチと一緒に行かへん?」

「へ? あ、はい。え? でも……大丈夫なんですか?」


 言って、瑞樹は足元に蹲る間宮を心配そうに見る。


「ダイジョブ! ダイジョブ!」


 なんの根拠もない早紀のいい様に瑞樹は顔を引きつらせながらも、元々手伝いたかった瑞樹は早紀に着いて行く事にした。


「荷物重くなるから、おっちゃんの車借りるで!」

「おぅ!」

「じゃあ、いってくるわ!」と蹲る間宮を余所に早紀は瑞樹を引き連れて玄関を出て行った。


 ◇◆


「シートベルト締めた?」

「あ、はい」

「ほな、しゅっぱーつ!!」


 瑞樹達が乗ってきた車に乗り込んだ2人は、大きな通りにあるコンビニを目指して車を走らせた。


「良ちゃんの心配ならいらんで。あれは殆ど芝居やからなぁ」

「え? 芝居なんですか?」

「うん! ウチの打ち込み程度が、あんなに効くわけないもん」


 相当な打撃に見えた瑞樹であったが、何でも小さい頃に突然格闘技を習いたいと言い出した間宮と一緒に習いだした早紀が言うには、打ち込んだ時の手ごたえが大してなかったと言う。


「突きが入る瞬間、後ろに衝撃を逃がしやがってん。ホンマ相変わらず強いわ、まったく」


 素人目には凄い攻撃に見えたが、それを咄嗟に受け流したという間宮の強さに、今まで何度か助けられた強さの片鱗を知った気がした瑞樹だった。


「あ、あの! 私が余計な事言ったから……ですよね? すみません」

「瑞樹ちゃんはええ子やなぁ! 普通は気付かんでぇ! あっはっは」


 早紀の一連の行動は、手伝いたいと言い出した瑞樹の気持ちを酌もうとしたもので、それは早紀の攻撃を受けた間宮の苦しみ方が芝居だと知って気付いた事だった。


 元々セットされていた音楽が心地よく流れる車内に、早紀の明るい笑い声が響き渡る。暫く走って目的のコンビニに到着した2人は適当に酒類を買い込んで、重いビニール袋を車に積み込んだ。


 2人が再び車に乗り込んだところで、早紀が瑞樹に温かい缶珈琲を差し出した。


「ウチの奢り! 飲んでや」

「え? でも……」

「ええから! ええから!」


 早紀は遠慮する瑞樹にそう言いながら、自分の缶珈琲のプルタブを開けて口に含むと、瑞樹も「すみません」と会釈して缶を開ける。


「……USJで何かあった?」

「え!?」


 突然に心を見透かしたような一言に動揺して、思わず手に持っていた缶を落としそうになる瑞樹。


「お姉さんを舐めんなよ? 帰ってきてからの2人見てたら分かるっちゅーねん」


 ふふん!と鼻を鳴らして得意気な顔で、助手席で目を丸くする瑞樹を見る早紀に、何故だか瑞樹の口から素直な言葉が漏れた。


「……あの、後で少しでいいので、話を聞いてもらえません……か?」


 言った後で、瑞樹が不思議そうな顔を見せる。

 今朝、出会ったばかりで、しかも登場の仕方にやきもきさせられた女性に、素直に悩みを聞いて欲しいと言った事に。


 思えば間宮の周りにいる人間は、こんな雰囲気をもった人が多い様に瑞樹は思った。

 類は友を呼ぶと言うけれど、彼と深く関わっていくと本当にそう思えたのだ。


「ええよ。じゃあ後でこっそり連絡するから、ID交換交換しよか」

「あ、はい」


 瑞樹は早紀と連絡先を交換して、後で落ち合う事にした。

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