第23話 卒業旅行 act 15 本音

「ついに来たよ! USJ!」


 間宮一行は雅紀が用意してくれているパスがある為、ゆっくりと朝食を食べてから、余裕をもって現地に到着した。


「ウゲッ! マジか!? 俺が高校生の頃はここまでじゃなかったぞ」


 入場門からすでに行列が出来ていて、その光景に眩暈がすると言わんばかりに間宮から溜息が漏れた。


「ホントに雅紀さんからパス貰ってなかったら、敷地に入るだけでもかなり時間とられてたね」

「康介の話じゃ、酷い時は1つのアトラクションに4~5時間待ちとか珍しくないらしい……」

「マジで!? 整理券とかなしでそんなに待たされたら、何も出来ないじゃん!」


 入場パスと一緒にエクスプレスパスを貰えたのは、本当に幸運だっただろう。

 このパスがあれば殆どのアトラクションで通常の通路ではなく、特別通路から入れる為、比較的短い待ち時間でアトラクションを楽しめるからだ。


 初めてここへ遊びにきた瑞樹達はこのパスをプレゼントしてくれた雅紀に感謝しつつ、入場ゲートを潜ってUSJの雰囲気を肌で感じた。


 同じテーマパークでるTDLとは違い、世界観に入り込む感じは箕臼だったのだが、その分アトラクションは派手で、絶叫系やVRのアトラクションが軒を連ねていた。

 瑞樹達高校生組が事前にすぐに乗ろうと決めていたアトラクションから始まり、それから目に付く順番で回り始める。


 瑞樹達高校生組は本当に楽しそうに、満面の笑顔で楽しんでいるようで、そんな彼女達を見て雅紀の提案を受けて一日滞在期間を延ばして本当に良かったと、間宮と松崎はお互いの目を見合わせて笑った。


「次はハリポタ行こうよ!」


 加藤がそう言い出して、瑞樹達も目を輝かせながらCMでしか見た事がないあの世界観を再現したエリアへ足を踏み入れた。


 このメンバーで原作の小説を読んだ事があるのは間宮だけだったが、他のメンバーも映画やDVD等で見ていた為、その再現度に感動してテンションのギアがもう一段上げる。

 高校生達は、気が付けばこの世界観をより楽しむ為にローブと帽子、それに杖まで購入していた。


 瑞樹達は早速ローブを纏い杖を使ってポーズを決めて、あちらこちらで撮影会を始めた。


「はは、あの子は本当に何でも着こなすな」


 松崎がしみじみとローブ姿になった超絶美人の魔法使いなった瑞樹を眺めながら、そう呟く。

 松崎の意見に間宮も「はは、それな」と頷いた。

 はしゃぐ瑞樹達の周りには、沢山似たような恰好をしている客達がいる。

 だが、瑞樹以上に似合っている女の子は見当たらない。

 その証拠に、このエリアを訪れた客達の視線が集まっている。それは男だけでなく、同性も惚れ惚れする眼差しを送っている事で証明されていた。


 見事に世界観を再現されていたエリアにあるアトラクションも、パスのおかげで短時間の待ち時間で乗れたところで、事前にチェックしていたアトラクションをコンプリートした間宮達一行は、休憩がてらランチタイムにする事にした。


「さぁ! ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼ご飯食べたら2周目にいくぞ!」


 加藤がそう号令をかけると、瑞樹達高校生組も「おーー!!」と賛同する、どうやら2周目に突入するのは確定事項らしい。


 レストランで昼食を摂っていたが、高校生軍団の意識はすでに2周目のアトラクションに向いているようで、まるで子供を遊園地に連れて来たような気分に、間宮は苦笑いを浮かべた。


「よし! じゃあ、どこから攻めようか!」


 手早く食事を済ませた神山がテーブルに全体マップを広げて眺めていると、松崎の様子が少しおかしい事に加藤が気付いた。


「貴彦さん、どうかした?」

「ん? あぁ、悪いんだけど、ちょっと疲れたから俺は後から合流でいいか?」


 松崎は皆に言っていなかったのだが、どうやら絶叫系のアトラクションが苦手で、少し体調を崩してしまったようだった。


「え? 大丈夫!? それなら私もここにいるよ」

「いや、俺が松崎についてるから、加藤は皆と遊びに行っておいで。こいつが復活したら合流するからさ」

「……でも」

「うん、それがいい。俺の事は気にしなくていいから、行っておいで」

「……わかったよ」


 ついさっきまで元気いっぱいだった顔色に不安が滲み、松崎の傍から離れようとしない加藤に、間宮がついている事で一応の納得を得た。

 それでも不安気な色は消えなかったが、この旅行は加藤達受験生の卒業旅行なのだから、楽しむ時は4人全員揃ってないと意味がないのだ。間宮が加藤にそう言い聞かせて高校生達を送り出してから、間宮と松崎もレストランを出てベンチが設置されている場所に向かった。


「ほら! 水でいいだろ?」

「サンキュー。わるいな」


 間宮から受け取ったミネラルウオーターを一気に喉に流し込み、大きく息をついた松崎の顔色がいくらかマシになった。


「ったく! 苦手なら最初からそう言えよな。加藤に余計な心配かけてんじゃねーよ」

「はは、面目ない」


 間宮に呆れられた松崎は苦笑いを浮かべて、素直に非を認めてまた水を口に含んで息を吐いた。


「……こんな感じでお前のバカさ加減に溜息つくのも、もうないかもしれないな」

「あほっ! 出発までに最低一回は絶対に飲みに行くから逃げんなよ」

「はは、別に逃げたりなんてしないっての」


 東京を離れる日まで、もう数える程の日数しかない。

 業務引継ぎはすでにほぼ完了していて、開発所とのやりとりも間接的にだが、すでに始まっている状況だった。


「今更訊く事じゃないかもだろうけど、本当に行くのか?」

「本当に今更だな――あぁ、いくよ」


 遠くで野外のアトラクションを楽しむ歓声が聞こえる。

 周りを見渡すと、複数のベンチが設置されているこの場所では施設内で販売されている飲食物を囲んでいる人達が、楽しそうに話す声や弾けるような笑い声が聞こえてきた。

 そんな楽しさが溢れ出しそうな場所で、間宮だけは少し寂しそうな笑みを浮かべた。


 新潟に移り住む事に迷いはない。

 だが、この数か月で得た自分を取り巻く人間関係を失ってしまう事には、素直に寂しさを感じている。


「なぁ、間宮。ちょっと訊いていいか?」

「ん?」

「瑞樹ちゃんに新潟行きの事話したのか?」

「……いや、まだだ」

「そっか。京都でお前と瑞樹ちゃんがギクシャクしてる時あったから、話をしたのかと思ってたんだけどな」

「別に俺がいなくなる事知ったって、たいした影響なんてないだろ」

「……お前、それ本気で言ってないよな?」


 松崎に刺すような視線を向けられた間宮は「わるい」とだけ返した。


「折角の旅行なんだし、こんな話するつもりなかったんだけどな」

「……いや」


 持っていたペットボトルの水を飲み干した松崎が、何かを決意した顔つきになった。


「お節介ついでに、もう1ついいか?」

「なんだよ」

「答えはでたのか?


 松崎が何の事を訊いているのかは、すぐに理解出来た。

 瑞樹志乃と香坂優希の気持ちに対しての間宮自身の答え。松崎はその答えを求めているのだ。

 本当にお節介だと溜息をつく様に、間宮は一言だけ言葉を紡ぐ。


「……ノーコメント}


 松崎から目線を逸らしてそう答える間宮に、松崎は満足気な笑みを見せた。


「分からないとは言わないんだな。OK! それで十分だ」


 ポリポリと口を尖らせながら頬を掻く間宮に、松崎は満足そうに微笑む。

 否定しなかった事が、最大の悩みに出口を見いだせている証拠だと、松崎は間宮の考えを悟ったのだ。


「そんなお節介を焼けるのなら、もう大丈夫だな。あいつらと合流して加藤を安心させてやれよ」


 間宮はベンチから立ち上がり、松崎のそう促す。


「あぁ、そうだな」


 スマホで瑞樹と連絡を取りながら歩き出す間宮の背中を見つめながら、松崎は思う。

 間宮がどんな答えを出しても、悩みに悩んだ結果なら誰かを傷つける事になったとしても、親友として間宮の決断を支持しようと心に決めた。


 間宮と松崎が瑞樹達と合流して、今度は適度に休憩をとりながらUSJを心行くまで楽しんでいると、気が付けばすっかり日が落ちていた。


 日没を合図にメインストリートに人がドンドン集まり出す。

 集まってきた者達のお目当てがパレードだと知った一行は、ナイトパレードを見てから帰ろうという事になり。加藤達が率先してパレードが通過するメインストリートの一角を陣取った。

 ど派手はLEDで武装したUSJを代表するキャラクター達が大きな音楽と共にパレードを始めた時、間宮のスマホが震えた。着信の相手は間宮の会社の同僚からだった。

 わざわざ日曜日に電話なんてしてくる程だから急用かもしれないと、仕方なくパレードを待っていた加藤達が陣取った一角から抜け出して、比較的人が少ない場所で同僚からの電話に対応する事にした。


 少し長くかかってしまった電話を切って、皆がいる場所へ戻ろうとした間宮だったが、パレードの先頭集団がもう目の前まで近づいていた。

 溢れ返ってしまっていて戻れるスペースが無くなってしまっていて近付く事が出来ないと、間宮はため息をつく。


 いい場所でパレード見物するのを諦めた間宮は、一番後方から僅かに見えるパレードを眺めていると、ローブ姿でフードを深被りした人物にいきなり腕を強く引っ張られた。

 完全に想定外の事でその力に抗うのが遅れた間宮は、よろける足取りでメインストリートから少し外れた路地へローブ姿の人物に引きつられてしまった。


 ローブ姿でフードを深被りしていたうえに、日が落ちて暗くなっているのも手伝って誰なのか分からなかったが、背格好から女性だという事だけは分かった。

 引っ張られる力が抜けて間宮が足を止めると、ここまで必死に引っ張ってきたローブ姿の女が被っていたフードを降ろすと、その正体に間宮の目が見開かれる。


「――瑞樹?」


 間宮を強引にここまで引っ張て来たのは、加藤達とパレードを楽しんでいるはずの瑞樹だった。

 フードを降ろした瑞樹の表情は、ついさっきまでパレードが来るのを今か今かと待ち遠しそうにしていた表情とは打って変わって、視線が定まらずにオロオロした様子を見せている。


「えっと、何時の間にか先輩がいなくなってたから、心配になって探しに行ったんだけど、私も戻れなくなっちゃって……」

「俺は仕事の電話がかかってきたから、外しただけだぞ」

「……そ、そうなんだ。それでね、間宮さんも戻れなくなってたみたいだったから、それなら連れていって欲しい所があって……さ」


 瑞樹は両手に持った杖をもじもじと弄りながら、消えそうな声で間宮を上目使いで誘って、返事を待っている。

 ローブ姿の瑞樹は本当の可愛らしい魔法使いのようで、そんな彼女に上目使いで頼まれたら、間宮には断る術を持たない。


 間宮は返答する事なくスマホを取り出して、何かを書き込む仕草を見せたかと思うと、瑞樹のスマホから通知音がした。

 通知音に気付いた瑞樹がスマホを立ち上げると、ゼミ仲間だけのグループが集まったトークルームに『皆の所に戻れなくなったから、瑞樹と少し散歩してくる』と間宮が書き込んでいたのだ。


 自分から誘った事ではあるが、こうして他の人間に知られるのは照れ臭くて誤魔化したくなる気持ちをグッと堪える瑞樹。

 それはグループトークではなく、瑞樹個人に送られてきた加藤からのメッセージがあったからだ。


『約束は果たした! 健闘を祈る』


 間宮の実家で加藤が言ってくれた。

 USJで2人きりの時間を作ってくれると。


(うん。ありがとう、愛菜)


「ほら、あまり時間ないぞ! どこに行きたいんだ?」

「あ、えっとね――こっち!」


 瑞樹はこの勢いに身を任せるように、間宮の手を引いて目的地へ向かう。

 顔が真っ赤になっているのを悟らせまいと、間宮の前を歩いて振り向く事なく目的地に到着すると、間宮は目の前に広がる景色に目を奪われた。

 2人が訪れたのは昼間に瑞樹達がローブを買った、映画の世界観を見事に再現したエリアだった。

 1度訪れた場所に目を奪われたのは、暗くなったこの時間になると世界観がより感じられるようは演出が細部にまで施されていたからだ。


 リアルに再現された建物から漏れる柔らかい明かりに照らされるローブ姿の瑞樹に、まるで本当に映画の世界に入り込んだような錯覚を覚える。それだけ今の瑞樹の姿がコスプレ感を感じさせずに、この幻想的な世界に溶け込んでいたのだ。


 突然瑞樹がここへ来たがったのは、今朝康介からナイトパレードが始まると、大半の客達がパレードに流れていくから、その時に普段人が多い場所が穴場になると聞いていたからだと、瑞樹はドヤ顔で間宮に話す。

 事実、この場所には間宮と瑞樹の他に数名がいるだけになっていて、昼間の人混みが嘘のように消えていて、その静けさが世界観をより一層引き立てていた。


「えへへ、付き合ってくれてありがと! 間宮先輩」


 杖を子気味よく振って無防備な笑顔を見せる瑞樹に、間宮は思わず言葉を失った。

 もうすぐこの笑顔が見れなくなると思うと、間宮の気持ちがグラグラと揺れたのだ。


 (――認めよう)


 今まで異動の事を話さなかったのは、瑞樹が受験で余計な事を考えさせない為だと言い聞かせてきたが、本当は違うのだと。

 本当は瑞樹の笑顔が見れなくなるのが嫌で、ずっと話す事を先延ばしにしていただけだという事を。


(……でも、もうこれ以上引き延ばす言い訳がなくなってしまった……。もう限界だ)


「なぁ、瑞樹……聞いて欲しい話があるんだけど」

「え? な、なに?」


 ご機嫌に鼻歌を歌いながら忠実に再現された町を探索していた瑞樹に、声のトーンを少し下げた間宮の声が届く。

 間宮の表情がいつになく真剣なもので、瑞樹は顔を赤らめて少し乱れた前髪を手櫛で整えながら、間宮の正面に立つ。


 少し冷たい大阪湾から流れてくる海風が2人の間を吹き抜けて、その風がナイトパレードのクライマックスを告げるアナウンスが、音楽と共に届けられた。

 パレードが終われば見物している松崎達から、どちらかの携帯に連絡があるだろう。

 このUSJを出れば、楽しかった旅行の全てのイベントが終わり、明日東京に戻ればギリギリまで先延ばしにしていた現実を、確実に動かさなくてはならない事になっている。


 間宮は腹を括って瑞樹を見ると、頬を赤らめた彼女がジッと間宮を見つめている。


 彼女が何を期待しているのかなんて、鈍い間宮でも流石に分かっている。

 本音はその期待している言葉を瑞樹に仕えたいとさえ思っているが、もう後戻りは出来ないのだ。


 やがてパレードが完全に終わったようで、さっきまで聞こえていた大きな音楽が止むと、2人の周囲に一瞬の静寂が生まれた。


 その静かな空気に、間宮の重い口から零れた言葉を正面にいる瑞樹に届けた。


「……俺――春から東京を離れる事になったんだ」

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