第10話 卒業旅行 act 2 ~神山の心配事~

 東京から何度か休憩を挟みながら、1日目の目的地である京都に到着した。とりあえず、すっかり観光スポットになっている京都駅に車を停めて、間宮達は京都の空気を吸う。


「ここが京都駅かぁ! あっ! この大階段の吹き抜けの所って吹奏楽のコンサートとかやる所だよね! 動画で見たことあるよ!」

「SNSでもよくあがってるよね!」

「この大階段って夜になると、全部ライトアップされたりするんでしょ!?」

「マジか!? 観れないのが残念すぎる!」


 京都駅の名所として名高い吹き抜けの大階段に、東京の現役美少女JKの3人組が感動の声をあげると、早速と吹き抜けのあらゆる場所で撮影会を始める。


 佐竹をカメラマンとして引き連れて、大はしゃぎで撮影会をするJK3人組。その中で一層目を引くのは、やはり瑞樹だった。

 元々絶世の美少女なのは周知の通りなのだが、本当に楽しそうに笑顔を振りまく今日の瑞樹は格別で、周囲の視線を集めていく。


 そんな瑞樹を見るのが好きな間宮であったが、こういう時は必ずと言っていいほど、余計な者を引き付けてしまう事も知っている。


 そんな心配をしながら無邪気にはしゃいでいる瑞樹達の方に、いかにもいう感じの若い3人組が近付いていくのを視界に捉えた。

 ヤレヤレと言わんばかりの顔つきで瑞樹達の元へ駆け寄ろうとした間宮の肩がグッと掴まれて制止させられた。

 何だと掴まれた手を追っていくと、肩を掴んだのは松崎で「まぁ、見てろ」とだけ告げる。


 やがて3人組の男達が瑞樹達と接触した。


「ねぇ! さっきから見てたんだけどさぁ。君達って地元じゃないっしょ!? 俺が思うに東京じゃね?」

「だったらなに?」


 男の1人が馴れ馴れしく声をかけると、加藤が怪訝な顔つきで答える。


「やっぱビンゴじゃん! 俺らも東京でさ、こっちに3人で来てんだけどさぁ! よかったら俺らと回らねぇ?」


 男がそう誘いながら加藤の反応を待たずに手を取ろうとした時、男の手首をガッシリと握り止める者がいた。


「おい、なにやってんだ?」


 男の手首を握りしめたのは、完全に男達の視界から外された佐竹だった。


「は? お前こそなにやってんの? 離せよ、おい」


 舌打ちを打ち掴まれた手を振り解こうとした男だったが、次の瞬間男の顔が歪んだ。


「‼ うぐっ!」


 流れる動きで男の背後をとった佐竹が、掴んだ腕の関節をキメたのだ。

 苦悶の表情が色濃くなるほど、佐竹の目つきが鋭くなっていく。

 その目に冷たさが滲んだかと思うと、もう1つの手が割って入った。


「ストップ! それ以上やったら本当に折れるよ」


 割って入った手が手首を握っている佐竹の手に触れて籠った力を解放させたのは、佐竹の恋人であり師匠でもある神山だった。

 気配を絶ってあっさりと割り込む事によって格の違いを見せつける神山の行動と制止させる言葉に、ハッと我に返った佐竹は瞬時に男の関節を解放させて息をつく。


「だから言ったでしょ! こうなるのが怖いんだって!」


 佐竹のとった行動は間違っていたのか。

 恋人である神山や友人の瑞樹や加藤に、強引に近づいた男達から助けようとしたのだ。彼氏として友人として佐竹のとった行動は間違っていない。

 であれば――何故助けて貰った佐竹に神山は怒るのか。

 それは2人で朝稽古を始めて暫く経った時までさかのぼる。

 朝練を始めた当初は、すぐに逃げ腰になってしまう気弱な性格を改善する為に始めた。だが、稽古を続けるようになって純粋にカッコいい神山に憧れを抱いた佐竹は古武術に興味を持ち。本格的な稽古を申し出たのだ。

 最初は佐竹の申し出を断った神山の理由は、力をつけた人間がその力を己の威厳の為に使った人間がいたからだと話す。

 例え間違っていない事に使ったとしても、やり過ぎてしまえば火の粉を被る事だって珍しくない。

 神山は表面上ではそう言ったのだが、本音は佐竹が危険な目に会って欲しく一心で拒否したのだ。


 だが「乱暴な事に使ったりしないし、絶対に神山さんに迷惑をかけないから!」と必死に粘る佐竹に根負けした神山は古武術を教える事になってしまった。

 そして、やはり嫌な予感ほど当たるもので、佐竹は神山の見てる前で約束を破ったのだ。


「ご、ごめん! ここまでするつもりなんてなかったんだ!」


 我に返った佐竹は顔を真っ青にして、怒る神山に謝罪する。


 大切な人を守れる男になりたい。

 神山の元で稽古をつけてもらうようになってから、何時の間にか朝稽古をする目的が変わっていた。

 だから、自分の彼女を守れたのだから目的は達したのだ。

 だが、やり過ぎた。カッとなって理性が飛んだのだと自覚した佐竹は、あれだけ言われていた神山との約束を守れなかったのだ。


「――嘘つき」


 そう一言だけ零すように告げた神山は、佐竹の反応を待たずに瑞樹達の元へ駆けていく。


 駆け寄ってきた神山を瑞樹達が宥めようとしたようだったが、当人は聞き耳持たずの姿勢を貫いて2人の背中を押してこの場から離れていった。


 そんな神山達を肩を落として見送る事しか出来ない佐竹の元へ、皆のやり取りを遠目で眺めていた間宮と松崎がやってきた。


「喧嘩するなとか言われてたのか?」

「……まぁ、そんな感じです」


 間宮の問いに力なく答える佐竹。


「彼女を守って何が悪いんだよ」

「結衣は俺に変って欲しくないらしいんですよ」

「自分の女が連れ去られていくのを、指をくわえて見とけって事か!?」


 神山が佐竹に求めているものが理解出来ないと首を傾げる松崎に、間宮がヤレヤレと言いたげな様子で息を吐く。


「そういう事じゃなくて、神山さんは単純に佐竹君の身を案じてるんだと思うんだけどな」


 そう話す間宮の手が、佐竹の肩にポンと触れる。


「折角旅行に来てるんだ。早めに仲直りしておきなよ」

「……ですね。空気悪くしちゃってすみません」

「別に誰が悪いってわけじゃないんだから、気にすんな」


 申し訳なさそうに頭を下げる佐竹に、間宮はニッコリを微笑んでまた肩を数回叩いた。


 それから間宮達一行は、佐竹と神山の微妙な距離感を気にしつつも、清水寺などの有名所の寺を巡ったり、嵐山を探索したりと、時間が許す限り京都観光を楽しんだ。


 やがて日が傾き始めた頃、間宮達は車に乗り込んで本日の宿に向かう。瑞樹達JK3人は相変わらず賑やかで、その脇で佐竹がしょんぼりしているのは仕方がないと割り切っていた間宮だったのだが、助手席に座っている松崎の顔つきが何故か緊張したものだったのが気になった。


「どうした? 松崎」

「……いや、なんでもない」


 なんでもない様には見えなかったが、本人が話したがらないのであればと、間宮はそれ以上は訊かなかった。


 目的の旅館に到着して、駐車場に停めた車から各自荷物を手に持ち旅館の前に立つ。


「おお! これは思ってた以上に格式高そうな旅館だな!」

「ほんとそれ! こんな立派な旅館に超格安で泊まれるなんて、松崎さんのおかげだね!」

「いや、それは別に……な」


 間宮と瑞樹が旅館の佇まいに感動したのだが、ここを有り得ない料金で手配した松崎は威張るどころか、歯切れの悪い返答を返すのみだった。


 旅館をキョロキョロと見渡しながら正面口を潜る間宮達に、番頭や仲居、そして中央に女将とみられる品の良い女性が姿を見せた。


「ようこそ、おいでやす」


 女将達が深くお辞儀して、京都独特の言い回しで出迎える。


「お世話になります。松崎の名前で予約している者ですが」


 女将達が出迎えてくれた時から、何故か松崎は間宮の後ろに身を隠すように回り込んでしまった為、ここは当然手配した松崎が前に出る場面だというのに、変わりに間宮が女将に名を名乗った。

 すると、女将は間宮の後ろに隠れている松崎に一瞬視線を向けたが、すぐに品のある笑みを向けた。


「はい。存じております」


 女将は間宮にそう答えると、もう1度間宮の後ろに目を向けてこう言うのだ。


「久しぶりやねぇ、貴彦」

「……あぁ、今日は無理言って悪かったな」


 女将と松崎のやり取りの間に挟まれた間宮は、目を見開いて固まる。


「何言うとるんや? 息子に我儘言われるんは、母親冥利に尽きるってもんやないの」


(……は? 今、母親って言ったか!?)


 間に挟まれている間宮は、女将と松崎の方をキョロキョロと交互に見やると、そんな間宮にクスリと笑みを零した女将が決定的な事を告げる。


「貴方が間宮さんやね? お話は貴彦から訊かせて貰ってます」

「え? あ、いえ……えっと、失礼ですが――あなたは」

「はい。貴彦の母の由梨と申します。息子がいつもお世話になっております」


「「「「「ええええええぇぇぇぇぇ!?!?!?!?」」」」


 松崎を除く全員が一斉に大きな声を上げた。

 他の宿泊客の迷惑になるのは重々承知していた間宮達であったが、これは仕方ないだろうと驚きを隠す事が出来なかった。


 そういえば、間宮は以前松崎から今の母親は再婚相手だって聞いた事があるのを思い出した。

 という事は、今目の前にいる女性こそが松崎を生んだ母親だという事。

 まさか友人の母親がこんな立派な旅館の女将だなんて、流石に想像もした事もない間宮達は只々驚くばかりだった。

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