第4話 encount act 4 ~間宮&岸田編~②

 翌朝、一階のロビー前で待ち合わせていた渡辺とチェックアウトしたホテルを後にして、表通りに出た。


「おはようございます! 間宮さん」


 まずはどこか適当な所で朝食を摂ろうと歩き出した先に、昨晩一方的に別れた岸田に声をかけられた。


「岸田君……君も受験生なんだろ? こんな所で何してんだ?」

「あ、昨日話してませんでしたね。俺はスポーツ推薦でK大に行く事が決まってるんですよ」

「K大!? 君もK大にいくのか!?」

「はい! 順調にいけば春から瑞樹さんと同じ大学に通う事になります」


 ニヤリと笑みを向けてくる岸田に、俺は平静を装って「そうなんだ」と言ったが、内心面白くないと舌打ちを打っている自分に気付いた。


「それで? 俺で暇つぶしでもしようって?」

「いくらなんでも、俺だってそんな暇人じゃないですよ。昨日は邪魔が入っちゃったんで、仕切り直したいんですけど」

「あのな岸田君。俺達は観光に来てるわけじゃないんだよ」

「それは分かってます! でも、この機会を逃したら絶対に次はないと思うんです!」


 別に次が必要だなんて微塵も思っていない俺にとって、岸田の訴えは全く響かない。

 それにだ。岸田が俺にそこまで付きまとう理由が分からない。

 瑞樹が好きなら俺達は付き合ってるわけじゃないんだから、直接アプローチすればいいだけで、俺に関わろうとする意図が見えない。

 だけど、ここまで真剣な岸田を無下には出来ないって思ってしまう俺も――大概だよな。


 結局岸田の熱意に負けた俺は、顧客回りを予定通り終わってから帰りの新幹線の時間までなら付き合うと約束してしまった。

 それまで駅前で待機してると言う岸田と連絡を取り合う為に携帯番号を交換して、ずっと黙っていた渡辺に振り返る。


「悪いな渡辺。そういうわけだから、予定を消化し終わったら別行動で頼むわ」

「はぁ……またですか。別にいいですけど、俺だって今回の出張で今後の事とか色々聞いて欲しい事があったんすよ?」


 何だか最近、妙にモテてる気がする――主に男にだけど。


「随分と藪から棒だな」

「間宮主任は俺にとって目標なんすよ! ずっと追いかけてきたんす! なのに急に異動になって東京離れちゃうでしょ!?」


(――え? 東京を離れるって言ったか!? この人)


 朝からなんだか照れ臭い事を言う渡辺を宥めるのに気を取られて、気が回らなかったんだ……。岸田がまだ傍にいた事に。


「じゃあ、向こうに着いたら軽く飲みに行くってのはどうだ? 迷惑かけたし奢るぞ?」

「……絶対ですからね! 帰った途端また今度とか無しっスからね!」

「わかった、わかった」


 やっと落としどころを見つけて渡辺の機嫌が直った。ホッとした俺は腕時計で時間を確認してから、岸田に向き直る。


「それじゃ岸田君。とりあえず仕事に行ってくるから、また後でな」

「はい、無理言ってすみません。連絡待ってます」


 岸田に見送られた俺達はとりあえず適当な店に入って朝食を摂り、一件目にアポどりしている得意先に向かうのだった。


 ◇◆


「それでは大変お世話になりました」

「それはこっちの台詞だよ。色々と無理を訊いてもらって間宮君には世話になったね」


 最後に予定していた得意先に引継ぎの挨拶を終えた俺達は、ここでようやくホッと肩の力を抜いた。


「ふぅ、これで全部終わったな」

「ですね。お疲れ様でした。しっかし、どこいっても間宮主任の人気は凄かったっす!」

「はは、まぁ有難い事だよ。俺には仕事しか取り柄がないからさ」

「何言ってんすか! 仕事だけの人を目標にするほど、俺の基準は低くないんすからね!」


 渡辺は往来の激しい通りで、俺の人間性を含めて憧れているんだと力説を始めた。

 正直恥ずかしくて仕方が無かったんだけど、俺がこれまで拘ってきた意思を引き継いでいく後輩を、誇らしく思えもした。


 駅前に戻る途中に、渡辺はネカフェで仮眠をとると告げて俺から離れていく。同じ場所に向かうのだからと言ったんだけど、どうやら岸田と鉢合わせるのが嫌だったらしい。


(ホントに俺ってモテるよな……男にばっか)


 渡辺を見送ってから、スマホを立ち上げて交換した岸田の番号をタップして連絡をとると、駅前の通りを少し外れた所に味噌カツの旨い店があるからと、そこの店前で待ち合わせる事になった俺は、今になって岸田に東京を離れる事を聞かれてしまった事に気付く。

 聞かれてしまった以上、俺にも岸田に話さないといけない事が出来たと、待ち合わせの店に急いだ。


「あれからずっと待ってたんだろ? 悪かったな」

「いえ! 俺が無理矢理誘ったんですから。お仕事お疲れ様です」


 店に入って案内された席に着き、岸田お勧めの味噌カツ定食を注文してから周囲を見渡すと、美味いと評判だけあった平日だというのに結構な賑わいをみせていた。


 岸田が昨日あんな事があったからか、打って変わって借りて来た猫のように大人しく、そのギャップに吹き出しそうになったのは内緒だ。


「お、美味いな! 味噌カツって味がしつこくて苦手だったんだけど、ここのは美味いよ!」

「そうですか。口に合ってよかったです」


 かなり美味かったからなのか、単に空腹だったからなのか、俺達はそれから殆ど会話する事なく一気に定食を平らげていた。


「いい食べっぷりでしたねぇ」

「バスケ初めてから異様に腹が減る事が多くてね。気が付いた時にはドカ食いが癖になってて、体に悪いとは思ってるんだけどね」

「あはは、分かります。間宮さんってバスケやってたんですね」

「今も仲間内で時々集まってやってるんだ。岸田君はスポーツ特待で進学するって言ってたけど、水泳の特待でK大に進むのかい?」

「俺が水泳するの知ってたんですね」

「あぁ、瑞樹から聞いた事があるよ」


 食事を終えてお茶を啜って一息ついた俺は、何度も何かを言うとしては口を閉じる動作を繰り返している岸田に苦笑して、今回は助け船を出してやる事にした。


「さて、そろそろ本題に入ろうか。昨日の続きをしたくて待ってたんだろ?」

「……はい、そうです」


 空いた食器をスタッフに片付けさせてから、喉を潤そうとお茶を啜った俺を、さっきまでの和んだ空気を一変させる目つきで、岸田が構える。


「それじゃ、最後に訊かれた事をそのまま返すぞ。君は瑞樹の事が好きなんだよな?」

「はい! 中学の時からずっと彼女の事だけを想ってきました」


 思春期真っ只中、青春という名が一番似合う高校生活の中で離れ離れになった相手を想い続けるというのは、誰にでも出来るものではないはずだ。

 しかも、岸田は顔立ちも整っていて体も鍛えられている、所謂爽やかなスポーツマンイケメンだと、誰が見てもそうジャッジする外見をしている。瑞樹から聞いていた外見とはかなりギャップがあったけど、高校生になって大変身を遂げたなんて珍しいものではないだろう。

 そんな岸田がモテないはずがない。

 その証拠に、昨日喰ってかかってきた女子高生は恐らく岸田の事が好きなのだろう。

 初見の俺でも分かる程だ。岸田が彼女の気持ちに気付いていないというのは考えにくい。

 だが、岸田は再会出来るかどうかも分からない瑞樹を、ずっと想い続けてきたのだ。

 青臭いと言う奴もいるだろうが、誰にでも出来る事ではない。それだけ瑞樹に魅力があったのだろうが、それを差し引いても岸田の強い人間性を感じずにはいられなかった。


「そうか。最近の若い奴とは思えない一途さだな」

「それだけ瑞樹さんに魅力があるってだけで、俺が凄いわけじゃないですよ」


 そんな事をサラッと言ってのける岸田を見て、瑞樹と2人で歩いている姿がハッキリと浮かんだ。

 お似合いだと思った。同じK大に通う事になったら、きっと名物カップルになると思える程に。


「昔と今の瑞樹を知ってる岸田君に訊きたいんだけど、今と心を殺す以前の瑞樹って違うのか?」

「……違いますね。確かにあの頃の瑞樹さんも明るくて誰からにも好かれていましたけど、今の瑞樹さんは……なんというか惹きつけられる魅力があります。勿論あの外見ですから、その内面から滲み出る魅力に気付く前に騒ぐバカが殆どかもしれませんが、そんなの関係なく今の彼女からはあの当時になかった雰囲気があるんです」

「雰囲気……ね」


 随分とアバウトな返答にどう受け取ればいいかと思案していた俺達のテーブルに、店員が申し訳なさそうにやってきた。


「あの、お客様。申し訳ありませんが、順番を待って下さっている他のお客様がかなり多くなってきましたので、席を空けてもらいないでしょうか」


 そう言えば店の入り口に、混雑時は1時間制とか書いてあった気がする。

 店の入り口を見ると、確かに相当な客が順番待ちをしているのを見て、俺達は苦笑いを浮かべて大人しう従う事にした。


 俺達は席を立ち、テーブル脇にぶら下がっていた伝票をレジにいた店員に渡した。


「2580円になります」

「あ、はい」


 ポケットに突っ込んでいた財布を取りだそうとした時「これで」と岸田が5000円札を店員に支払った。


「え? ちょ、俺が払うって」

「いえ、昨日も結局俺の分も払って貰ってるし、今日だって俺が誘ったんですから払わせて下さい」


 そう申し出て俺の財布を押し戻した岸田は、そのまま有無を言わさず店を出て行くから、俺も黙って店を出るしかなかった。


 納得がいかないと眉間に皺を寄せた俺に、岸田がニヤリと笑みを浮かべている。

 大の大人が高校生に飯を奢って貰うなんて格好いいものではないのは、岸田も分かっているはずだ。

 だけど、俺の事をライバルと見ているとしたら、借りを作りたくないと考えるのも理解できないわけじゃない。


「なぁ、せめて俺の分だけでも払わせてくれないか? それなら貸し借りとか関係ないだろ?」

「駄目ですよ! それじゃ俺に気が済みません」


 こういう場合、1度言い出した事は簡単に引っ込めないのは同じ男として分かるから、諦めて大人しく御馳走になる事にした。


「……はぁ、分かったよ。ご馳走様」

「はい! てか、話がしたいって呼びだしたのに追い出されちゃって……何かすみません」

「ん? 話ってどっか店に入らないと出来ないのか?」

「え? いや、外は寒いだろうなって」

「寒いのは岸田君のせいじゃないでしょ。時間まで駅前のベンチで話そうぜ」


 駅前の自販機前にベンチがあった事を思い出して、そこで話の続きをしようと提案したら、岸田の顔がぱぁっと明るくなった。そんなに俺と話すのが嬉しいのかと首を傾げたけど、正直悪い気はしなかった。


 駅前に移動して自販機で食後の飲み物を買って、2人並んで腰を下ろした。

 勿論、今度は岸田に払わせまいと、素早く自販機にコインを入れたのは言うまでもない。


「それにしても、まさか岸田君と会えるとは想像もしてなかったな」

「はは、ホントそれですよね」


 ベンチから立ち上がって、そう言って笑う岸田の前に立った。


「もし岸田君に会えたら、お礼を言いたかったんだ」

「お礼……ですか?」

「あぁ、中学の時さ。完全に孤立していた瑞樹の傍にいてくれてありがとう」


 俺はそう言って、一回以上年下の岸田に頭を下げた。


「え!? あ、ちょっと!」

「君がいなかったら、彼女の心は完全に壊れていた」

「ちょ、やめて下さい! あれは俺がそうしたかったからだし、それに高嶺の花だった瑞樹さんに近付けるって下心もあったわけだから!」

「それでもだよ。どんな理由があろうと、君の勇気ある行動が1人の女の子の人生を救ったのには変わりないんだから」

「――まるで、今カレが元カレに言ってるように聞こえるんですけど?」

「いや、今のは彼氏っていうより、父目線っぽくなかったか?」


 俺は割と本気で言ったつもりだったんだけど、どうやら岸田のツボだったらしくて、腹を抱えて笑われしまった。


 ◇◆


 間宮良介……か。不思議な人だな。


 この人にしてみれば、俺なんて過去の遺物のはずで邪魔な存在だ。

 そんな奴に頭を頭を下げるなんて……しかもこんな年下の奴にだ。


 あぁ、駄目だ!ライバル相手に和んでる場合じゃないだろ!しっかりしろ俺!


 俺は気持ちを引き締めて、もう1つ気になっていた事を訊こうとした時、間宮さんの携帯が鳴った。

 どうやら一緒にいた渡辺って人から催促電話がかかってきたみたいだ。


「悪い、岸田君。そろそろ行かないと」

「え、あぁ……そうですか」


 どうやらタイムオーバーになったみたいだ。

 間宮さんは自分のと俺の空き缶をクズカゴに捨ててくれたかと思うと、そっと手を差し出してきた。


「岸田君に会えて、話が出来てよかったよ」

「いえ! こっちこそです。忙しいのに連れ回してしまってすみませんでした」


 俺は差し出された間宮さんの手をギュッと握って、握手を交わした。間宮さんの手は見た目と裏腹にゴツゴツしていて、とても営業マンの手とか思えなかった。

 やがて握られていた手が離れていく。

 間宮さんはニッコリと微笑んだかと思うと、呟くように一言だけ俺に告げ人混み中に姿を消した。


『瑞樹の事、頼むな』


 別れ際に言ったその一言が、間宮さんのあのどこか寂しそうな表情と一緒に、ずっと俺の中に残った。

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