第3話 encount act 3 ~間宮&岸田編~①

 偶然に名古屋駅前で岸田と出会った間宮は、岸田の誘いに応じて駅から少し離れた所にあるカフェを訪れていた。


 案内された席に着き注文した飲み物が運ばれてきても、お互い口を開こうとしない。周囲の席とは明らかに違う重苦しい空気が漂っていた。


 間宮に声をかけてここへ誘ったのは勢いだったのだろう。

 冷静に考えると見ず知らずの、しかも遥かに年上の男を話があるからと声をかけるのは、かなりの勇気が必要だったはずだ。

 そこまで察した間宮だったが、気を使って話を振ろうとはしないのは、どんな経緯があったとしても誘った側が流れを作るものだと考えているからだ。

 それが出来ないのなら、動くべきではなかったと間宮は思うのだ。だから、こちらから助け船を出してやる事はしない。せめてもの情けとして、話し出すのを催促などをせずにジッと待つだけだった。


 それから5分位経った頃、重い空気の中ようやく岸田が口を開く。


「あの! その……すみませんでした」


 やっと岸田の口から出てきたのは、謝罪の言葉だった。


「いや、気にしなくていいよ」


 何に対して謝っているのか察した間宮は、静かに運ばれてきた珈琲に口をつけて、そう返す。


「えっと、なんか色んな意味でテンパってしまって、失礼な態度でこんな所まで連れて来たくせに、いざ席に着いたら何から話せばいいのか分からなくなってしまって……」


 後頭部に手を当てて申し訳なさそうに話す岸田の顔に、ハッキリと焦りの色が滲む。


「なら……その考えが纏まる間に――俺からいいかな?」

「え? は、はい! どうぞ」

「うん。何故、俺の事知ってたんだ? 名前もだけど会った事があるような感じがしたけど」

「あ、そうですよね。えっと、名前は瑞樹さんから聞きました。それと間宮さんと直接会った事はないです。ただ見かけた事があるだけで」


 瑞樹の過去を知っている間宮なら問題ないと、クラス会に呼ばれて瑞樹と再会した時の事を話した後、瑞樹と2人で帰宅している時に偶然間宮を目撃したのだと話した。


「見かけたってどこで?」

「瑞樹さんとA駅に向かっている途中のO駅のホームで見かけたんですよ。勿論、僕は見かけたのが間宮さんだって分からなかったんですけど、一緒にいた瑞樹さんの様子を見て、この人がそうなんだろうなって」


(O駅のホームで俺を見かけた? それって……)


「凄くショックを受けている感じでしたね。遠目から見てもハッキリと分かるくらい、凄く綺麗な女の人と一緒だったからだと思います」


 ニヤリと笑みを浮かべてそう話す岸田から、ついさっきまでキョドっていた男と同一人物とは思えない程の圧を感じた。


(まるで浮気現場を目撃されて、問い詰められている気分だな)


「もしかして彼女さん……ですか?」

「その質問は初対面の君に、答えないといけない事なのか?」

「それは、まぁ……そうなんですけど」

「そんな事より、俺を呼び止めたのは瑞樹の事なんだろ?」

「そう……でしたね」


 また少し沈黙が流れる。

 何が言いたいのか、岸田の様子をみれば予想がつく。

 話し出すまで待っててやりたいと思う間宮であったが、明日も朝から予定がある為、そう時間をかけてやれそうにないと切っ掛けを作ってやる事にした。


「そういえば、俺の名前を瑞樹から聞いたって事は、感動の再会ってやつが出来たんだな」

「え? あぁ、そうですね。俺は勿論滅茶苦茶嬉しかったですけど、瑞樹さんがそこまで喜んでくれたのかは微妙でしたけどね」


 瑞樹が岸田との再会に涙を流す場面なんて、間宮でも容易に想像出来る事だ。


(あいつが岸田と会えて、喜ばないはずがないだろ)


 その時の瑞樹を想像した間宮の中に、チクリと痛みを残す。


 優希と会っている所を目撃されて瑞樹を傷つけたというのに、我ながら勝手な事をと、間宮は自分に嫌悪感を抱き溜息が漏れた。


「ああ! こんな所にいた!!」


 店の入り口付近から、明らかに若い女の大きな声が聞こえる。

 その声に慌てた様子で振り返る岸田を見つけた女が駆け寄ってきた。


「なんだよ! お前ら!」

「それはこっちの台詞だし! カラオケ行こうって話してんのに、急に用事思いだしたって帰ったはずのきっしゃんが、何でこんな所にいるのさ!」


 岸田の友達らしき女の子が、煙たそうにしている岸田にそう言って詰め寄る。


「そうだぞ! それはないだろ、きっしゃん!」


 女の子の後ろから、また友人らしき男が追い打ちをかけている。


「だから用事を思い出したって言ったろ?」

「用事ってこれの事なん!? つかさ、こいつ誰よ! きっしゃんの知り合い?」


 突然、女の子の矛先が間宮に向いた。


「あ、どうも。こんばんは」

「は? なに? きっしゃんに何か売りつけようとしてるわけ!?」


 自分の身なりを見て、スーツ姿の男と高校生がこんな時間にカフェにいる。なるほどと納得する間宮を見て岸田が勢いよく席を立った。


「おい翔子! 間宮さんに何て事言ってんだよ! 今すぐ謝れ!」


 岸田は立ち上がった勢いそのままに、翔子と呼ばれる女の子に怒鳴った。


「え? いや、だって……その、私は……」


 まさか怒鳴られるとは思っていなかったのか、翔子は驚いて見開いた目からやがて涙が浮かんできた。


「おい! 翔子はお前の心配をしただけじゃんか!」

「それが余計なお世話だってんだよ!」

「はぁ!? んだよそれ!」


 岸田が怒りに任せて翔子の後ろにいる男にも噛みつき、雰囲気が益々悪化していく。


「ちょっと! こんなとこでやめなよ、祐二」


 店に入口付近で翔子達を待っていたもう1人の女の子が、祐二と呼ばれる男の腕を掴み、岸田に詰め寄ろうとしてるのを止めに入った。


 あれだけ大きな声を出せば当然店内は騒然とした空気になり、慌ててこちらに向かってくる強張った顔をしたスタッフを横目に、やれやれと間宮も席を立つ。


「ごめんな。駅前で偶然岸田君を見かけて、俺が無理言ってここに誘ったんだよ。もう行くから勘弁してやってくれないかな」


 睨み合う岸田達の間に割って入った間宮が事実ではない経緯を話してこの場を収めようと、岸田の肩にポンと叩き岸田の友人達に謝った。


「友達と一緒だったんだな。そうとは知らずに引き留めて悪かったな」

「は? 何言ってんすか!」

「これ珈琲代な。釣りはいいから」


 言って困惑している岸田に千円札を握らせ、間宮は近寄ってくるスタッフに頭を下げて、そのまま店を出て行った。


 ◆◇


「ちょっと待って下さい! 間宮さん」


 店を出て駅前に戻ってきた間宮に、追いかけて来た岸田が呼び止める。


「何であんな嘘つくんですか! 無理に誘ったのは俺の方なのに!」


 追いかけて来た岸田の後方に翔子達の姿もあり、間宮は溜息をついて岸田に向き直る。


「お前達の雰囲気を戻してやろうといたのに、なにバラしてんだよ」

「誰もそんな事頼んでませんよ! ていうか、まだ一番訊きたかった事が聞けてないんですけど!」

「一番訊きたかった事?」


 間宮の厚意を拒否して、一番の目的を果たしていないと訴えかける岸田の目が鋭くなる。


「間宮さんは、瑞樹さんの事どう思ってんですか!?」


(……まぁ、そうだろうな)


 面識がない間宮に声をかけたのは、初めからこれが目的だったのは何となく分かっていた。

 そして、間宮の気持ちを知りたがっているのは、恐らく岸田の気持ちを瑞樹が受け入れなかったのだろうと推測できた。

 瑞樹が自分の事をどう話したのかは知らないが、どうやら自分の知らない所でライバルになっているようだと、間宮は頬を掻いた。


(……はぁ、まったくあいつは……。こいつの何が気に入らないってんだよ)


「大切な友人だと思ってる。今はこう答えるしか出来ないんだ。わるいな」


 何とも思っていない只の知り合いだと言うのが、この場では最適解だったはずだ。そう答えれば岸田から瑞樹にも伝わって、その後の流れによっては2人が付き合いだす可能性だってあったはずなのに。

 もしそうなれば、東京を離れる間宮にとって一番の心残りを解消されるのだから。


 そこまで分かっているのに、そう言えずに含みを持たせた言い方をした自分に苛立ちを覚える間宮。


「ズルい言い方しますね」


(まったくだ。自分でも嫌になるよ)


「これで俺を引き留める理由はなくなったよな。悪いけど明日も予定があるから、それじゃ」


 煮え切らない態度のまま、岸田に背を向けてホテルに向かって歩き出す間宮の背中に、岸田の突き刺さるような視線が痛みを残した。

 ホテルのチェックインを済ませて、真っ先にシャワーを頭から浴びる。頭の中がゴチャゴチャした時にする間宮のルーティンだ。

 完全に自己嫌悪に陥った気持ちを熱いシャワーで洗い流そうとしたが、うまくコントロールできずに苛立ちだけが募る。

 諦めた間宮は浴室を出て裸のまま缶ビールを喉に流し込むと、火照った体にアルコールが染み込んでいく。

 部屋の窓から見える街並みを見下ろすと、街中には帰宅を急ぐ人達や、バレンタインという事でカップルの姿も多く見られた。

 そんな光景に溜息をつき、ベッドに投げ置いていたスマホを手に取って画面を立ち上げて見るが、誰からの連絡もない。

 間宮は残りのビールを飲み干してベッドに腰を下ろし、ジッと天井を見つめた。


 確かに松崎の指摘通り、間宮は毎年バレンタインの日に合わせて出張を組んできた。

 それは1人になる事を望んでいたからだ。

 なのに――望んでいたはずなのに、今年は誰からも連絡がない事に凄く寂しさを感じている事に気付いた間宮は「ホント何がしたんだかなぁ」と独り言ちて眠りについたのだった。

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