第2話 encount act 2 ~瑞樹&神楽編~②
「瑞樹ちゃんが私に訊きたい事、当ててみようか」
「それじゃ、私は神楽さんが訊きたい事を当てますね」
空いた食器を片付けにきたマスターに、同じブレンドのおかわりを頼んだ優希が自信ありげにそう言うと、瑞樹も負けじと笑みを浮かべてそう返す。
「「間宮さんとは、どういう関係なんですか?」」
全く同時に、全く同じ台詞を口にした2人はプッと吹き出した。
2人にとってこの質問が最も重要な事なのは明白であったが、全く同じタイミングで一語一句変わらない言葉がでた事で、ピリッとしていた空気が妙に和らいだ。
「あっはは! やっぱそうだよね」
「ふふ、ですよね」
頬杖をついていた優希が姿勢を正してまっすぐに瑞樹と向き合い、まずは私からと口を開く。
「付き合ってたんだ」
(付き合ってた)
「過去形――ですか」
「そうだね。過去形だね。でも、過去形って言える程付き合ってたわけじゃないんだ」
「どういう事か訊いても?」
「いいけど、その前に私の質問にも答えて欲しいかな」
確かにそうだ。予想の範疇だったとはいえ、優希の口から実際に付き合っていたと聞いて僅かに心に痛みを感じた瑞樹は、優希へ返答することなく続け様に詳細を求めいた事に気付きハッとした。
「すみません。えっと……私と間宮さんは付き合っていません。勿論、過去形の関係でもありません」
「そっか。でも、好きなんだよね? りょ――間宮さんの事」
あまりのドストレートな問いに、瑞樹は言葉に詰まり頬を赤らめた。話をしている相手が他の人間ならば、誤魔化していたかもしれない。
だが、最大のライバルである神楽優希にそんな事をすれば、敵前逃亡に等しい事だと瑞樹は瞬時に理解した。
「はい! 好きです。大好きです!」
瑞樹はまっすぐ優希の目を見て、真っ赤な顔をしながらもハッキリと答える。もっと威嚇するようにしたかった瑞樹ではあったが、こればかりは自分の意志ではどうする事も出来なかった。
「……そう。まぁそうだよね。あ、よかったらさ! 瑞樹ちゃんとりょ――間宮さんの馴れ初めってやつ訊かせてくれない?」
「……私に気を使わなくていいです。いつも通りの呼び方で構いませんから」
そう言う瑞樹だったが、面白くないと口を尖らせ、言葉と表情が合っていない事に優希が可笑しそうに笑う。
「あっはは! ごめんね、別に気を使ってたわけじゃなかったんだけどね」
「そうですか。それじゃ、馴れ初めを答える前に今度は神楽さんが答える番ですよ」
「あ、あぁ! そうだったね」
言って優希はコホンと咳払いをして、間を置いてから少し寂しそうな目をして口を開く。
「良ちゃんに告白した時の私ってさ、神楽優希だったんだって」
言っている意味が分からないと、瑞樹は黙ったまま首を傾げる。
「えっとね……瑞樹ちゃん達が知ってくれてる私ってこんなだけど、本当の私って自分に全然自信がなくて,コンプレックスだらけの暗い人間なんだよ」
そうなんですかと理解しろという方が難しい。
あれだけ派手なパフォーマンスで、何万、何十万という人間を夢中にさせてきた優希が、自分に自信がもてないコンプレックスの塊と言われても俄かに信じがたい。
だが、ここで話の腰を折るのは違うと「それで?」と瑞樹は話の続きを促した。
「付き合い始めて、初めて私のマンションに呼んで手料理を食べてもらったんだけど、その時に思い切って素を見せてみたんだ」
「……それでどうなったんですか?」
「フラれちゃった! あはは」
「――嘘ですよね?」
間宮が違う一面を見せただけで別れ話を持ち掛けるなんて、瑞樹には到底信じられない事だ。
「嘘じゃない。別れ話をされたのはホントだよ――ただ」
やはり続きがあるようだと、瑞樹は安堵の息を漏らす。
考えすぎなのかもしれないが、優希はわざとそんな言い回しをして少しでも間宮の好感度を下げようとしている気がした瑞樹は、やはりこの女は敵だと再度認識を改めた。
だがそう認識しても、心のどこかで突き放せない事実に、一体優希とどうなりたいのか分からないと困惑の色を滲ませた。
「今まで私を見れていなかったって。だから1度距離を置こうって流れになっちゃった」
「距離を置く事になった原因を訊いても?」
「お互いの事を見直そうって。私は神楽優希じゃなくて香坂優希として、良ちゃんは、その……姉の……」
「お姉さんの元婚約者としてではなくて……ですか?」
「……知ってたんだね」
「はい。間宮さんから聞いたわけではありませんが、恐らくそうなんだろうって思ってました」
やはりクリスマスライブで優希が言っていた人物は、間宮の事だったんだと確証を得た。
覚悟していたつもりだったが、突きつけられた事実に胸が痛む。
「お姉ちゃんの事を知っても、気持ちは変らなかったんだ」
「気にしないって言えば嘘になりますけど、知っても気持ちは変わりません。だって私と知り合う前の話なんですから」
臆病で脆くて、いつも周りの目を気にしている女の子――間宮からそう訊いていたのだが、目の前にいる女の子と随分印象が違うじゃないかと、この場にいない間宮に文句の1つも言いたい優希だった。
「瑞樹ちゃんは強いね」
「そうですか? もしそうなら強くなれたのは間宮さんのおかげですね」
これまでの出来事を思い浮かべながらそう話す瑞樹の顔は幸せそうで、優希は誰にも見られないようにギュッと拳を握った。
「なるほど……ね。良ちゃんが私と別れてまで悩むわけだ」
夜景に視線を移して小さく呟いた。
「――え? なんですか?」
「なんでもない! さて質問に答えたんだから、今度は瑞樹ちゃんの番だよ」
優希は敢えて間宮が離れていったもう1つの理由を話さなかった。
もう1つの理由――瑞樹の事が気になっているからという事を。
「……分かりました」
瑞樹は間宮と初めて出会った駐輪所の事から、今日に至るまでの経緯を優希に簡潔に話して聞かせた。
「おぉ、いきなり良ちゃんを怒らせたんだ」
「……はい。本当に最低な事をしました。今でも後悔しています」
「まぁ……だろうね」
それからも優希からマシンガンのような質問攻めにあった瑞樹だったが、不思議とイヤな気分ではなかった。
「しっかし良ちゃんが講師とかウケるよね! storymagicだっけ? 私も1度受けてみたいなぁ」
「本当に凄い講義でしたよ。あの講義のおかげで諦めかけていた第一志望の大学を受験できる事になりましたから」
「そう言われると益々興味が湧くなぁ。今度頼んでみようか――いや、面倒臭いって言われそう」
「ふふ、間宮さんって優希さん相手だとそういう事も遠慮なく言うんですね。なんだか羨ましいです」
「それ本気で言ってる? きっと瑞樹ちゃんなら即興でやってくれそうじゃん? そっちのが羨ましいって!」
「それじゃあ、どっちもどっちって事で」
これは本音だろう。それは優希も同じで、どっちの間宮も本当の間宮だと2人には分かっているから「だね!」と優希も相槌を打つのだ。
「邪魔しちゃってる私がいうのも変だけど、大学受験頑張ってね!」
「あれ? 応援してくれるんですか?」
「当たり前じゃん! 私達はライバルだけど、それは恋愛事情のであって、その他を争う必要なんてないんだから」
「ふふ、神楽さんは格好いいですよ」
「優希でいいよ。神楽って芸名だしね」
「でしたね。それじゃ私も志乃でいいです。優希さん」
「ありがと! ってもうこんな時間じゃん! 志乃ごめんね! 家まで送っていくから急いで帰ろう」
自然に呼び捨てにされた瑞樹は少し驚いた顔をしたが、なんだか優希との距離が凄く縮まった気がして、悪い気分ではなかった。
ライバルと距離を縮めてどうすると思うのだが、瑞樹にはどうしても優希を拒絶する気になれなかった。
それはライバル以前に、1人の女として憧れの気持ちを優希に抱いたかもしれないと、瑞樹は優希に呼び捨てにされてくすぐったく感じたのだ。
「あ、ホントですね。何だかあっという間でした」
「おいおい、呑気だなぁ。親御さんとか大丈夫なん?」
「多分、もう寝てると思いますよ」
「こんなに可愛い娘をもつ親とは思えないよ。まぁそういうとこ似てるとは思うけど」
「それってどういう意味ですか!?」
可笑しくて笑い合いながら、本当に仲の良い友達のように店を出て車に乗り込んだ2人は、瑞樹の自宅に向けて走り出した。
行きと同じアーティストの音楽が流れている。さっきは色々と考え込んでいて気付かなかったが、自然と耳に馴染む声や体が自然にリズムをとったりと、1度意識するとずっと印象に強く残る。そんな音楽だった。
「このアーティストの曲いいですね。私も好きになりました」
「いいでしょ! 私の目標にしてる1人なんだよね」
自分の好きな曲を共感してくれたのが嬉しかったのか、優希はステアリングを握っている人差し指でトントンとリズムを取り始めた。
そんな優希を横目で見ながら、瑞樹は不思議な感覚を覚えた。
もっとドロドロな状況を覚悟していた瑞樹にとって、嫌な思いをするどころか変に神経を使う事もなく、話しているのが楽にすら感じて呆気にとられたのが正直な気持ちだ。
とても同じ男を好きになったライバル同士の雰囲気ではなかったのだから。
ただ、瑞樹はこうも思うのだ。
出会って沢山話をしたのはあくまで神楽優希であって、香坂優希ではないという事。
だからなのだろう。どんな砕けた話をしてもオーラのような雰囲気が全く消えなかったのは。
本当の姿。つまり香坂優希を見せるのは、身内を除けば間宮だけなのだろうと。
(――強いのは優希さんの方ですよ)
「……今の本音を言わせてもらうと、こんな形で知り合いたくなかったです」
「え?」
高速を降りてあと10分程で瑞樹の自宅に着くという時、思わず瑞樹が本音を零す。
「ライバル関係とかじゃなくて、もっと普通に知り合えたら――きっと良い友達になれたんじゃないかって思ってます」
「んー……そうかなぁ」
「違いますか?」
「違ってるかは分からないけど、私はこういった関係だからこそ、この時間が楽しかったって思ってる」
「……そうでしょうか」
「だって私が志乃とこうして楽しく話せたのは、私が一番知りたかった事を志乃の口から聞けたからなんだもん」
「一番訊きたかった事……ですか?」
優希は申し訳なさそうな色を滲ませた目を、チラっと向けて話を続ける。
「本当はね、良ちゃんを少し疑ってたんだ」
「間宮さんを?」
「1度距離を置いてお互いを見つめ直して、それでも私の事が好きだと感じたら、今度は良ちゃんの方から告白させてもらうとか言ってたんだけどさ……」
そう言ったところで赤信号に掴まって車を停めた優希は、ステアリングを握る手に力を込める。
「そんなの私を離れさせる為に方便で、本当はさっさと別れて志乃と付き合いたいだけなんじゃないかって疑ってた」
そう告白する優希の唇が微かに震えている。
疑いが晴れた安堵感と、好きな男を疑ってしまった自己嫌悪とが入り交じって眉間に皺を寄せた。
「え? えぇ!? 私とですか!? そんな事まったくなかったですよ!」
「うん。さっきカフェで志乃の口から聞いて、心底ホッとしてたんだ。私が好きになった人はいい加減な男じゃなかったって」
「当たり前です! 私が好きになった人が、そんな事するわけないじゃないですか!」
「だよね。お正月に良ちゃんの部屋に呼ばれて、お好み焼き御馳走になったりしたから、大丈夫だって思ってはいたんだけど……ね」
「――ちょっと待って下さい」
「え? な、なに?」
信号待ちとはいえ、運転中の優希の肩に手を掛けた瑞樹が、身を乗り出す様に詰め寄ってくる。
「間宮さんの部屋に行ったんですか!? 2人きりでお好み焼き食べたって言いました? 言いましたよね!?」
鬼気迫る形相で詰め寄る瑞樹に、顔を引きつらせる優希は思わず両手を挙げる。
「う、うん。食べたよ? 2人っきりとは言ってないけど……まぁ2人っきりだったんだけど……」
「ふ、2人っきりだったって……ま、間違いとかなかったんですよね!?」
間宮の部屋で朝を迎えた事があるというのに、そんな事はすぐさま棚に上げて詳細を求める瑞樹の顔色が青ざめる。
「間違い? それはなかったけど」
「ホントですか!? 嘘じゃないですよね!?」
「嘘なんてついてないって。でも、もしそうなったとしても私は良ちゃんが好きなわけだし、良ちゃんが私を選んでくれたうえで求めてきたのなら間違いじゃないよね?」
「いいえ! 間違いです! 大間違いですから!!」
必死に捲し立てて来る瑞樹に、タジタジになりながらも負けじと応戦していると、何時の間にか瑞樹の自宅前に着いていた。
「それじゃ優希さん。今日はありがとうございました」
シートベルトを外してドアノブに手を掛けた瑞樹がそう言うと「どういたしまして。私も凄く楽しかったよ」とライバルに微笑んだ。
お互い「おやすみ」と告げると、再び走り出す優希の愛車を見送る瑞樹は思う。
きっともう優希と会う事はないだろうと。
優希にああ言われたが、瑞樹はやはり違う形で出会いたかったと、心から思える時間だった。
だからこそ、そんな人だから正々堂々と勝負したいとも思う。
男を遠ざけていた瑞樹にとって、恋愛事で勝負がしたいなんて少し前の瑞樹からでは考えられない事なのだ。
選ばれても、選ばれなくても、もう会う事がないかもしれないライバルに、改めて独り言ちる。
「会えて嬉しかったです。ありがとうございました。優希さん」
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