最終章 卒業
第1話 encount act 1 ~瑞樹&神楽編~①
前書き
ついに最終章に突入します!
これまでの経緯がどういう形で決着が着くのか、最後まで楽しんで貰えたら、ここまで費やしてきた時間が報われます。
なので、もうバテバテではありますが、何が何でも最後まで書き切りますので、応援宜しくお願いします!
それでは最終章『卒業』連載開始です!
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「うん、そうなんだ。バッタリ友達と会ってね」
瑞樹は今、優希の愛車の車内から家族に帰りが遅くなると連絡をとり、母親の華から了承を得ようと電話をかけていた。
突然の優希との遭遇に、サプライズで間宮にバレンタインチョコを持ってきた瑞樹に急展開が訪れた。
同じ想い人である間宮のマンション前で、カリスマロックシンガーの神楽優希と鉢合わせたうえに、話をしようとドライブに誘われたのだから。
そんな超有名人と車という狭い空間に一緒にいる事に現実味がない瑞樹であったが、ライバルにナメられまいと気丈に振舞う。
優希も間宮にチョコを持ってきたと言っていたが、初めから間宮が自宅に帰って来ない事を知っていた。優希の明日からのスケジュールが殺人的な内容だった為、日を改める事を諦めてせめてチョコだけでもとマンションのレターボックスに届けてきたのだと言う。
対する瑞樹はサプライズを気取ってアポをとらずに意気揚々と間宮に会いにきたのだが、優希に出張の事を知らされて呑気なサプライズは失敗に終わったのである。
(同じように直接チョコを渡せなかったのに、負けた気がするのは何でだろう……)
帰って来ないのなら待っていても仕方がないし、瑞樹も優香と同じようにレターボックスに紙袋ごと入れて、何となくいつも鞄に入れていたメモ用紙とペンを取り出して、一言だけメッセージを書き添えた。
神楽優希が話をしようと誘ってきた。
どうやら彼女も自分を認識しているようで、それなら訊きたい事が山ほどある瑞樹にとって、この誘いを断る理由なんて全くなかった。
「うん、そう、大丈夫。帰りはその友達の車で送ってもらう事になってるから、うん、うん、分かった。じゃね」
「親御さんは大丈夫だった?」
「はい、問題ありません」
電話を切った途端、瑞樹は声のトーンを下げて戦闘態勢にはいる。
「あはは、そんなに身構えないでよ」
「気のせいですよ。それで? お話って車の中でするんですか?」
「ううん。ドライブしようってさっき言ったじゃん!」
優希はそう言ってエンジンスタートボタンを押すと、低いエンジン音が車内に響き、優香の愛車がゆっくりと走り出した。
運転中、車内に流れている音楽を口ずさむ優希。
優希の曲ではなくて、流れているのは瑞樹の知らない洋楽だった。
「瑞樹ちゃんってこのアーティスト知ってる?」
「いえ、聴いた事ないですね」
「そっかー。私この人の曲すっごく好きでさ。リスペクトしてんの」
聴いた事もない音楽の事を語られる為に、優希の誘いに乗ったわけではない。
そんな苛立ちが沸々と湧いてきた瑞樹だったが、当人である優希はどこ吹く風と、まるで友人との会話を楽しんでいるみたいだった。
そんな涼し気な横顔に苛立ちの限界を感じた瑞樹が、強引に本題に持ち込もうと口を開いた時、優希がまるで計ったようなタイミングで瑞樹の出鼻を挫く。
「そういえば、このアーティストって間宮さんも凄く好きだって言ってたっけ」
「――帰ったらすぐに調べて、毎日ヘビロテで聴き倒します」
「あっはは! いいねぇ! 瑞樹ちゃん最高だよ」
(思わず咄嗟に間宮さん好き好き病が発症してしまったようで……死にたい)
「そんなにイライラしないで。確かに私達は瑞樹ちゃんが考えている関係かもしれないけど、これって直接私達がいがみ合う事じゃないと思うんだよね」
愉快そうに笑う優希の様子が一変した。
少し横目で瑞樹を見て話す優希から、不思議な雰囲気を感じる。
走り抜ける街灯の灯りや対向車のヘッドライトの灯りが次々と照らす優希の横顔が、瑞樹には恐ろしく真っ直ぐに見えて、まるで優希にしか見えない場所を目指してるようで、思わず吸い込まれそうになる。
これが、カリスマ性というやつかもしれないと、瑞樹はよく耳にする単語の意味を、生まれて初めて理解した気がした。
その一言だけで、さっきまで確かにあった苛立ちがスッと胸の中から消えていき、代わりにこんな凄い女性と争おうとしていた自分が恥ずかしい存在に思えてきた。
すっかり意気消沈してしまった瑞樹は、優希に対して何も返す事すら出来ずに黙ったまま俯く。
そんな瑞樹の頭にコツンと軽く小突く優希の手が伸びた。
「こら! なんて顔してんの!? 私は落ち着けとは言ったけど、戦意を失えなんて言ってないよ」
折角ライバルの牙が折れかかっているというのに、わざわざ沈んだ気持ちを引き上げようとする優希に、全くなんて人だと俯いていた顔を上げて、再びフロントガラスに映る景色に目を向けた。
「別にそんなの失ってません。ただ気合いを入れ直していただけです」
言って、白々しいなと苦笑いを浮かべる瑞樹に「そう? それならいいんだけどね」と優希も笑みを零して、また流れている音楽に鼻歌を乗せた。
気持ちを持ち直した瑞樹は、改めて今自分がいる状況に息をのむ。
世界に通用するとまで言われているトッププロミュージシャンの鼻歌を、その神楽優希が運転する愛車の中で聴いている事に、物凄く贅沢な時間を過ごしているのではないかと、瑞樹は今更のように気付いたのだ。
こんな贅沢なもてなしをされたら、どこまでも付き合ってやるしかないと口角を上げた瑞樹の目に力が宿った。
「……あの、ホントにこの道であってるんですよね?」
「うん? あってるよ? なんで?」
「いや……なんでって」
約一時間程走っただろうか。高速を快調に走ってたかと思うと、気が付けば時折申し訳ない程度の街灯の灯りだけを頼りに暗闇の中を突き進んでいた。
瑞樹が不安がるのも仕方がない事であったが、優希はそんな瑞樹を余所に相変わらず上手すぎる鼻歌を奏でながら、ステアリングを握っている。
やがて街灯さえなくなり、文字通りヘッドライトの光以外頼るものがなくなった暗闇に先に、ポツリと淡い明かりが見えた。
「よし! 着いたよ、瑞樹ちゃん」
優希は淡い光が漏れている建物の前に車を停めて満足げに車を降りると、続いてキョロキョロと辺りを見渡しながら車を降りた瑞樹に冷たい風が吹き抜けていく。
この冷たさでこの場所が、車に乗る前より遥かに高い場所だと分かった。
「ここってカフェ……ですか?」
見るからに山奥に映える佇まいをしている建物を眺めて、瑞樹がそう呟く。
「そうだよ。やっぱ女子トークと言えばカフェじゃない?」
「いや、そうかもしれませんけど……わざわざこんな所に来なくても……」
「うーん、理由は色々あるんだけど、瑞樹ちゃんもかなりの珈琲好きって聞いてね」
「そんなに美味しいんですか? ここ」
「まぁね! きっと気に入って貰えると思うな。てかさ寒いから早く入ろ?」
優希はそう言うと足踏みしながら、如何にも寒そうに瑞樹を店の入り口に案内すると、店内からスッと耳に馴染むピアノのみで演奏される音楽が流れていて、シックで落ち着いた空間が出迎えてくれた。
店全体が木の温もりに包まれていて、店内の優しい照明と相まって外の寒さを忘れるくらいに体と心を温めてくれる、そんな店だった。
店内にはカップルと思われる2組の客がいるだけで、他は全て空席だったのだが、優希は迷うことなく1つの席に向かって行く。
「瑞樹ちゃん、こっちだよ」
優希がテーブルの前に着くと、得意気に手招きして瑞樹を呼んだ。
空席ばかりなのに、何でわざわざ一番奥の席に呼ぶのかと首を傾げる瑞樹が優希がいる席に近付いた時、照明を薄暗く落としているはずなのに、横からパッと明るい光が差し込んだ。
その光を目で追った瑞樹の足が止まる。
何故、優希がわざわざこの席を選んだのか理由が分かったからだ。
「――綺麗」
瑞樹の目の前に、大きなガラス越しから東京の夜景が広がっていた。
その美しい夜景が一望できるその場所で、瑞樹はその後の言葉を失って立ち尽くす。
「ふふ、綺麗でしょ。ここは私にとって特別な場所なんだよね」
「……特別な場所? そんな所に私なんかを連れてきてよかったんですか?」
「瑞樹ちゃんだから、連れて来たんだよ」
何時までも立っているわけにはいかないと、夜景に目を奪われていた瑞樹はハッとして上着を脱いで席に着いた。
その時、間宮のマンションからずっと身に着けていた変装用のフードや、眼鏡。それにマスクまで全て外して優希も席に着いた。
それを見た瑞樹は思わず周りの客達の様子を伺うと、優希はそんな瑞樹を見てクスっと笑みを零して髪を掻き上げた。
「心配してくれてるの? ありがとう」
「……別にそんなんじゃありませんから」
「そう? でもここは大丈夫なの。だから特別なんだよね」
ちょっと売れた芸能人ですら、無断で写真を撮られてSNSで拡散されてしまう時代に、超有名人の優希が姿を晒して大丈夫な店なんてあるわけがないと、瑞樹が心配するのは当然の事だろう。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたらお声をお掛け下さい」
2人が席に着いた事を確認したマスターが水を運んできた。
「ね、マスター。私が誰だか知ってるよね?」
「えぇ、存じ上げています」
「じゃあ迷惑かけちゃうかもだから、来ない方がいい?」
「いいえ、当店はこの景色と自慢の珈琲を楽しんで頂く為にあるので、誰が来られようと皆様等しく大切なお客様ですよ」
そう言って笑みを零すマスター。
だが店側がそういう対応だとしても、客達には関係ないという輩だっているわけで、決して安全だと言い切れるものではないと瑞樹が唸る。
「もし、そういった当店にそぐわないお客様がいらっしゃった場合にはすぐに退店していただいて、今後の出入りをお断りしております。といっても、今の所そういったトラブルは1度も起こっておりませんがね」
店の経営的に客を追い出すなんてご法度だと思っていた瑞樹にとって、さも当たり前かのようにそう話すマスターに好感が持てた。
つまり芸能人とか関係なく、例えばくだらないナンパなんてする客がいても、店側がすぐさま対処するという事なのだから、すぐに男が寄ってくる瑞樹にとっても本当にありがたい店と言えるのだから。
「これで納得してくれたかな?」
「はい、とてもいいお店ですね。私は別に心配してたわけじゃありませんけど」
「まだ言うか!」
そんなやり取りにマスターが思わず吹き出したのをきっかけに、瑞樹達も可笑しくなって笑い合った。
「瑞樹ちゃん、こんな時間だけどケーキもどう? ここはケーキも美味しいんだよ」
「そうなんですね。それじゃ折角なのでいただきます」
「おっけ! じゃあブレンドのケーキセットを2つ下さい」
「畏まりました」
カウンターに戻ったマスターが早速アルコールランプに火をつけて、サイフォンで珈琲を淹れ始めるのを眺めながら、優希はここに瑞樹を連れてきた理由を話し始めた。
マスターの言う様に、ここに来るお客達は皆時間を楽しみに来ていると言う。
マスター自慢の珈琲と、この絶景と時間を楽しむ為に。
そんなお店だから他の客に関心がない客達ばかりで、こうして神楽優希が訪れても1度も騒がれた事がないのだ。
自宅と家族の前以外で、ここだけは気を張らずにいられる大切な場所なんだと話した。
「だからここで、同じ男を想ってる瑞樹ちゃんと落ち着いて話がしたかったんだよね」
そう言って笑顔を見せる優希に合わせるように、注文していたケーキセットが運ばれて、テーブルに置かれた珈琲カップから凄く深い香りが瑞樹の鼻孔を刺激する。
「うん……美味しい。とても心地のいい落ち着く香りと味」
冷めないうちにと早速カップを口に運んだ瑞樹は、心に溜まったストレスを鼻から抜けていく珈琲の香りと共に吐き出して、ホッとリラックスした表情でカップに注がれている珈琲を眺めた。
「うん。気に入って貰えてよかったよ」
頬杖をついた優希は、瑞樹の表情に満足そうな笑みを浮かべる。
絶景の夜景を眺めながらの極上の珈琲と絶品のケーキ、最高の時間だった。
ケーキを食べている間は口数が少なかった2人だったが、最初に会った時のような重い空気は感じられなくなったのは、間違いなくこのカフェのおかげだろう。
「それにしても、こうして私達が会っているのを間宮さんが知ったら驚くだろうね」
口の中に残ったケーキの甘さを珈琲の苦みでスッキリさせた優希が、カップをソーサーに戻してニヤリと笑みを零してそう言う。
「そうですね。というか、私だって未だに信じられませんから」
「ん? なにが?」
「だって、あの神楽優希さんとドライブして、こうしてお茶してるんですよ? 普通に今の状況が信じられないですよ」
「そう? 音楽やってる時以外は普通だと思うんだけどなぁ」
「まぁ、確かに何時の間にか普通に話せてますけど……」
「でしょ?」
ここまでは仲の良い友人がお茶を楽しんでいるようにしか見えない2人だったが、カップの湯気が見えなくなった事を合図に、優希の顔つきが変わる。
「さて、そろそろ本題にはいろうか」
「……そうですね」
2人は仲良く夜のドライブを楽しんで、世間話をする為にここにいるわけではない。
さっきまで確かにあったふわりとした空気が消え失せて、ピリッとした空気が2人のテーブルに生まれた。
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