5章最終話 St. Valentine's Day act 6 動き出す歯車
同日の夜。名古屋駅周辺。
「かあぁ! やっぱ本場の手羽先は一味違うっすね!」
「そうだな。俺もこっちに来たら必ず食べるよ」
「ですよね! 味噌カツは好き嫌い別れると思うっすけど、名古屋の手羽先は鉄板だと思うなぁ!」
自身が異動になった後の引継ぎ担当者を連れて、名古屋方面の得意先回りを終えた間宮は夕食に駅前の居酒屋にいた。
「それより、今日は悪かったな。折角のバレンタインに付き合わせてしまって」
「へ? なんでっすか?」
「いや、彼女に怒られなかったか?」
「残念ながら彼女なんていないですし、主任と違ってチョコ貰える見込みもないんすから、気にしないで下さい」
「あ、いや、俺だってそうだよ」
「またまたぁ! 俺が知らないと思ってんすか!? 女連中が毎年ボヤいてましたよ? チョコ渡したいのに、いっつも14日に出張いれていなくなるって! もう有名な話ですよ」
こんな若い連中にまで知れ渡っていた事に「ほらっ! もっと飲めよ!」と慌てて話題を逸らすしかなかった。
暫く手羽先を堪能した2人は会計を済ませて、居酒屋を出て駅前のビジネスホテルに向かった。
「次どこいく!? やっぱカラオケかぁ!?」
駅前に着いた間宮の耳に、ふと元気な声が入ってくる。
なんとなく顔を向けると、そこには高校生らしき男女が数人楽しそうに笑っていた。
そんな彼らを見て、バレンタインの過ごし方なんて色々なんだなと、頑固にその日を拒否し続けていた自分が滑稽に思えて、間宮はその高校生達を見て苦笑する。
自分に好意を向けられるのが怖かった。
誰かを好きになるのが怖かった。
ずっと優香を殺してしまった罪を背負って生きると決めたから。
そんなバレンタインは最悪のイベントでしかなかった間宮だったが、楽しそうに笑っている高校生達を見ると、過去を理由に拒んできた事が正しかったのか分からなくなってくる。
そんな風に考えるようになったのは、多分あの2人が原因なんだろうなと、間宮は足を止めて高校生達を目で追った。
(あいつら、今なにしてんのかな)
「ん? どうしたんすか? 間宮主任」
「いいや、なんでもない。行こうか」
同僚に声を掛けられて足を止めてしまっていた事に気付いた間宮は、苦笑いを浮かべて高校生達に背を向けて歩き出した。
「あ、あの! 間宮良介さん……ですよね?」
すると背後から全く聞き覚えの無い声で呼び止められる。
分かっているのは、その声が男のものだという事だけだ。
「――そうですけど」
返事をしながら振り返ると、そこには高校生らしい幼さが残る顔立ちだったが、体つきはそれにそぐわない程に引き締まった筋肉質なスタイルのいい男が立っていた。
「……どうして、アンタがこんな所にいるんですか?」
見ず知らずの人間に何故そんな事を言われないといけないのかと、少し怪訝な顔を男に向けた間宮に気付いた後輩の渡辺が2人に駆け寄ってくる。
「間宮主任の知り合いっすか?」
「いや、知らないと思うんだけどな」
間宮の知り合いか確認をとった後、渡辺は間に割り込んで高校生らしき男と対峙する。
「なぁお前さ! 自分の事を名乗りもしないで一方的に話すのって、失礼な事だってわかんねえの?」
言っている事は確かに正しいのだが、何も高校生相手そんな言い方をするのもどうなんだと、間宮は慌てて渡辺の肩に手を置き制止を促した。
「えっと、君の名前を訊いてもいいかな?」
間宮は渡辺が作ってしまった不穏な空気を嫌って、努めて優しくそう話しかけた。
「確かにそうですね。まさかこんな所で会えるとは思ってなくて、気が動転してました」
言って敵意すら感じた目つきが和らいで、軽く頭を下げた高校生が自分の名を名乗る。
「はじめまして、間宮さん。僕は岸田真人っていいます」
岸田真人――その名を聞いて記憶を辿る間宮だったが、可能性があるとすればゼミの合宿の生徒だけだと思い起こしても、やはり岸田という名は記憶になかった。
「岸田君っていうんだね。君は俺の事を知ってるみたいだけど、悪いんだけどだ――いや、岸田真人……岸田……岸田――あっ!」
岸田と名乗る高校生は間宮の反応に、頭をガシガシと掻いて溜息をつく。
「……その反応は、やっぱり知ってるんですね。瑞樹の昔の事……」
悔しそうに唇と噛む岸田は、眉間に皺を寄せて間宮に強い眼差しを向けた。
「あぁ、色々あって話してくれたんだ」
「……そうですか」
瑞樹が昔酷い虐めにあった事は、当時の同学年の連中は皆知っている事だ。
だが、当時の瑞樹が何を考え、悩み、そして立ち向かっていったのか。その事を知っているのは自分だけだという優越感がなくなってしまった事に苛立つ岸田だったが、このチャンスを逃すまいと平静を装って口を開く。
「あの、色々と話したい事があるんですけど……。もしよかったら今から少し時間貰えないですか?」
この少年が中学時代の瑞樹の唯一の味方だった岸田で間違いないと確信を持てた間宮だったが、何故会った事もない彼が自分の事を知っていたのか気になり、隣でどうしたらいいのやらと困惑している渡辺に顔を向けた。
「渡辺、悪いんだけど先にホテルに戻っててくれないか?」
「いいんすか? こんなガキ放っときゃいいのに」
「まぁ、俺も訊きたい事があるんでな」
「はぁ、分かりました。それじゃ明日の朝8時にフロントで待ってます」
「あぁ、お疲れさん。ゆっくり休めよ」
渡辺は最後まで岸田への警戒心を解く事なく、先にホテルへ向かって行った。
「さてと! 岸田君だっけ。俺はこれからどうすればいい?」
渡辺の姿が見えなくなるまで見送った間宮は、岸田の方に向き直り対峙する。
周辺の人間が見ても、只の年の離れた男同士が向き合っているだけとしか思わないだろう。
だが、過去と今の瑞樹をよく知る者がもしこの場に居たとすれば、その人物はこう思うはずだ。
瑞樹志乃が心を許した、新旧の想い人の運命的な出会いだと。
どうすればいいと問われた岸田が少し考える仕草を見せている間に、間宮は岸田の姿をジッと見つめた。
背丈は間宮と同じ位だろうか。髪は少し明るく染められたツンツンと立つくらいのショートヘアーを無造作にセットされていて、如何にも今時のスポーツマン系のイケメンという感じの男だった。
瑞樹から聞いた昔話からでは想像できない外見で、瑞樹と並んで歩いていてもしっかりとつり合いがとれている岸田に、間宮は何故か口角を上げた。
「なんですか?」
「いや、別に。それで決まったのかな?」
「この寒空の下ってのもなんですし、近くによく行くカフェがあるんで、そこでどうですか?」
「俺はどこでも構わないから、任せるよ」
間宮がそう答えると「それじゃ、ついてきて下さい」と背を向ける岸田に間宮は黙って着いて行く。
服越しからでも分かる鍛えられた背中を見つめて、間宮は思う。
俺の事を知っているという事は、瑞樹は岸田との再会を果たしたのだろうと推測できる。
事情を知っている間宮にとっても、それはとても喜ばしい事ではあるのだが、瑞樹が何故その事を話さなかったのかが気になった。
思えばクラス会の話を聞いた時に話を途中で止めたのは、その時に会った事を言おうとしたのではないだろうかと推測する間宮だったが、黙っていたの理由までは分からなった。
日本三大都市といわれる名古屋の地で、話の中でしか知らない岸田に出会えた可能性に、何か運命めいたものを感じた。
何時どんな時に自分の名前と顔を知ったのか分からないが、こうして出会った以上、岸田とは腹を割って話さなくてはいけないとある種の覚悟を胸に秘めた間宮は、逞しい背中を追うように歩みを進めるのだった。
間宮と瑞樹はお互いに知らない。
2月14日のバレンタインの夜に、お互いの重要人物と会っている事を。そして、この出会いがそれぞれの運命に大きく関わってくる事を、夜の名古屋の街を歩く2人はまだ知らない。
動き出した4枚の歯車が綺麗にかみ合う時、4人の想いが形になる時だ。
『29』~結び~ 5章 それぞれの想い (完)
――――
あとがき
これで5章完結になります。
何時の間にか100万文字を突破していて、物凄く長い作品になってしまいましたが、ここまで読んで下さった皆さんに改めて感謝します。
さて、次章が最終章になります。
松崎と加藤、佐竹と神山が結ばれまして、最終章は勿論、間宮、瑞樹、優希、岸田の決着がメインになります。
瑞樹のK大受験に始まって、卒業旅行……そして。
最終章に相応しく二転三転する展開を楽しんで貰えたと思っています。
最終章の連載は準備の為に、一週間ほどお休みを頂いてから再開する予定です。
連載再開日時は、近況ノートにて事前にお知らせさせて頂きます。
なるべく早く再開出来るように頑張ますので、よろしければ評価やレビュー、応援コメントなど頂けたら嬉しいです。
それでは、最終章 『卒業』でお会いできるのを楽しみにしています。
葵 しずく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます