第47話 間宮のプレゼンテーション act 4
「は!? 卒業旅行に俺がか!?」
「あぁ、一緒に行かないか?」
「いやいや! ゼミ繋がりの旅行なんだろ!? お前は合宿で講師してたわけだから分かるけど、俺とあいつらにはそんな繋がりないだろ」
瑞樹から松崎の参加に加藤と佐竹君からOKがでたと連絡を貰った俺は、早速会社の休憩スペースに松崎を呼び出して旅行の件を話した。
想像もした事もない誘い話だったんだろう。珍しく松崎が慌てている。まぁ、高校生達の旅行に誘われたのだから無理もないか。
否定的な事を言ってはいるが、この話をした時一瞬だけ嬉しそうな顔をしたのを見逃していない。
だけど、直ぐに顔を曇らせたのは佐竹君の事を考えたからだろう。
「別に受験繋がりに拘る事ないだろ。それに瑞樹達はお前も参加するの歓迎してくれてんだぞ?」
「嘘つけ! 少なくとも1人は俺を歓迎なんてしていないはずだ」
どうやら俺が思っていた以上に、松崎は佐竹君に負い目を感じているようだ。気持ちは分からないでもないが、こうなると佐竹君の方が大人に見えてくるな。
「あぁそうだ! 松崎も受験の繋がりあるじゃん」
「は? そんなもんあるわけねえだろ」
「じゃあ聞くが、センター試験当日の朝。お前駅のホームで何してた?」
「!! なっ!? 何でお前が知ってんだよ!」
想像以上に驚いて焦る松崎が面白かった。
いつもの松崎なら、何で俺が知ってるかなんてすぐに気付きそうなもんだけどな。まぁそれだけ加藤の事でいっぱいになってるんだろう。
「お前に加藤の元に行けって言ってきたの瑞樹なんだろ?」
「あ、あぁそうか……。そりゃ瑞樹ちゃんから訊いてるわな」
そもそもの話。正月に俺んちで加藤の事が好きだって宣言してんだから、隠す必要なんてないだろうに。
「んで、どうすんだ? 行くのか? 行かんのか?」
俺はさっきまでの揶揄う空気を打ち消して、松崎にファイナルアンサーを促した。
「……本当に邪魔にならないのか?」
「邪魔なら最初から誘ってねえよ。それに誘ったのは加藤との事じゃないしな」
「どういう事だ?」
「瑞樹に誘われた時、旅行先が2泊3日で京都と大阪だって聞いてな。瑞樹達は学校の卒業旅行も行くからこっちの旅費を捻出するの大変だろうから、俺と松崎で協力してやろうと思ったんだよ」
そう言ってから、松崎に具体的なプランを話して聞かせた。
「なるほどな。移動手段のレンタカーの代金と交通費を俺と間宮で折半して、俺は京都の旅館を格安で手配する……と」
「そういう事だ。頼めるか?」
「大丈夫だ。ていうか、それくらいしないと居づらいからな」
やっぱり同じ事言うんだなって声には出さずに独り言ちた後、日程等の詳細を詰めるのに近々集まるから顔を出せと告げて、俺達はそれぞれの仕事に戻っていった。
仕事を終えて帰宅したところで、京都の方は松崎に任せて俺は大阪の方の手配に取り掛かろうとスマホを耳に当てた。
『もしもし、亀よ~亀さんよ~』
「…………」
『なんやねん! 何か言えや! まるでスベッたみたいやんけ!』
「みたいやなくて、完璧にスベッてるからな?」
『アホか! 東京に染まって笑いのセンス腐ってもうたんちゃうか!?』
「親父のセンスが元々腐ってるだけや」
『失礼な事言うな! ほんで? 今日はどないしたんや?』
「うん。親父達に頼みたい事あってな」
俺は今回の旅行の経緯を親父に話して聞かせた。
『なるほどなぁ。まぁ別にええぞ! 好きなだけ使えや』
「そう言ってくれると助かるわ」
そう言ってくれるのは分かっていたけど、実際に言われてホッした。あそこまで大きな事言っておいて無理でしたなんて、恰好が付かないしな。
『それにしても正月は急用で帰ってこんと思ったら、まさか高校生引き連れて帰ってくるなんてなぁ! まぁ賑やかになって嬉しいんやけどな』
「あんまり張り切り過ぎん程度に頼むわ」
『任せとかんかい! 準備せんとあかんから、日にち決まったら連絡くれや』
「おう! ほんじゃ頼むで。また連絡する」
親父の確約がとれたところで電話を切って、久しぶりの大阪に少しワクワクしている自分に気付いた。
◇◆
その数日後、予定通り旅行の詳細を詰める為に、参加メンバー全員がO駅前にあるファミレスに集まった。
まだ受験が全部終わってない者もいるんだからとりあえず日にちだけ決めて、細かい事は受験が終わった後からでも間に合うと言ったのだが、楽しみ過ぎるから無理と加藤に却下されたのだ。
「えっと、間宮に言われるがまま参加する事になったんだけど、ホントに部外者の俺が参加していいのかな」
集まって開口一番に松崎がメンバーにそう問う。
そうしないと落ち着かないんだろうなと、申し訳なさそうに話す松崎が、妙に可笑しく見えた。
「愛菜から聞かされた時は驚きましたけど、間宮さんも参加するんだから、まぁいいんじゃないですか?」
「結衣! そんな言い方ないじゃん!」
神山らしくない物言いに、加藤が少しキツイ言い方で注意を促した。
加藤の言い分は神山にだって理解は出来ている。
だが神山の立場からすれば、松崎の存在は微妙なものなのだ。
間宮だけなら瑞樹の気持ちを知っている神山にも、素直に受け入れる事が出来た。
しかし、加藤の場合は違うのだ。
合宿の前から加藤は佐竹を見ていたはずなのに、何時の間にか松崎に気持ちを乗り換えている事に、神山に言わせれば解せないといったとこだろうか。
勿論、いい加減な気持ちではないのは信じている神山であったが、そもそも加藤から松崎の事を殆ど聞かされていなかった為、加藤の心境が掴み切れないのだ。
そのうえ、佐竹との事を応援していた立場にある神山にとって、まさに寝耳に水といったところなのだろう。
「神山さんも加藤も落ち着いて!」
2人の棘のある空気に佐竹が割り込んだ。
「ご、ごめん。愛菜」
「ううん。私こそごめん」
佐竹にそう促された2人はお互い頭を下げる。
「……やっぱり俺は場違い……だよな」
「お前はそんな事気にしてないで、早く座れよ」
言って、間宮は自分の隣のスペースをポンポンと叩いて、座れと促した。
それから暫く沈黙が流れる。
本来なら旅行の計画で集まったわけなのだから、もっとあーだこーだと盛り上がる場面なのだが、間宮達が座っている席だけピンと張り詰めた空気が流れていた。
どうにかして空気を変えようと、1人でオロオロとしている瑞樹だったが、どうやら言葉が見つからないようだ。
「なぁ、神山さん」
「……はい」
「松崎の参加は、俺がこの旅行に参加する条件として誘ったんだ」
「それは……わかってます」
「それなら文句があるなら松崎じゃなくて、俺に言えばいいだろ?」
「……すみません」
「俺も良かれと思って提案したんだけど、余計なお世話だったみたいでごめんな。やっぱりさ――今回の旅行は卒業旅行なわけだし、卒業する若い連中だけで行った方がいいよ」
あくまで瑞樹達の旅費の負担を軽くする為に提案した事であったが、その結果空気が悪くなるのなら部外者は辞退するのが懸命だと判断した間宮。
勿論、この旅行に松崎を参加させれば、多かれ少なかれ思うところがある人間がいるのは承知している事であったが、我慢させてまで実行する必要はないのだ。
間宮が旅行を辞退すると言い出すと一気に顔色を曇らせる瑞樹だったが、加藤と佐竹の事を思うと言葉が出てこない。
「そ、それは困ります!!」
そんな空気を破ったのは佐竹だった。
間宮や瑞樹達の視線が一斉に佐竹に集まる。
「松崎さんの参加に反対してる奴なんて1人もいません! 神山さんだって別に反対してるわけじゃなくて、他に理由があって……その」
神山のあの反応は自分に気を使った為だというのは、佐竹には分かっていた。神山のそんな優しさに甘えるだけじゃ駄目だと、佐竹はこの空気の根底にあるものを否定したのだ。
「とにかく間宮さんと松崎さんは絶対に参加して下さい! でないと、僕もこの旅行に参加しませんから!」
佐竹が間宮と松崎に強い目を向けてそう言い切ると、少し厳しい顔つきになっていた間宮がポカンと口を開けて、呆気にとられた。
少し見ない間に、あのオドオドしていた男の子が随分と強くなっていた事に驚いたのだ。
そんな佐竹を見ていた間宮の目が、柔らかいものに変わる。
「あ、あの! 私は別に松崎さんを嫌っているとかじゃなくて……その、ホントに」
「うん、分かった。俺の方こそキツイ言い方してごめんな」
「い、いえ! 間宮さんも松崎さんも何も悪くなんてありません! 誤解させてしまう言い方をした私が悪いんです……。ホントにごめんなさい!」
間宮と神山のやり取りを黙って見ていた瑞樹と加藤が、ホッと胸を撫で下ろす。
「あの、さ。本当に厚かましいとは思ったんだけど、正直誘われて嬉しかったんだよね。だから、よかったら皆の卒業を祝うって意味で参加させて貰えないかな」
「勿論です! 僕もお二人とゆっくり話してみたかったんです! 2人は僕にとって憧れの人なので!」
「おっ! 嬉しい事言ってくれるじゃん! んじゃ、京都の夜は男同士で朝まで語り合うか!?」
「いや、俺は普通に寝るからな」
「ノリ悪いぞ! 間宮!」
佐竹のフォローでいつもの調子に戻った松崎が盛り上げて間宮が落とすと、瑞樹達から笑い声が漏れる。
ようやく旅行計画の空気になったところで、松崎は仕事で使っているタブレットを立ち上げて、確保した京都の温泉旅館のホームページを皆に見せた。
「えっと、先に日取りだけ決まった時点ですぐに先方に連絡いれて、京都の宿泊先はこの温泉旅館の隣り合わせの部屋を二部屋確保出来たから」
もうあまり時間がないうえに卒業旅行シーズンというのもあり、間宮の実家を使う大阪はともかくとして、京都の宿泊先は急ぐ必要があった為、旅行の日取りだけグループトークルームで全員の予定を擦り合わせてすぐに決めた。
その連絡を受けた松崎はすぐさま旅館に直接連絡をとり、無事に部屋を確保したのだ。
松崎のタブレットに瑞樹達が食いつく。
「ここに泊まれるの!? なんかメッチャ高そうなんだけど!」
「うわっ! 部屋も凄い綺麗!」
「露天風呂ヤバくない!?」
「ご飯もヤバいって!」
若い連中は映し出された画像にテンションが跳ね上がったようで、ワイワイと盛り上がっている様子を嬉しそうに眺めている松崎に、間宮が思わず笑みを零す。
「でもさ、ここって相当高い部屋だよね?」
盛り上がっている最中に瑞樹が現実的な事を言う。
確かに今回の旅行は、若い連中の懐事情を考慮して極力安く行くのが大前提の話だったのだ。
瑞樹の一言で、一気に現実に引き戻された加藤達の空気が重くなる。
「そこは安心してくれていい!」
得意気にそう言い切る松崎だったが、瑞樹達は半信半疑な顔をする。
「その旅館一泊2食付きで、1人五千円でいいよ」
「「「「はぁ!?」」」」
宿泊料金を訊いて瑞樹達が驚きの声を上げる。
それはそうだろう。瑞樹達はホームページの宿泊料金表を見た時、一泊2万円以下の部屋が存在しなかったのだから。
「まぁ超特別料金なんだけど、今回はこの料金で使わせて貰えるように交渉できたよ」
そう告げる松崎の向かい側に座っていた神山が身を乗り出して、松崎の手を両手で握りしめる。
「ありがとうございます! もう松崎様って呼んじゃいます!」
さっきまでの険悪な空気を作った人間だとは思えない程の変わり身の早さで、神山は目をキラキラさせて感謝を述べた。
「プッ! あはははは!!」
その見事なまでの変わり身の早さに間宮が思わず吐き出すと、釣られて皆が笑い声をあげる。
もう心配ないだろうと、間宮は笑いながらホッと安堵するのだった。
「それと大阪の宿泊先は予定通り俺の実家を使ってくれ。実家にはもう連絡して了承とってるからさ」
「そう、それ! 間宮さんの実家ってお金持ちなん!?」
「ん? なんで?」
瑞樹から間宮の実家に泊めてもらう事を聞かされてから、加藤は気になっていた事を問う。
「だって、この人数が泊まれる家なんて普通じゃないじゃん!」
「まぁ住んでる人間より、家が少し大きいってだけだよ」
そう答える間宮はカラカラと笑う。
「それらを踏まえて俺が出したプランの自己負担額なんだが……」
ここまで言うと加藤が喉を鳴らす音が聞こえて、吹き出しそうになるのを堪えながら、間宮はとんでもない金額を告げる。
「宿泊費と交通費、プラス大阪での要望があったUSJの入場チケット代合わせて、1人1万円な!」
「「「「はあぁぁぁ!?!?!?」」」」
金額を告げた次の瞬間。間宮と松崎は人差し指で両耳を塞ぐのとほぼ同時に、瑞樹達の大きな驚きの声が店内に響き渡った。
「あの、他のお客様のご迷惑になるますので、もう少しお静かにお願いします」
慌ててスタッフが大声を上げた瑞樹達に注意を促すと、我に返った若い連中はスタッフと周囲の客達にぺこぺこと頭を下げつつ、加藤が身を乗り出すように今度は小声で話しかけた。
「その金額おかしいって。1人10万円って言われても違和感ない内容なのに、1人1万って。USJのチケットだけでもそれくらいしなかったっけ!?」
確かに1dayチケットだけで1万近くする為、加藤が驚くのも無理はない。
「まぁそうだな。そうそう! USJのチケットはプレミアパスを用意してるから、たの――」
「――プレミアパス!?」
また声が大きくなってきた加藤に瑞樹が「声が大きいよ、愛菜」と話しかけるが「それでころじゃないよ! プレミアパスだよ! プレミアパス!」
それがどんなパスか知らない瑞樹は落ち着けと促そうとしたのだが……。
「プレミアパスって1人17000円するんだよ!?」
「「「ええぇぇぇ!?!?!?」」」
また大声で驚く瑞樹達を余所に、スタッフがまたここへ来る前に間宮と松崎が慌てて頭を下げて謝った。
「なんでそんなチケット込みで1人1万円なの!? 10万円の間違いだよね!?」
再び加藤が間宮に詰め寄る。
「ちゃんと説明するから、皆とりあえず落ち着け」
これ以上騒いだら強制的に退店させられるぞと付け加えて、加藤達を落ち着かせた間宮が詳細の説明にはいる。
「まずチケットなんだけど、親父があそこの株主でな。定期的にチケットが贈られてくるんだよ。でも使うのは康介くらいで余ってるから、そのチケットを貰う事になってるんだ」
間宮がチケットの説明を終えると、松崎も1万の内訳を話し始める。
「交通手段にレンタカーを使うんだけど、レンタル代と交通費は俺と間宮で折半するから1人1万って言ったけど、実質の固定費用は1人5000円って事だ。残りは現地で好きに使ったらいいよ」
その他の説明を受かる度に、加藤を筆頭に皆あんぐりと口を開く。
「――とまぁ、こんな感じで考えてるんだけど、どうだ?」
「いやいや! どうだ? じゃなくてね!? いくら何でもそれは悪いって間宮さん! あまり旅費はかけられないのは確かだけど……」
「だからさっき言ったろ? お祝いを兼ねて参加させて欲しいって」
「……松崎さん」
この意見には間宮も同意で、この旅行が始まる頃には受験の合否がでているのだから、確かに少し過剰なプレゼンだとは思う間宮だったが、合格祝いと思えば適正なものだと思えるのだ。
「松崎の言う通りだ。それに高校生の旅行にただ着いて行くってのは、やっぱり居心地が悪いってのもあるしな」
「わ、私はそんな事を期待して間宮さんを誘ったんじゃないよ!?」
「ははっ、分かってるよ。これは俺達が勝手にやった事だから、受け取ってくれると嬉しい」
そうは言ってもと、瑞樹と加藤はお互いを見合わせて口ごもると「はい! お二人のお祝いを堂々と受け取れるように、本番も頑張るので、合格したら是非甘えさせて下さい!」と佐竹が間宮達に笑みを向けた。
「うん! 確かにこれはお祝いだから、お前達が全員受かる事が絶対条件だもんな!」
間宮がそう言うと、松崎も後に続く。
「もし落ちた奴がいたら、悪いけど俺達と一緒にプレゼン側に回ってもらうからな?」
「「「「えーーーーっ!?」」」」
松崎が受験生にそう発破をかけて、皆で笑い合った。
それからは、大阪と京都のお薦めスポット等の話で盛り上がり、ここへ来たばかりの時とは違い、皆ワイワイと楽しそうに話し合っていた。
お手洗いで席を外して戻ってきた瑞樹は、プランを練っている仲間達の姿を客観的に見て思う。
笑い声が絶えないこの仲間達は、今の自分の宝物だと。
いつまでもこの仲間達と楽しく生きていきたいと。
そして、仲間達の中心にいる間宮を見て改めて思うのだ。
この先もずっと自分を殺して生きていくのが当たり前になっていた自分に、全く違う未来を見せてくれたこの人に少しでも近づきたい――ずっと隣にいたい。心からそう思える存在に顔が綻んだ。
――大切な想い。そして大切にしたい仲間達との絆。
「おーい! いつまでそんな所に突っ立ってんだ? 早く来ないと瑞樹の要望が組めなくなるぞ?」
仲間達を眺めて思わず物思いに耽っていると、間宮にそう呼びかけられて、我に返った瑞樹。
「ええ!? 私も行きたい所があるんだから、ちょっと待ってよぉ」
先の事なんて誰にも分からない。
だからこそ、今できる事を全力で頑張るのだ。
きっと、その先に望んだ未来があるはずだから。
瑞樹は胸にそう刻み込み、大切な仲間の元に駆けていくのだった。
――――
あとがき
色々と問題があった卒業旅行プランもこれで決定!
この妙な卒業旅行が間宮達にどう影響するのか……その模様は最終章にて!
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