第46話 間宮のプレゼンテーション act 3
間宮のプレゼンを受けた翌日。
瑞樹は加藤を最寄り駅前にカフェに呼び出した。
「おいっすぅ! 志乃」
昨日間宮と別れてから少しでも早く加藤に謝ろうと呼び出したのだが、待ち合わせているカフェに姿を見せた加藤は拍子抜けする程いつも通りの調子で瑞樹の前に現れた。
「ん? どしたん?」
「え? いや……あの……え?」
「あっはは! ホントにどしたん?」
ハトが豆鉄砲を喰らったように呆気にとられている瑞樹の向かい側に座った加藤は、何だかご機嫌のようでニコニコしている。
「……お、怒ってない……の?」
「ん? 怒る? あぁ、昨日の事?」
「……う、うん」
「まぁちょっと驚いたけど、別に怒ってなんかないよ」
「え? でも、私あんな態度とって空気悪くしちゃったんだよ?」
「ん~佐竹はオロオロしてたけど、私は別に怒ってないし、結衣も特に気にしてなかったよ――だって」
「だって?」
「私が言いたい事に気付いたから、こうして会いに来てくれたんでしょ?」
ニカっと白い歯を見せる加藤がそう投げかける。
「……うん。昨日はごめんね」
「だーかーらー! 怒ってないって言ってんじゃん!」
言って、加藤は瑞樹に額にピンと指を弾いた所で、注文していた飲み物がテーブルに運ばれてきて、ホッと一息ついた。
普段の空気に戻れた2人は、改めて受験する大学の話が一段落したところで、瑞樹は間宮のプランを話し始める。
「それでね? 例の卒業旅行に間宮さんを誘ったんだけどさ」
「あぁうん! どうだった? 参加してくれるって!?」
「うん。でも1つだけ条件があってね?」
「条件? ま、まさか混浴じゃないと無理とか!?」
言って、ワザとらしく両腕を体に巻き付ける加藤に、シラケた目を向けて話を続ける。
「はいはい。でね?」
「え? スルーですか!?」
「その条件っていうのが、愛菜と佐竹君に関係してる事でね――」
「それって――まさか」
加藤と佐竹に関係している事と言っただけで間宮の条件に気付いたようで、困惑と嬉しさが入り交じった複雑は表情を見せる加藤に、ニヤリと笑みを浮かべた瑞樹が口を開く。
「うん。松崎さんも一緒にいいかって」
「えええぇぇぇぇっ!? も、もしかして間宮さんも私の気持ちに気付いてるん!?」
店内に加藤の驚く声が響き渡る。
その声に店にいる客達やスタッフが一斉に大声で叫ぶ加藤に目を向けるが、加藤はまったく気付いていない様子で顔を真っ赤にしてワタワタと慌てふためく。
そんな加藤が可愛く見えた瑞樹だったが、このままだとスタッフに注意されるからと間宮の提案の真意を伝える事にした。
といっても、間宮が加藤の気持ちを知っている事は話すつもりは瑞樹にはない。
言ってしまうと、収拾がつかなくなりそうだったからだ。
「松崎さんを呼ぶのは、別に愛菜の為ってわけじゃないから落ち着いて」
「へ!? わ、分かってる! うん! 分かってたし!」
どこか嬉しそうな加藤だったが、瑞樹の指摘に肩を落としながらも強がってみせる彼女に今回のプランの詳細を話して聞かせた。
「えぇ!? 間宮さんの実家に泊まるの!?」
加藤が落ち着いた所で早速間宮のプランを話すと、やはり大阪での宿泊先が間宮の実家だという事に驚く加藤。
「何でも部屋は全然余ってるんだって。それと宿泊代は勿論いらないって言ってた」
「おぉ! え? なに? 間宮さんの親って金持ち!?」
「そんなの知らないよー。ってかいやらしい言い方しないの!」
「あ、ごめん! それで京都の方は松崎さんの伝手で温泉旅館を格安で泊まれるってわけね」
「うん。間宮さんはそう言ってた。ただ松崎さんが参加する場合、愛菜と佐竹君が微妙になるんじゃないかって気にしててね。だからその事を愛菜達に確認して、問題が無ければ連絡する事になってるの」
「なるほどね。私はともかく佐竹は……ね。ってやっぱり間宮さんにバレてるんじゃん!」
「あぅっ」
伏せておくつもりだったが、この話をするとどうしてもバレてしまう事に指摘されて初めて気付いた瑞樹は、しまったと苦虫を噛んだような顔つきになった。
だが佐竹の事は予想通りではあった。だけど、加藤の気持ちは松崎と佐竹の間でもっと揺れているものだと思っていた瑞樹だったのだが、加藤の様子を見る限りもう結論を出しているように見えて少し意外だった。
「……わかった。佐竹には私が話すから、返事は少し待ってくれる?」
「それは勿論だよ。じゃあここからは愛菜に任せるね」
「うん……任された」
◆◇
センター試験が終わった2日後。
僕は卒業旅行の事で相談があるからと、ゼミが終わった後にO駅で加藤と落ち合う事になっていた。
何故卒業旅行の事なのに2人で話す必要があるのか疑問ではあったけど、正直理由はどうであれ加藤と2人で会えるのは嬉しかった。
「ごめん、佐竹。待たせちゃった?」
「いや、僕も来たばかりだから」
この挨拶が何だか恋人同士のやり取りみたいで、照れ臭かったのは内緒だ。
「それで相談って? 卒業旅行の相談なら皆とした方がいいと思うんだけど」
「……う、うん。そうなんだけど……ね。この話は私と佐竹だけに関係してる事だから」
「僕達だけ?」
「えっと、向こうで……いい?」
言って、加藤は人気の少ないホームの端を指差す。
「……別にいいけど」
ぶっきら棒に言ったけど、人気のない場所に誘われて期待してしまう自分がいた。
受験が終わったら僕から言うつもりだったんだけど、受験本番前に加藤からなんて思ってもみなかった。
ドキドキしながら加藤の後について行くと、ホームに一番端で立ち止まった加藤がこっちに振り返って、僕も足を止めた。
「実は……ね。志乃が間宮さんを旅行に誘ったんだけどさ」
「あぁ、うん。それで? 間宮さんも参加する事になったのか?」
「……それがね。間宮さんが松崎さんも一緒にいいか?って」
「――え?」
期待していた展開の斜め下の話だった。
聞けば京都の温泉旅館に伝手がある松崎さんがいれば、超格安で旅館に泊まれるという事で、それ自体は旅費の工面が楽になる有難い話ではある。
だけど僕と加藤に限って言えば、松崎さんが参加するのは微妙な話になるのだ。
それが分っていて、わざわざこうして2人の時に話すという事がどういう事なのか、僕にだって大体の想像くらいはつく。
「加藤はどうなんだ? 松崎さんが参加するのって」
「……うん。私はいいと思ってる。というか嬉しい……かな」
「……そうか」
少しでも悩んでいるとか、迷ってくれていたらと思わないでもない。だけど、たとえそうだったとしても時間の問題だったようにも思うのだ。
「ねぇ、佐竹」
「うん?」
「ホントはね、受験が全部終わってから言うつもりだったんだけど――」
そうか……もうそこまでハッキリさせる覚悟を決めてきたのか。
「松崎さんの事……好きなのか?」
「――うん」
ハッキリとそう答える加藤の真っ直ぐな目が、見苦しく足掻こうとする僕の気持ちを抑え込んで言葉が出てこない。
「でも、今回の旅行に松崎さんが参加するしないは関係ない。この旅行はあくまで私達のものだから、佐竹が嫌だと言ったら私も嫌だって志乃に言うよ」
気持ちを誤魔化す事なく、その上で僕の事を気遣ってくれる。
そんな女の子だから、僕は好きになったんだ。
それに加藤は何も悪くない。悪いのは結局気持ちがどっちつかずで、待たせてしまった僕が悪いんだ。
なら、僕の言うべき事は決まってる。
「気持ちは嬉しいんだけど、僕は松崎さんが参加しても大丈夫だから、間宮さんのプランに乗っかろうぜ」
「――ホントにいいの? 悪いのは私なんだから佐竹が我慢する事なんてないんだよ?」
「結果には納得してるから、我慢なんてしてないよ」
せめて最後くらい格好つけたい。ずっと情けない所ばかり見せて来たから、最後くらい格好つけないと僕の事を好きになってくれた加藤に申し訳が立たないから。
「……わかった。志乃にそう伝えるよ……。ありがと佐竹」
「別にお礼なんていらない。それより思い出に残る旅行にしような!」
「――うん」
ちゃんと笑えているだろうか。加藤はこういう所は鋭いから気を付けないと。
そこで丁度電車がホームに到着するアナウンスが流れて、僕にはそのアナウンスが何故か諦めろと言われている気がした。
「じゃあ、僕はこの電車で帰るよ」
O駅からだと僕は下り線で加藤が上り線になるのだが、加藤は僕に気を使ったのか下り線のホームで待ち合わせたから、加藤は向こう側へ移らないといけない。
「……うん、わかった。じゃあね」
言って僕の前から立ち去ろうとする加藤に、最後に気になっている事を訊こうと声をかけた。
「なぁ! 松崎さんの事が好きなら、なんでクリスマスライブの後の事を訊いてこないんだ? 気にならないのか?」
「気になってるよ? でも佐竹にだけは訊いちゃいけないって事くらい、私にも分かってるから」
あの時、松崎さんと何を話したのか訊いてこない加藤が気になってた。
でも、今その理由が分かった。加藤はもうあの頃から松崎さんだけを見ていたんだな。
「そうか。じゃあ加藤がそう言うのなら、もう訊かれても教えないぞ」
「うん……それでいい。おやすみ」
「うん。おやすみ」
加藤はもう僕の方に振り向く事なく階段を降りて行った。
元々小さな加藤の背中が更に小さくなっていく度に、ギュッと心を締め付けられる思いを振り切ろうと、ホームに滑り込んできた電車に乗り込んだ。
電車が発車するまでドア付近で立っていると、立ち去った加藤が上り線ホームに現れたのが見えた。
咄嗟に隠れようとしたけれど、先に加藤に見つかってしまったようで、僕をジッと見つめてくる。
今から露骨に隠れてしまったら、卒業旅行の時に気まずさを残してしまうと、俺も加藤から目を逸らさなかった。
やがて電車のドアが閉まりゆっくりと電車が動き出した時、ジッと見つめていた加藤が小さく手を振って「ばいばい」と口の形を作っていた。俺は何も言わずに小さく手を振り返した所で、加藤の姿が見えなくなった。
(もういいよな……)
僕は壁際に身を寄せて顔を周囲に見えにくくすると、ずっと我慢していた涙腺を決壊させた。
こんな結果になってしまったのは僕が悪いのは自覚してるし、明日からはちゃんと前を向くから――今だけは許してくれ。
「加藤も松崎も大っ嫌いだ――ばかやろう」
極力声を小さくして、僕は流れる涙と一緒に心に溜まった感情を吐き出した。
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