第45話 間宮のプレゼンテーション act 2

 予定通りゼミに向かい用件を済ませた瑞樹は、O駅のいつものベンチで間宮を待っていた。

 昼間のファミレスでの加藤とのやり取りが、頭から離れない。


(いくらなんでも、あんな態度をとる事なかったよね……。愛菜怒ってるかな)


 加藤が意味もなく、悪ふざけであんな事を言う子ではない。それは冷静になった今なら断言できる事。


(……でも、じゃあ……なんで)


「よう、お疲れさん。待たせちゃったか?」


 悶々と昼間の加藤の真意がなんだったのか考え込んでいる間に、何時の間にか間宮がホームに現れたのだが、瑞樹は思考の海に潜り込んでしまっていて、声をかけた事に気付かない。


「ん? 瑞樹?」

「…………」

「おーい!」

「…………」


 全く間宮の声が届いていない瑞樹の膝元に不意に何かが被さってきたのを感じて「うにゃっ!?」と間の抜けた声と共に瑞樹は思考の海から飛び出た。


「あっははは!」


 何事と辺りを慌てて見渡す瑞樹の前に、腹を抱えて笑う間宮がいた。


「ま、間宮さん!?」


 間宮の姿を見て慌ててベンチから立ち上がろうとした時、ついさっきまであった痛みすら感じる程の寒さを感じていた膝元が、温かくなっているのに気付く。瑞樹は視線を自分の膝元に落とすと、そこには温かそうなひざ掛けがかけてあった。


「……これって」

「あぁ。俺の部署の同僚の女の子が出先で新しいひざ掛けを買ったらしくてな。んでこれの貰い手を探してたから、ここで話をするのは寒いだろうから丁度いいと思って貰ってきたんだよ」


 まったくあざとい男だと瑞樹は思う。

 しかも計算でした事ではなくて、天然で起こした行動だから質が悪い。こんな事をされたら、本人にそんな気が無くても勘違いしてしまった女性は多いのではないかと思う瑞樹であったが、そんな間宮の優しさに心が温まるのもまた事実だった。


「……ありがと」

「おう、それと――これな」


 言って、間宮がここで会う時に必ず買ってくる缶珈琲を、瑞樹に手渡した。


「んで? 何があった?」


 受け取った缶のプルタブを開けていると、隣に座った間宮がすぐさま主語もなく問う。


 ゼミにいる時にセンター試験の答え合わせの結果はトークアプリで間宮に報告していた為、一体何事だと首を傾げる間宮の問いが呼び出した用件を指していない事は、瑞樹にも分かっていた。


「――何がって?」

「ん? 難しい顔して何か考え込んでたからさ」


 昼間にあった事を聞いて貰いたいという気持ちは勿論ある。だが初詣ですでに困らせてしまっている事も踏まえて、これ以上迷惑をかけるわけにはいけない気持ちも瑞樹の中で混在しているのも事実としてあるのだ。


 だがその時、ふと加藤の言葉が頭を過る。


 もしあれが自分に発破をかける為に煽ったのだとしたら……。

 間宮に気を使い過ぎて、まるで以前の自分と同じ事をしていると諭すものだったとしたら……。


(――うん! きっとそうだ!)


 加藤の発言の真意に気付いた瑞樹は、加藤との事を話す必要がなくなり肩の力がスッと抜けた。


「うん、大丈夫! たった今解決出来たから」

「そうか? それならいいんだけど」

「心配かけてごめんね!」


 言って、瑞樹は軽く息を吐いて、今日ここに間宮を呼び出した用件を話し始めた。


「実はね。学校の友達と卒業旅行に行くのとは別に、愛菜達ゼミ仲間達とも旅行したいって話になってね」

「へぇ、いいじゃん! 楽しそうだ」

「でしょ! でね? その旅行に間宮さんも一緒にどうかなって思って」

「え!? 瑞樹達の卒業旅行に――俺も!?」


 瑞樹の提案に、間宮は目を見開いて驚いている。

 それはそうだろう。高校生同士の卒業旅行に10歳以上年齢が離れた男が、一緒に行かないかと誘われたのだから。


「……えっと」

「駄目……かな」

「いや、駄目っていうか、瑞樹達の旅行に俺が着いて行ったら気を遣わせるだけだろ」


 想定内の返答だった。

 実際に加藤が間宮を誘うと言い出した時、瑞樹も同じ事を考えたのだから。


「うん。愛菜が間宮さんを誘おうって言い出した時に私もそう言ったんだけど、皆気を遣う気なんてないみだいで、絶対に楽しいから誘ってきてって言われたんだ」

「うーん……そう言って貰えるのは嬉しいんだけど」


 間宮は加藤達の気持ちを喜んだようだったが、台詞とは裏腹に間宮の顔からは難色が滲み出て歯切れも悪い。恐らくこのままでは断られると判断した瑞樹は、少し前まで押し殺そうとしていた自分の気持ちを伝える決意をする。


「――そ、それに」

「ん?」

「それに、わ、私も――間宮さんと旅行がしたいって思って……ます」


 瑞樹はもじもじと尻すぼみになりながらも、上目使いで間宮に自分の気持ちを伝えた。

 間宮は瑞樹のその仕草に滅法弱いのだ。

 勿論、今の瑞樹にはそんな事を計算でする余裕などなく、ただ遠慮するのを止めて素直に本音を漏らしているだけなのだが。


「ま、まぁ本当に皆がそう思ってくれているんだったら、断る理由はないけど……ただ」


 瑞樹の可愛さにフリーズしていた思考を無理矢理に奮い立たせて、前向きな返答を返した間宮だったが、旅行に同行した場合に気になった事を話す。


「瑞樹達って学校の友達とも旅行行くんだよな? 確か瑞樹は北海道だっけ」

「あ、うん。そうだけど?」

「なら現実問題、旅費とか大丈夫なのか?」


 間宮が気になった事。それは卒業旅行を2度も行くとなると、高校生に捻出できるとは思えない旅費の事だった。


「うん。正直キツイけど、こんな機会なんてもうないと思うから、親に借りるなりして大学生になったらバイトして返そうと思ってる」


 瑞樹はそう説明して、決して間宮の財布をアテにしているわけじゃないと付け足す。


「そっか。とはいえ片方が北海道なんだから、こっちの方も豪勢にってわけにはいかないだろ? 旅先はもう決まったのか?」

「……うん。それなんだけどね――」


 旅行先を訊かれて表情を曇らせる瑞樹だったが、ここは思い切ってと加藤が言い出した事を話した。


「え!? 2泊3日で京都と大阪!?」


 予想通りの反応を見せる間宮に、瑞樹は苦笑いを浮かべて話を続ける。


「やっぱり目的地が大阪だと旅行って気分にはなれない……よね?」

「まぁ、確かにそうだけど……」


 言って指を顎に当てて考え込む間宮に自分達の要望を伝えた瑞樹は、あとはもう間宮の判断に任せるしかないと黙って返事を待つ事にした。


 5分程待っただろうか。考え込んでいた間宮が「うん!」と顔を上げて隣で返事を待っている瑞樹を見る。


「旅行先が大阪と京都なら瑞樹達の負担を大幅に減らすプランがあるんだけど、のるか?」

 言ってニヤリと笑みを浮かべた間宮に、瑞樹は驚いたように目を見開く。


「プラン!? そんな凄いプランがあるの!?」

「あぁ。でも、そのプランには条件が付くんだけどな」

「条件? もしかして大阪デート? それなら勿論OKだよ!」

「なんでやねん!」


 思わず願望が口から洩れてしまったのだが、ボケたのだとすかさずツッコみを入れた間宮に「むぅ」と唸る瑞樹。


「その旅行に松崎も誘っていいか?」

「え? 松崎さんも? 私はいいけど――うーん。どうなんだろ」

「瑞樹が即答できないのは、加藤と佐竹君の事だよな?」

「え? う、うん。間宮さんも知ってたんだ」

「あぁ、松崎から相談受けてたんでな。だからこれから話すプランと一緒に松崎も参加していいか訊いてくれるか?」

「うん、わかった!」

「それじゃあ松崎が参加すると仮定したプランなんだけど――」


 間宮はさっき練ったプランの説明を始めた。


 まず現地までの移動手段が飛行機や新幹線では個人負担が大きくなってしまう為、ワンボックスをレンタルして現地まで間宮と松崎が交代で運転して向かう事。

 その際に発生する車のレンタル料と交通費は間宮と松崎で負担する事。

 そして宿泊代は京都は松崎の知り合いが経営している温泉旅館があり、松崎本人がいつも安く利用している宿泊料金で済む事。


「ちよ、ちょっと待って! 何も間宮さんと松崎さんだけそんなに負担する事ないよ!」

「いや、これくらいは払わせてくれよ。高校生相手に完全に割り勘なんてしたら、俺達の立場ってのが無くなるからさ」

「……でも」

「それに、俺が言わなくても松崎が絶対同じ事言うだろうしな! あいつは俺より頑固なの知ってるだろ?」


 体裁の為に加藤を怒らせてしまった事を例に挙げると、瑞樹も容易に想像できたようで苦笑いを浮かべた。


「それを言われたら何も言えないじゃん」

「ははっ、だろ?」

「話しの腰折っちゃってごめんね。それで大阪は?」

「あぁ、大阪の宿泊先は俺の実家を使えばいいよ」

「え? えぇぇ!? 間宮さんの実家ぁ!?」


 目的地が実家がある大阪では面白みがないだろうと危惧して瑞樹にとって、斜め上からの提案に驚いた。


「で、でも! 松崎さんも参加するとしたら、6人になるんだよ!? そんな大勢で押し掛けたら……」

「ん? あぁ、部屋なら無駄に余ってるし、それにウチの両親にあった事ある瑞樹なら分かるだろ? とにかく賑やかな事が大好きだから、元気な瑞樹達が来たらきっと喜ぶよ」


 それにそうしてもらえたら、俺も気兼ねなく一緒に行けるから遠慮しなくていいと付け足して、間宮のプレゼンテーションが終わった。

 実際に旅費が問題な瑞樹達にとって願ったり叶ったりのプランで、こちらから誘っておいて情けないと思わないではない。

 だが折角の提案だし、それで間宮が気兼ねなく参加してくれるのであればと、1度他のメンバーに松崎の参加も含めて持ち帰ると言うと、間宮は「うん」といつもの柔らかい笑顔を返した。


 それにしても間宮の実家に行けるなんて思ってもみなかった瑞樹は、雅紀達の事を思い出す。

 加藤達がこのプランに賛成してくれたら、間宮の家族にまた会えると思うと、瑞樹のやる気が益々みなぎった。


(うん! 益々この卒業旅行が楽しみになった!絶対合格して、思いっきり楽しんでやるんだから!!)







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