第44話 間宮のプレゼンテーション act 1

「志乃ーーー!!」

「え? うわっ! ちょ、ちょっと愛菜!?」


 無事にセンター試験を終えた翌日の事。

 この日から3年生は自由登校になっていたのだが、摩耶達に集まろうと誘われた瑞樹は午前中だけ登校して、午後からゼミ仲間といつものファミレスに集まる事になっていた。

 待ち合わせ時間の30分前に着いた瑞樹は、午前中に麻美達と答え合わせをしたセンター試験の問題用紙を鞄から取り出して、間違えてしまった問題を解き直す事にした。

 問題用紙に視線を落としてノートにペンを走らせていると、小走りで走る足音が近づいてきた事に気付いて顔を上げた途端、いきなり加藤に抱き着かれて冒頭に至る。


 完全に勉強モードになっていた瑞樹は、突然の加藤の抱擁に何事かと目を白黒させた。


「ホントにありがと! 志乃と松崎さんがいなかったら、ホントにヤバかった!」


 昨日の事を激しく感謝された瑞樹は、直ぐに加藤の後ろを見渡した。


(ふぅ……佐竹君はまだ来てないみたい)


 瑞樹自身が良かれと思って起こした行動ではあったが、それはあくまで加藤だけの事を思ってした事であって、その行動は佐竹にとっては悪手なのは理解していた。

 佐竹には申し訳ない事をしたと思うのだが、目の前でこれだけ喜んでいる加藤を見て、瑞樹は間違った事はしていないと強く自分に言い聞かせるのだった。

 とはいえ、こんな場所で騒いでいいわけがなく、周囲の突き刺さる視線に耐えかねた瑞樹は抱き着いている加藤に「わ、わかったから、とりあえず他のお客さんに迷惑だから落ち着いて」と促した。

 まるで母親のように瑞樹が落ち着くように促すと、加藤も周囲の視線に気が付いたのか「へへへ」と照れ臭そうに笑うと、大人しく席についた。

 はしゃぐ加藤を見れば試験の手応えが良かった事は訊かずとも明白で、少しでも力になれたんだと瑞樹は安堵の息を漏らす。


「それで? もう答え合わせはしたの?」

「ううん。最近追い込みで碌に寝てなかったから、昼前まで爆睡してんだ」

「そっか。じゃあ私は学校でやってきたから、愛菜の答え合わせ手伝うよ」

「うん! ありがと!」


 そんな笑顔を見て、試験の手応えが良かったのもあるだろうが、昨日松崎と会った時に余程いい事があったんだなと、にこにこしている加藤に顔を綻ばせた。


「おっ! 早速やってるねぇ!」


 加藤と答え合わせを始めて少し経った頃、2人の席に見知った顔と聞き慣れた声がかかる。


「あ、結衣と佐竹君! センターお疲れ様」

「おいっす! 志乃と愛菜もお疲れさんだね」


 店に入って来たのは待ち合わせをしていた神山と佐竹だった。

 神山達は軽く挨拶を済ませて席に着くなり、店員を呼んで何時ものドリンクバーを注文した。


「佐竹君。ついでだから飲み物入れてきてあげるけど、何がいい?」

「えっと、それじゃホット珈琲で」

「りょ!」


 言って神山が席を立って飲み物を取りに向かうのを見送ってから、佐竹は瑞樹と加藤と同様に鞄から問題用紙を取り出した所で、いつも賑やかな加藤が今日はやけに静かな事に気付く。


「なぁ、加藤」

「うるさい! 今大事な所なんだから話しかけないで!」

「お、おう」


 加藤は答え合わせに集中していて、佐竹を全く寄せ付けない。

 だが、それは意図的に行っている事は瑞樹にはバレバレなのである。

 やれやれと息を吐き、神山が席に戻ったところで瑞樹も本格的に加藤の答え合わせの手伝いを始めた。

 それからは各々が答え合わせを始め、さっきまで賑やかだったテーブルに沈黙が訪れ、問題用紙を捲る音とペンを走らせる音だけが4人が座っている席を支配した。


「ねぇ志乃。そっちはどうだった?」


 そんな沈黙を破ったのは誰よりも早くに取り掛かり、誰よりも確認作業に集中していた加藤だった。


「ん。こんな感じだったよ」


 言って、瑞樹は照らし合わせ終わった結果をメモしたノートを見せると、加藤は自分の採点結果と見合わせると、目を大きく見開き口角が上がった。


「志乃……これ……ホント?」

「嘘ついてどうするのよ」


 採点の結果、本命のI大は勿論の事。ワンランク上の偏差値を誇る大学も十分に手が届く結果が出たのだ。

 手応えはあった加藤であったが、予想以上の結果に身震いするのと同時に、試験当日松崎が駆けつけてくれた松崎と機転を効かせてくれた瑞樹に、心から感謝した。


「おぉ! 凄いじゃん愛菜!」

「ホントだな! 加藤って頭良かったんだな!」


 神山と佐竹が作業を中断して、加藤の採点結果を覗き込んで驚きの声を上げた。


「ありがと、結衣! あと佐竹うっさい!」


 ホッと安堵した加藤はようやくいつもの調子を取り戻したようで、早速佐竹を罵倒する。

 その後、神山と佐竹も採点を終えて2人とも上々の結果だったようで、一先ずホッと胸を撫で下ろした4人はずっと空腹だった事を思い出した。


「安心したらお腹減ったぁ」

「あはは、そういえばお昼食べてなかったね」

「だねぇ。とりあえず何か頼もうよ」

「僕は結果が気になって朝から何も食ってなかったから、ガッツリいこうかな」


 ようやく明るい声が戻った4人はそれぞれ昼食を注文する事にした。食事を始めてからも話題はセンターの結果を踏まえて、それぞれの受験する大学の選択が中心だったのだが、食後のお茶を楽しんでいる時に、加藤が思いだしたように瑞樹に受験の先の話題を振る。


「そういえば、私達の卒業旅行の件だけど、間宮さんに話してくれた?」

「あ、ううん。実は色々と相談したい事があって夕方にゼミに行くつもりなんだけど、その後に間宮さんに時間貰ってるから、その時に誘うと思ってて」

「おぉ! センター終わった途端に早速イチャつこうって魂胆だな!?」


 センターから解放された加藤は、早速瑞樹を揶揄いにかかる。


「ち、ちがっ! イチャつくとか、そんなんじゃないし!」


 顔を真っ赤にして必死に否定する瑞樹に、皆の明るい笑い声が響く。

「……まったく」と呆れる瑞樹であったが、久しぶりに皆の楽しそうな笑い声を聴いて、嬉しくなった瑞樹も一緒に笑った。


 そんな話が一段落した所で、ゼミ仲間で行く卒業旅行に行き先の話題に移る。

 ゼミ仲間で卒業旅行は凄くいいアイデアなのは間違いないのだが、それぞれに学校の友達との卒業旅行が控えている為に、こっちの旅行も豪勢にとは現実的に厳しいという話になった。

 でも、こんな機会は滅多にないのだからと、多少の無理を覚悟でそれなりの所へ行きたいと、それぞれ意見を出し合っていると。

 旅行の発案者である加藤がぼそりと呟く。


「……関西」


 その呟きに3人の視線が加藤に集まる。


「うん、そう! 関西! 大阪!! 皆行った事ある!?」


 加藤がそう問うと、皆関西方面に行った事がないようで、お互い見合って首をふるふると振り合うと「これだ!」と加藤が身を乗り出して人差し指を立てた。


「皆行った事がないなら、もうそこしかないっしょ!」

「うん、いいじゃん! 大阪!」

「だね! USJとかめっちゃ興味あったんだ」


 加藤の発案に神山と佐竹が食いついて、早速とプランを練り始めたのだが、大阪へ旅行するのに難色を示す瑞樹が加藤達の話に口を挟む。


「ね、ねえちょっと待って! 大阪に行くのは私達的には楽しそうだと思うけど、この旅行って間宮さんも誘うんだよね?」


 一気に旅行先が大阪に決まってしまいそうになり、慌てて瑞樹が口を挟んだのは、この旅行に間宮も参加してもらう事になっていたからだ。


「うん、そうだよ? 何か問題あるん?」


 キョトンとしている加藤を見て、自分以外間宮が大阪出身なのを知らない事に気付いた瑞樹。


「間宮さんって大阪出身なんだよ。だから旅行っていうより、帰省になっちゃうから……」

「ええ!? 間宮さんって大阪の人だったの!? そんな感じ全然しなかったからビックリ!」


 神山が目を大きく見開き驚いたのだが、加藤はニヤリと笑みを浮かべて口を開く。


「今日間宮さんを誘うんだよね?」

「うん。そうだけど?」

「なら丁度いいじゃん! 参加してくれるのなら、向こうで安く泊まれるホテルとか旅知らないか訊いてみてよ!」


 何が丁度いいのか分からないと首を傾げる。

 瑞樹が言いたかったのは、旅行先が大阪だと帰省みたいになってしまうから、行き先を変えないかと言いたかったからだ。


 本音を言えば生まれ故郷の大阪を間宮に案内してもらうのは、瑞樹にとっても嬉しいイベントになる。だが、わざわざ休日を使わせて地元の案内人をさせてしまうような迷惑をかけたくないと言うのも、瑞樹の本音でもあるのだ。


 お互い恋愛事には消極的なのは似ているが、その他の事に関しての積極性は自分とは正反対でその性格で助けられた事もあった。

 だが、今回ばかりはこの場にいない相手を巻き込んでいて、突っ走り過ぎだと瑞樹は思う。


「いや、だからね?」

「まだまだ志乃は間宮さんの事分かってないねぇ! 大丈夫だって!」


 カチンときた。

 正直そう言い切る加藤に、瑞樹は初めてムッとする。

 私より間宮さんの事を理解していると言わんばかりの口調が、瑞樹の癇に障ったのだ。


(そこまで言うのなら、証明して貰おうじゃない!)


「わかった! そこまで言うのなら、愛菜が言った事をそのまま間宮さんに話してくる」


 不機嫌な顔を隠す事なく席を立った瑞樹は、ジトッとした目を加藤に向けたままテーブルに自分のお代を置いて、帰り支度を済ませて席を離れて通路に立った。


「そのかわり、もしこの話をして間宮さんが行かないって言ったら……私も行かないから」

「ちょ、ちょっと瑞樹さん! 落ち着けって!」


 豹変した瑞樹の様子に佐竹は慌てて宥めようと席を立ったのだが、瑞樹は変らず加藤から視線を外さない。


「先に帰るね――お疲れ様」


 止めようとする佐竹を振り切り、瑞樹は振り返る様子も見せずに店を出て行ってしまった。


 残った3人の席の空気は最悪のものだった。

 ついさっきまで卒業旅行の事で盛り上がっていたのが嘘のように。


「――で? 何で志乃を煽ったりしたの?」


 瑞樹が店から出て完全に姿が見えなくなった所で、テーブルに肘をついた手に顎を乗せた神山が加藤を横目で見ながらそう問う。


「別に煽ったつもりはないんだけど……最近、志乃の様子がちょっとね……」

「何かあったん?」

「具体的になにかあったわけじゃなくて、あの子は間宮さんの事が好き過ぎるんだよ」

「……ん? それの何が悪いの?」


 間宮の事が好き過ぎると指摘する加藤の意図が読めない神山が首を傾げると、佐竹も同様のようで無言で頷く。


「悪いわけじゃないんだけど、最近の志乃は嫌われたくないって感じが出ててさ。要するに間宮さんに気を使い過ぎてるんじゃないかなって」


 加藤は瑞樹が出て行った店の出口を見つめながら、話を続ける。


「あの調子じゃ近いうちに疲れ切っちゃうと思うし、センターは終わったけどまだ本番があるわけだし……ね」

「……なるほどね」


 加藤の真意に気付いた神山は顎を乗せていた手を膝元に戻して、納得した表情を見せた。


「え? どゆこと? 意味が分からないんだけど」


 だが佐竹はまだ分かっていないようで、神山は苦笑いを浮かべながら話を続ける。


「実は私もちょっと気になってた。志乃の様子が変わったのってクリスマスライブの後からだよね?」

「え? そうなの? 僕にはいつもどおりの瑞樹さんにしか見えなかったけど」


 神山も瑞樹の変化に気付いていたようだったが、何も気付いていない佐竹に加藤は本当に瑞樹の事が好きなのかと、盛大な溜息とともに瑞樹の変化の原因について口を開く。


「本人から聞いたわけじゃないから多分なんだけど、志乃にはライバルがいるんだと思う。そのライバルの事を気にし過ぎてて、間宮さんに嫌われないようにって事ばっかり考えてるんじゃないかな」


 加藤の補足説明に神山はうんうんと頷くが、佐竹は目を見開いて加藤に詰め寄る。


「ラ、ライバルって誰なんだよ!?」

「……アンタそれ本気で言ってる?」


 佐竹のあまりの鈍さに、加藤はまた盛大に溜息をついた。


「本気ってなんだよ!? え? もしかして神山さんも気付いてるのか!?」

「そりゃあ……まぁね」

「え? え? あの瑞樹さんが考え込んでしまう相手なんて、そうそういないはずだろ!? 誰なんだよ加藤! 僕も知ってる子なんか!?」


 クリパの時にみたあの画像を見ても気付かないのかと、気付かないのならそれはそれでと思った加藤だったが、未だに瑞樹に未練がある佐竹に引導を渡す意味で、そのライバルの名を口にする。


「――神楽優希だよ」

「なっ!?」


 神楽優希の名を口にした加藤はそれでも思うのだ。

 いくら神楽優希を意識しているとしても、最近の瑞樹はらしくないと。

 何だか必要以上に無理して背伸びをしている節がある。

 そんな事をして自分を偽って得た結果など、どっちに転んでも後悔するだけだと思うのだ。

 だからさっきの瑞樹を怒らせた態度は加藤からの忠告であり、親友を心配する優しさでもあった。


 そんな親友を思う気持ちに気付かなくていい。

 だが、間違ってしまっている自分の気持ちには気付いて、本当の自分で勝負して欲しいと加藤は願う。


 あからさまに肩を落として落胆する佐竹を余所に、加藤は瑞樹が立ち去った方角を見つめて口角を上げるのだった。

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