第41話 ――またね
「ビールお待たせ」
仕切り直しで頼んだ生ビールがカウンターに運ばれてくると、松崎も今度はグラスを突き合わせてビールを一気に喉に流し込んだ。
「俺の方こそ悪かったな。お前に何の相談もなく決めちまって」
間宮が頭を下げると、そこで2人の空気が変わった。
各々でドリンクと適当にアラカルトメニューを注文した2人は、軽く息を吐く。
慣れ親しんだジャズの心地よい音が聞こえてきた。
さっきまで店内にどんな曲がかかっていたのかさえ気付かない程に、2人は冷静ではなかったのだろう。
「おまたせ」
関がビールを2つ間宮と松崎の前にそれぞれ置くと、松崎がすぐにグラスを口に運び、息をついたところで口を開く。
「なぁ、今回の移動の話っていつからあったんだ?」
辞令が降りた経緯の説明を求めた松崎の声は、さっきまでの苛立った感情が混じっていない事は間宮にはすぐに分かった。
「天谷さんとこのシステムを入れ替える時、開発所から川島が派遣されてきただろ? その時に初めてオファーを貰ったんだ」
「……そうか。あの時からあった話だったんだな」
「あぁ、色々と思う事があって松崎に話すのが遅くなったんだ……わるい」
「遅すぎるわ!」と松崎に抗議された後、間宮はずっと出していた転属の話が何故今になって持ち上がったのか等の詳細を、松崎に話して聞かせた。
「……なるほどな。で? 揉み消していた連中はどうなるんだ?」
「いや、俺個人として何もする気はない。確かにその事を知らされた時は腹が立ったけど、嫌がらせでやったわけじゃなくて、必要とされていたからみたいだったからな……それに」
「それに?」
「川島さんに言われたんだけど、最初からエンジニアとしてやってきた人間では知る事が出来ない末端の声ってやつを手にしてから、開発側になる人間は貴重なんだと。だから今までやってきた仕事が無駄じゃないって言われて……怒る気が失せた」
「クククッお前らしいな」
同期入社である松崎は入社当時からエンジニア志望だった間宮が営業部に回されて腐っていたのを知っている。
そして腐っていた間宮が香坂優香のおかげで前を向いて歩き出した事も。
だからといってこの待望のチャンスを逃す手はないし、一緒に頑張ってきた同期としては少し寂しい気もするが、応援するのが正解なのは松崎にも分かっている。
だが、それはあくまで同期の仲間としての解であって、間宮の友人としての意見はやはり違う。
「でも、そうなると……どうすんだ?」
「どうするって?」
何を指してそう訊いているのか分かっていたが、少し間を欲した間宮はそう訊き返す。
「決まってんだろ。瑞樹ちゃんと神楽優希の事だよ!」
そうだろうなと1度松崎から視線を外した間宮は、飲みかけのグラスを傾けた。あの2人の解が出ていないから松崎にも移動の件を話さなかったのだ。
「それは――」
「――何の話ですか?」
間宮が重い口を開こうとした時、松崎でも関でもない声に話を遮られる。
その声の主の方に間宮と松崎が顔を向けると、そこにいたのは手を腰に当てた藤崎だった。
「ふ、藤崎せんせ!? い、いつからそこに?」
「ついさっきですよ? そうですね……「そうなるとどうすんだ?」って辺りからでしょうか」
そう聞かされた松崎はしまったと言わんばかりに、額に手を当てて項垂れた。
「藤崎先生お疲れ様です。お久しぶりですね」
平静とした態度で藤崎に声をかける間宮に、松崎は呆気にとられて言葉が出てこない。
「折角なので少しだけご一緒しても?」
平静な態度に動じる事なく、ニヤリと笑み浮かべて藤崎が同席を求めた。
「そういや、もう1人いたっけな」
言って松崎は1万円札をカウンターに置いて席を立つ。
「お、おい!」
藤崎が現れても動じなかった間宮であったが、一緒に飲んでいた松崎が店から出て行こうとする事には慌てた様子を見せた。
「藤崎センセにもまだ言ってないんだろ?」
松崎が言う『言っていない事』が何を指しているのは理解した間宮は、席を立とうとしていた体を元に戻した。
「……そうだな」
「ん。んじゃまた明日な」
「……あぁ、おつかれ」
「藤崎センセもまたね」
「……はい。おやすみなさい」
松崎は軽く手を振って店を出て行った。
残された間宮と藤崎の間に沈黙が流れる。
「えっと、実は来週のどこかで連絡させてもらうつもりでした」
「……そうですか。私はてっきりまた忘れられてるものだと思ってました」
「はは、そう思われても仕方がないですね。すみません」
今朝、正式に辞令が降りた事で、引っ越す事も含めて藤崎の気持ちに対して返事をするつもりだったのだが、それまで全く音沙汰が無かったのだから、苦情は甘んじて受けると頭を下げた。
「藤崎先生、いらっしゃい。おや、今日は1人?」
関が藤崎に挨拶をしたのだが、ここで間宮は「今日は1人?」という関の言葉が気になった。
藤崎もゼミの講師になって暫く経ったのだから、付き合い等でここを訪れる事は当然あるんだろう。
だが、関の言い方はいつも決まった相手とここへ来ていると捉える事が出来るからだ。
「ちょっと遅れて来るはずですよ。ジントニックお願いします」
「畏まりました」
藤崎がそう答えるのを聞いて、さっきの『少しだけ』の意味を理解した。
「そういえばクリスマスの時、返信できなくてすみませんでした」
「あぁ、松崎さんから事情は伺っていますので、それはもういいですよ」
恐らく松崎から聞いたのは風邪を引いて寝込んでいたという所までだろうと察した間宮は、ここでわざわざ本当の事を話す必要はないと「そうでしたか」とだけ返した。
「ジントニックです」
「ありがとうございます」
関が注文を受けたドリンクをカウンターに置くと「ごゆっくり」と2人席から外れてグラスを磨きだした。
「……誰と来ているのか訊いてくれないんですね」
「……僕にそんな資格ないでしょ」
「資格がない……か。それが間宮さんの返事と受け取っても?」
藤崎がこれまでどう生きてきたのかなんて当然知らない間宮だったが、これだけで言いたい事を察する事ができるだけの経験を積んきた女性なんだと知った。
「……すみません。実は今日正式に辞令が降りまして、本社から開発所がある新潟に引っ越す事になったんです」
「え? 新潟にですか?」
間宮は研究所から直接オファーを貰ったところから、辞令が降りた所まで簡潔に藤崎に話して聞かせた。
「そうだったんですね。私的には複雑ではあるのですが、おめでとうございます……でいいんですよね?」
「はは、ええ。ありがとうございます」
「ですよね。合宿の打ち上げの時に、社長に言っていた目標が達成出来たという事ですものね」
確かにおめでとうと言って貰えるのは嬉しい事のはずだ。なのに、藤崎の言葉が素直に胸に落ちてこないのは……きっと。
「――でも、私をフったのは異動だけが原因ではない……ですよね?」
「…………」
「気を使わなくてもいいですよ。伊達に間宮さんを好きだったわけじゃないので、理由は分かっているつもりです」
『だった』と気持ちはもう過去のものだと言われて、間宮は少し安堵した顔を見せると「だからといって、あからさまに安心されるとムカつくんですけど?」と少し口を尖らせた藤崎が文句を言う。
「え? 僕、そんな顔してましたか!? それは……すみません」
「そこは全力で否定して欲しい所なんですけど……ふふ、まぁ間宮さんらしいですけどね」
もう自分の気持ちは藤崎に伝わっていたが、これだけ気持ちをぶつけてくれた相手に失礼だと、間宮はちゃんと言葉にする覚悟を決めた。
「……藤崎先生。僕は――」
「――すみません! 質疑応答が長引いてしまって!」
間宮がしっかりと自分の気持ちを伝えようとした時、店のドアが開く音と共に懐かしい元気な声が聞こえてきた。
その声の主を確認せずに前を向いたまま藤崎はクスッと笑みを零す。
「間宮さん。どうやら時間切れみたいです」
まるで昔観た映画のワンシーンのような台詞だった。
間宮は言葉を飲み込み横目で店に入ってきた男に目をやると、そこには天谷のゼミの講師である奥寺が立っていた。
「あれ? 間宮先生じゃないですか!」
目を丸くした奥寺はそのまま間宮に駆け寄ってきた。
「お久しぶりです。奥寺先生」
「御無沙汰してます! 間宮先生!」
「先生はよして下さいよ」
相変わらず元気な声を弾けさせる奥寺に、苦笑いを浮かべて苦言を零す間宮。
「奥寺先生。こういう場所はもう少し静かにと言ったはずですよ?」
「あっ! はは……すみません藤崎先生。いつも注意しているつもりなんですが、藤崎先生と会えると思ったら……つい」
「まったくしょうがないなぁ」と言う藤崎であったが、その表情はどこか嬉し気でぺこぺこと頭を下げる奥寺に笑みを零した。
改めて久しぶりの再会だと握手を交わす間宮と奥寺を眺めていた藤崎が関に目配りして席を立った事で、邪魔をしてしまったのではと奥寺の顔色が曇った。
「奥寺先生は気を使い過ぎです。間宮さんとは偶然に会っただけで、奥寺先生が来るまで話し相手になって貰っていただけですよ――それに、もうお話は終わりましたしね」
ちゃんと返事を口に出来なかった間宮だったが、藤崎と奥寺を見て察した様子で「そういう事です」とだけ奥寺に告げた。
「という事でここにはお邪魔虫がいるので店を変えませんか? 駅前の居酒屋にでも行きましょう」
「え? でも本当にいいんですか? あの……僕の事は気になさらなくても……」
「あら? そんなに私と2人っきりで飲むのが嫌なんですか? それならここに残りますけど?」
「そんなわけないじゃないですか!」
「ふふ、それじゃあ問題ありませんね」
言って藤崎が鞄から財布を取り出そうとしたが、藤崎の鞄の側面に間宮がそっと手を当てる。
「場所を変えさせてしまったお詫びに、ここは僕が支払っておきますので、お二人はいって下さい」
言うと会計をしようとしていた関が何も言わずに、3人の前から外して元の仕事に戻っていく。
「ありがとうございます。それでは遠慮なく御馳走になりますね」
言って藤崎が店を出ようと奥寺に体を向けた時――。
「あ! その前にお手洗い行かせて下さい!」
奥寺は何かを察したのか、わざとらしく声を張ってトイレに駆け込んだ。
ゼミの合宿で皆で花火をした日の出来事を思い出す。
遊歩道で藤崎にまっすぐに気持ちを伝えた奥寺の事を。
「今だから話しますけど、合宿の時に奥寺先生が藤崎先生に告白しているのを偶然見てしまったんです」
「――え!?」
「藤崎先生の返事まで聞いてしまったら流石に失礼ですから、慌ててその場を離れたんですけどね」
「はは、あれを見られてたんですか」
「その後も奥寺先生はずっと藤崎先生を追いかけていたんですね」
「まぁそうですね。こっちに帰ってきてからも猛アタックされてましたね」
正式にゼミの講師として働きだしてからも、奥寺は藤崎に声をかけ続けていたのだが、頭の中には間宮しか存在していない藤崎はずっと断り続けていたらしく、奥寺は諦めてくれなかったのだと藤崎は言う。
「次に会う時は完全にフラれる時だと分かっていましたから、会いたいって思う気持ちより、怖くて会いたくないって気持ちが勝ってしまって、奥寺先生にその事を話したんです」
藤崎だけを想ってどれだけフラれてもめげずに想いを伝え続けている奥寺に敢えてその話をしたのだと言う。
それは何だかんだいって保険を掛けている自分に腹が立ったかららしいのだが、話を聞かされた奥寺の反応が想像の斜め上をいっていたらしい。
「話し終えて奥寺先生を見たら……泣いてたんです」
それは当然だろう。ずっと想い続けていた相手から違う男を想っていて、しかも気持ちを受け入れてくれないと聞かされたんだからと、間宮は奥寺に申し訳ない気持ちになった。
「違いますよ?」
「え?」
「奥寺先生は自分が傷ついて泣いたわけではなくて、私の事を心配して泣いてくれたんです」
そう聞かされた時は驚いて言葉が出なかった間宮だったが、奥寺の人柄を考えると強ちあり得ない話ではないとも思った。
「それは辛いですね。何か僕で役に立てることはありませんか?って言われて、思わず私も泣いちゃいました……」
この話を聞いた間宮の中に途轍もない罪悪感が支配した。
藤崎は勿論、奥寺の涙の原因が自分自身だったからだ。
「すみませ――」
「――間宮さんは謝らないで下さいね。元はと言えばハッキリとフラれたのに、しつこく粘った私に原因があるんですから」
藤崎の気持ちをここまで引きずらせてしまったのは自分に原因があると、謝ろうとした間宮の言葉を遮り、私が悪いのだと言う藤崎。
「……ですが」
「いいんです。それに奥寺先生が泣いてくれた時、気付いた事がありましたからね」
「気付いた事?」
「ええ。どうやら私は想うより想われる方が性に合ってるみたいなんですよ」
それを訊いた間宮の中で、今日ここで待ち合わせをしていた2人と話が繋がった。
その時、奥寺の気持ちに向き合う事にしたから、今日みたいに2人で会う関係になったのだと。
2人の様子を見る限り、まだ恋人になったわけではなさそうであったが、奥寺の気持ちを前向きに受け入れようとしているのは確かだと結論付けた間宮の顔が綻んだ。
「その顔は私的に微妙なんですけど、さっき松崎さんが話していた女の中に私の名前がなかった時点で……吹っ切れた気がします」
「…………」
「ところで結論はでたのですか?」
藤崎の言う結論というのが何を指しているのかなんて訊かなくても分かっている間宮は、詳しい詳細を避けて「……いえ」とだけ答える。
「……そうですか」
藤崎はそう言うとカウンター席から立ち上がったところで「すみません! お待たせしました!」とさっき注意されたばかりだというのに、大きな声で奥寺が戻ってきた。
「奥寺先生? 私の言う事訊いてました?」
「おっと! すみません」
腰に手を当てて困った顔で声が大きいと指摘する藤崎に、慌てて口を手で塞いで謝る奥寺の姿に思わず吹き出す間宮。
「それじゃ行きますね。遠慮なく御馳走になります」
「はい。お気をつけて」
「それじゃあ……また」
「……えぇ、また」
藤崎もまた間宮に大きく関わった人間だ。
それは恋路に決着がついたからといって、変わるわけではない。
だから男と女の垣根を越えて、間宮は心の底から思う事を口にする。
「――幸せになって下さい」
藤崎にだけ聞こえるように呟くような声量で言った言葉に、更に小さな声が聞こえた気がした間宮。
ただ、店内のジャズの音楽に溶け込んでしまうような声だった為、それはとても聞き取りにくい言葉だったのだが、間宮はそれが聞き違いでない事を願う。
藤崎は最後に言ったはずなのだ。
「――はい。間宮さんも」と。
席を立った藤崎は奥寺の元へ向かい、そのまま店を出ようとする。
「それじゃ間宮せんせ……じゃなかった。間宮さん! 失礼します!」
「はは、はい。また」
会釈する奥寺に軽く手を上げた間宮の元から、藤崎の隣に駆け寄った奥寺が一緒に店を出て行く。
立ち去って行く藤崎の背中を見送りながら、間宮は思う。
『また』という言葉に秘めた想い。
春になれば東京から離れる事になっている間宮にとって、『また』があるか分からない。
もう会う事がないかもしれない相手に告げる『また』は間宮にとって、一般的は意味合いとは異なっている。
間宮の言う『また』はまたねと言う意味だけではなく、『また』恋をして幸せになって欲しいという意味も込めていた。
間宮にとって藤崎は想い人ではなかった。
だが、大切な人なのは変わりないのだ。
だから、藤崎の背中に幸せになって欲しいと願わずにはいられなかった。
フっておいて勝手な事を言っているのは自覚している間宮だったが、心からそう思うのだから仕方がないのだと奥寺が店のドアを開いた時、横目でこちらを見て小さく手を振って店を出て行く藤崎を見て思う。
藤崎の香水の残り香が鼻孔を刺激する。
この香りが初めて出会った時の事を思い出させる。施設の中庭で怒った事。帰りの駅で不意打ちで頬にキスされた事。彼女の自宅で気持ちを告げられて、その藤崎の気持ちを冷たく突き放した事――藤崎と過ごした色々な事が、この香りによって鮮明に思い出された。
姿が見えなくなった店のドアに向かって頭を下げて、一言想いを告げる。
こんな男が言った事を信じて努力してくれた事。
こんな男を認めてくれて、そして想ってくれた事に。
「――ありがとうございました」
◆◇
「あれでよかったんか?」
店を出てすぐにそう声をかけられた。
「帰ったんじゃなかったんですか?」
「んー! やっぱ保護者的には気になったというか?」
「誰が保護者ですか――まったく」
店の外壁に凭れかかりながら私に声をかけてきたのは、帰ったと思っていた松崎さんだった。
「……あ、えっと?」
「俺とは面識なかったですね。はじめまして、間宮の同僚で藤崎先生の友人でもある松崎です」
「あ、これはご丁寧に。僕は藤崎先生の同僚で奥寺と申します」
いつ貴方と友人になったのだと言いたかったけど、奥寺先生は特に気にする素振りがなかったから、このまま流す事にした。
「……そっか。なるほどね」
「まぁ、そういう事です」
「……?」
私が出した答えを松崎さんは察してくれたみたいだ。
流石に奥寺先生がいる前で間宮さんとの事を話す訳にはいかないから、正直松崎さんの察しの良さに感謝した。奥寺先生は何の話か分かってないみたいだし。
「さって! それじゃホントに帰りますかねぇ」
多分ずっとここで私が店を出てくるのを待つつもりだったんだと思う。
それは間宮さんが出した答えを知っていて、フラれた私が1人で店を出てくると思っていたのだろう。
いつもお調子者のイメージがある松崎さんだけど、実は友達想いのいい人だという事は知っている。本人に言うと絶対に調子に乗るから言わないけれど。
「あ、そうだ。丁度よかったです」
帰ろうとする松崎さんを見てあの事を思い出した私は、鞄から白い封筒を取り出した。
「これ、会った時に渡せるように準備していたものです」
そう言うと、松崎さんは何の事だと首を傾げながら差し出した封筒を受け取った。
「前に立て替えてもらったランチ代です」
言うと「あぁ!」と封筒の封を切らずにスーツの内ポケットに仕舞った松崎さんは、苦笑いを受けべている。
「別によかったのに」
「いいえ、あの時にも言いましたが、松崎さんに借りを作りたくないんです」
「……そっか。まぁ友人としては寂しいけど、藤崎先生がそう言うのなら仕方がないね」
ふぅ、これですっきりした。
間宮さんが信頼している人だから、甘えるのもいいかもしれないとは思ったけど、彼を諦める選択をした私としては間宮一派に借りを作りたくかった。それは決して決別を望んでいるわけではなくて、これから対等のお付き合いがしたいから……。
松崎さんが大人しく封筒を受け取ってくれたのは、私の気持ちを察してくれたからかもしれない。この人からは間宮さんとはまた違った空気感を感じる。
だけど、根っこの部分は間宮さんと同じだと思うのだ。
でなければ、あの人があんなに気を許すはずがないから。
「お気持ちだけ、有難く受け取っておきますね」
「ん。りょーかい」
相変わらず軽い受け答えだと思ったけど、私を見る松崎さんの目が以前と違うような気がした。
なんというか……認めてくれた? みたいな感じがする。
勿論、松崎さんの信頼を得るような事をした覚えはないのだけれど、多分私の気が付かないところで松崎さんは何かを感じ取ったのではないかと思う。
その何かは分からないし、訊こうとは思わないけれど、何故か嬉しいと感じる私がいた。
「それじゃ私達はこれで」
「うん。またね、藤崎先生」
「はい、また」
一緒にいた奥寺先生が松崎さんに会釈したところで、私達は駅前に向かって歩き出した。
そんな私達の後ろ姿を、まだあの目で見てくれているのだろうか。確認したい気持ちはあるけれど、ここは我慢して次に会う時の楽しみとして。
「さーて! 明日はお互いお昼から出勤だから、とことん付き合ってもらおうかな!」
「え? と、とことん……ですか!? そ、それは全然構いませんが……その、今からそんなに飲んだら電車が……」
「んふふ、タクシーがあるでしょ? それにもし帰れなくなってしまっても――私は別に……ね」
「え!? すみません、今なんと!?」
「何でもありませんよ。それより早く行きましょ!」
言って、私は奥寺先生の腕を掴んで前にグイグイと引っ張ると、少し慌てて私に付いてきてくれる。
――想うより想われたい。
うん!私はきっとこういう女なんだろうな。
「さぁ! 今日は飲むぞー!」
「お、おーーっ!!」
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