第28話 間宮と初詣 act 3
ほえー!凄い人だぁ……。
参拝の為に本堂に入ると、お賽銭箱に出来た長蛇の列に溜息が漏れた。
だけど、今日はとりあえず新年だから参拝に来たわけではなく、大学受験の合格祈願をお祈りする為に来たんだから、長蛇の列に怯んでなんていられないのだ。
一緒にきてくれた間宮さんも同じ考えみたいで「こういうのは並びきって最前列で手を合わせた方がご利益ありそうだから、絶対に最後まで並び切ろうな!」って言ってくれた。
大学受験は私だけの問題で間宮さんには関係ない事なのに、自分事のように言ってくれて凄く嬉しかった。
並んでいる間も間宮さんは器用に腕を使って、着物を着ていて動きにくい私に可能な限りスペースを確保してくれる。
まったく優しいのは勿論知ってる事だけど、私の我儘で連れてきてもらったのに、ここまでされたら――どうやって諦めたらいいか分かんないよ……。
これだけ優しくて頼り甲斐のある人なんだもん……。私以外の女の人が好きになったって、何も不思議な事じゃない。
だから、間宮さんの優しさは嬉しいんだけど、我儘な私はこの優しさは自分だけに向けられているわけじゃない事に……複雑な気分になってしまうんだ。
今まで恋愛なんてした事なかったけど、私って本当に呆れるくらい独占欲の強い女だったんだなぁ。
そんな事を悶々と考え込んでいると、何時の間にか最前列に辿り着いた私達はせ~ので一緒にお賽銭を投げ入れて手を合わせた。
受験生の私が、学問のご利益で有名な神社で願う事なんて1つしかない。
だから手を合わせるまで合格祈願するつもりだったのに、実際神様にお願いしたのは、隣にいる間宮さんの健康についてだったりする。
きっかけは先日発症してしまった盲腸が原因なんだけど、それまでもクリスマスライブの為に仕事を詰め込み過ぎて体調を崩したり、普段も無理をして働いているように高校生ながらに見えたからだ。
勿論、ここはそんな神社じゃない事は百も承知だったんだけど、同じ神様なんだしお願いを訊いてくれないはずはないと、何とも強引な考え方で神様にお願いしたんだ。
(――神様も大変だよね)
お参りが終わって参拝者の列から外れた私達は、比較的人が少ない場所に移動して一息つく事にした。
その間、相変わらず間宮さんの袖を握っていたんだけど、参拝を終えて人混みから抜け出したからか、また袖から伸びる間宮さんの手に意識が集まってしまった。
「間宮さんは何をお願いしたの?」
月並みだけど、意識を間宮さんの手から離す為に訊いてみたら、世界平和とか白々しい事を言うものだから、私はジト目を向けて無言の圧力をかけると。
「……こういうのって口に出すと、御利益が無いって言うだろ?」
「んー! ならもう訊かないよ!」
言うと思ったと口を尖らせて拗ねて見せたんだけど、間宮さんが反応を見せる前に私は境内にある物を見付けて、気が付くと間宮さんの袖を強く引っ張っていた。
「ねぇ! おみくじ引こうよ、間宮さん」
「あ、あぁ」
初詣と言えばおみくじだと思うんだけど、私がおみくじに誘うと何故か間宮さんが浮かない顔をする。
そんな間宮さんに首を傾げつつも、気にしないふりをして、草履を鳴らしておみくじを扱っている巫女さんの所に向かった。
子供の頃からおみくじを引くのが楽しみだった。
そりゃね、凶とか引いた時は凹んだりしたけど、それも含めて楽しかったなぁ。
そういえば、希とお年玉賭けておみくじ勝負とかした事あったっけ。結局お父さん達にバレて、神様からの手紙をそんな事に使うなってすっごく怒られたなぁ。
今思えば確かにそうだ。
神様がくれた手紙を賭けにするとか、バチが当たっちゃうよね。
……ん?神様からの手紙……か。
そうか。おみくじ引こうって言った時、間宮さんが浮かない顔をしたのって、受験前に縁起の悪いくじを引いてしまわないかって心配してくれたんだ。
(ふふ、間宮さんらしい……な)
でも、今年はそんな悪いくじを引く事なんてないよ。
だって、私にとって一番大切な人が隣にいてくれるんだから。
早速おみくじを引こうと財布を取りだそうとしたんだけど、先に2人分の料金を間宮さんに払われてしまった。
自分の分は払うって言っても、間宮さんの事だから絶対に譲らいのは十分知ってるから、ここは素直にお礼を言っておみくじが入っている筒を手に取って、一生懸命に振った。
子供の頃はこの筒が大きくて振るの大変だったけど、今も大変だった……。
数回振ってようやく出てきた1本の棒に書かれている番号を巫女さんに言って、差し出されたおみくじを受け取った。
丁度間宮さんも一緒におみくじを受け取った所みたいだったけど、間宮さんは受け取った自分のおみくじよりも、やっぱり私のおみくじを気にしてるみたいだ。
何だかその視線が真剣過ぎてちょっと怖いから、間宮さんに背を向けておみくじを開く事にすると「あっ」と間宮さんの声が聞こえて吹き出しそうになった。
「あ! やった!」
開いたおみくじの一番目立つ場所に大吉と表示されていて、色んな意味でそう声を上げると、間宮さんが凄い形相で覗き込んできた。
「おぉ! 大吉じゃんか! 受験前に縁起がいいな!」
本当に嬉しそうにというか、ホッと安堵したように言う間宮さんに、私は間宮さんを安心させることが出来てホッと胸を撫で下ろした。
さて大吉の内容はっと。
――勉学――光あり。何事にも明るい兆しあり。
(おぉ! 幸先いい事書いてる!)
気を良くした私は、健康運やそんなのを一気に飛ばして恋愛運で目を止めた。
――縁談――良い結果が得られる。積極的な行動が吉。
……え、縁談て。
いやいや! それはいくら何でも気が早いっていうか。
……で、でも、そっか!良い結果が得られるんだ――えへへ。
「ん? 間宮さんは末吉だったんだ。微妙だねぇ、あっはは」
「うるさいな。ほっとけよ!」
嬉しい事ばっかり書かれてたおみくじを大切に財布に仕舞い込んだ私は、自分のおみくじを読み込んでいる間宮さんの背中越しから覗いて揶揄ってやった。
揶揄った私を他所に、またおみくじに視線を落とした間宮さんの横顔を眺めて思う。
(やっぱり、優しいとか頼り甲斐があるとか、内面の事だけじゃなくて――単純にカッコいいよね)
恥ずかしくて絶対に口にはできない事を思いながら、なんとなく熱心に読み込んでいるおみくじを覗き込んでみると……。
「……女難の相有り」
「えっ!?」
思わず見てしまった事を口に出すと、間宮さんの顔が凍り付く。
「女難の相ねぇ……へぇ、そうなんだ」
「え? い、いや……なんだよ」
「へぇ――ふーん」
「ちょ、ちょっと待てって、瑞樹」
別に間宮さんが悪いわけじゃないんだけど、何となく面白くなくて慌てる間宮さんを放って境内を出ようとすると、おみくじを握りしめたまま追いかけて来た。
「――間宮さんは、おみくじ結ばないと駄目なんじゃないですか?」
大吉以外は厄落としの為におみくじを結びつけるのが習わしだ。
当然、その忌々しいおみくじも結ばないといけないわけで……。
「あ、あぁ。そうなんだけど、これはいいんだ」
(なんでよ!?)
「女難の相……ですもんね」
「それは関係ないって! って何でさっきから敬語なんだよ!」
「別に意味なんてありませんよーだ」
モヤモヤした気分になった時、少し強い風が私達に向かって吹き抜けた。その風にさっき通ってきた通りから運ばれてきたいい匂いが鼻孔を刺激する。
その匂いに間宮さんのおみくじの事を瞬時に忘れた私は、間宮さんの袖をまた引っ張るのだ。
「ね! お参りも済んだし、何か食べて行こうよ」
今朝は朝早くから着付けをして貰ったから、実は殆ど何も食べてなくてお腹がペコペコだったんだよね。
「あ、あぁ、そうだな。……っとその前にちょっとトイレに行って来るから、ここで待っててくれ」
「はーい」
何だかお預けを喰らった気分だったけど、間宮さんを見送ってからなるべく人が少ない場所を探して、間宮さんを大人しく待つ事にした。
また今朝みたいに迷惑をかけたくない一心で、私は境内の隅っこで懸命に気配を殺すイメージで、呼吸をするのも細心の注意を払いながら間宮さんの帰りを待つ。
(うっ……凄く周りから視線を感じる。目立たないようにしてるんだから、私の事は気にしないでよ。もう!)
私は目の前にいるはずの神様に祈る気持ちで、一刻も早く間宮さんが戻ってくるのを待っていると「悪い! 待たせたな」と少し息を切らせた声で間宮さんが戻ってきた。
「おそい! もうお腹ペコペコだよぉ」
頬を膨らませて拗ねてるフリして焦らせてやろうとしたんだけど……。
「へ? え? え!?」
抗議する私を意に介さず、間宮さんは組んでいた私の腕を解いて左手をギュッと握ってきて、そのまま手を繋いで出店の方に引っ張っていくのだ。
「ちょ、間宮さん?」
「ん?」
「て、てて、手」
「あぁ、人が多いからな。逸れるとアレだし……嫌か?」
「い、いい、嫌なわけない!……けど」
「はは、それじゃお嬢様。エスコートさせて頂きます」
え?なに!?ずっと悶々と考えていた事を神様が叶えてくれた!?
あわわわ! う、嬉しいけど……嬉しいけど――焦らされたの私のほうじゃん!
境内を離れて出店が犇めく通りに戻ると、来た時より遥かに人混みが増していた。
「逸れないように、匂いに釣られてフラフラと勝手にどっか行くなよ」
言って間宮さんは繋いでいる手に力を込める。
人の事を犬みたいに……まったく失礼な男だ。
「何かこうして歩いてると、合宿の夏祭りを思い出すな」
「う、うん! 私も同じ事考えてた」
颯爽と現れてナンパ男達から助けてくれた事を思い出した。
あの時から、この人の隣にいる安心感は変らない。
間宮さんといると、ずっと怖かったものが怖くなくなっていった。
今ではそれがどういう感情なのか理解してるけど、あの頃は憧れに近いものでどこかふわふわした気持ちだったな。
藤崎先生に嫉妬して、これが恋なんだと自覚した。
思えば、あの頃が一番楽しかったかもしれない。ただ一生懸命追いかけているあの時が……。
今はあのお祭りの時と同じ距離にいるのに、この大きくて温かい手がどこか遠くに感じている。この手を繋ぐ先に私じゃない人がいる。その事実が私に終戦の鐘を鳴らせと告げてくる。
「とりあえず、どこから攻める?」
「うーん。やっぱりお腹空いたし、定番のたこ焼きからかな」
「いいけど、その恰好でたこ焼きなんて食べたら、汚すんじゃないか?」
「子ども扱いしないでよ! 大丈夫だもん!」
今は……こうしていられる今だけは忘れよう。だって、今一緒にいるのは神楽優希じゃなくて、私なんだから!
「行くよ」とグイっと繋がれた手を引いて大きくたこ焼きと垂れ幕に書かれている露店を目指す。
「6個入りを一船下さい」
大きな声で威勢よく客引きをしながらたこ焼きを焼いているお兄さんに注文したら、何故かお兄さんの手が止まった。
「は、はいよ! お姉さん超ベッピンだねぇ! 彼氏が羨ましいわ!」
「え? か、彼氏!? えっと……いや」
「あはは、ありがとう」
か、彼氏!? 私と間宮さんが!?
そういえば夏祭りの時も、たこ焼き屋のおじさんにも言われたっけ。
あの時は嬉しかったなぁ……。でも、今は心が掻き毟られるように痛いよ。
「ほい! 羨ましいけど、元旦早々良いもの見せてもらったお礼って事で、サービスで8個入りにしといたよ!」
粋なサービスをしてくれたお兄さん。
相変わらず恋人と間違えられた事を否定せずにお金を払う間宮さんに「……だから、そういうとこなんだよ」と思わず口から零れた。
間宮さんは意味が分かっていなくて首を傾げるだけ……。
通りから少し外れた所にあるベンチに座って、間宮さんは早速とビニール袋からたこ焼きを取り出したんだけど、私は大好きなハズのたこ焼きの匂いを不快に感じて顔を歪めた。
「さっきからどうしたんだ? たこ焼き食べたかったんだろ?」
「……だって、間宮さんが――」
何で恋人と間違われて否定しなかったんだと言いたかったんだけど、言葉がちゃんと出てこない。
「え? なに?」
聞き直してくる間宮さんに、私の我慢はここまでだった。
「だから! 間宮さんが私の彼氏じゃないって否定しなかったからじゃん!」
今度は絶対に聞き逃させないと声を張ってそう言い切った時、周囲の視線が私達に集まった事に気付いた。
周りから色々な視線と話声が聞こえてきて、私はしまったとハッとしたんだけど、それでも言った事を取り消さずに間宮さんの反応を待った。
私が何に怒っているのか、間宮さん自身がその答えに辿り着いて欲しかったから。
――だけど。
「わ、分かった! 慣れ慣れしいって言いたいんだよな? 悪かったよ」
全然分かってない。どうして今までの私を見て、その答えに辿り着いたのか理解出来ない。
「違う! 間宮さんは何にも分かってないよ!」
さっきより大きな声で間宮さんの言う事を否定した私は、気が付くとベンチを立って出店が並ぶ通りに走っていたんだ。
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