第29話 間宮と初詣 act 4
あんな事を言いたかったわけじゃない。
間宮さんを困らせたかったわけでもない。
だけど、言わずにはいられなかった。
「何で私が恋人と間違われて怒るのよ……」
勘違いされて困るような人を初詣になんて誘ったりしない。いくらなんでも、それくらい解って欲しかった。
私は賑やかな通りを逆走して神社の出口の方へ、トボトボと歩いていた。
(あぁ、何かこの感じ懐かしいかも。夏祭りの時もあったなぁ)
やってしまった。
少し歩いている内に頭が冷めてきて、自分がやってしまった事を後悔する。
(なんで我慢できなかったんだろ……。こういうの得意なはずだったのにな……)
間宮さんが相手だと言わなくていい事まで言ってしまって、困らせてしまう事が多い。楽しく過ごそうと思っているのに、沸々と湧いて来る感情が抑えられなくなる時がある。
(……間宮さん。怒ってるよね)
出店の通りを丁度真ん中に差し掛かった頃、沢山聞こえていた足音の中から、明らかに走っている足音が混じっているのに気が付いた。こんな人混みの中を走るなんて非常識な人だなと思いはしたけど、私は足を止めずに歩いた。
(……やっぱり痛くなってきたな)
履き慣れない草履に視線を落として痛む箇所を気にしながら歩いていると、突然肩を乱暴に掴まれた。
いきなりの事でビクッと肩が跳ねる。
駅前での事といい、間宮さんとケンカしてしまった事といい、乱暴に肩を掴まれた事といい……どこが大吉なんだよ!ここの神社は駄目だ。きっと受験も失敗するんだ……。
もう真っ逆さまに落ち込んで自虐が口から零れそうになるのを堪えたけど、段々と苛立ってきた私は掴んできた奴に八つ当たりするつもりで振り返り、肩を掴んでいる手の持ち主をキッと睨んだ。
「なにやってんだよ! お前!」
だけど、その苛立ちは立ちどころに消え去り、変わりに引きちぎれてしまった何かが、元に戻ったような不思議な感覚が頭の中を支配する。
私の肩を掴んで呼び止めたのは、さっき逃げる様に離れた間宮さんだったのだ。
どうやらさっき聞こえた足音は間宮さんのものだったようで、少し肩で息をしていた。
「……だ、だって」
追いかけてくれた嬉しさと、迷惑をかけてしまった情けなさで間宮さんの顔が歪む。
だけど、歪んで見える間宮さんはすぐに私じゃなくて、後ろの方を無言で睨みつけていた。
何故かはわからないけど、この感覚には身に覚えがある。夏祭りの時、たこ焼き屋さんで乱暴なナンパから助けてくれた時だ。
睨み付ける先には鋭い殺気を、そして背中には守られているという安心感――懐かしい。
やがて殺気立った雰囲気は息を潜めて、間宮さんがこっちにゆっくりと振り返ると、何も話さずに掴まれた肩を押されて通りから外れて、さっきと違うベンチに誘導された。
「――ごめんな」
また謝られた。てっきり勝手に離れて怒られると思っていたから、少し驚いて私の目の前に立っている間宮さんを見上げた。
「軽率だったな。俺は別に他意はなかったんだけど、瑞樹がどう捉えるかなんて考えてなかった……ホントごめん」
うん。予想はしてたけど、やっぱり何で私が怒ったのか伝わっていないみたいだ。
だけど、私の事を怒るどころか心配して探してくれた事に、不思議と苛立っていた気持ちが穏やかになっていく。
「……もういいよ。私の方こそ迷惑かけちゃってごめんなさい」
他意が無いから怒ったんだと言ったら、間宮さんはどんな反応をするんだろう。迷惑がられるのかな……それとも少しは喜んでくれたりするのかな――うん。この話はもう終わりにしよう。
間宮さんだって私の事を揶揄ったわけじゃないだろうし、これ以上この話を続けたらまた雰囲気を悪くしちゃう。折角の初詣デートが台無しになるもんね。
気にしてないとニッコリと笑顔を向けると、間宮さんは本当に嬉しそうに柔らかい笑顔を返してくれて、私はズルい人だなぁと心の中で独り言ちた。
「うん、ありがとう。それじゃ、ちょっと冷めたけど、これ」
言って、さっき買って食べようとしていたたこ焼きを差し出された。
間宮さんが1つ口に入れるのを見てから、私も息を十分に吹きかけてたこ焼きを口に運んだ。冷めたといっても、中の方はトロトロでまだ全然熱くて、私達はハフハフと口の中でたこ焼きを転がすように冷ましてから飲み込んだ。
「うん。美味いな」
「ホントだね」
美味しそうにたこ焼きを頬張る間宮さんの横顔を見て、また懐かしい記憶が頭の中で鮮明に映し出された。
「こうしてると、間宮さんが熱いたこ焼き頬張って飛び跳ねたの思いだしちゃった」
あの時は余裕ぶって一口で食べたのに、熱すぎて大慌てしてたよね。あの時は笑ったなぁ。
「余計な事を思い出すなよ! そういう瑞樹だっていきなり大泣きするは、巨大ぬいぐるみ強請るしでやりたい放題だったじゃん!」
「んぐっ! 間宮さんこそ余計な事思い出さなくていいの!」
ぬいぐるみの事は兎も角として、泣いた事は忘れて欲しい。って、間宮さんの前では結構泣いちゃってたね……私。
思い出したら滅茶苦茶恥ずかしくなった。
ケラケラと笑う間宮さんの横顔を見て、あの合宿の事を思い出す。
合宿で再会した時は、間宮さんは私にとって謎な人だった。
だけど、私以外の人と接する姿を見てすぐに信頼出来る人だというのは、馬鹿みたいに警戒心の塊になっていた私にでも分かった。それに凄く芯が強い印象があったな。
でも、本心は中々見せてくれない人。
普通、本心を見せない人を信頼するって変だと思うんだけど、何故だかそこは疑った事がない。
……本当に不思議な人だと思う。
――そして……私にとって大切で必要な人。
色々な事があったけれど、どれも忘れる事なんて出来ない大切な記憶。殻に閉じこもってたら絶対に知る事がなかった世界。
そんな世界を間宮さんが私に見せてくれた。
息を吹きかけたたこ焼きをそんな事を考えながら口に運ぶ。念入りに冷ましたはずなのに、中はまだトロトロの熱々で口の中の熱気をハフハフと外に逃がしながら咀嚼して飲み込んだ。生地とソースとマヨネーズの風味が鼻から抜けて、思わず顔が綻ぶ。
猫舌の私には食べるのが大変だけど、やっぱり美味しいな。
そういえば間宮さんは本場の大阪の人だから、たこ焼きにも拘りとかあるのかな。間宮家のお好み焼きも滅茶苦茶美味しかったし。
私は間宮家のたこ焼きの事を訊こうと、手元にあったたこ焼きの船から間宮さんに視線を移したところで、言葉に詰まってしまった。
だって……間宮さんがジッと私の事を見てるんだもん。
(……うぅ。嬉しいんだけど、このままじゃ恥ずかしくて倒れちゃうよ……)
「ね、ねぇ……」
見てくれるのは嬉しいだけど、流石にもう限界だ。
(ハッ!まさか私を見てるのって、口の周りのソースがついてるとか!?歯に青のりが付いてるとか!?)
「ん? なんだ?」
「さっきから、何で何も言わずに……その、私をジッと見つめてるの?」
「……え?」
どうやら無意識に見ていたみたいで、私が指摘すると焦ったようにたこ焼きを頬張りだした間宮さん。
(何で私の事を見てたのかは分かんないけど、とりあえず口元にソースが付いてるとかじゃなさそうで、よかった)
「さ、さて! 早いとこたこ焼き食っちゃって出店巡りしようぜ。他にも色々食べるだろ?」
「う、うん……そう……だね」
気不味さと恥ずかしさで何を話せばいいか困ってたら、残りのたこ焼きを平らげた間宮さんがベンチから立ち上がって、そっと手を差し伸べてくれた。
怒って困らせてしまったから、もう繋げないと諦めていた間宮さんの手が目の前にある。
(……これって繋いでいい……んだよね)
勿論、私に繋がないなんて選択肢はない。それでも戸惑ったのは楽しい空気を壊してしまった罪悪感からくるものだ。
ちょっと迷ったけど、やっぱり手を繋ぎたいという欲望に勝てるはずもなく、私は諦めていた手をギュッと握ると力強い力で引かれてベンチから立ち上げられた。
間宮さんは私に背中を見せて「いこうぜ」と繋がれた手を引いてくれたのだ。
それからは夏祭りの時のように、気になった食べ物をシェアしながら色々と見て回った。
あの時とは季節が違うから、温かい食べ物が軒を連ねる中、間宮さんはキョロキョロと何かを探しているみたいだった。
「うそっ! ここってメロンパンカステラ売ってないのか!?」
「あっはは、あれはかなり珍しいと思うよ。もしかしたらあのお祭り限定だったのかもね」
なるほどね。私が見つけたメロンパンカステラ探してたのか。
ショックで項垂れる間宮さんを見て可哀想と思ったんだけど、ショックの受け方が可笑しくてお腹を抱えて笑ってしまった。
通りを食べ歩きしている時も沢山笑った。
こんなに間宮さんと笑ったの何時以来だろう。
受験勉強のせいもあるけど、それ以上に悩んでしまう事が多くて間宮さんと会っても、こうして笑った記憶が遠い昔みたいに思える。
私はこうして一緒に笑っていたいだけだったはずなのに、何時からこんなに欲張りになってしまったんだろう……。
一通り目に付いた出店を回り終えた私達は、そろそろいい時間だと駅に向かって歩いていた。
ここへ来た時はドキドキしながら袖を摘まんでいただけだったのに、今では自然と手を繋いで歩けている。
一応、表向きは逸れない為って事だったんだけど、神社を出た辺りから人通りは疎らだった。でも、だからってそんな事を馬鹿正直に言う私ではない。少しでも長くこの大きな手を繋いでいたいから。
間宮さんだってもう繋いで歩く必要はないのには気が付いているはずだ。それでも繋いだ手を解かないのは、私と同じ気持ちだからと思いたい。
「はぁー遊んだねぇ! お腹もいっぱいになったし」
「はは、本当によく食べたよなぁ。正月太り一直線って感じか?」
「むっ! 私は基本的に太らない体質なんですー」
嘘ではないけど、確かに今日は食べ過ぎたかもしれない。それに夕飯は御馳走だから絶対に帰るように言われてたけど、この調子で食べたら流石にヤバいかもしれない。
そういえば、間宮さんって痩せてるのとぽっちゃりしてるのと、どっちが好みなんだろう。
確か前に摩耶がちょっと太って気にしてた事があったな。でも、彼氏に無理して痩せなくても好きだって言われて安心してたけど、いざ太った体を見た彼氏がなに太ってんだよ!って言われて滅茶苦茶怒ってたっけ……。
きっと間宮さんに訊いても、私に気を使って似たような返答をするのだろう。でも、太った体を見られたりしたら……。
――って!体を見せ合う仲になってないのに、お正月から何て妄想してるのよ、私は!
「ん? どうかしたか? 顔が赤いけど寒いのか?」
「――ふえ!? う、ううん! だいじょぶ……だよ?」
「そう? ならいいんだけど」
首を傾げる間宮さん。言えない、言えるわけがない。私の体を見せた時の間宮さんを想像してたなんて……。
「沢山遊んだし、三が日はお休みするけど、お正月が終わったらすぐにセンターだから、頑張らないと!」
あまり話題にしたくない事ではあったんだけど、早く違う話題にしたかったから仕方がない。
「そっか、もうセンターなんだな。受験勉強の方はどうなんだ?」
「順調だと思う。模試の結果も良かったしね! だからって油断は禁物だけど、絶対に現役でK大に受かりたいから」
「やけにK大に拘るよな。教授の事は聞いたけど、それだけなんだろ?」
そういえばK大に行きたい理由を話してたんだっけ。
確かにあの時はそれだけだったんだけど、今は――。
「初めは本当にそれだけの理由だったんだけど、それから色々と理由は増えたかな」
「そうなのか。例えば?」
ふふ、鈍感な間宮さんには分かんないだろうなぁ。
「例えば、間宮さんの後輩になりたいから……かな」
「……は?」
例えばって言い方したけど、K大に行きたい今の一番の理由。
それは間宮さんを呼ぶ新しい名称が欲しくなった事。
「K大生になれたら、間宮先輩って呼ばせてね」
「は? せ、先輩!?」
「それとも――パイセンの方がいい?」
「なんでやねん!」
まさかの関西弁のツッコミにお腹を抱える程笑った。
うん。やっぱり間宮さんと一緒にいるのに、笑えない自分は嫌だ。
ずっとこうして間宮さんの隣で笑っていたいんだ。
「なぁ、瑞樹」
「……え? なに?」
間宮さんが突然小さな紙袋を手渡してきた。
「ん? なに? これ」
「開けてみ」
「うん」
言われた通り紙袋の中身を取り出してみると、袋の中には赤い生地のお守りが入っていた。
「初詣をここにしたのは、この神社って学問の神様で有名だったから。普段から受験勉強頑張ってるのは知ってるし、油断さえしなければ大丈夫だって俺も思ってる。だけど、実力以外の事で何が起こるか分からないから、最後の最後は神頼みってのも必要かなって思ってな」
「――嬉しい。ありがとう間宮さん! あ、でもいつの間に買ってくれてたの?」
「あぁ、おみくじ引いた後にちょっと……な」
「あぁ……トイレじゃなかったんだね」
学業のお守り。間宮さんが買ってくれたお守り。
――嬉しい、ホントに嬉しい。
飾り気のないお守りだったけど、それが逆に真剣に私の合格を願ってくれている気がして、私はお守りを両手でギュッと包み込んだ。
「ふふ、間宮さんが選んでくれたって感じのお守りだね」
「なんかチャラいやつだとご利益薄そうだったからな」
「あっはは、うん、うん。間宮さんらしいね」
飾り気がない分、気持ちが凄く籠っている。
間宮さんはそう言いたいのだろう。
その気持ちが私に凄く勇気を与えてくれた。
「瑞樹に……その、先輩って呼ばれるの楽しみにしてるよ」
驚いた。絶対にそんな事言ってくれないって思ってたから。
うん。絶対に呼ぶんだ。
その為にも受験勉強頑張ろう!
「うん、楽しみにしてて! 絶対に間宮先輩って呼ぶから!」
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