第27話 間宮と初詣 act 2

 可愛いって言った? この着物可愛いって言ってくれたの?

 この着物を着た私を可愛いって言ってくれたの!?


(い、いや!これこそ優しい嘘なんだ。ズル過ぎる嘘なんだ……)


 分かってる!分かってるんだけど……顔全体の血の巡りが急激に早まって冷たい風が吹いてるはずなのに、全然冷却が間に合ってなくて顔から煙がでそうだよ。


 嘘だと分かってるのに、飛び跳ねて喜びたい衝動に駆られる。ほっぺどころか顔面の筋肉が垂れ落ちてしまいそうだ。


 この言葉の出所が天然だから質が悪い……。


 あまりの恥ずかしさに下を向いてしまった顔をもう1度間宮さんを見上げると、2019年最初の『あの』笑顔を向けてくれていた。

 私の大好きな笑顔を見て表情筋が駄々緩みそうになって、慌てて俯いた。


(とりあえず引かれていないって事だけは、信じる事にしよう。うん!そうしよう)


「怪我なかったか?」と訊かれて、大丈夫と答えた後、続けて初詣を中止にしようと話すはずだった口から、言葉が全く出てこない事が起こった。

 痛みがあるだろうと思われる患部に間宮さんの手の上から被せていた私の手を、間宮さんの手が向きを変えて私の手をギュッと握ったからだ。


(え?え? 手……繋ぐの!?)


「よかった。それじゃ、そろそろ神社に行こう」

「え? ち、ちょっ!?」


 繋がれた手にグッと力が伝わったかと思うと、屈んでいた体を起こされた。

 間宮さんの突然の行動に思考が追い付かないまま、力強く引かれるまま間宮さんの後に着いて行く。

 改札を潜った所でようやく思考が追い付いて、初詣を中止にしようとしていた事を思い出す。でもここまで来てしまったら、もうどう切り出せばいいか分からない。

 相変わらず何も話しかけてくる事もなく、グイグイとホームに向かって手を引く間宮さんの背中を見て、ある疑惑が湧いてくる。


(もしかして、私に中止と言わせない為に?)


 らしくないと思う。いつもの間宮さんらしくないのだ。

 勿論、決して嫌なわけじゃない。寧ろ、少し強引に手を引かれて嬉しいとさえ思う。

 だけど、また間宮さんの優しさに甘えてしまった現状に、情けなさも感じてしまうのだ。


 もう今日はこのまま甘えるしかない。そう気持ちを切り替えた時、何か大切な事を忘れているような気がして引っ張られて歩いていた足を止めると、重さの抵抗が増えた事に気が付いた間宮さんも足を止めて、私の方に振り向く。


 大切な事。家族以外で今年初めて言葉を交わす人は間宮さんが良かったって事――それと……。


「あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」


 新年の挨拶をまだしていなかった事。

 駅のホームでする事かは微妙な気もするけど、電車の中でするよりはマシなはず。

 すると、間宮さんもその事に気付いたのか、慌てて繋いでいた手を離して姿勢を正す。


「あけましておめでとう。こちらこそよろしくな」


 スッと会釈して挨拶した間宮さんが顔を上げた時、大好きな『あの』笑顔をまた向けてくれてた。それだけで最高の新年を迎える事が出来たと、1人ほくそ笑む私なのだ。


 電車に乗り込むと、元旦の午前中だというのに車内はわりと混んでいた。私達は座るのを諦めてドア付近で立っている事にした。

 ホームで離されてしまった間宮さんの手が私の手に戻ってこなくて、また繋いでくれないかと私は間宮さんの顔と手を交互にチラチラ見たんだけど、気付いてくれそうにない。

 少し伸ばせば届く距離に間宮さんの手があるのに、その距離を詰める勇気がない。この程度の事でいちいち恥ずかしがってる場合じゃない。何故なら、間宮さんに他の女の影が見え始めたから。


 ――神楽優希。


 間宮さんと彼女の関係が知りたい。

 間宮さん本人に訊こうと思えばトークアプリもあるんだし、何時でも訊けたはずだ。

 だけど訊かなかったのは、きっと知るのが怖かったから。


 そんな自分の情けなさに悶々としていると、電車が駅に停車する度に乗客が次々と乗り込んできた。

 元旦なんだから、家でゆっくりしていればいいのにと思うのだけど、自分を棚に上げてと情けない息を吐く私に、間宮さんは自然に私を壁際に立たせて、乗客達の圧から守るようにスペースを作ってくれた。


 この体制は……所謂壁ドンというやつだ。

 いや、ドンと音してないんだけど……。


 その体制により触れる程ではないけど、間宮さんの腕の中に私の体がスッポリと収まってしまった。周りの乗客達を見渡してみると、通勤通学ラッシュ程ではないけれど、皆押し合ってバランスを崩さないように耐えているのが分かる。

 そんな電車の中で多分座っている乗客達以外で、こんなに快適に立っているのは私だけじゃないだろうか。

 本当は間宮さんのそんな優しさを噛み締めたい所だけど、今は状況が違う。私のスペースを作る為にそんなに力を込めてしまったら、きっとまた患部が痛むはずだからだ。


「私も満員電車は慣れてるから、無理しないで」


 すぐ目と鼻の先にいる間宮さんの顔に向かって、そう呟くように言った。勿論、形だけで言ったわけじゃなくて、間宮さんの傷を心配しての事だ。

 だけど私が無理するなと言うと、間宮さんは余計にやる気を起こしたみたいで、壁に向かってかけていた力を更に込めて私がいるスペースを広げた。

 苦しいとか言った訳ではないのに、何故か余計に頑張り出しちゃったのだ。

 何でと不安気に間宮さんの患部に視線を落とすと、頭にコツンと小さな衝撃を感じて見上げてみると、間宮さんが優しく小突いたみたいで片手が私の顔の前にあった。

 私は全く痛くなんかないのに、小突かれた箇所に手を当てる。


「別にこのくらいどうってことないよ。余計な心配してないで瑞樹は晴れ着が汚れないように、俺の腕の中からはみ出さないように気を付けてればいいんだよ」

「……う、うん」


 どうやら私が言った事は、間宮さん的に気に入らなかったみたいだ。

 男の人のプライドってよく分からない。

 意地っ張りというか何というか……。


(あ、意地っ張りは私も一緒か)


 こうして間宮さんの守られながら目的の駅に到着すると、大半の乗客達も初詣が目的だったのか一斉に電車を降りだして、私達もその流れに押し出されるように電車を降りた。


 詰め込まれていた感覚がなくなって解放感に息を吐くと、今度はまた間宮さんと手を繋ぎたくなった。隣を歩く間宮さんの手をチラチラと見るんだけど、思い切って空いている手を握る勇気が相変わらず湧いてこない。

 だけど、この混雑を利用しないとずっと並んで歩くだけになる気がした私は、履き慣れない草履を理由に間宮さんのコートの袖をキュッと握ってみた。

 すると袖を引っ張られた事に気付いた間宮さんは、すぐに私が袖を掴んでいる事に気付いたみたいだったけど、何も言わずに微笑んでくれた。


(いや、微笑んで見えただけかもしれないけど)


 とにかく掴んだ袖を振り払われなかった事に安堵の息を吐いて、私達はこの体制のまま神社に向かう事になった。

 それにしても、元旦なんだからある程度は予想してたけど、凄い人達が参拝に来ていた。

 間宮さんはそんな人混みの中でも、歩き辛そうにしている私のペースに合わせながら少し前を歩いて、人混みをかき分けるように歩く。

 おかげで他の参拝者に当たったり、着物を引っ張られる事なく歩けたんだけど、そこで何だか違和感を感じた私は、前を行く間宮さんの様子を観察する事にした。


 確かに時々私を心配して声をかけてくれているんだけど、間宮さんの意識は私に向いていない気がした。

 気になった私は更に観察を続けると、どうやら間宮さんは歩きながらこっちを見ている人達を気にしている事に気付いた。

 珍しいというより、初めての事だと思う。

 普段から間宮さんは周りの視線とか気にしない人だと知っている。それに、周りの様子に僅かに驚いたような顔をしたり、時折嬉しそうな顔をしている。


(……どうしたんだろう。何かいい事あったのかな)


 私は気付かない。

 間宮さんが私を連れて歩いている事で、周りの男達に羨ましがられながら自慢気に歩いていた事を。


 私は気付かない。

 掴んでいる袖に、間宮さんの意識がどれだけ集中していたのかを。


 私は気付かない。

 掴んでいる袖を離したら、また手を繋ごうと間宮さんが私の手を狙っていた事を。











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