第23話 瑞樹と初詣 act 4 激動の年の予感

 俺達はどこに寄るわけでもなく真っ直ぐにA駅を目指した。

 散々出店で買い食いしまくって腹いっぱいってのもあったし、どこかに遊びに行こうにも、センター目前の受験生をこれ以上連れ回すのはマズいからだ。

 電車に乗り込むと幸い帰りはシートがかなり空いていて、履き慣れない下駄で歩き続けていた瑞樹の足を休ませる事が出来た。


「あ、そうだ。間宮さん」


 並んで座っていると、瑞樹は何かを思い出したように声をかけてくる。


「ん?」

「実はね、この前中学のクラス会に呼ばれてね。卒業して初めて参加してきたんだ」


 瑞樹はあの文化祭の後に謝罪しにきた元クラスメイトの1人に、今回のクラス会に誘われた経緯を話してきた。


「へぇ、そうか。それは良かったじゃん! それで? クラスの連中とは上手く話せたのか?」

「うん! 皆凄く歓迎してくれてね。本当に楽しいクラス会だったよ」


 皆、あの時の事を後悔していた事。クラス会の会場で全員泣きながら謝ってくれたんだと、瑞樹は少し恥ずかしそうに話したのだが、その顔が瑞樹にとってとても有意義なものだった事を表していた。


「そっか。それで? 瑞樹は皆の事を許せたのか?」

「うーん……まだぎこちなさはあるんだけど、今回の事をきっかけにして時間をかけて、いつか皆の事を受け入れられたらいいなって思ってる」


 瑞樹は強がる事もなく、自分の今の気持ちを正直に話してくれて、俺は何だか自分事のように嬉しくなった。


「それに……ね」

「ん?」

「えっと……ううん。ごめん、やっぱりいいや」

「?――そうか」


 何か大切な事を話そうとしたように見えたけど、その顔がとても嬉しそうだったから、知らされなくても瑞樹にとって良かった事ならそれでいいと、俺は追及しなかった。


 それから俺達は特に話す事なくA駅に着いた。電車を降りて改札を抜けると、ここも午前中より人通りが少なくなっていて、そのせいか吹き抜ける風が待ち合わせしていた時より冷たく感じた。


「どうする? カフェにでも寄って何か温かい物でも飲むか?」


 午後4時過ぎ。夕食にはまだ早い時間。というより神社で散々食べ回った俺達に、何か食べるという選択肢はない。だけど、冷えた場所にいたから、受験勉強の事は気にはなったけど温まっていかないかと誘ったんだけど、瑞樹からの返答が何故かない。

 不思議に思って隣にいる瑞樹をよく見てみると、何故か少し怯えたような表情でこっちを見ていた。


「……どうした?」


 そういえばクラス会の話を聞いた後から、少し瑞樹の様子がおかしかった。俺自身には思い当たる事がなくて、どう対処したものかと黙っている瑞樹にそう訊いた。

 その時、瑞樹自身がどんな顔をしていたのか自覚したのか、ハッと目を大きく見開いたかと思うと、自分でどこまで把握しているのか定かではないが、瑞樹は誰が見ても分かる程に不自然な作り笑いを見せたのだ。


 これでも瑞樹とはそれなりの付き合いを積み重ねてきた自負がある。その俺が思うに、瑞樹は俺に訊き辛い事を訊こうとしていたんじゃないだろうか。受験の事で訊きにくい事なんてあるわけないだろうから、全然関係ない事……か?


「ね! 温かい飲み物もいいんだけど、折角晴れ着来てるんだしさ。記念に写真撮らない?」


 そんな事を思案していると、何時の間にか瑞樹はいつもの瑞樹を取り戻して、いきなり写真を撮ろうと言い出す。

 本当に女の子はよく分からないと、思わずため息が漏れる。


「写真? 俺とか?」

「他に誰がいるの? 駄目?」


 日が傾いて綺麗な夕焼けが俺達を染めている。

 そんな綺麗な夕日をバックに、そんな夕日すら霞んでしまう程に美しい姿で上目使いにそんな事を頼まれて、キッパリと断れる男なんて一体何人いるだろうか……。

 正直、写真は苦手な方で集合写真以外では、大概色んな理由をこじつけて断ってきた俺だったけど、どうやら俺も断れないその他大勢の一員なんだと自覚した。


「い、いや……別にいいけどさ」


 瑞樹の提案を歯切れの悪い返答で返すと、不安気だった瑞樹の顔が一瞬でぱぁっと明るくなったかと思うと、物凄い速さで鞄からスマホを取り出してカメラアプリを立ち上げて空に向かって構えた。


 カシャっとシャッター音を鳴らして、すぐに映った画像を確認した瑞樹が難しい顔で首を傾げる。


「うーん。上手く撮れないなぁ」


 唸る瑞樹のスマホを覗き込むと、俺の顔がかなり見切れていた。


「自分より背の高い奴と自撮りするのに、背に低い瑞樹が撮ろうとするから見切れるんだ」


 当然の結果だと言いながら、俺は瑞樹のスマホを手に取って再び空に向かって構えた。


「……ん? あれ?」


 どう構えようと、どちらかが僅かに見切れてしまう


「瑞樹このままだとどうしても見切れるから、もうちょっとこっちに寄って」

「え? う、うん」


 少し空いている隙間を半歩程度埋めるだけで十分に枠内に収まる。というのに何故か瑞樹は俺の胸元をジッと見つめていたかと思うと、半歩どころかズイッと2歩分距離を詰めて来た。

 当然俺達の隙間がなくなるどころか、俺の体の半分程が瑞樹と被ってしまう結果となり見方次第では、まるで俺が瑞樹を抱き寄せているという構図に見えなくもない状態になってしまった。


「ち、ちょっと瑞樹? これは近過ぎるって」

「これでいい! この方が撮りやすいでしょ!」


 いや、これだと違う意味で撮り辛いと言いたい反面、瑞樹を抱き寄せているような状態で、男として誇らしい気持ちにさせられた。


「ほ、ほら! 早く撮ってよ」

「お、おう!」


 もうこのままでいいかと改めてスマホを構えるが、意識は密着している瑞樹に向いたままだった。

 瑞樹から着物の独特な匂いがする、だけど、その匂いに慣れてくると、今度は瑞樹自身のいい香りが鼻孔を擽り心臓が大きく俺の胸を叩く。

 いい年した大人がまるで思春期の子供ようだと思ったけど、決して悪い気分ではなく心地の良い気分だった。ずっとこうしていたい気持ちだったけど、そうもいかないと意識をスマホに向けて余裕で枠に収まる俺達の位置を微調整してシャッターを切った。

 スマホを降ろして撮った画像を2人でチェックする。画面に映った俺達はどこから見てもラブラブカップルのそれで、特に瑞樹がよく撮れていた。

 普段はどちらかというと綺麗な印象がある瑞樹なんだけど、この写っている瑞樹は何だかあどけなくて可愛い女の子の顔をしていた。


「……あぁ、やっぱりこうなっちゃうんだ」

「え? なにが?」

「う、ううん! なんでもないから気にしないで」


 そうは言うけど、画像を見た瑞樹の顔が赤くなっていて気にするなという方が無理だと思うんだけど……。


「撮ってあげようか?」


 モジモジと落ち着きのない瑞樹を気にしていると、不意に後ろから聞き覚えのある声で話しかけられて、ビクッと肩を跳ねあがらせた俺達が振り向くと、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべている希が立っていた。


「希!?」

「ふっふーん。ただいま、お姉ちゃん!」

「ただいまって、もしかして今帰ってきたの!?」

「そうだよ。つか、そんな事よりスマホ早く貸して! 日が沈んで暗くなっちゃうよ? 撮らなくていいの?」


 希はそう言って俺が持っている瑞樹のスマホに手を伸ばしてくる。確かにさっきの画像では、折角の瑞樹の晴れ着がアングル的にあまり写っていないのが気になっていた。

 表情的には良く撮れたとは思うけど、やっぱり滅多に着る機会がない晴れ着がしっかり写っている写真もいるよなと、隣にいる瑞樹に目を向ける。どうやら瑞樹の同じような事を考えていたのか、撮って欲しそうな目をこっちに向けていたから頷いて希にスマホを差し出した。


「それじゃお願い出来る? 希ちゃん」


 スマホを受け取った希は「りょーかい!」と敬礼のポーズを撮りつつ、俺達から少し距離をとってスマホを構えた。


「んじゃ撮るから、2人共もっと寄って! 寄って!」


 希にそう指示されて、確かにこの距離感はおかしいよなと少し瑞樹に近付くと、彼女もモジモジしてこっちに近付いてくる。


「あれれぇ? さっきみたいにハグしなくていいの!?」


 誤解だ。俺は別に瑞樹をハグしてたわけじゃないと否定したかったけど、ここで一々そんな事を言って空気を濁す必要はないと堪えた。

 というか、やっぱりさっきの密着状態を見られてたのか……それを知ったら益々恥ずかしくて、そんな事できそうにないと苦笑するしかなかった。


「い、いや、今度は瑞樹の晴れ着がよく写るように頼むよ」

「あぁ、なるほど。そっかそっか」


 納得した様子で改めてスマホを構える希を他所に並んでいる瑞樹に横目をやると、さっきまでの積極性は影を潜め恥ずかしそうに俯いている。

 やはり妹が見ている前では姉の威厳を失う訳にはいかないのか、さっきのようには動けないようだ。かくいう俺も、茜は康介の前で同じ事が出来るかといえば、勿論NOなんだけど。


「んじゃ! 改めて撮るよー! はい、チーズっと!」


 カシャっと子気味の良いシャッター音と共に、今度はぎこちない笑顔の2人が撮れて、希は納得いっていない様子だったが、何だか今の俺達を表しているように見えた俺は、これはこれでいい写真だと思った。


「間宮さん。希も帰ってきたし、今日はこれで帰るよ」

「うん、そうだな。気を付けて」

「今日はありがとう。凄く楽しかった! じゃあね」


 瑞樹は「えー? ご飯ゴチってもらおうよ」と愚図る希を引き連れて帰っていく。

 そんな仲睦まじい2人を見送った俺も帰宅しようと、誰もいない自宅に向かって歩き始めると、さっきまで気にならなかった痛みが患部から感じて苦笑いを浮かべた。

 今まであまり痛みを感じなかったのは、痛み止めが効いていたからだけじゃなくて、もしかしたら晴れ着姿の瑞樹に緊張していたからかもしれないと「ふぅ」と大きく息を吐くと、冷たい空気に触れた息が白く変化して宙に舞う。


 30歳を迎える2019年は俺にとって、激動の年になるだろう。

 仕事は長年の目標だったスタートラインに立つ事になる。仕事面で積み上げてきたものを殆ど捨てる事に不安がないわけじゃないが、そんな気持ちもまるごと楽しもうと思える。


 プライベートも今年は去年以上に、色々ある気がする。

 ずっと止まっていた時間が少し動き出した。

 こっちの不安は正直楽しめそうになくて、不安は不安でしかないようだ。

 だけど、大切な一歩をくれた瑞樹の為に、今回は逃げるという選択肢を持つつもりはない。

 俺がこんな事を選択する日がくるなんて、29歳の誕生日を迎える日まで考えた事すらなかった――でも、これからは色々な事を考えていかないといけないし、色々な選択肢を選んで自分なりの答えを導いていがなければならない。

 ずっと後ろを向いていた心を、しっかりと前に向かせる事が大切で、後悔しない選択肢なんてなくて、全てを拾う事なんて不可能だと知っている。

 何かを選ぶ度に、誰かを傷つけてしまうだろうし、その都度俺自身も傷付いていくんだろう。

 だけど、大事なのは流されない事だと高校生から学んだ。

 周りの流れに身を任せるのではなく、自分の意志で選択した結果に責任を持つのが30代に課せられた事のように思うのだ。


 だから今は本気で悩もうと思う。暖かくなる頃には20代ではなくなっているのだから。


 帰宅して冷えた体を温めようと湯船にお湯を張って、のんびりと風呂に浸かると、思っていた以上に体が冷えていたようで全身がジンジンと痺れに似た感覚があった。

 この感覚は子供の頃から好きだった。急激に血行が良くなっただけなのだが、子供の頃はなんだか隠された力が覚醒するのではないかと、ワクワクしたものだ。


 しっかりと体を温めた俺は、次は火照った内部を冷却しようとバスタオルで髪をガシガシと拭きながら、冷蔵庫から風呂上がりの至福にと缶ビールを1本取り出した。

 すると、リビングに置いてあったスマホがテーブルの上で震えている音が聞こえてきた。その長さからメール等ではなく電話だと気付いた俺は少し急いでスマホを覗き込むと、発信者は松崎からだった。

 正月早々なんだと首を傾げて、スマホを手に取り反対の手でビールのプルタブを開けて一口目の至福を楽しんでから、スマホを耳に当てて電話に出る。


「もしもし? 正月早々にどうしたんだ?」

『――間宮ぁ! 俺ヤバいかも……どうしたらいい!?』


 やはり今年は激動の年になりそうだ……。








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