第21話 瑞樹と初詣 act 2 瑞樹の言いたい事

 瑞樹に新年の挨拶をされて、そういえば待ち合わせ場所に着くなりあんな事があったからすっかり忘れていたと、間宮も慌ててお辞儀をして口を開く。


「明けましておめでとう。こちらこそよろしく!」


 そう返す間宮に、瑞樹は可笑しそうにクスクスと笑みを零した。


 電車に乗り込んだ2人は目的地の神社を目指す。

 各駅を通過する度に乗客が増えていき、その度に間宮達にかかる圧が増していく。

 だが、乗った時から空いているシートがなかった為、間宮はドア付近の壁に腕を立てて空間を作り、そのスペースに瑞樹を立たせる事で瑞樹に苦しい思いをさせずに済んでいた。


 懐かしい体制だと思う間宮。

 昔、最愛の女性ひとと出会った事を思い出す。

 またこうして腕の中に女性を収める事になるなんて思いもしなかった間宮は、思わず苦笑いを零すのだった。


 こうして圧が増えても持ち前の腕力で踏ん張っていると、腕の中にいる瑞樹は心配そうに傷がある辺りに視線を落としていた。


「私も満員電車には慣れてるから、無理しないで」


 瑞樹が間宮の事を思って言った言葉で、逆に間宮のスイッチを入れてしまう事になる。


(馬鹿言うな! 正直痛みはあるけど、このくらいの事も出来ないのなら最初から断わってるっての!)


 絶対にこの空間は死守してやると突き立てている右腕に力を込めて、まだ余裕がある左手で軽く瑞樹の頭をコツンと小突く。


「別にこのくらいどうってことないよ。余計な心配してないで瑞樹は着物が汚れないように、俺の腕の中からはみ出さないようにしてろ」


 軽く小突かれた頭に手を当てて、そう言い切る間宮の笑顔を近距離で見つめた瑞樹の心臓が激しく跳ね上がり、上気した顔でコクコクと頷いた後、振袖を体の中央に手繰り寄せてジッと間宮の腕の中で大人しくするのだった。


 ようやく目的地の駅に到着した2人は、参拝する神社に向かって歩き出した。履き慣れない下駄を履いている瑞樹の歩くスピードに合わせて歩きながら、間宮は辺りを見渡してみると、他の参拝者達の視線が異様な動きをみせている事に気付いた。

 そんな視線が気になった間宮は、暫く周囲を注意深く観察すると同時に、瑞樹のエスコートを完璧に行うという難関ミッションに挑む事にした。


 まずは男同士で参拝に来ている連中を見ると、全員の足が止まり固まっているようで、これはよく見る光景だから特に気にする事はないと判断。

 その次が驚かされる光景だった。

 それは恋人と思われる男女の2人組で、彼女を連れて歩いているというのに、彼氏が魂を抜かれたような顔で立ち尽くしてしまっているのだ。他のカップルも同様のようで、彼女達から後頭部を叩かれたり、体の一部を抓ったりと様々な攻撃を受けていた。


(こんなの漫画やドラマでしか見た事ないぞ)


 リアルでそんな光景を見せられた間宮は、呆気にとられた。


 そんな異様な視線を集めてしまっている張本人である瑞樹は、そんな事気にする素振りも見せずに、草履が歩き辛いのか間宮のコートの袖をチョコンと摘まみながら歩いているものだから、今度は周囲の男達から鋭い殺気に満ちた視線が間宮に集まり、思わず苦笑する間宮だった。


 そんな視線に晒されながらようやく本堂に辿り着いたのだが。元旦という事でかなりの行列を作っていた。

 だが今年は一緒にいる瑞樹の大学合格祈願の為に来たのだからと最前列まで並びきり、勢いよくお賽銭を投げ入れた2人は、手を同時に合わせて熱心に拝む。


(どうか瑞樹の大学入試が上手くいきますように!)


 きっと瑞樹本人も同じ事をお願いしているだろうが、2人分だとご利益も倍になる気がした間宮は瑞樹の受験合格を心から祈った。


 行列から外れて休憩しようと移動している間も、相変わらず間宮の袖を掴んでチョコチョコとついてくる瑞樹に庇護欲を感じずにはいられず、普段とのギャップにやられそうになるのを何とか堪える間宮。


「間宮さんは何をお願いしたの?」


 月並みな質問を投げかけてくる瑞樹の顔が、何故か真剣なものに変わっていた。


「ん? 世界平和的な?」

「…………」


 瑞樹は間宮のくだらない返答に、無言の圧力をかける


「……こういうのって口に出すと、御利益が無いって言うだろ?」

「んー! ならもう訊かないよ!」


 プイっとそっぽを向いて口を尖らせる瑞樹に間宮が首を傾げていると、掴まれていた袖が小刻みに引っ張られているのに気付く。


「ね! 間宮さん。おみくじ引こうよ!」

「あ、あぁ」


 拗ねる様な仕草を見せたかと思うと、すぐさまおみくじを引こうと間宮の袖を引っ張る瑞樹。

 今日の瑞樹は猫の様にコロコロとよく表情を変えるなと、ニコニコと笑みを零す姿を見て、間宮もそのテンションに乗る事にした。


(しかし……おみくじか)


 お参りの定番中の定番ではあるが、受験生である瑞樹が引くとなると、ある種の心配事が発生する。


(頼むぞ! 俺のはどうでもいいから、瑞樹に不吉なクジを引かさないでくれよ!)


 心の中で手を合わせて祈りながら、間宮は瑞樹と並んで巫女さんからおみくじを受け取った。

 間宮は手に持った自分のおみくじを開かずに、隣でわくわくした様子でおみくじを開く瑞樹の反応を待った。


「あ! やった!」


 弾ける様な瑞樹の声を聞いて「でかした! 神様!」と結果を訊く前から拳を握る間宮。


「間宮さん見て! 大吉だよ!」


 引いたおみくじを嬉しそうに見せてくる瑞樹に、間宮は眩しいものを見る様に目を細める。


「やったじゃん! 新年早々縁起がいいな!」

「えっへへー!」


 子供の様に無邪気にはしゃぐ瑞樹に安堵の息を吐いた間宮は、手に持っていた自分のおみくじを開くと、結果は末吉を何とも言えない結果だったが、仕事運に嬉しい事が書かれていて口角を上げる。


 ――仕事運――新天地で成功の兆し有り。


 今の間宮にとって心強い内容で、思わずおみくじを持っている手に力が入る。


 大吉を引き当てた瑞樹はおみくじの内容を一通り読んで大切に財布に仕舞い込み、ジッと自分のおみくじを眺めている間宮の手元を覗き込む。すると、ついさっきまで満面の笑顔だった表情がヒクヒクと引きつり低い声で一言呟く。


「……女難の相有り」

「えっ!?」


 仕事運しか見ていなかった間宮の耳の底にこびり付くような低い声に、背中に冷たい汗が付足り落ちていくのを感じた。


「女難の相ねぇ……へぇ、そうなんだ」

「え? い、いや……なんだよ」

「へぇ――ふーん」

「ちょ、ちょっと待てって、瑞樹」


 心当たりがないと訴えようとする間宮を余所に、冷たい圧をかける瑞樹は出店が立ち並ぶ通りの方にテクテクと歩き出した。

 こんな人通りの多い所で1人にしたら、またトラブルに巻き込まれかねないと、間宮も慌てて後を追う。


「――間宮さんは、おみくじ結ばないと駄目なんじゃないですか?」


 追い付く間宮に口を尖らせた瑞樹が、大吉以外は結ばないとと言う。


「あ、あぁ。そうなんだけど、これはいいんだ」


 言って、間宮は手に持っていたおみくじを財布の中に仕舞った。


「女難の相……ですもんね」

「それは関係ないって! って何でさっきから敬語なんだよ!」

「別に意味なんてありませんよーだ」

「……はぁ。とにかく出店に行きたいんだろ? その前にちょっとトイレ行ってくるから、ここで待っててくれるか?」

「……はぁい」


 そもそもの話、女難の相というのは女性絡みのトラブルに巻き込まれると言う意味であって、決してハーレム天国になるというものではないのだ。

 だが何故か瑞樹にそう説明する気が起きなかった間宮は、まだご機嫌斜めの瑞樹に苦笑いを浮かべた。

 正直、晴れ着姿の瑞樹の破壊力は相当なものだが、流石に境内でナンパされる事はないだろうと、間宮は一旦この場を離れた。


 暫くして瑞樹の元に戻ると、相変わらず周囲の視線を集めてはいたが、声をかけられた様子はなく、安堵の息を吐いて瑞樹の傍に駆け寄った。


「お待たせ。それじゃ行こっか」


 言って間宮は当然のように瑞樹の手を握る。

 あまりにも自然に手を繋がれた瑞樹の反応が一瞬遅れた。


「ちょ、間宮さん?」

「ん?」

「て、てて、手」

「あぁ、人が多いからな。逸れるとアレだし……嫌か?」

「い、いい、嫌なわけない!……けど」

「はは、それじゃお嬢様。エスコートさせて頂きます」


 茶目っ気を出して瑞樹の変な緊張感を和らげて、間宮達は境内を出て通りに向かった。

 通りは相変わらず大勢の参拝客達で賑わっていて、これこそ正月だという雰囲気があった。


「何かこうして歩いてると、合宿の夏祭りを思い出すな」

「う、うん! 私も同じ事考えてた」


 何時かの夏祭りもこうして瑞樹の手を取って露店を練り歩いた。

 瑞樹はあの一件以来、助けてくれた岸田以外で固めていた仮面を少しづつ外して、間宮良介という存在に興味を抱き始め。間宮は自分と同じようにトラウマに苦しむ瑞樹が心配で、元気付けようと奮闘していたあの時。

 今思えば、2人にとってあの時が一番楽しかったかもしれない。

 あの時と同じように手を繋いで歩いているのに、あの時のふわふわした感覚はなく、ただそれぞれに苦しんでいる事を隠している。

 同じ距離にいるはずなのに、知り合った頃よりも遠くに感じている2人の本音はどこを向いているのか……。


「とりあえず、どこから攻める?」

「うーん。やっぱりお腹空いたし、定番のたこ焼きからかな」

「いいけど、その恰好でたこ焼きなんて食べたら、汚すんじゃないか?」

「子ども扱いしないでよ! 大丈夫だもん!」


 瑞樹はぷくっと頬を膨らませて「行くよ」とたこ焼きの露店まで間宮の手を引いて歩き出した。

 手を引かれた間宮は苦笑いを浮かべて、瑞樹の後を着いて行く。


「6個入りを一船下さい」


 瑞樹が元気にたこ焼きを注文すると、黙々とたこ焼きを焼いていた出店のスタッフの手が止まる。


「は、はいよ! お姉さん超ベッピンだねぇ! 彼氏が羨ましいわ!」

「え? か、彼氏!? えっと……いや」

「あはは、ありがとう」


 間宮と恋人と勘違いされた瑞樹は慌てて否定しようとしたのだが、隣にいた間宮が2人の関係をサラッと肯定した為、瑞樹は口をぱくぱくさせるだけで何も言葉が出てこなかった。


「ほい! 羨ましいけど、元旦早々良いもの見せてもらったお礼って事で、サービスで8個入りにしといたよ!」


 粋なサービスをする店員に「ありがとう」と代金を支払う間宮に対して、瑞樹は俯いてぼそぼそと小声で「……だから、そういうとこなんだよ」と呟いていた。


 そんな瑞樹に首を傾げた間宮だったが、冷めないうちに食べようと通りを少し外れた所に設置されてあるベンチに、瑞樹の手を引いて2人で腰を下ろす。


 早速とビニール袋からたこ焼きを取り出す間宮だったが、瑞樹はまだ口を尖らせてブツブツと何かを呟いている。


「さっきからどうしたんだ? たこ焼き食べたかったんだろ?」

「……だって、間宮さんが――」


 何かを訴えようとする瑞樹だったが、萎んだような声で間宮にはまともに聞き取れなかった。


「え? なに?」


 聞き直す間宮に、瑞樹は意を決して顔を上げて口を大きく開く。


「だから! 間宮さんが私の彼氏じゃないって否定しなかったからじゃん!」


 瑞樹は自覚していない事だったが、瑞樹は声をしっかり張るとかなり通る声質で、その声はしっかりと周囲の参拝客達に届いた。

 こうなってしまうと、今度は恥ずかしい思いを間宮がする番だ。

 間宮は慌てて周囲を見渡すと、案の定男どもからは嫉妬に満ちた視線を、女共からはまるでドラマのワンシーンに立ち会ったかのようなキャーキャーと騒ぐ声が届いた。家族連れからは微笑ましい視線を向けられた間宮は居たたまれない気持ちになる。


 地雷を踏んだ事に気付くのが遅かった。

 もう30歳になろうとしている男には、中々に羞恥な事で恥ずかしいものだったのだ。


「わ、分かった! 慣れ慣れしいって言いたいんだよな? 悪かったよ」


 自分と恋人と思われたのが気に喰わなかったのかと、間宮は平謝りして瑞樹を落ち着かせようとしたのだが……。


「違う! 間宮さんは何にも分かってないよ!」


 そう言い放ってベンチから立ち上がった瑞樹は、間宮の反応を待たずに出店が並ぶ通りに走り去って行った。











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