第20話 瑞樹と初詣 act 1 明けましておめでとう
1月1日元旦
午前10時前、間宮はA駅前に向かっている。
そこで瑞樹と待ち合わせて、電車で初詣に行く事になっている為だ。道中、元旦のこの時間だからか、晴れ着姿で歩いている人を多く見かけた。
幼い頃と違い、今は店関連の殆どが正月関係なく営業している。それが当たり前の今の若い連中には考えられない事かもしれないが、昔の正月といえばどこの店も閉まっていて出掛けても静かな時間が流れているだけで、そんな空気が正月なんだと実感したもので少し寂しさを感じた。
だが、こうして晴れ着姿の人達を見ると正月気分がようやく湧いてきて、駅に向かう足取りが軽くなる間宮だった。
歩いていると盲腸の傷跡が少し痛むが、痛み止めのおかげで我慢出来ないレベルではない事に安堵した間宮はA駅に到着すると、駅前の一角が少し騒がしい事に気付く。
その一角に目をやった間宮の顔が少し引きつる。
嫌な予感しかしないと小さく溜息をつく間宮には、大体の予想が付いていた。もう流石に慣れたとはいえ、新年早々めでたい日にまでやる事かと、もう1度溜息をつきながら間宮は騒がしい一角に足を向けるのだった。
一角に近付くと、若い男が3人壁際にいる誰かを取り囲むように立っていて、それぞれに何か話しかけている。よく聞いてみると何を話しかけても相手からは全く反応がないようで、男達は終始無視され続けている事に苛立っているようだった。
間宮の嫌な予感が当たっていれば、恐らく男達の先にいるのは……。
「悪い! 待たせたか?」
間宮はわざと声を張って男達の先にいる人物に声をかけると、間宮の声を聞いた男達が一斉に睨みをきかせてきた。つられて冷やかす様に立ち回っていた周囲の目も間宮に集まる。
男達が振り返った時、男と男の間に出来た隙間から淡いピンクの振袖が見えた間宮は嫌な予感を確信に変えた。
間宮は、そのまま向けられた視線を全て無視して1人の男の肩を掴み、まるで扉を開ける様に男を自分の方に引き寄せて、扉の中に入る様に男達の壁に中に割り込んでいく。
「なにすんだ!?」
「邪魔すんじゃねえよ! コラァ!」
強引に割り込んだ間宮に男達の罵声が飛ぶ。だが、そんな汚い罵声も聞こえないとばかりに中心にいる人物を確認すると、そこには淡いピンクをベースにした晴れやかで、色とは対照的に落ち着いた柄の刺繍が施されている着物の上に黒を基調とした羽織と、温かそうなショールを身に纏い、髪を編み上げてアップした姿の瑞樹が立っていた。
瑞樹がいる事は分かっていた間宮だったが、その晴れやかな姿に言葉を失ったが、それは一瞬の事ですぐに瑞樹の様子がいつもと違う事に気付く。
間宮の知っている瑞樹なら、こんなナンパ男に対して臆する事なく罵声を浴びせて追い払おうとするはずなのだが、今日はギュッと口を閉ざして険しい表情で何かに耐えているようだったのだ。
「間宮さん!」
しかし、割ってきたのが間宮だと気付くと、固く閉ざしていた口を即座に開き間宮の名を呼びながら、慣れない着物の振袖をなびかせて間宮に駆け寄り心の底から安堵した顔を見せた。
「新年早々みっともないナンパなんかしてんなよ。この子は俺の連れなんだ。他を当たってくれ」
首を傾げたくなる事もあったが、とりあえず瑞樹の無事を確認した間宮は、男達に手を引けと促した。それは決して男達の身を案じてではなく、新年早々にトラブルを起こしてこれから向かう初詣にケチをつけられたくないという思いからだった。
「はぁ!? んなもん知るかよ!」
男の1人がそう言い捨てて割り込んできた間宮に言い寄ろうとした。が、すぐに男の視界が奪われる。
間宮が男の顔を鷲掴みしたからだ。
鷲掴みした手に力を込めると、男の鼓膜にミシミシと嫌な音が響く。
「った! イ、イテェって! は、離せよ!」
途端激痛に悲鳴を上げる男に、かまわず更に力を込めた瞬間、間宮は苦悶の表情になり左手を腹部に当てる。腹部に力を入れ過ぎて患部に痛みが生じたのだ。
「新年早々問題を起こしたくない――これで引くよな」
痛みを悟らせまいと瞬時に平静を取り戻した間宮はそう警告すえると、ナンパ男達は分が悪いと判断したのか手を引くというジェスチャーをとるのと同時に、間宮は鷲掴みしている手を解いた。
男は締め付けられた頭部を抱えながら、典型的な捨て台詞と共に仲間達を引きつれて姿を消した。
騒動にならずに回避出来た事に安堵した間宮は傍にいる瑞樹に目をやると、さっきまで隣にいたはずの瑞樹の姿がない事に気付くのと同時に、患部に当てていた手の上に柔らかい温もりを感じた。
患部に視線を落とすと、そこには不安気な表情で間宮の手の上をそっと被せるように手を当てている瑞樹がいた。
「ごめんなさい……。手術した傷が痛むんだよね」
間宮なりに隠していたつもりだった痛みが、瑞樹にはすぐにバレてしまっていたようだった。
「あ、いや。大丈夫だから気にするな」
「大丈夫には見えなかった――それに」
そこまで話した瑞樹は眉間に皺を寄せて、話を続けた。
「盲腸の傷が痛むかもしれないって分かってたのに……初詣に連れていけなんて我儘言って、ごめんなさい」
言うと、瑞樹は間宮の手をギュッと握った。
瑞樹の中で葛藤があったのだろうが、間宮にしてみれば無用な心配だった。
「謝る必要なんてないよ。元々、医者からリハビリに歩け歩けって言われてたしな。でも目的もなく歩くのって性格的に向いてないから、瑞樹に誘われてなかったらきっと部屋に引き篭もってたと思うし」
気にするなと促すと間宮を、今にも泣きだしそうになっていた瑞樹が恐る恐る見上げるように顔を上げた。
「だから誘ってくれて助かった。目的があれば出掛けるのは嫌いじゃないし……それに」
「……それに?」
瑞樹は首を傾げながら、話の続きを待つ。
「瑞樹の可愛い晴れ着姿を見れたんだ。一石二鳥どこか三鳥くらいあったんだから」
「ふぇ!? か、かか可愛い!?」
思わず変な声が出た瑞樹の顔が、急激に赤く染まっていく。
こんな真冬に汗ばみそうになる事を、サラッといつもの天然トークで言うのは止めてくれと言いたい瑞樹。他意はないと分かっているつもりだが、それでも飛び跳ねて喜んでしまう衝動を押し殺すのに四苦八苦する身にもなれと訴えかける目を向けても、当の間宮は柔らかい笑顔を向けるだけで、瑞樹は大きな溜息をつくしかなかった。
訴えかける顔を向けられた間宮は首を傾げる。
実際に間宮はお世辞など言っていない。
アタフタと屈んだまま慌てる瑞樹の姿を改めて見て、浴衣姿を見た時の事を思い出す間宮。
瑞樹は何でも着こなすのだと。決して和風顔というわけではなく、どちらかと言うと派手な顔の作りをしているのだが、不思議と和服を着ればそういう雰囲気を漂わすのだ。
だから、目の前にいる華やかな着物が似合う美少女という評価は決してお世辞ではなく、至極当然の感想だと間宮は思うのだ。
「瑞樹は怪我なかったか?」
「え? う、うん。大丈夫」
「そっか、良かった。んじゃそろそろ神社行こうか」
そう言う間宮は握られた手を離して、自分の手の向きを変えて瑞樹と手を繋ぐ形を作り、屈んでいる瑞樹の手を握りグイっ引き起こした。
そのまま改札まで手を繋いで歩く間宮の意図が分からない瑞樹だったが、この状況そのものが神社でおみくじなんて引かなくても、大吉だと分かってしまった時間だった。
突然のナンパからの救出劇に大きな手に握られて歩き出した事で、大事な事が抜けていると気付いた瑞樹は引っ張られる足を止めて、それに気が付き足を止めて振り返った間宮に笑顔でこう言う。
「あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」と。
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