第19話 加藤の苦悩
「……御馳走様」
大晦日の夜。定番の年越しそばを平らげた私は、すぐに自室へ戻ろうと席を立った。
「あら、もう部屋に戻るの? 紅白とか観ないの?」
「あのね、ママ。私こう見えても受験生で、年明けたらセンター控えてる身なんだけど」
「そうは言っても、ずっと根詰めすぎも良くないでしょ。折角皆いるんだし。あ、愛菜の好きなどら焼き買ってるんだけど食べるでしょ?」
「ママは大学受験ナメすぎ! 受験生に盆も正月もないんだよ! どら焼きは食べるけど」
言って、キッチンにあるどら焼きと緑茶を奪取して、私は自室に戻って机に向かった。
受験生に盆も正月もない……か。よく言えたものだと思う。
確かに大晦日なんて関係ないって感じで机には向かっているけど、参考書はずっと同じページを開いてて、ノートは真っ白……。正直ここの所全くと言っていい程、受験勉強が捗っていない。
原因はハッキリしてる。
それは神楽優希のクリスマスライブの日での出来事が原因だ。
その日、ライブが終わった後に佐竹と私なりに結論を出す為に、話をするつもりだった。
だけど、当日待ち合わせ場所に来たのが間宮さんじゃなくて、松崎さんが来た事で思惑が大きく狂ってしまった。
ライブ中や終わった直後はいい。あの時は神楽優希のライブに集中していたし、終わった直後は体調を崩した間宮さんを心配してる志乃の事が中心だったから。
だけど、志乃が先に駅に向かった後からが最悪だった。
私は佐竹と松崎さんの事が気になって落ち着かなかったし、多分佐竹も同じ気持ちだったはずだ。松崎さんに至っては私達の事をどう思っているのか訊いた事がなかったから、何を考えていたのかイマイチ分からなかったんだけど……。
それに、あの時の結衣の様子が気になった。
ある程度事情を把握している結衣だったけど、空気を読んで気を使っているわけでもなく、何となくだけど私にキツイ視線を送っていたように思う。
その視線の意味は解らないけど、多分、ううん。きっと私のせいなんだと思う。
どうしたらいいか、何を話せばいいのか分からなかった私の代わりに、結衣が松崎さんもクリパに誘ったのは意外だった。
松崎さんも微妙な空気を読んだからなのか、結衣の誘いをやんわりと断ってくれたのは私的にホッとしたのが正直な気持ちだ。
問題の先送りをするだけだと分かっていても、とりあえずこのまま現地解散すれば少なくとも今年いっぱいは避けられると思っていた矢先だ。
――まさか、佐竹があんな事言い出すなんて……。
◆
「あの、松崎さん」
「ん? なに?」
「これからちょっと時間貰えませんか? 話したい事があるんです……2人で」
「え? ち、ちょっと! 佐竹!」
いきなり何言い出すんだよ。これは私と佐竹の問題で、松崎さんは関係ないんだから余計な事しないでよ。
そう言えば良かった。でも結局言えなかったのは、佐竹に話があると言われた時の松崎さんの雰囲気のせいだ。
なんとなくだけど、どこか覚悟していた時が来た? そんな風に私には見えたんだ。
「いいよ、分かった」
「ありがとうございます。というわけだから、クリパには遅れて行くから加藤達は先に行っててくれ」
「……で、でも!」
「愛菜。邪魔していい空気じゃないよ。いこ」
結衣も何か察したのか、何事かとキョロキョロと落ち着きがなくなっていた希を連れて駅に向かいながら、私にそう促してきた。
その間、松崎さんは何も言わない。ただ、ニッコリと微笑んで、私に行っておいでと言っているのは分かった。
「わ、分かった。それじゃ先に行ってるね」
「あぁ、わるいな」
私は、2人に割って入るのを諦めて言われた通りに結衣達と駅に向かった。
結衣の家に着いて1時間程した頃だろうか、約束通り遅れて佐竹が結衣の家に来た。
折角のクリパだから雰囲気を重くしたくなくて、表面上は楽しい空気を作る事に意識を向けて、佐竹と松崎さんがあの後どんな話をしたのか考えないようにした。佐竹も聞いて欲しくない感じだったし。
それでも、微妙な空気を消し切る事が出来なくて、咄嗟に私はライブのMCで神楽優希の言っていた画像の事を思いだして、スマホで検索をかけた時は驚いた。
誰にでも分かる画像ではなかったけど、知り合いなら私達じゃなくても気付く人もいたんじゃないだろうか。
「これって間宮さん……だよね」
そうなのだ。神楽優希に引っ張たたかれている相手は、私達の友人である間宮さんだったのだ。
この事だけでも驚きなのに、あのMCでの内容を正確に思いだした時、神楽優希のお姉ちゃんが間宮さんの元婚約者だった事に気が付いて、私達は二重に驚いた。
空気を逸らす為にやった事で、とんでもない事実に辿り着いてしまった私達は、何とも言えない感じになってしまった。
何故か、希だけはケロッとしてたけど……。
でも、志乃には罪悪感があったけど、おかげでその後は間宮さんと神楽優希の事が話題の中心になって、松崎さんと佐竹の事が話題にあがる事もなくホッと安堵した中、遅くまで騒いだ私達は各々帰宅したのだ。
◆
――結局、未だに佐竹にも松崎さんにも、あの時何を話してどんな結論に至ったのか知らされていない。
絶対に私達の事のはずなのに、私だけ蚊帳の外みたいで面白くないと思う反面、どこか安心してる自分がいる。
自分の気持ちの問題なのに、肝心の私だけが置いていかれてる気がしないでもないけど、今は受験勉強に集中しないといけない時期なんだからと言い聞かせてたけど……結局全然捗っていない事に溜息が漏れる。
実はさっきママに偉そうな事を言ったけど、松崎さんから電話があって明日2人で初詣に行く事になっている。
あんな事があったから、会ってくれないと思っていた。会えたとしても私の方から強引に会いに行くしかないと思ってたから、松崎さんの方から誘われるなんて思ってもみなかった。
きっとあの時の事で話があるからだろうけど、理由はどうであれ誘われた事を喜んでいる自分がいるのだ。
あの時、どんな話をしたのか知らされていない私にしても望む所だったけど、それ以上に単純に松崎さんと会える事に心が躍っていて、実は勉強が捗らないのはこっちが原因なのかもと、私は苦笑いを浮かべてテキストを閉じた。
「やっぱり受験生にもお正月は必要だよね……うん」
ホント単純だと思う。志乃の事を揶揄う立場じゃなくなったなと、1人クスクスと笑ってしまった。
その時、机に置いてあったスマホからセットしていた0時を知らせるアラームが鳴るのとほぼ同時に、志乃達ゼミ仲間や学校の友達からあけおめメッセージが次々と届く。
皆受験生のはずなのにと苦笑いを浮かべながら、私も沢山の友達におめでとうとメッセージを送るのであった。
年が明けた2019年。
受験という最大の壁はあるけれど、それ以上に色んな事が変わる激動の年になる――そんな気がする新年の幕開けだった。
うん。頑張ろう!
私も志乃みたいに自分はこうだからって決めつけないで、新しい自分を見付ける年にしようと思った。
その行動が望まぬ結果になったとしても、行動を起こした事がいつかきっと経験として役に立つ時が来ると思うから。
兎に角、もう今日は勉強おしまい!
朝一で美容院の予約もしたし、早く寝て寝坊しないようにしないとね。
私も志乃に負けないくらいの青春ってやつを送ってやるんだから!
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