第4話 3-3クラス会 後編

「こちらになります。ごゆっくりお楽しみ下さい」

「あ、ありがとうございます」


 スタッフに皆がいる部屋の前に案内された。

 スタッフがフロントに戻っていくのを確認してから、気持ちを落ち着けようと深呼吸を繰り返す。部屋の中から賑やかな声が漏れていて、どうやらもう始まっているみたいだった。

 確かに今回の幹事をやる事になっている真鍋を含めた3人は10分前から来ているとは聞いていた。だが、この漏れ聞こえる声はかなり大勢の人数からのものだと分かる。

 瑞樹はドアの前で少し首を傾げて、ゆっくりドアを開けた。


「こ、こんにちは……お邪魔します」


 パーティースペースの部屋の中へ恐る恐る入ると、それまで賑やかだった声が一斉に止み、部屋にいる全員の視線が瑞樹に集まる。

 やはり部屋には幹事の3人だけではなく、恐らく参加者全員がいるようだった。

 僅かな時間、パーティースペースに相応しくない静寂が訪れる。

 そんな静寂が怖くなった瑞樹は、思わず部屋に入った体を半歩後退させた。


「あ、あの……えっと」


 狼狽える瑞樹に静まり返った静寂を切り裂くように、バタバタと軽快な足音が響く。


「志乃ーー!!!!」


 瑞樹は足音の主に視線を向けようとした時、視界が急激に狭くなる感覚と、人の温もりと重みが伝わってくる。


「さ、沙織!?」


 いきなりの事で驚いた瑞樹は、おもわず真鍋の重さを支えきれずに倒れ込みそうになった。


「来てくれた! 志乃が来てくれた! ホントに来てくれたよ!!」


 本当に嬉しそうに抱き着いて満面の笑みを見せる真鍋。他の参加者達からも「瑞樹だ!」「ホントだ! 瑞樹だ!」「懐かしいってか、滅茶苦茶可愛くなってるじゃん!」「志乃が来てくれた!」「瑞樹!!」「志乃!!」

 真鍋に抱き着かれている瑞樹の周りに、一斉に3-3の元クラスメイト達が集まり歓声を上げた。

 女子達は真鍋の上から被せるように抱き着き始めて、瑞樹は完全に身動きが取れない状態になってしまった。


「うぅ……えっと、ちょ……皆……苦しいよ」


 想像もしていなかった歓迎ぶりに困惑した瑞樹は、抱き着かれる圧迫感に悲鳴に似た声を漏らすのだが、そんな事はお構いなしと過激は抱擁が続いた。

 その抱擁の輪を周りの男子達が囲み、一気にパーティールームのボルテージが上がる。

 過激な歓迎に思考が追い付かない瑞樹は、もうされるがまま流されるしかなかった。


 3分、いや5分はあっただろう。過激な出迎えがようやく解かれ始めて、最後に一番乗りで抱き着いていた真鍋が離れると、瑞樹は胸に手を当て目を閉じて大きく深呼吸をした。


 すると、ついさっきまであった騒ぎは影を潜めて嘘のように静かになった事に気付いた瑞樹が閉じていた目を開けると、元クラスメイト全員が神妙な顔つきでこちらを見ていた。


「え? えっと……今度はなに? どうした……の?」


 入った直後と今の現状のギャップに不安気な様子を見せた瑞樹に、メンバーの中心に立っていた眞鍋が一歩、瑞樹に近付き口を開く。


「……志乃。改めてになるけど、中3の時、志乃は何も悪くないのを知っていたくせに、平田が怖くてあいつの言いなりになって私達は志乃を裏切った」


 真鍋がそう言うと、嗚咽が聞こえてくる。それは真鍋からではなく、他のクラスメイト達の中から聞こえてくるのだ。


「志乃……本当に……本当にごめんなさい!!」


 大きな声で謝罪した真鍋は深く、深く頭を下げるのと同時に、元クラスメイト達も「本当にすみませんでした!!」と声を揃えて一斉に頭を下げる。

 事前に皆が謝りたいとは聞いていた瑞樹だったが、予測していなかった光景を目の当たりにして動く事が出来ない。

 一向に深く下げられた頭を上げようとしない元クラスメイト達に、瑞樹は大きく目を見開く。

 

「……あ、あの」


 頭を上げるように促そうとした瑞樹だったが、頭を下げ続ける元クラスメイト達の肩や手が震えている事に気付き言葉を詰まらせる。

 そんな彼らを見て瑞樹は思うのだ。皆も辛かったんだと……。

 勿論、裏切られた事は本当に辛かったし、情けなくもあった。それになにより寂しかったのだ。

 だが、彼らだって何も考え無しに起こした行動ではなかったのだと、目の前の光景を見て痛感させられた。

 まだ綺麗さっぱりと洗い流す事は出来ない。でも、そんな未来を望んでいるからこそ、真鍋の誘いにのってこの場に来たのだ。


 ならば、気を遣う事なく本当に思っている事を皆に話す必要がある。その大切さを間宮に教えて貰ったのだから。


「……うん。本当に辛かったし、人を信じられなくなった。本音を言うとね……今も皆の事を信じてるわけじゃない。それだけあの時の皆の目が……私を存在していないようにする目が怖かった……」


 瑞樹が震える声で言葉を選ばずに本音を話すと、頭を下げ続けている元クラスメイト達の嗚咽が大きくなっていく。


「……でもね。今日ここに来てみて、皆が嫌々そうしていた事も知れたし、仕方がない事だとも思った。だから――」

「仕方ないで済む事じゃない! 俺達は本当に最低な事をしたんだ!」


 瑞樹の諦めに似た言葉を途中で遮って、1人の男子がそれを否定する。


「うん、そうだね。本当に……最低だよ……皆」


 声を震わせて歯を食いしばるように瑞樹は皆に抱いている気持ちを吐くと、嗚咽は声を殺した泣き声に変わり、やがて膝をつき始める。中には泣き崩れる者もいた。

 なるべく気丈に振舞おうと努めていた頬に雫が零れ落ちて、言葉が詰まった瑞樹はそのまま俯いて大粒の涙を流した。

 流れる涙が床に落ちるのを歪んだ視界で見つめていた瑞樹は、やがて静かに膝を落としている真鍋達に近付いて、同じように膝をついて同じ目線の高さになった皆を見渡して口を開く。


「でもね……私達はこれからなのかなって思ってるよ。これからの時間が皆との溝を埋めてくれる気がしてる」

「――志乃」


 瑞樹の言葉に真鍋達はゆっくりと顔を上げると、少しでも気持ちを落ち着けようと息をつく瑞樹が目に入った。


「だから――私達はこれからだよね」


 言って、泣きながら顔を上げる皆に優しい笑顔を見せた。

 その笑顔が今の瑞樹の精一杯だった。これ以上はまだ辛い気持ちが表にでてしまうから。

 これ以上、辛くあたる必要は無い。そんな事をすれば、今日ここへ来る意味がなくなると瑞樹は感じたのだ。だから必死に笑顔を崩さないように努めていると、眞鍋が瑞樹の手を両手で握る。


「志乃……ありがとう。今は、今はその気持ちだけで十分だよ。これからの私達を見て欲しい」


 真鍋は、いや真鍋以外の者も分かっているだろう。

 この笑顔が心から現れているものではないと。

 正直いうと、嘘でも笑顔を見せてくれるなんて、ここにいる全員が思っていなかった事だった。

 だから、本心で十分だと思えて、瑞樹の気持ちに頭が下がる想いだった。

 誰も口には出さなかったが、これからが大事だと。絶対に2度と裏切ったりしないと。そしてもう2度と瑞樹の笑顔を壊したりしないと、3-3の元クラスメイト達は心に強く誓ったのだ。


「さぁ! それじゃ、クラス会始めるよ!」


 まだ目に一杯の涙を溜めた眞鍋が、まるで新しいスタートを切るように声を張って、クラス会の開催を宣言する。

 室内には軽快な音楽が流れだし、幹事が事前に頼んでおいた食事や飲み物が次々と運び込まれてくる。


 全員がグラスを手に持ったのを確認した真鍋は、皆の中心に瑞樹の手を引き、グラスを天井に突き上げて、こう言うのだ。


「志乃との再会に乾杯!!」

「「「「「「かんぱーい!!!!」」」」」


 全員一斉に中心にいる瑞樹にグラスを向けて叫ぶ。

 その大きな声に驚いた瑞樹もグラスを構えて「乾杯」と微笑んだのだった。


 パーティーが始まって、真鍋は瑞樹を中央の主役席に割り振られているソファーに誘導して、瑞樹の周りに集まった幹事達や当時近しい仲だったメンバー達と談笑を始めた。

 そんな談笑の中、時折時間を気にしていた眞鍋が気になった瑞樹が問うと、少し慌てる素振りを見せた真鍋は「なんでもないよ」とだけ答えた。


「あ、そういえば遅刻しちゃってごめんね。時間通り着いたつもりだったんだけど、時間を勘違いしちゃってたみたいで」


 瑞樹の言う通り、集合時間に遅れる事なく到着したはずなのに、もう瑞樹以外のメンバーは集まっていたのだから、そう考えてしまうのは仕方がない事だった。だがそれを真鍋が首を左右に振って否定する。


「ううん。志乃は遅刻なんてしてないよ」

「え? だって」

「志乃以外のメンバーは志乃に伝えた集合時間の、30分前に集まる事になってたんだよ」

「どうして?」

「今日のクラス会は平田を除いた元3-3全員で、志乃に謝る為の会だったからね。だから絶対に遅刻者なんて出す訳にはいかなかったから、皆には30分前に集合かけておいたんだ」


 真鍋によると、その30分の時間に各自で当時の瑞樹に対して、どんな気持ちだったのかを確認し合っていたと言う。

 その話声が瑞樹には賑やかに感じて、もうクラス会が始まっていたのだと勘違いしたのだと聞かされた。


「そうだったんだ。私はてっきり除け者にされたんだと思ったよ」

「そんな事あるわけないじゃん! 皆、志乃が来てくれるって喜んでたんだから」


 クラス会が始まって1時間程経過する頃には、遠慮がちだった他のメンバー達も瑞樹に積極的に話しかけ始めていた。


「それにしても、クラス会に私が参加して良かったの? 私がいるから平田が参加出来なくなったんでしょ?」

「何言ってんだよ! いつも呼んでないのにどこからか聞きつけて居座ってるだけだったしな!」


 そう言って笑う男子に、周りにいたメンバー達も同調する。


「そうそう! やっと志乃とこうして騒げるのが本当に嬉しいんだからね!」

「そう? それならいいだけど……ってさっきからスマホ眺めてニヤニヤしてるけど、どうしたの?」


 真鍋が瑞樹と話しながらスマホから目を離さない事が気になり瑞樹が首を傾げると、真鍋のニヤニヤ顔がより一層深くなった。


「それに、今回限りのスペシャルゲストが来るしね! まぁ志乃もある意味スペシャルではあるんだけど」

「……え?」


 瑞樹は真鍋が得意気に話す内容が理解出来ない。

 当時の3-3のメンバーは平田を除けば全員参加している。これはクラス会なのだから、これ以上増えようがないはずだからだ。

 もしかして、当時の担任を呼んでいるのかと予想したのだが、どうやらそうではないらしい。となれば、益々分からなくなった瑞樹であった。


 他のメンバーを見渡してみても、皆も誰だ?と首を傾げている所を見ると、瑞樹だけが知らないわけではないようだが。

 真鍋達幹事の3人以外が首を傾げている時、部屋のドアをノックする音が聞こえると、眞鍋が「きた!」と瑞樹の方をチラっと見てドアの方に駆けていく。


「――悪い。遅くなった」

「ううん、大丈夫! こっちこそ遠いのに無理言ってごめんね」

「いや、誘ってくれて嬉しかったよ」


 ドアの向こうに誰かいる。その誰かと真鍋が親しそうに話す声だけが聞こえるが、ここにいる誰もがその正体に心当たりがないようだ。いや、真鍋以外の幹事2人は知っているみたいだった。なにせ真鍋同様にニヤニヤと笑みを浮かべているからだ。


「さ! 入って入って!」

「あ、うん。それじゃお邪魔します」


 招き入れた真鍋の後ろからついて来るように部屋に入ってきたのは、背丈が高く恐らく180㎝近い高さで、少し細身に見えるがガッシリとした筋肉質な体型だと服の上からでも分かるスタイル。肌は健康的に焼けていて、いかにも爽やかな笑顔がよく似合う、所謂スポーツイケメン属性に十二分該当する美形な顔立ちをした男だった。


 そんな男が入ってきたというのに、誰も声を発さない所を見ると、本当に誰もこの男の事を知らないようで、やがて誰だという話声が聞こえてくる。


 だが、瑞樹だけは違った。少し目を見開いて最大限に思考をフル回転させている。

 何となく見覚えがあったのだ。イメージとはかなりかけ離れているのだが、何となくその男の面影が瑞樹の記憶を刺激した。


(……うそ。どうして!?)


 目の前にいる男と記憶にある面影がダブる事に、困惑した様子で座っていた瑞樹はソファーから立ち上がる。

 40人近くの人間がいる空間ではあったが、その中で飛びぬけた美貌の瑞樹が動きを見せた事によって、男も当たり前のように近づいていく。


「久しぶり。瑞樹さん」


 言って見せた笑顔で、頭の中にあるパズルが完全に一致した瑞樹は、口を開いてこう言うのだ。


「――――岸田……君?」

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