第3話 3-3クラス会 前編
「……ここでいいんだよね」
クリスマスが過ぎた年末、お正月ムード一色で年越しの買い物で賑わっている都心部の某所。
瑞樹は大通りを少し外れた雑居ビルの前にいる。
不安気に目の前のビルに設置している看板と、手に持っていたスマホに表示されている画面を交互に見て、そう呟く。
何度も見直してみて間違いない事を確認した瑞樹は、恐る恐る一階にある自動ドアを開けて店内に入った。
「いらっしゃいませ。幹事様ですか? パーティーの参加者の方ですか?」
「あ、あの、3-3クラス会の参加者です」
「お待ちしておりました。ご案内します」
ロビーの中央にいたスタッフが瑞樹に声をかけて、参加する会場に案内する。
何故、瑞樹がこんな場所にいるのかは、約一か月前までさかのぼる。
◆◇
「え? クラス会?」
「そう! 卒業してから定期的に開いてた集まりなんだけどね。今回は絶対に志乃に参加して欲しいって思ってさ」
文化祭の事件の後、瑞樹の自宅前で中学時代の事を謝罪した1人で、あの事件が起こる前までは中学1年から一番仲が良かった眞鍋沙織と夕食を共にしていた時の事だ。
あの謝罪以降、真鍋とは度々トークアプリで連絡のやり取りをするようになっていた。と言っても真鍋が一方的に連絡を寄越してきて、それを瑞樹が対応するだけだったのだが。
連絡を取り始めた当初はお互いギクシャクしていて、送る言葉を選ぶ事が多かったのだが、真鍋の持ち前の明るさと瑞樹のゼミからの人間関係での経験が生かされて、日を追うごとにこれまでの時間を取り戻す様に色々な話をして、今回の様に2人で会ったりするまで回復してきたのだ。
そんな席で中学のクラス会の話を聞かされた。勿論、これまで瑞樹は参加した事がない。というより、その会の存在すら知らなかった。
真鍋の話によると、中学を卒業して年に4回のペースでクラス会と称して3-3の卒業生が集まっているらしく、毎回、会の内容も様々でカラオケだったり、どこかの店で食事だけしたり、BBQもやった事があるらしい。
そして今回メンバーの1人が良い場所を見つけたと、今回のクラス会はレンタルパーティースペースで行う事になったのだと聞かされた。
その説明を受けた瑞樹の表情から少しの寂しさを苦笑いと共に零す。自分も同じ卒業生なのに、クラス会に参加するどころか存在すら知らされていなかったのだから当然だ。
勿論、この話を持ち掛けたら瑞樹がどんな反応をするのかなんて、容易に想像出来ていた真鍋は説明を終えた後、神妙な面持ちで向かい合って座っている瑞樹に頭を下げた。
「今まで一度も誘わなくてごめん。卒業してからも平田の目があって、嗅ぎ付けられるのが怖くて……本当にごめんなさい」
静かにそう謝罪する真鍋を見て、瑞樹は無意識に謝らせてしまう顔つきになっていた事に気付き、慌てて頭を下げている真鍋の肩に身を乗り出して手を置いた。
「ご、ごめんね。ちゃんと謝ってくれたのに、まだこんな顔してたら気にするよね――ホントごめん。沙織はもう気にする事ないから」
「ううん。志乃は謝らないで……謝るのは私達なんだから」
真鍋はブンブンと大きく首を振って、瑞樹の謝罪を否定する。
瑞樹にそんな顔をさせてしまっているのは、自分達のせいだと痛いほど分かっているからだ。
だが、わざわざ瑞樹の表情を曇らせてまで、今回のクラス会の話をしたのには理由がある。
「……それでね。今回のクラス会に志乃も参加して欲しいんだ」
「……誘ってくれて嬉しいんだけど……やっぱり……私は行かない方がいいと思う」
「ホントはね。今回のクラス会は皆受験生だし、年明けたらすぐセンターじゃん? だから受験が終わってからでって話もあったんだ」
そんなやり取りをしている時に、眞鍋がクラス会と名付けられたトークルームに瑞樹に謝罪した事を書き込んだ時のことを話し出す。元クラスメイト全員が何故声をかけてくれなかったんだと真鍋に抗議の声があがったのだ。
謝罪しようと思えば、各々で出来たはずなのに勝手な事をと呆れる真鍋を他所に、メンバーの1人が『やっぱりクラス会をしようと』と言い出したと話す。
「つまりね。今回のクラス会に志乃が参加するかもしれないって話になって、1度は中止になったクラス会の企画が立ち上がったんだ。皆、志乃に直接会って謝りたいって。勿論、そんな事で許されるなんて皆思ってないけど、それでも何かしたいってね。だからこれはクラス皆の創意なんだよ」
真鍋は全員と言ったが、その中に平田は含まれておらず、当日は平田は来ない事を付け加えた。
瑞樹は少し視線を落として当時の事を思い出そうとすると、あの時の真鍋やクラスメイト達の顔が思い浮かび、僅かに手が震えた。
「……沙織ごめん。嬉しいけど……私やっぱり――」
「私が話した事は本当だよ。虫のいい話だって事も自覚してる。だから今返事をくれなくていい! 何なら当日まで考えてそれでも無理なら断ってくれたっていい! だから、考えてくれない……かな」
真鍋は早々に断ろうとした瑞樹の言葉を遮り、強引なのは重々承知している上で、そう嘆願した。
「沙織……。分かった……それじゃ少し考えてみるよ。沙織達の気持ちは嬉しいんだけど、やっぱりまだ怖くて……」
「うん! それで十分だよ。さっきも言ったけど当日まででも催促とかしないで待つから、それまでに返事だけは欲しい」
「……うん。分かった」
瑞樹はそう返事して、少しぎこちない笑顔を見せた。
◇◆
その後すぐに店を出てお互いの家が逆方向だった為、その場で別れて帰宅した瑞樹は、すぐに風呂に入ってから机に向かい受験勉強を再開する。
(……クラス会か)
誘ってくれた事は素直に嬉しかったのだ。だが、もうそんな事はないと分かっていても、やはり皆の顔を見るのが怖いと思うのが本音で、首を縦に振る事が出来なかった。それに思い切って行動に移せなかった理由が他にも存在する。
それは今まで怖がっている瑞樹の傍に間宮達がいて、いつも道を照らしてくれていたから勇気が出せていたのだが、今回の件は間宮達の知らない所で持ち上がった話だったからだ。
流石にクラス会なんて場に無関係の人間が入っていけるわけはなく、そう考えると瑞樹は不安しかなかった。
そこで初めて思い知らせれたのだ。自分がどれだけ間宮達に頼り切っていたかを。
そんな現実を突きつけられて怯んでしまった自分を、瑞樹は思い知らされたのだ。
いつまでもこれではいけない。
本当に間宮達の仲間でいたいのなら、いや、間宮の隣にいたいのなら、これからは1人で頑張って行かなければ何時まで経っても妹のような存在でしかいられない。
瑞樹はそんな事を望んでいるわけではないのだ。であれば……ここは自分自身で考えて行動に移す必要があると決心して、瑞樹はまたペンを走らせるのだった。
◆◇
「どったの? お姉ちゃん」
翌朝、いつものように瑞樹が朝食を作り希と2人で食べていると、瑞樹の顔を覗き込むように希が怪訝な顔を見せてくる。
1人の時以外は考えないようにしていたつもりの瑞樹だったが、毎日顔を合わせている希には隠しきれていなかったらしい。
「ん? 別になんでもないよ。最近寝不足ってだけ」
「そう? それならいいんだけどさ。ってかあんまり根を詰めるのも良くないと思うよ」
「だねぇ。ありがと」
朝食を済ませた瑞樹が洗い物を始めようとすると、私がやるから休んでてと希が袖を捲り上げて洗い物に取り掛かる。
そんな希を見て普段やらない事を始めたのは、余計な心配をかけてしまったせいだと、瑞樹は申し訳ない気持ちになった。
「いつも、ありがとね」
「えぇ!? 突然なに!? 気持ち悪いからやめてよねぇ」
いつも底抜けに明るい希には助けられてばかりいる。その明るさの傍にいるだけで、何度救われたか分からない。
文化祭の時なんて、危険を顧みずに助けに駆けつけてくれた。
そんな希に感謝の言葉が口をつくのは自然な事だと、瑞樹は思うのだ。
強くなりたい。今の瑞樹の切実な願いだ。
助けてもらってばかりの瑞樹はずっと考えている。どうすれば、過去を完全に乗り越えられるのかを。
「ごめん、希。私ちょっと電話してくるから部屋に戻るね」
「おー了解! 間宮さんによろしくねん」
「ふぇ!? ま、間宮さんに電話するんじゃないってば」
「え~? ホントかなぁ!?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる希を無視して、自室に戻った瑞樹はスマホを手に取って、軽く深呼吸してから番号をタップした。
「もしもし沙織? 朝早くにごめんね。えっと、昨日のクラス会の事なんだけど、お邪魔じゃなかったら参加させて貰おうと思って」
『え? ホント!? 邪魔なわけないじゃん! ありがとう! それじゃ、この電話切ったら開催場所の地図と住所アプリで送るね』
言って電話を切ると、すぐに開催場所の情報が届く。どうやら都心部にあるようで、瑞樹は周辺の地図と照らし合わせて当日迷わないように入念にチェックを始めた。
まずは逃げる事を完全にやめる。そうすればもっと先の事を見る事が出来るはずだからと、そう決意した瑞樹は当日何を着て行こうかと思考を巡らせるのであった。
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