第54話 クリスマス・ライブ

 ライブ当日、12月24日、クリスマスイブ。


 高校生の瑞樹達はクリスマスパーティー会場である神山の家に集まり、各々が持ち寄ったグッズや食材を預けてから間宮と待ち合わせしているライブ会場の最寄り駅に向かった。


 受験勉強漬けの生活だった瑞樹達のテンションは朝から高く、電車の中でもライブの事や、その後のパーティーの事で盛り上がり、合宿メンバーは久しぶりに心の底から笑い合っていた。

 特に神楽優希の大ファンの神山のテンションが凄まじく、ライブが始まる前に電池が切れてしまうんじゃないかと心配になった程だ。


 やがて待ち合わせでもあるライブ会場の最寄り駅に着いて、瑞樹達は真っ直ぐに間宮との合流場所に向かうと、同じ電車から降りた乗客達が、瑞樹達と同じ方面に次々と向かって行く。


「当たり前だけど、この人達も神楽優希のライブに行くんだよね」

「そうだろうね。やっぱり凄い人気だよね」


 大勢の人達がライブ会場に流れていくのを見て、神山は興奮を抑えられないと言った感じだ。佐竹も苦笑いを浮かべながら優希の人気に圧倒されていた。


 だが、ここで異変が起こる。

 駅から降りてくる客達に幾ら目を凝らしても、間宮の姿がなかったからだ。

 瑞樹は間宮に貰った腕時計に視線を落とすと、もう待ち合わせ時間から15分遅れている。

 もしかして、何かあったのではと心配になった時、「遅くなってごめん」と声をかけられた瑞樹はホッと胸を撫で下ろしながら振り向き「遅い! 何でこんな大切な日にちこ――」

 文句の1つでも言ってやろうとした瑞樹だったが、同じ様に振り向いた加藤達と同様に、動きが止まってしまった。


「呼ばれてもないのに……ごめんな」


 そう話すのは、瑞樹達が待っていた間宮ではなく、チケットを持っていないはずの松崎だった。


「松崎さん!? あれ? 間宮さんは!?」

「あぁ、ごめんね。あいつちょっと風邪引いたみたいでさ。大した事ないんだけど、受験生の皆にうつしたら悪いからって来られないって」


 風邪でドタキャンする事になってしまったが、折角のチケットだから代わりに行ってこいと、間宮からチケットを受け取って来たんだと、松崎がここに来た経緯を説明した。


「え!? 間宮さん来ないの!?」

「風邪!? そんなの気にしなくていいのに」

「まぁ、あいつらしいって事で勘弁してやってよ。あいつも今日休みをとるのに、必死に仕事頑張ってたんだしさ」


 松崎はそうフォローして加藤と神山を納得させたのだが、瑞樹にはどうしても腑に落ちない様子だった。

 確かに間宮の性格を考えると有り得ない事ではないと思う。

 だけど、もっと間宮の性格を深くまで考えると、どうしても引っかかる事があるのだ。


「あの、松崎さん」

「ん? なに?」

「本当に間宮さんの風邪は、大した事ないんですか?」

「……え? うん。本人がそう言ってたしね」


 本当にそうだろうか。

 さっきも触れたが、間宮の性格を考えた場合、約束を守れなくなったら当人に連絡すると思うのだ。

 であれば――考えられる事はそう多くない。


「本当はかなり悪いんじゃないですか? 声がまともに出ないとか、メールを送ろうにも意識が朦朧としているとか……」

「……」

「そう考えると、辻褄が合うんですよ。私達に心配かけないようにって、間宮さんに頼まれたんじゃないですか?」


 言うと、加藤達が驚いた様子を見せたが、瑞樹は松崎から目を離さない。


「……はぁ、そうだよ」


 観念したのか、松崎は溜息交じりに瑞樹の言う事を肯定して、話を続ける。


「今朝あいつからメールが届いて、今日のライブ行けそうにないから代わりにって頼まれた。喉が相当やられてるみたいで、喉がやられてるから、電話じゃなかった。熱もかなり高いみたいで体中が痛くて動けないみたいだったしね……だから」


 松崎の話を最後まで聞こうとせずに、踵を返して元来た駅に戻ろうとした瑞樹に、松崎が慌てて手首を掴んた。


「どこに行くの?」

「どこって決まってるじゃないですか。間宮さんは1人暮らしなんですよ!?」


 瑞樹が何を言おうとしているかは分かっている。

 だが、松崎はそんな瑞樹に首を左右に振った。


「君がそう言い出すかもしれないから、あいつは俺に本当の事を黙ってろって言ったんだ」

「でも!」

「あいつなら大丈夫だよ。チケットを受け取りに行った時、体の痛みが酷くて1人じゃ病院に行けないみたいだったから、俺が病院に連れて行って点滴を打たせたから、今頃は大分マシになってるはずだよ」

「……でも」


 松崎が詳細を説明しても、まだ愚図った様子の瑞樹に、加藤が肩に手を置いて話しかける。


「志乃の気持ちは分かるけど、ここは間宮さんの気持ちを酌むのが大事なんじゃない? 間宮さんは志乃に楽しんで欲しいんだと思うな」

「……愛菜」


 分かってる。

 だから嘘をついてまで、隠そうとした事も。


(……ズルいよ。間宮さん)


「そうそう! 美少女3人をガードするのに佐竹君だけじゃ大変だろうから、俺もついてるしさ! 間宮が元気になったら土産話を聞かせてやってよ」

「……松崎さん」


 言われた初めて、周りの空気を悪くしてしまっている事に気付く。

 咄嗟に伏し目がちだった顔を上げて、瑞樹は加藤達を見渡して口を開いた。


「そうだね。今日は残念だったけど、また次があるもんね」


 気丈に振舞っただけだというのは、加藤達も分かっている。

 加藤達がこの話をこれ以上続けるのは、悪手だという事も。


「だね! 間宮さんが元気になったら、どんだけ凄いライブだったのか話してさ! 死ぬほど後悔させてやろうよ!」


 加藤らしい乱暴な言葉使いで、重くなった空気を吹き飛ばす。

 こういう空気を変えるのは、加藤の十八番なのだ。


「うん! 後でトークルームに書き込んでやろうよ!」


 神山がそう言うと、


「その為にも、ライブを堪能し尽くさないとですね!」


 希がこれから始まるクリスマスライブに対しての、意気込みを語る。


「よし! いこう!」


 最後に瑞樹の号令で締めて、6人はライブ会場に向かった。


 会場に着くと、神楽優希の大ファンである神山が先頭に立って物販コーナーに一直線に向かった。

 物販を買い求める沢山の人を日ごろ鍛えている体を生かして、キレの良い動きで小遣いを使い果たすつもりなのかという程、大量にグッズを買い漁る。

 そんな神山に若干引きつつも、折角だからと記念に皆お揃いのライブ中でも使えるスポーツタオルを購入して、指定されている席に向かう。

 席に着くと改めてとんでもないチケットを貰ったのだと、実感させられる光景が目の前に広がっていた。

 本当にステージが目の前で神楽優希が立っている姿が容易に想像できて、極端にいえば彼女の息使いが聞こえるのではないかと言う程の席が、瑞樹達に用意されていたのだ。

 周りにいる客達は今日の為に、あらゆる方法を駆使してこのチケットを手に入れたのだと思うと、嬉しい反面申し訳ない気持ちにもなった。


 暫くして、照明が落ちて大音量で会場を盛り上げる為のBGMが流れ始めて、客達のボルテージが一気に上がる。

 地鳴りの様な音と共に、神楽優希がステージに姿を現したのと同時に、客達の大声援が巻き起こった。

 勿論、この大声援に神山も大声で交じっていたのは言うまでもない事なのだが、普段の彼女を知っている瑞樹達は珍しいものを見たと言わんばかりに、ポカンと口を開けたのだった。


 ライブは圧巻そのものだった。

 有名な曲で全て知ってるものばかりだったが、やはりライブは全くの別物だったとしかいえない。

 ド迫力の音と音響が凄まじく、これだけの客が入ったにも関わらず会場の隅々にまで一体感が生まれた。

 凄まじい競争率でも必死にチケットを手に入れようとする気持ちが、今なら痛いほどに解る。

 特に神楽優希はライブに特化したアーティストで、演出や会場にいる客達を自分の世界に引き込むのがとても上手く、引っ込み思案な瑞樹でさえライブが中盤に差し掛かる頃には、周りと同じように弾け飛んでライブを楽しんでいた。


 能天気な希は別として、加藤と佐竹も普段の受験勉強のストレスを発散させるかのように弾けていて、特に大ファンの神山に至ってはもはや狂喜乱舞という言葉がピタリと当てはまる暴れっぷりだった。

 ライブが終盤に差し掛かり、何度目かのMCが始まる。

 ここまでのMCは優希の熱い思いを会場全体に伝えたり、笑いをとるような内容で楽しめたのだが、今回のMCに入った時の優希の表情には迷いが見て取れたのだ。


 マイクスタンドからマイクを引き離して、ステージ中央に立ちマイクを口元に構える。


「えっと、今から話す事は事務所からNGでてる事なんだけど、やっぱり皆に何も話さないで有耶無耶のするのは違うかなって思うから、少し時間もらうね」


 ステージ裏のモニターが設置されている休憩スペースで、ライブの様子をチェックしていた茜が「あの馬鹿!」と吐き捨てるのと同時に顔色が変わった。

 止めようにもライブ中に、そんな事が出来るはずもない。

 これは優希の確信犯だ。そう気が付いた時は、文字通りすでに遅かった。


「ここにいる皆も見た人がいると思うんだけど、私が男の人を引っ叩いてる画像の事なんだけどさ……」


 瑞樹達の中には誰も出回っていた画像を見た者はいなかった為、お互い顔を見合わせながら首を傾げた。


「一緒に写っている人は、実は6年前に交通事故で亡くなった姉の元婚約者なんだよね」


 優希の独白に会場が騒めく。会場の反応をステージの袖に移動した茜や、関係者達が不安気な顔つきで見つめる中、優希は話を続ける。


「その人とは最近イベントで偶然会う機会があって、それから姉の事で会ったりするようになってね。丁度あの画像の時もその事で少し言い合いになって気が付いたら引っ叩いてたんだよね」


 言って、優希は瑞樹達がいる席の方を見渡して、少し首を傾げてから話を続けた。


「そういうわけなんだけど、まさか撮られてるなんて思ってなくて……こんなに世間を騒がしてしまって、ごめんなさい」


 構えていたマイクを降ろして、優希は頭を下げて謝罪した。


 優希の説明に一定の納得を得る事が出来たが、一部から彼氏じゃないのか?とか、恋愛の縺れじゃないのか?とか、所謂私情の縺れなんじゃないかという疑問が投げ駆られて、優希は「ハァ」と息を吐いて再びマイクを構えた。


「違うよ! 私と彼はそんな関係じゃない。でもね、あの不幸がなければ義理のお兄ちゃんになってるハズだった人だから、気を許してる人ではあるんだよ――でもね」


 そう付け足した瞬間、割れんばかりの音で包まれていた会場に、気味が悪い程の静寂が訪れて、次の優希の言葉を待つ空気が生まれた。


「でもね! もし彼とそういう関係だったとしても、私は隠すつもりなんてなかったよ。だってさ! 私はアイドルをやっているつもりなんて全くなくて、私は私が作った曲を皆と共感して大きな一体感を生み出したくて、プロのアーティストになったんだから! ステージを降りた私は皆と同じ1人の普通の女なんだよ。好きな人ができたら付き合いたいって思うし、付き合えたならその人に触れたいって思う」


 そこまで話しても依然会場は静かなまま。只、話し出す前と違うのは、優希の激白によって驚いて口が動かない客が多数いた事だろう。


「私は特別なんかじゃない! 私だって普通の女なんだよ! 皆とどこも違わない人間なんだよ――そんな普通の私にこれからもついてきてよ!」


 優希の宣言に共感したファン達は一斉に歓声を上げて、さっきまでの静まり返っていた会場とは思えない程に、一気にボルテージが最高潮にまで達した。

 最前列で聞いていた瑞樹達も、大いに共感を受けて再び大歓声の渦に溶けていく。


「ラストいくよ! しっかりついてこい!!」


 合図と共に照明が変わり大音量のサウンドが響き渡り、優希も客達も最後の力を振り絞るように、会場全体に溶け込んでいき最大の一体感が生まれた。


 こうして最後の最後まで萎む事なく、凄まじい盛り上がりの中、一夜限りのクリスマスライブは幕を閉じたのだった。


 ◇◆


 ライブ会場から次々と客達が出てくる。その流れの中に瑞樹達も紛れて出てきたのだが、外に出て少し流れから外れた所に移動して、一旦メンバーが集まった。

 集まったライブ参加メンバーは各々に感想を言いながら、ライブの余韻を楽しんでいる。

 勿論、その輪の中に瑞樹もいるわけだが、会場を出る頃には意識は別の所にあった。

 神楽優希のライブに興奮したし、あのMCには感動さえ覚えた。

 こんな凄いライブに参加出来て、本当に良かったと思ってはいる。


 でも――それ以上に……だ。


「お姉ちゃんは、この後のクリパは不参加でいいよね?」

「……え?」


 皆の輪に入りながら意識は別の所に向けていた瑞樹の背中をポンと叩いて、突然希にそう告げられた。


「……え? なんで?」


 慌てて希に振り向くと、その先にいる加藤がニカっと笑みを浮かべて、希が言い出した事を肯定する発言を始めた。


「だね! 寧ろ、最後までライブに付き合ってくれた事が驚きだったよ」

「ほんとそれ!」

「アンタはそんな事一ミリも気にしてなかったでしょ!」

「してたよ! 会場に入る前までだけど……」


 加藤の言葉を肯定した神山だったが、神楽優希に夢中だったくせにと言われて、よぼよぼと萎れていった。


 気を遣わせないように気を付けていたつもりだった。

 少なくとも、学校で麻美達の前で見せているレベルで出来ていると思っていた。

 だけど、加藤達には見抜かれていた事を思い知らされた。

 間宮が風邪だと知らされてから、絶対にクリスマスパーティーには瑞樹は参加しない事を。

 いや、本当はライブを全部投げ出して、直ぐにでも間宮の元へ駆けつけたかった事をだ。


「ご、ごめん。折角のクリスマスなのに、こんな我儘言っていいわけないのに……ごめんなさい」

「大袈裟だって、お姉ちゃん。私達は楽しくやってるから、早く間宮さんの所に行ってあげて!」


 言って、希は瑞樹の背中をグイグイと押す。

 そんな2人を加藤達は優しい笑顔で見送ってくれている。

 改めて、本当にいい仲間達が自分に周りにいてくれた事を実感した。

 そして、この繋がりを得る為に、自分を変えてくれた間宮の顔が更に見たくなった。


「ホントにごめんね」


 言って、もう1度頭を下げた瑞樹は、もう加藤達に振り返る事なく、真っ直ぐに駅へ走り出したのだった。













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