第53話 スキャンダル!?

「さあ‼ 納得出来る説明してもらおうやないか!」


 優希と深夜ドライブをして夜が明けた早朝。

 間宮の部屋にはピリピリとした空気が充満していた。


 未明から拡散されだした1枚の画像。

 その画像は間宮のマンション前で、神楽優希が男にビンタしている画像だった。

 引っ叩かれている男の顔が良く見えないアングルで撮影されていて、優希と一緒にいた男が誰なのかは非常に分かり辛い画像だった為、優希が正体を明かさない限りここにマスコミが押し寄せる心配がないのは不幸中の幸いだった。

 だが、分かり辛いのであって分からないわけではなく、近しい人間なら気が付く事が可能なアングルだった。

 茜はすぐに優希に問い質したのだが、優希は黙秘して何も話さなかったらしい。

 しかし茜が問い質したのは、相手の男が誰なのかではなく、男とどんな関係なのかという事だった。

 それは、茜がこの画像を見てすぐに、一緒に写っている男が兄である良介だとすぐに気付いていたからだ。

 優希との電話を切った後、すぐに間宮の携帯に電話をかけた後、そのままこのマンションへ殴り込むように訪れて、今に至るというわけだ。


 詳しい説明を求められた間宮は、考えを纏めようと何も答えずにいると、茜の視線が当たり前のようにソファーに座っている康介に移る。


「てか、何でアンタがここにおるねん? 康介」

「いや、俺はやな……」


 康介は契約の事や上京準備の為に、一時的にここで世話になっている事を説明した。

 説明を聞き終えた茜は一応の理解を示した後、芸能関係者を身内にもっている義務として、ここで聞いた事は絶対に他言無用だと康介に釘を刺した。


「それで? 茜は具体的に何が知りたいんや?」


 茜と康介のやり取りが一段落した所を見計らって、考えを纏め終えた間宮が口を挟む。


「そんなん決まってるやん! 良兄と優希の関係が知りたいねん!」


「だよな」と呟いた間宮は、茜と康介の顔を見渡してから、間宮と優希の関係を話す事に決めた。

 間宮の本音を言えば、誰にも話す気はなかった。

 話してしまうと、どこからかその事実が漏れて広まってしまうと、迷惑をかけてしまう人間が存在するからだ。

 だが、こうなってしまった以上、優希のマネージャ―である茜には話さないといけないと観念した。


「……彼女は俺の元婚約者、香坂優香の妹やねん」

「「は!?」」


 間宮が優希との関係を話すと、茜達から間抜けな声が漏れた。

 その後、思考が固まってしまっている2人に、間宮は溜息交じりに話しを続ける。


「と言っても、その事を知ったのは最近の事なんやけどな」


 間宮は何の反応を示さない2人を置き去りにして、瑞樹の文化祭の時に会った後、優香の墓の前でまた会った時に優希からその事を告げられた事を、簡単に話して聞かせた。


「そ、そんな事ってあんの!? 確かに言われてみれば、優希の本名の性は香坂やけど……」


 康介は勿論、茜の頭の片隅にも、この事実の可能性は考えた事もなかったのだろう。その証拠にはっきりと話ても2人は半信半疑の様相を見せる。

 間宮本人にしてみても、優希の姿の優香を感じなければ俄かにも信じがたい事実なのだから、2人のそんなリアクションは当然といえば当然だろう。


「そ、そういえば、しつこく良兄の番号知りたがってたんやけど、優希は文化祭の時から気付いてたって事なん!?」

「あぁ、そう言うてたわ。俺は墓で会った時に言われて初めて知ったんやけどな」


 ようやくまともに話が出来るようになってきた茜とこれまでの経緯の擦り合わせをしていると、まだ夢心地の様子だった康介がぽつぽつと口を開きだした。


「じ、じゃあなに? 優香さんが亡くなってなかったら、神楽優希は俺達の身内になってたって事なん!? そんな漫画みたいな事ってあるんか!?」

「俺も初めて聞かされた時は、同じ事考えたわ」


 こんな嘘臭い嘘をつく理由など、どこにもない。

 兄の言う事は本当なのだろうと思うのと同時に、茜は今気にしないといけない事はそこではないと気持ちを切り替えた。


「そんで? その優希に何で良兄はシバかれてたん?」


 次に茜は画像そのものの説明を求めてきた。


「どうやら彼女は、俺と優香の両親との関係を修復したいみたいでな。で、その事を話の流れで俺がお義父さんを馬鹿にしたって捉えたみたいで……」

「それでシバかれたんかいな」


 康介がそう口を挟むと、茜は少し安心したような表情で間宮に視線を向けると、間宮もまた無言で頷いた。


「そんなら、色恋沙汰で揉めたんとちゃうんやな?」

「あぁ、そんなんちゃう。それは断言できるわ」

「……分かった」


 納得した様子でソファーを立った茜は、簡潔に今の優希の現状を話し出した。

 優希本人は今日のスケジュールが昼過ぎからだった為、現在は自宅待機中で、優希が所属している事務所は例の画像についての問い合わせや抗議の電話が殺到していると話す。茜もこれから対応に当たるらしい。


 茜からの話を聞いた間宮と康介は、神楽優希がどれだけ日本国内に影響力をもっているのか痛感させられた。


 事務所の対応としては、知らぬ存ぜぬを突き通す方針らしく、茜はマンションを出て行く際、今後は直接優希と接触するなと言い渡した。


「そんな警告なんかせんでも、もう会う気なんてないわ。それにあの子も会いたくないやろうしな」

「え!? もう会わへんのか!? 神楽優希なんやで!?」


 茜に元より会うつもりはなかったと話す中、康介が驚いた様子でそう割り込んできた。


「あぁ、正直あいつとおると、優香とダブる事が多くてキツイねん……」


 それが間宮の本音だった。

 優希と一緒にいると、優香といる錯覚に陥る時があり、正直常に一緒にいるのは優香ではなく優希なんだと言い聞かせていないと、無意識に抱きしめてしまいそうになる自分が怖いのだ。


「ま、関わる気がないんならええねん。ほな、そろそろ事務所に顔出さんとやから行くわ」


 茜は間宮の本心に触れて安堵したのか、ここへ駆け込んで来た時と比べて、幾分か表情を柔らかくして間宮の部屋を出て行こうと玄関に向かった。だが、茜の背中はまだ何か言いたげで、パンプスに足を通して玄関のノブに手を添えた時、それは見送ろうとしていた康介に向けられた。


「ええか、康介! 絶対にここでの話は誰にもすんなよ! オトンとオカンにもやで!」

「分かってるって! そんな事して茜がクビにでもなったら責任なんかとれんもん」

「ならええわ! てか、何でアンタは私の事だけ呼び捨てにすんねん!」

「それは別にええやろ! はよ仕事行けや」


 細かい事言ってる暇があったら、さっさと行けと言わんばかりにしっしっと手を払って茜を追い出そうとする康介に「今度覚えとけよ」と言い残して茜は間宮の部屋を出て行った。


 茜が出て行った玄関を眺めながら、間宮は迂闊だったと自分の行動を後悔した。

 優希本人があまりにも無警戒だったというのもあるのだが、間宮も超が付くほどの有名人と一緒にいるんだと強く自覚する必要があったのだ。


 もう会わないと決めていた間宮だったが、こんな騒動を起こしてしまった当事者として、優希は今どうしているのかと思いを巡らせるのだった。


 ◆◇


 翌週から再び激務に奮闘する日々を乗り越えて、何とかライブ当日に休みを確保する事が出来た。

 ライブ前日の23日も夜遅くまで仕事をして、間宮の疲労はピークを達していた。

 帰宅しようとO駅のホームのベンチに腰を下ろして電車を待っている間に、間宮は明日のライブに行けると瑞樹にメッセージを送ると、すぐにレスが返ってきてそのレスポンスの良さに苦笑いを浮かべる。

 電車が到着するまで明日の待ち合わせ時間等の打ち合わせをして、また明日と書き込んでスマホをポケットに仕舞った。

 幸い、例の神楽優希のスキャンダルを知らないのか、それとも一緒にいる相手が間宮だと気付いていないのかは不明だが、その件について何も訊かれなかった事に安堵の息を吐き、到着した電車に乗り込んだ。


「……あ、あれ? ととっ!」


 A駅に到着してシートから立ち上がった時、軽い眩暈を覚えて足元がふらついてしまう。

 思っている以上に疲れが溜まっているのだと苦笑いを浮かべた間宮だったが、その苦労が明日報われるのだと言い聞かせて重い体を引きずり帰宅した。

 帰宅した間宮はそのまま熱いシャワーを浴びて、自分のご褒美にといつもより高級なビールを喉に流し込み、体中に染み渡るアルコールに酔いしれていると、ソファーに投げ捨てていたスマホがチカチカと光った。

 液晶を見ると、また瑞樹からメッセージで電話してもいいかという内容だった。間宮はOKの返事を送らずにそのまま瑞樹の番号をタップしてスマホを耳に当てた。


『も、もしもし?』

「あぁ、俺だけど」

『う、うん。いきなり電話がかかってきてビックリしたよ』

「はは、面倒だったんでな」

『面倒言うなし!』


 明日の約束を破らずに済んだ事と、激務からの解放感と心地よく酔いが回って気分が良かった間宮は、瑞樹を揶揄って軽快に笑った。


「それで? どうした? 明日の待ち合わせとかはもう決めたよな?」

『むー、話し逸らしたなぁ……まあいいけど。えっとね、明日のライブが終わってから何か予定あるのかなって訊きたくさ』

「ライブの後? いや、特にないけど?」

『実はね、ライブの後に結衣の家でクリパしようって事になってるんだけど、間宮さんも良かったらどうかなって』

「へぇ、神山さんチでクリパすんだ。でも遅くにそんな大勢押しかけて大丈夫なのか?」

『結衣の家凄く大きくてさ。しかも離れひお爺ちゃんの家があるらしいんだけど、今旅行中らしくてそこを自由に使っていいんだって』

「そうなのか。あ、でも、急だからプレゼントとか用意してないぞ?」

『そんなのいいよ。私達も勉強ばっかりだったから、準備してないしね』

「そっか。それじゃ俺もお邪魔しようかな」

『うん! それじゃ決定って事で話し進めておくからね。疲れてる時にごめんね。また明日ね、おやすみ』

「いいよ、また明日な。おやすみ」


 通話を切ったスマホをソファに投げ捨てて、テーブルに突っ伏す。

 正直、ライブが終わったら現地解散して欲しいというのが間宮の本音だった。

 やはりこの疲労感は普通ではないと感じていたからだ。

 だが、この前の瑞樹主宰のホームパーティ―を仕事で参加出来なかった罪悪感から、思わず参加すると言ってしまった。


 これは少しでも多く睡眠をとらないとと、飲みかけのビールを飲み干して、夕食を作るのが面倒になった間宮はそのままベッドに潜り込んだのだった。













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