第51話 真夜中のドライブ 前編
瑞樹達、高校生が期末テストに奮闘している時、間宮達社会人は年末進行という名のもとに、営業活動やシステムサポート、そのうえ連日の会議地獄に加えて、更に顧客回りと言う名の強制忘年会参加という過密スケジュールをほぼ毎日深夜遅くまで奮闘していた。
瑞樹に善処すると言った、クリスマスライブの日に何とか時間を作る為に……。
そんな師走のある週末の事。
間宮は今日も終電ギリギリまで仕事をして疲れ切った体に鞭を打ち、A駅に着いた電車から体を引きずるように降りた。
改札を通過しようと、電子マネーを使う為にスマホを取り出した時、瑞樹から数件のメッセージが届いていた事に気付く。
起ち上げて内容を確認すると、期末テストの手応えが良かったという報告と、ここのところの激務による間宮の体調を心配しているというものだった。
駅を出てすぐの所に設置しているベンチに体を投げ出すように座り込んだ間宮は、再びスマホを立ち上げて瑞樹への返信を書きだした。
常識的にいえばこんな時間にというのだろうが、そこは受験生という事でまだ起きている事は分かっていたから、とりあえず心配ないという事だけ書き込んで送った。
送ってすぐに既読の表示が付き、やはり起きていたかと間宮は苦笑いを浮かべる。
『お仕事お疲れ様。またこんな時間まで頑張ってたんだね(-_-;) 体壊したら意味がないんだから、無理しないでね』
『ありがとうな。瑞樹も頑張ってるのは分かるんだけど、あんまり無理しないで偶にはちゃんと寝ろよ。深夜の勉強って効率が良くないっていうしな』
『う~ん、分かってるんだけどね……でも、勉強してないと不安なんだよ(;^_^A』
『気持ちは分かるけど、今の状態なら油断せずに無理のない範囲で十分なんだからな』
『そうだよね! 分かった。今日はもう寝るよ(´Д⊂ヽ 疲れてるのに返信ありがと。おやすみ、間宮さん』
『おやすみ』
瑞樹とのやり取りを終えてスマホをポケットに突っ込む。
重い体に鞭打ちベンチから立ち上がり、隣接する駐輪所に足を向けた。もう終電もなくなっている時間だからだろう。契約スペースがある2階に上がっても停めている自転車は殆どなく、殺伐とした空間から自転車を押し出して自宅に向けてペダルを漕いだ。
自宅のマンションが視界に入った時、マンションの前に見慣れない高級車が横付けされているのに気付く。
停めている車に近付いた間宮に、突然ヘッドライトが数回光った。
所謂、パッシングというやつだ。
その光がまともに目に入り前が一瞬前が見えなくなった間宮は、自転車を停めて目を細めると、車のドアが開いて乗っていた運転手が出てきた。
「お仕事お疲れさま、良ちゃん」
車から降りてきた運転手はそう声をかけて、間宮に向かって大きく手を振っていた。
手を振る運転手は深被りしたキャップに眼鏡をかけていて、カジュアルな服装であったが、間宮には遠目からでも立ち姿が優香とダブって見えた。
「……優希ちゃんか!?」
相手が確認出来た間宮は、驚いた口調で優香の妹である優希の名を呼んだ。
驚くのは当たり前で、全国的に有名なアーティストである神楽優希が自宅にマンションの前で、間宮が帰ってくるのを待っていたのだから。
「どうしてウチの場所を?」
「ん? 茜さんに無理矢理聞き出したんだよ」
「無理矢理て……はは」
乾いた笑い声に優希が苦笑いを浮かべながら、間宮との距離を詰める。
「……良かった」
「え? なにが?」
「この前さ、怒らせちゃったかなって心配だったんだよね」
怒らせたと言うのは、2人で飲んだ時の事だろうと察して、間宮はニッコリと微笑んで見せた。
「わざわざそれの為に?」
「ふふ、まさかね。今日は確認に来たんだよ。電話とかメールでも良かったんだけどね」
「確認って?」
「24日のクリスマスライブに来てくれるかどうかの、確認だよ」
英城学園で行われた神楽優希の文化祭ライブの日。楽屋で優希本人から手渡されたライブチケットの事を後日調べて、間宮は驚いたのだ。
只でさえ入手困難は優希のライブチケットだったが、今回のイベントは24日だけのプレミアムライブらしく、超が付くほど入手困難でオークションで元値の10倍以上で取引されていて問題になっている事を知った。
そんな激レアライブに元婚約者の妹である優希本人から招待されたのだから、行かないという選択肢なんてあろうはずがないのだ。
「勿論行くつもりで、仕事を前倒して調整してるとこだよ。おかげで連日こんな時間になっちゃってるんだけどな」
「そうなんだ……何か余計な事しちゃったかな……ごめんね」
文化祭の凱旋ライブにトラブルに見舞われた間宮達の為に用意されたチケットだったが、それが原因で間宮が無理をしてる事を知った優希は申し訳なさそうに俯いた。
「そんな事あるわけないだろ。天下の神楽優希のプレミアムライブに招待されたんだぞ? 自分が行きたいから頑張ってるだけで、別に優希ちゃんに気を使ってるわけじゃないよ。それに、トラブルは身内事であって、君は無関係なんだからさ」
「……無関係……か」
「ん?」
「ううん。そう言ってくれると気が楽になるよ、ありがとう」
走行中の車に乗っている人達が、道路脇に停めている優希の車を眺めながら走り去って行く。
確かに目立つ車だ。
優希の愛車は真っ赤なボディーのBMW Z4というツーシーターオープンの車で、東京で1人暮らしをしているサラリーマンには中々手が出ない、所謂、趣味車と言われる高級外車だった。
「それにしても、凄い車に乗ってるんだな」
「え? あ、そうなの? 車の事ってよく解らなくて」
「解らなくてBMWとか凄くね?」
「東京では電車の方が便利だって言ったんだけど、茜さんが電車で移動なんてしたらパニックになるって……」
「まぁ、そうだろうね。俺も車は持ってるけど、東京じゃあまり必要性を感じなかったから、実家に預けてて家族に使わせてるからな」
「うん。だから殆ど茜さん任せで、この車にしたのも茜さんが税金対策になるからって……。結局自分で決めたのって色くらいなんだよね」
言うと、2人は優希の車に視線を向けた。
静かな道路に佇む姿は、風格と気品があり優希が選んだ真っ赤なボディーは、行き交う人々の視線を奪う役割を果たしていた。
「税金対策て……まぁ、茜らしいっちゃらしいけどな。はは」
マネージャーとはいえ、そんな事までする必要があったのか疑問に思った間宮だったが、そこは商人気質の大阪人の血によるものかと変に納得させられた。
「こんなの買っても、オフが少なくて殆ど乗ってないんだけどね。あ、そうだ! 少しだけでいいから、これからドライブに付き合ってくれない?」
「え? 今からか?」
「うん! 1人で運転してても話し相手がいなくて楽しくないんだよう。お願い!」
超有名人である神楽優希にドライブに誘われるなんて、なんの冗談だと言いたくなった間宮だったが、パンッと手を合わせて頼まれると茶化す気も失せてしまった。
「まぁ、少しだけなら付き合うよ」
「ホント!? ありがと、良ちゃん!」
嬉しそうにはしゃぐ笑顔が優香にそっくりで、間宮の心臓が激しく跳ねた。
「あれ? 良兄? やっと帰ってきたんかいな」
車に乗り込もうとしていた2人の後ろから、聞き覚えのある声と関西弁で声をかけられる。間宮が振り返ると、そこにはコンビニ袋をぶら下げた間宮の弟である康介が立っていた。
「お疲れさん、良兄! ってあれ? 1人ちゃうんかいな」
弟の康介は仮契約していた部屋の本契約と家具を見て回る為に、大学の冬休みを利用して上京していて、間宮のマンションに転がり込んでいた。
「お、おう! なんだ、コンビニに行ってたんか」
「せや。雑誌と飲み物買いにな」
小走りで駆けよってきた康介はそう説明すると、向かい合って立っている優希に目線を移した。
「あ、こんばんは! 俺、弟の康介っていいます」
「こ、こんばんは。香坂です……よろしく」
優希は咄嗟にあまり顔を見せないように更にキャップを深く被りながら挨拶をしたのだが、康介の視線は優希に向かったままジッと見つめていた。
「おい、康介。初対面の人をジロジロと失礼やろ」
「あ、あぁ、せやな。すんません」
「……い、いえ」
何とか誤魔化せたかと安堵した間宮は、完全に自分に意識を向けさせる為に、続けて康介に話しかけた。
「あぁ、そうだ康介」
「ん?」
「悪いんやけど、俺まだ友達と話があるから少し出掛けて来るから、先に寝とってくれ」
「あ? それは別にええねんけど……な?」
言って、康介は再び俯いている優希に視線を戻して、少し自信無さげに声をかけた。
「あの~失礼ですけど、どっかで会った事ないですか?」
「へ? い、いえ……初対面ですけど」
「そうですかぁ? でもどっかで見た事ある気がするんですけどねぇ」
「あ、はは。どこにでもある様な顔ですからね……」
何とかシラを切り通そうとした優希だったが、遠慮をしない大阪人体質の康介は腑に落ちないと首を傾げた。
「香坂、そろそろ行こうか」
「あ、うん。そうだね」
言って、康介の視線から逃げるように「それじゃ」と軽く会釈して、優希はすぐに運転席に潜り込んだ。
「ほんじゃ行ってくるわ」
「お、おう!」
優希は、まだ疑いの目を向けている康介を振り切るように、アクセルを踏み込んで間宮との深夜のドライブに出かけるのであった。
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