第39話 間宮 良介 act 19 絶望 前編
「それじゃ、グラス持ったか?」
夕食時、間宮は香坂の両親に誘われて夕食を御馳走になる事になった。
婚約の報告に反対する気がなかった為、事前準備は万端だったと言わんばかりの、豪勢な料理が食卓を彩っていた。
その食卓を間宮達4人で囲んだところで、祐作が乾杯するからと席を立つように促すと、各々が飲み物が注がれているグラスを手に持って席を立つ。
「それじゃ、良介君と優香の婚約を祝して――乾杯!」
「「「乾杯!」」」
祐作の音頭で4人は一斉にグラスを突き合わせて、飲み物を喉に流し込む。
特に祐作と間宮の飲みっぷりが凄くて、一瞬でグラスを空にしてしまった。
その飲みっぷりを唖然と眺めていた香坂と瑠衣は、飲み干した後の「プハッ!」と息ついた時の2人の顔を見て吹き出した。
「ふふふ、さっきまでの緊張感は何だったのよ」
「あははは、ほんとそれだよね!」
笑いながらそう苦言を零すと、間宮と祐作は顔を見合わせて負けじと笑い合った。
「あの緊張があったから、この美味さなんじゃないか!」
「そうだぞ! 大仕事をやり切った後の一杯が美味いんじゃないか。優香も働いてるんだから分かるだろう?」
男共はこの一杯の美味さについて語り始める。
楽しそうにビールを酌み交わす間宮達を見ていると、初対面でしかも婚約の挨拶を終えたばかりにはとても見えない。
「お父さんも相当に良介君の事気に入ったみたいね」
「うん!」
瑠衣がそう呟くと、嬉しそうにはにかむ香坂の姿に間宮も笑みが零れた。
それから4人は席について、豪華な料理に舌鼓を打つ。
食卓では、娘の婚約者である間宮の話題が中心になったのだが、祐作達からの質問を1つ1つ丁寧に答えて、話込めば話し込む程、祐作は間宮の事が気に入ったのだろう。食事を終えて珈琲の香りを楽しんでいる頃には、今夜は泊まっていけと誘っていた。
間宮は明日も仕事だし何の準備もしていないからと、丁重に祐作の誘いを断って珈琲を飲み干した後、もういい時間だからと席を立ち、改めて祐作達に挨拶して玄関に向かった。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそだ。今日は美味い酒が飲めたよ。これからは家族として宜しく頼むよ」
「はい! こちらこそ宜しくお願いします! それと来週末の土日に優香さんをお借りします」
玄関先で祐作達と挨拶を交わして、来週末は大阪にある間宮の実家に挨拶に行く事になっている事を改めて話した。
「うん。優香、良介君の御両親に失礼のないようにな」
「うぅ……分かってるからいちいち言わないで! 只でさえ緊張してるのに……」
当人以外の3人は香坂の反応を楽しむように笑うと、プクッと膨れた顔になった香坂は間宮の傘と自分の傘を取り出した。
「ん? 送らなくても大丈夫だよ」
「え? でも……」
駅まで送るつもりだった香坂は、間宮にそう言われて戸惑った。
「気持ちは嬉しいんだけど、時間も遅いしこの雨だしさ。駅までの道も覚えてるから心配ないよ」
「そ、そう? うん……分かった」
寂しそうにしゅんと肩を落とす香坂だったが、無理をさせたくない間宮は取り出した香坂の傘を仕舞って玄関を開けた。
「それじゃ、おやすみなさい」
祐作達にもう一度そう会釈して香坂の家を出て、全然雨脚が衰えず、激しく打ち付ける雨音が響く夜道を真っ直ぐにV駅を目指して歩き出した。
香坂の両親が凄く理解力があり、娘の意志を尊重してくれる人達で本当に良かったと安堵の息をつく。
だが、それは同時に間宮の事を信じるという圧を感じたのだが、それは間宮にしてみれば望むところだった。
少し雨脚が弱くなった頃にV駅に着いた頃、帰宅してからではかなり遅くなってしまうからと、駅の改札前で大阪の実家に連絡をいれようと取り出したスマホで、雅紀の番号をタップして耳に当てた。
『もしもしぃ?』
「あぁ俺や。ってオレオレ詐欺ちゃうからな」
『ボケ潰しなんぞ大阪人がやる事ちゃうぞ! で? なんや?』
「うん。今な優香の両親に挨拶行ってきた帰りなんやけど、無事に結婚を許して貰えたわ」
『ほんまかいな! そら、めでたいやんけ! おめっとさんやなぁ』
「ありがとうな!」
『しっかし、未だに信じられへんわ。あんなベッピンさんがお前なんかと結婚なんてなぁ!』
「ほっとけや! それでな、来週末の土日に泊りがけで優香連れてそっちに帰るから、宜しく頼むで」
『おぅ! まかせとけ! オカンがめっちゃ張り切ってたわ。新大阪の到着時間分かったら車で迎えに行ったるから、連絡せえや』
「それは助かるわ。分かったらすぐ連絡入れるから頼むわ。じゃ土曜日にな」
『おう!』
雅紀の相変わらずの賑やかさに苦笑いを浮かべてスマホをポケットに仕舞い、違うポケットから財布を取り出そうとすると、あるはずの物がない事に気付く。
(あれ?財布がないぞ? もしかして落としたか!?)
他のポケットや鞄を漁ったが、やはり財布は出てこなかった。
間宮は冷静に落としたかもしれない場所を検証すると、思い当たる場所は一か所しか思い浮かばない。
恐らく香坂の家でソファーの上に落としてしまったとしか思えなかった間宮は、香坂に確認しようとスマホを取り出そうとしたのと同時にスマホが電話の着信を知らせる為に震えた。
液晶を確認すると、そこには優香と表示されてあった為、どうやら予想は当たっていたのだと安堵しながらスマホを耳に当てた。
「もしもし」
『あ、良ちゃん? お財布忘れていったでしょ?』
「そうなんだよ。今それに気付いたところでさ、優香に電話しようとしてたんだ」
『もう、しょうがないなぁ。今そっちに届けに向かってるから、そこで待っててね』
「いや! まだ雨も降ってるし、取りに戻るから家で待ってろ」
『もう半分くらいまで来てるから、心配しないで』
これまで香坂がこんな口調で話す時は、大概何を言っても聞く耳持たない事を知っている間宮は、少しでも早く合流しようと自然と歩幅が大きくなる。
「分かったよ。それじゃ、このまま電話を切らないで合流しようか」
『あ、うん! 了解!』
耳に当てているお互いのスマホから聴こえてくる傘に雨粒が当たる音をBGMに、今日の出来事を話し合いながら2人の距離が詰まっていく。
色々と話したかったのだが、香坂の両親がいるから話せない事が沢山あったのだ。
それから来週末の大阪へ行く話題で盛り上がったのだが、間宮は歩くスピードを落とす事はない。
やはりこんな時に出歩かせるのは、間宮にとって心配でしかなかったからだ。
やがて香坂のスマホから周囲が騒がしくなってきた事に気付く。
聞こえる音などから、どうやら交通量の多い道路まで来たのが分かった。
香坂に確認するとやはり予想は当たっていたようで、今は交通量の多いあの道路にいるようで、横断歩道の信号が変わるのを待っているようだった。
香坂が信号に引っかかっている間に、間宮の方からも香坂がいる道路が遠目に見え始めた。
――その時だった。スマホから不可解な音や声が響いてきたのだ。
『ガシャンッ! あっ! ズシャッ!! カシャン! ガラカラカラ……えっ!? キュイイイィィィ!! ドンッ!!!!ズシャッッ!!……ザワザワザワザワ……』
電話の先から聞こえてくる不可解な音に、間宮は思わず足を止める。
嫌な予感がするなんてものではなかった。
間宮は何故かこの時、遠目に見える道路の先で何が起こったのかすぐに理解出来てしまったのだ。
呼吸が浅く極端に回数が増える。
一度止まった足は、中々アスファルトから離れてくれない。
一刻も早くあの場所へ行かないといけないのに、まるで本能がそれを拒絶するかのように足だけでなく、体全体が動かなくなってしまった。
「お、おい……どうした? 何かあったのか!?」
『…………』
固まって耳に当てたままのスマホに、動揺しまくった声で話しかけるが、香坂のスマホから何も返ってこない。
その代わり、恐らく周囲にいる人間だろう声と、地面に落ちる雨粒の音が不自然に近くから聞こえてきた。
『――おい! 誰か車に跳ねられたぞ! 救急車を呼べ! 早く!』
(跳ねられた? 救急車? 何でそんな話声が優香のスマホから聞こえてくんだよ)
間宮の体から一気に生気が失せていくのと同時に、さっきまで動かなかった足がアスファルトから離れた。
体が動く事を確認した間宮は、傘を投げ捨てて全速力で何かが起こった道路を目指して走り出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます