第38話 間宮 良介 act 18 ご挨拶 後編
「……そうか。優香はどうだ? 良介君の事をどう思ってる?」
お父さんの質問は耳に入っている……んだけど、私はさっき良ちゃんが言ってくれた愛してるって言葉に思考が乱されっぱなしだった。
『好きだ』って言ってくれた事は沢山あったんだけど、実は『愛してる』って言ってくれた事はなかったのだ。
それに愛してるって意味がよく分からなかったから、今まで良ちゃんにその言葉を求めた事がないし、伝えた事もない。
だけど、今日ここでお父さん達に私を愛してるって言ってくれた時、初めてその言葉の意味を理解出来た。
「私が初めて良ちゃ……良介さんと出会ったのは通勤ラッシュの満員電車の中だったの。勿論、初対面で名前も知らない人だったんだけど、壁際で潰されないように頑張っていた彼の腕の中に潜り込んだんだよね」
「見知らぬ男性の胸元に、優香が潜り込んだの!?」
お父さんに話していたつもりだったんだけど、隣に座っていたお母さんが目を丸くして、話に割り込んできた。
お母さんが驚くのも無理もないかな。
だって今までの私はどちらかと言うと慎重派で、気軽に男の人と仲良くなるのに抵抗があって、恋愛に後ろ向きのタイプだったのを良く知ってるんだもんね。
「変な奴って感じだよね。でも、あの時にね……あの良ちゃんが作っていた空間が何故か私の居場所だって思えたんだよ。だから恥ずかしさはあったんだけど、迷いはなかったんだ。変な子だとは思うんだけどね」
「ふふ、確かに変な女よね。良介さんも困ったでしょ」
「え、あ、いや……驚きましたけど、困りはしなかったですよ」
良ちゃんと初めて出会った時の話をしたら、やっぱりお母さんにはこの子はって困った顔されたけど……そっか、あの時迷惑に思われてなかったんだ……良かった。
「――って事があってそれから、電車で会ったりしてるウチに付き合う事になったんだけど、それから毎日が信じられないくらい楽しくて幸せだった」
分かってる。良ちゃんの事をどう思ってるかって訊かれただけなんだから、今の私の気持ちを話せばいいだけって事は分かってる。
だけど、私は何故か良ちゃんとの馴れ初めを話してた。
こうなったらもう私の意志じゃ止められないから、お父さん達に止めて欲しかったんだけど、2人共興味深そうに聞き入っちゃてるし……。
(きっと良ちゃんは呆れてるだろうなぁ……)
私は話しながら隣に座ってる良ちゃんを横目で見てみたら、良ちゃんは優しい表情で私の事を見てくれてた。
(――そっか。そうなんだ!これだったんだ!)
結局良ちゃんにプロポーズして貰った所まで話して聞かせてしまっていた。
その間、その時の光景を思い出しながら話したからだろう……。親にも見られたくない程に、顔の筋肉が緩んでいたと思う。
それに気付いた私は、軽く咳払いをしてお父さん達に向き直って話してる最中に気が付いた事を話す。
「今話した通り幸せな日々だったんだけど、どうして初めて見かけた時に何の躊躇もなく良介さんの腕に中に潜り込んだりしたのか、さっき分かった気がする」
「うん。聞かせてれ」
「温かったんだよ。あの空間に包まれたいって思ったの。始めは背中越しだったから良介さんの顔は見えなかったんだけど、私にはあの空間の温もりが欲しくて飛び込んだ。頭で考えた事じゃなくて本能っていえばいいのかな――とにかく私はこの人との未来が欲しかったんじゃないかなって思った」
伝わるわけないよね。
だって、もし周りの親しい人が私と同じ事言ってきたら、理解出来る気がしないもん。
でもいい!理解されなくてもいい!
私が――良ちゃんが解ってくれたらそれでいい。
「私にとって良介さんは体の一部のような存在です。だから絶対に離れたくありません……いえ、離れる事なんて想像も出来ません――良介さんは大切で尊くて、死ぬまで一緒にいたい男性です」
◇◆
驚いた。俺の事をそんな風に想ってくれてたなんて、知らなかった。
優香の最後の言葉がストンと胸に落ちて、心が熱をもったのが分かる。
幸せだ。こんなに幸せでいいのかと、少し怖くなる程に……。
優香の気持ちを聞いた俺は、改めて背筋を伸ばして優香の両親の顔を真っ直ぐに見た。
お義父さん達も、優香の言葉に少し驚いた様子だった。
その驚きはどっちの意味での驚きなのか気になったけど、今はどうでもいいだろうと思考を真っ直ぐ前に向けた。
「お義父さん、お義母さん。娘さんを……優香さんを僕に下さい! お願いします!」
言って、俺は立ち上がって向かい側に座っている両親に深く頭を下げた。
すると優香も席を立って同じように頭を下げる。
「――良介君」
「はい!」
呼ばれて下げていた頭を上げて前に向くと、お義父さんが本当に優しい表情で俺を見てくれていた。
「不束な娘ですが、優香を幸せにしてやって下さい――宜しくお願いします」
今度はお義父さんだけでなく、お義母さんまでも俺に頭を下げてくる。
結婚を許してくれたのは勿論嬉しい。
だけど、俺はこうも思うのだ。
もし近い将来娘を授かる事になって俺達の元を巣立つ時、娘をくれと言われたとして……俺はお義父さんみたいに相手の男に出来るだろうかと……。
それだけ今のお義父さんは本当に格好良くて、素直に憧れたんだ。
だから、俺は頭を下げているお二人の姿を焼きつけようと思った。
将来、同じ事が出来る人間になりたいから。
「ありがとうございます! 必ず幸せにすると約束します!」
俺は嬉しさのあまり勢いよく頭を下げたせいか、足がテーブルに当たってしまって珈琲が入ったカップを倒してしまった。
「あぁ! す、すみません!」
テンパってしまったんだろう。俺はすぐにワイシャツの袖で零してしまった珈琲を拭き取ろうとしたら、すぐさま細くて白い手に掴まれて制止された。
「もう! 何で拭こうとしてるの!?」
「え? いや、だって」
「シャツで珈琲なんて拭いたら、簡単に落とせない事知ってるでしょ!」
「は、はい」
あれ? 俺達、お義父さん達の前で何やってんだ?
「わっはっは! 良介君は優香の尻に敷かれそうだな」
「ホントね。ふふふ」
お義父さんに大笑いされて、慌ててキッチンへ布巾を取りに行こうとしていたお義母さんにも、笑われてしまった――恥ずかしい。
そんな小さな騒動が収まると、お義母さんが俺とお義父さんの分の珈琲を淹れ直してくれた。
高級豆を無駄にしてしまった申し訳なさと、自分の格好悪さに俯いていたら、テーブルの向こうから鼻を啜る音が聞こえた。
涙が出る程に大笑いをしたという筋書きだったんだろう。
でも、心の底から湧いてくる感情が抑えきれなかったという所か。
――それはそうだろう……。
やっぱり娘を奪われる気持ちは当然あるだろう。
奪おうとしてる俺が思うんだから、間違ってないと思う。
でも、それなのに……あんなにカッコいい立ち振る舞いをしたお義父さんは、本当にカッコいい人だと思った。
「お父さん!」
鼻を啜る音に気が付いたのか、優香がお父さんの胸元の飛び込んで抱きしめると、お義父さんは少し驚いた顔をしていたけど、直ぐに優香の両肩を優しく包み込む様に抱きしめた。
「あらあら……」
お義母さんはそんな2人に優しく微笑んでいる。
「ありがとう……ぐすっ……私絶対に幸せになる……から」
「あぁ……いってきなさい」
「優香が選んだ人だもの……心配なんてしてないわ」
優香達の姿を見て、この両親にどれだけの愛情を注がれてきたのかがよく分かった。だから、この期待を絶対に裏切らないと改めて強く心に誓いながら、俺はもう一度お義父さん達に頭を下げた。
結婚の許しを得て、望んでいた未来がハッキリと見えた。
これからもっと、もっと、幸せを感じる日々を送る事になる。
そして、そんな幸せな日がいつまでも続くように頑張ろうと気持ちが高ぶり過ぎたんだと思う。気が付くと俺も涙を流していたんだ。
……それなのに……何故……あんな事になってしまったんだ。
――――何故!?
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