第35話 間宮 良介 act 15 プロポーズ 前編
電車での告白から間宮と香坂の交際がスタートした。
小さな喧嘩やすれ違いと色々あったのだが、お互いがお互いを尊重しあう関係は気が付けば2年程続いた。
2人共仕事も順調で付き合い始めた頃と比べると仕事に追われる時間が増えたが、一緒にいる時間を大切にしたいからと、付き合う出して半年が過ぎた頃から香坂が頻繁に間宮の部屋を訪れるようになって、気が付けば半同棲の生活を送っていた。
そんなある日の夜。
夕食を済ませて香坂が台所で洗い物をしている後ろ姿を眺めていた間宮が、わざとらしく目を逸らしながら話しかけた。
「なぁ、優香」
「ん? なぁに?」
「今週末なんだけど、どっか出掛けないか?」
「週末? 特に予定もないからいいけど、どこに行くの?」
洗い物を終えた香坂はエプロンで濡れた手を拭きながら、リビングに戻ると首を傾げてそう問う。
これまで旅行や誰か他の人間を交える事がある場合を除くと、間宮は休みの日は香坂に楽しんでもらう日と位置付けていて、基本的に香坂が行きたい場所に付き合うスタンスだったのだ。
だから、間宮の方から予定を確認する事はかなり珍しいケースだった。
「ん~……ちょっと付き合って欲しい所があるんだよ。場所がまぁ着いてからのお楽しみってやつだな」
「なにそれ? まぁいいけどね」
釘を傾げた香坂だったが、ここの所週末まで仕事に追われる事が多く中々時間が合わずに出掛けるのもせいぜい近所のスーパーくらいだった事もあり、しっかりしたデートの予定が入って嬉しかったのだろう。その後はウキウキとご機嫌な様子だった。
そして週末、間宮と香坂は代官山に来ていた。
香坂はここでショッピングするのが大好きだったのだが、間宮が率先して連れてきてくれたからなのか、何時も以上にはしゃいで各ショップを巡り始めた。
色々なショップに入り度に、まるでファッションショーのように様々は姿を間宮に見せる。
大抵の男はこの女性特有の長いショッピングに付き合うのは億劫な事なのだろう。
だが間宮は自分の大切な彼女が楽しそうにキラキラした姿を見せてくれるのが堪らなく好きで、一日振り回されても苦にしなかった。
(やっぱり優香は何着ても映えるよな)
思わずニヤケる間宮の顔を香坂は不思議そうに覗き込んできた。
「良ちゃんどうしたの? 何かニヤニヤしてるけど」
「ん? 優香は何着ても似合うなって思ってさ」
「そ、そう……えと、ありがと……」
得意気な顔でファッションショーを楽しませくれた同一人物とは思えない程、間宮がそう褒めると香坂はモジモジと恥ずかしそうに俯いた。
その後も全力でショッピングを楽しむ香坂に付き合って、一区切りした所で目に入ったカフェで休憩をとる事にした。
大好きなミルクティーで喉を潤した香坂は通りを歩く人達を眺めながら、間宮に気になっていた事を訊いた。
「あのね、良ちゃん」
「ん?」
「今日って何がしたかったの? 行きたい所があるって言ってたけど、何だかいつもの私の買い物に付き合わせてるだけなんだけど?」
「ん? 俺が行きたい所はここで合ってるよ。付き合って欲しい事はまだなだけだから、優香はその時までショッピングをしてくれていいよ」
「そうなの? でも、買い物に夢中になっちゃうかもだから、良ちゃんの用事を始める時は絶対に遠慮しないで言ってね」
「はは、分かったよ」
そんな事を確認した2人はカフェを出て、再び散策を再開した。
ここの所、仕事が多忙だった為、こうしてゆっくり買い物に来れなかった事を言い訳に、心置きなくショッピングを楽しむ優香。
それにつれて間宮の手にはドンドン荷物が増えていくのだが、全く嫌な顔を見せずに間宮は楽しそうに歩き回る香坂に付き合っていると、いつの間にか日が傾いて各ショップから明かりが漏れ始めていた。
優香は満足したのか、コインロッカーに戦利品を預けて身軽になった間宮の腕をギュッと抱きしめるように腕を組み、上機嫌で綺麗な灯りに満ち溢れた通りを鼻歌を歌いながら歩き出した。
昼間と違う顔を見せた通りに、心地よい風が吹き抜けていく。
「良ちゃん、1日付き合ってくれてありがとう」
「ううん。どういたしまして」
「それで? 結局私が買い物しただけだったけど、ここに何があるの?」
「あぁ、それはな……」
間宮の目的である話題になった時、明かりが漏れる通りの中で一層灯りが目立つ店の前で足を止めた。
そのショップは現在ブライダルフェアが模様されているショップで、ウインドウ越しからでも煌びやかなディスプレイが施されていた。
そのディスプレイの中でも特に目を引くのは、工夫を凝らしたウエディングドレスで、緻密の計算されたライトアップにより幻想的な空間が作り出されている。
「素敵……とっても綺麗ね」
「……やっぱり憧れるものなのか?」
ライトアップされたドレスを目の前に頬を上気させて、ウットリと見入る香坂の隣に並んだ間宮がそう声をかけると、すっと間宮に視線を移して見上げた。
「それはそうだよ。こんな素敵なドレスでヴァージンロード歩けたら幸せ過ぎて……泣いちゃうかもね――えへへ」
照れ臭そうで、それでも幸せそうに話す香坂の前髪を優しい風が揺らした。
恐らく香坂は、このウエディングドレスを着てヴァージンロードを歩いた先に待っている結婚相手を想像したのだろう。
顔を急激に赤くして慌てて俯いてしまい、恐る恐るドレスと間宮の間を視線を行き来させていた。
そんな視線に気付いた間宮はオロオロしている香坂の後ろに回って、僅かに震える口を開いた。
「そっか。な、なぁ――その嬉し涙を俺に見せてくれないか?」
「――え!?」
驚いた香坂が振り返ると、間宮の優しい眼差しに包み込まれる。
「あ、あはは……なにそれ? ま、まるでプロポーズみたいに聞こえるよ?」
優しい、優し過ぎる眼差しに顔を真っ赤に染めた香坂は、人差し指で頬を軽く掻きながら間宮の言葉の真意を確かめる為に、わざとはぐらかす様に話す。
「そうだよ」
「あっ」
間宮はプロポーズの言葉だと認めて、ポケットの中から小さなケースを取り出して香坂に差し出した。
「優香――俺と結婚して欲しい」
微かに震えた声でそう言うと、間宮は差し出したケースを開いて見せる。
ケースの中には石座にキラキラと魅惑的な輝きを放つダイヤモンド存在感を放ち、脇石にはダイヤモンドの輝きを際立たせるエメラルドが上品に散りばめられている指輪があった。
差し出された指輪を見て目を丸くした香坂は、間宮の目と指輪を交互に何度も往復させてから固まってしまった。
毎日がとても充実していた香坂はこれ以上何かを望んだりしたら、これまでの幸せが消えてしまう気がして、敢えて間宮との先を考えないようにしていた。
だが、間宮がこれ以上の幸せを望んできた。
それは香坂にとっても意識しないようにしていた事であっても、本心では心から望んでいた事。
閉じていた感情が溢れ出して、間宮がプロポーズの言葉を言い終える前にどんどん目頭が熱を帯びていく。
「このウエディングドレスを着て結婚式を挙げよう――優香」
間宮がプロポーズを言い終えると、ヴァージンロードで流すと宣言していた涙が、香坂の頬を伝って溺れ落ちていく。
ライトアップされた光で美しく照らし出されている涙を拭う事なく、間宮を見つめていた香坂は少し間をおいて小さく頷いて口を開いた。
「――嬉しい……本当に嬉しい……こんなに幸せでいいのかな」
そう返事する声がどうしても震えてしまう。
考えないようにしていた幸せの先。
自分からは絶対に口にしないと決めていた言葉を、もし間宮から言われた時の事は考えた事がある。
もしプロポーズされる事があったら、しっかりと気持ちが伝わるように笑顔でいようと……泣いたりして声が震えてしまったら伝わらないかもしれないからと。
だが、現実はこの有様だった。
プロポーズされたらどんな気持ちになるのかと想像した事はある。
嬉し過ぎて抱き着いたりするんだろうか、それとも意外と冷静に受け止めてクールに受け入れるのかとか……。
(ふふ、これは無理だね、うん。でも、泣きじゃくってちゃんと気持ちが伝えられないのは嫌だな)
嬉しいとだけ伝える事は出来たが、想像以上に幸せ過ぎて立っている事が困難になった香坂は、一歩また一歩と足の震えを堪えて間宮の胸元まで辿り着くと抑えようとしていた感情が一気に溢れ出す。
「……もう駄目だぁ」
言って香坂は倒れ込むように間宮の胸に顔を沈めて、両手を背中に回してグッと力を込めて抱きしめた。
「必ず幸せにするから」
耳元で間宮がそう呟くと、香坂はモゾモゾと胸元から顔をだして微笑む。
「はい。私を貴方のお嫁さんにして下さい」
間宮にそう答えた香坂は少し踵を上げて目を閉じると、足りない高さを間宮が埋めるように香坂の腰に回した腕に力を込めて、優しい誓いのキスを交わしたのだった。
重ねた唇が離れて見つめ合う2人が自然と笑顔になった時、ウエディングドレスをディスプレイしているショップ側から拍手が聞こえてきた。
2人は驚いて拍手が起こった元を辿っていくと、ショップのスタッフや買い物客達が店の前に出て、2人を祝福する為に拍手を送ってくれていた。
「あ、ありがとうございます」
2人は思いもよらない祝福に戸惑いながらも、丁寧に頭を下げて礼を述べると、ショップの店長と思われる女性が手を腹部辺りで組んで静かにお辞儀をした。
そして改めてディスプレイされているウエディングドレスに手を向けてこう言うのだ。
「ご婚約が纏まりましたら、是非ご相談に乗らせて下さいね」と。中々にやり手だなと苦笑いを浮かべつつも「その時は宜しくお願いします」と会釈すると、香坂も嬉しそうにペコリと頭を下げた。
ウエディングドレスを展示していたショップを離れた間宮達は、夕食を摂ろうと通りにあるイタリアンレストランに入り、コース料理をオーダーして運ばれてきたワイングラスをお互いに構える。
「それじゃ、婚約を祝して乾杯」
「うん! 乾杯」
ワイングラス特有の美しい音色を奏でて、香りのよいワインを口に含み下で転がす様に楽しんだ。
次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、出てくる話題は結婚式に向けた話題で式場はどこにしようかとか、お互いの両親の挨拶はいつにしようかというものが主だった。
これからの2人の未来の話。
恋人というフワフワした関係から、未来を語れる関係になれた事で初めて出来る話題に香坂が特に幸せそうに尽きない会話を楽しんでいる。
コース料理も終わりに近づいて、最後のデザートと共に運ばれてきた珈琲を楽しんでいると、香坂がさっき手渡した指輪が入ったケースを間宮の前に差し出してきた。
「ん? なに?」
「えっとね……その、この指輪――良ちゃんにはめて欲しいなって」
(あ、あぁ、なるほど。まさかのごめんなさいかと思って焦った)
「あぁ、うん。分かった」
言って早速ケースから指輪を取り出した間宮の手には白く細い綺麗な優香の左手が添えられていた。
左手の薬指に指輪を通すと、目を潤ませた香坂は左手を天井に翳してキラキラと光るダイヤモンドの輝きに目を細めた。
「とっても綺麗。それにデザインがとっても可愛いね」
「気に入って貰えて良かったよ」
間宮は愛おしそうに指輪を頬に当てている香坂の姿に、少し照れ臭さを感じた。
「当たり前だけど、一生大事にするね!」
「うん。当たり前だけどな」
――――あはははは。
食事を終えて店を出て荷物を預けているロッカーに立ち寄り、荷物を手に駅へ向かう。
全部持つつもりだった間宮だったが、片腕を空けて欲しいからと半分香坂が持ちお互い空いてる腕を絡ませて駅に向かう。
漏れた灯りが2人の先を優しく照らす。
間宮はその灯りの先に、幸せな未来予想図を描くのだった。
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