第28話 間宮 良介 act 8 初デート 前編
初めて優香ちゃんに電話して遅くまで話し込んだ日から3日経った日曜日。
12時15分頃。俺は待ち合わせしているV駅前の広場で優香ちゃんを待っていた。
深呼吸して少しでも落ち着こうと大きく息を吸い込んだ時、背中をポンと叩かれて驚きとタイミングの悪さで、俺は思いっきり咳き込んでしまった。
「うわっ! ご、ごめん! そんなに驚くと思ってなくて」
両膝に手を置いて体制で見上げると、そこにはオロオロと慌てている優香ちゃんがいた。
「い、いや、俺の方こそごめんね。みっともないとこ見せちゃって」
「ううん。何がみっともないのか分かんないけど、私が驚かせちゃったからなんだから、謝られると困るよ?」
更に焦らせてしまったようで、「もう大丈夫だから」と苦笑いで応えた。
「親戚のお爺ちゃんがそんな感じで器官詰まらせて亡くなった事があったから、ホントに焦ったよ」
「いやいや、そんな爺さんと一緒にしないでくれる!?」
本気なのか冗談なのかは分からなかったが、変な空気を吹っ飛ばそうと俺達は顔を見合って笑った。
「改めてこんにちは、良介君! 早かったねえ、絶対私の方が先に着いてると思ってたのに」
初夏の爽やかな日差しが白を基調としたワンピースと上に羽織っているスカイブルーのカットソーが映える。
腰には淡いピンクの春物セーターを巻いていて、スラっと伸びた白い脚にはストラップを巻いたネイティブ柄のサンダルが目を引いた。
初めて見るそんな私服姿の彼女に、俺は言葉を詰まらせてしまった。
「え? な、なに? 変だった……かな」
何も言えない俺に対して、不安気な顔になる彼女。
凄く勘違いをさせてしまって、俺は慌てて意識を戻した。
「ち、違くてさ! その……滅茶苦茶似合ってて……緊張しちゃって……」
「……そ、そっか。うん……ありがと」
頬を染めて照れ臭そうに俯く彼女に、俺も相当恥ずかしい事を言ってしまった事を自覚して恥ずかしくなってしまった。
「あ、そうそう! こんにちは、優香ちゃん。それじゃあ行こっか」
「うん! あ、その前にちょっといい?」
「うん? なに?」
「折角のデートだから私なりに頑張ってみたんだけど、ホントにこの恰好変じゃない?」
「え? さっきも言ったけど、滅茶苦茶似合ってるし……か、可愛いと思うよ。って、え? デート!? い、いや! 今日は映画を観にいくってだけだから……」
「それは世間一般的にデートって言うんだよ? それとも良介君はデートと認めたくないのかな?」
言うと優香ちゃんは少し頬を膨らませて、ジト目を向けてきた。
「ま、まさか! 嫌なら誘ったりしないって……」
慌てて彼女の問いを否定すると、ニッと口角を上げてしたり顔を見せた……どうやら冗談だったらしい。
「そっか、それならいいんだけどね! それと服褒めてくれてありがとう。良介君も恰好いいよ」
俺も優香ちゃんと出掛けるんだからと、お気に入りのシャツをインナーにして、上からサマージャケットを羽織りパンツは所々ダメージ処理を施しているデニムに、この前大奮発して買ったスニーカーという出で立ちで今日のデートに臨んでいた。
「そ、そうかな……ありがとう」
いつも仕事帰りにしか会った事がなかったから、お互い私服姿を見せるのは初めての事で、それは新鮮であり特別な気がして嬉しかった。
「それじゃ行こっか! 今日一日エスコート宜しくね、良介君!」
言って、俺の隣に立っていた優香ちゃんが駅に向かって歩き始めると、ふわりと彼女の香りが鼻孔をくすぐる。
女の子特有のいい香りと、これは香水の香りかな。
嫌味は匂いじゃなくて、彼女に合ってる自然は香りが混じっていて、何だかドキドキと落ち着く感じが一緒になったような香りがする。
「どうしたの? 行かないの?」
「そんなわけないでしょ! 行こうか」
ふふっと微笑む彼女が眩しく見えた。
ついに、期待と不安が入り交じった俺達の初デートが始まった。
◇◆
早速電車乗り込み都心を目指す。
休日という事もあり車内はそれなりに混んでいた。
間宮は優香と始めて会った時のように、ドア付近の壁に手をついてスペースを作ると、優香は当たり前のようにその空間に潜り込んできた。
「今日もお邪魔します」
「うん、いらっしゃい」
こうして無防備に間宮の腕の中に潜り込んできて、嬉しそうに笑みを向ける香坂を見ていると、以前東が一番気を許しているのは間宮だと言って事は、強ち間違っていないと思えた。
目的の駅に到着すると事前に席を予約していた映画の上映時間までまだ時間があった為、先にランチにしようという事になった。
「こっちだよ」
都心部はやはり人が多く戸惑う香坂の手を優しく握って、向かおうとしている店までエスコートする間宮。
「あっ」
無意識と言うわけではなかった。
人混みの中エスコートする為に香坂の手をとった間宮だったが、内心といえば心臓がバクバク鳴りっぱなしで、香坂の顔がまともに見れなかった。
「そ、そこのクラブサンドと珈琲が凄く美味いんだ」
「そ、そうなんだ」
香坂も香坂で間宮の話が殆ど頭に入ってなく、視線の先はずっと繋がれている手に向いている。
「あ、あぁ! ご、ごめんね!」
チラっと間宮が少し後ろをついて来る香坂の様子を見て、慌てて手を離すと「あっ」と寂しそうな表情になった。
だがそれは自分自身の願望が見せたものだと、自意識過剰になるまいと気にしないようにと視線を逸らして誤魔化した。
店に入って案内された席に着くと、早速間宮のお薦めであるクラブサンドのセットを注文した。
「へぇ、いい雰囲気のカフェだね。何だか凄く落ち着く」
「うん。仕事でこの辺りに来たら絶対に足を運んでるカフェでさ。気に入ってるんだよね」
「うんうん! 分かるよ。私の職場とかにこんなカフェがあったら、通い詰めそうだもん」
カフェの落ち着いた雰囲気を手伝って2人の会話が弾んだところで、注文したクラブサンドが運ばれてきた。
だが、同じ物を注文したはずなのに、香坂の分はクラブサンドが四等分にカットされていて、不思議そうに首を傾げる。
「あぁ、これって結構なボリュームと厚さがあるから食べにくいかと思って、注文する時に頼んでたんだけど……余計だった?」
自分の分と見比べていた香坂を見て察した間宮が、少し申し訳なさそうにそう話すと、香坂はニッコリと微笑んで首を小さく振った。
「ううん、ありがとう。でも、良介君ってデート慣れしてるって感じがして……ちょっと複雑?」
「は? 何言ってんの!? そんなわけないでしょ!」
必死に慣れを否定する間宮に、香坂は悪戯っぽく笑みを零した。
香坂は分かってて言っただけなのだ。
こんな気遣いをポイント稼ぎでやる男は、どこか白々しく空気を作ったり、必要以上にアピールしてくる事を香坂は経験上で知っているからだ。
だが、間宮からはそれを一切感じない。
ポイント稼ぎや機嫌取りなどではなく、本当に相手の事を想いやって行動する人だと香坂は知っているから。
「ふふっ、冗談だよ。さっ食べようよ。いただきます!」
言って優香は早速カットされたクラブサンドを口に運んだ。
「ん~!! 美味しい、凄く美味しいね!」
香坂は左手を自分の頬に当てて、幸せそうな顔でクラブサンドを絶賛する。
「だろ! ここのは本当に美味いんだよ。気に入って貰えて良かった」
口に合ったようでホッと安堵した間宮も続いて、クラブサンドを豪快にかぶりついた。
「ふふっ、豪快だねぇ」
「はは、これはガッツリいった方が美味いんだよ」
大勢の人達が行き交いしている通りを眺めて、気になった服装の人を話題にしたり、これから観る映画の事等で会話を弾ませて楽しい時間が過ぎていく。
その頃には間宮も香坂も緊張している事を忘れて、リラックスした状態で食事と会話を楽しんでいた。
頃合いの時間になったところで、会計を済ませた間宮達がカフェを出た。
「割り勘で良かったのに」
「誘ったのは俺なんだから、御馳走させてよ」
「ん、ありがとう、ご馳走様、良介君。あ、映画は私が払うからね!」
「別にいいって。俺が誘ったんだからって言っただろ?」
「奢られっぱなしなんて、私が気にするんです! OK?」
「へいへい……分かったよ」
そんなやり取りをしながら映画館に入ると、丁度入場可能な時間になっていた為、そのまま予約した席のチケットを端末で受け取った。だが行列が出来ているフロントに向かわずに入場ゲートに向かおうとしている間宮を見て、香坂は首を傾げる。
「え? あれ? お金は?」
「ん? あぁネットで予約した時にクレカで支払いは済んでるよ」
「ん~、もう!」
ぷくっと膨れてそう抗議する香坂を見て、間宮は思わず可愛いと口に出しそうになるのを、グッと堪えた。
「じ、じゃあ飲み物と食べ物買ってくるよ! 映画観てる時いるでしょ?」
「ん~、さっきカフェで食べたから、俺はいらないかなぁ」
「む~~~!」
香坂はどうしても払わせてくれない事に、さっきより膨れっ面で言葉にならない言葉で訴えたが、間宮に至っては狙い通りで悪戯っぽく笑みを浮かべるだけだった。
席について少し経つと、映画が始まる前の予告がスクリーンに流れ始めたところで、間宮は違和感を覚える。
映画を映画館で観る時、照明が落ちてスクリーンだけ光を放ち始めると画面に意識を向けるはずなのだが、今日は何だか落ち着かないのだ。
何故だろうと考えた間宮はすぐに原因が隣にいる香坂だと気付いた。
優香は面白そうな予告が流れると間宮にそっと身を寄せて、口元に手を当てて小声で話しかけてくる。
その度に待ち合わせの時に鼻孔を刺激した香坂の香りが強くなり、心臓が激しく脈打ち落ち着かないのだ。
間宮はそんな状態だというのに、香坂はお構いなしに無邪気にこの時間を楽しんでいるようで、この温度差はズルいよなと間宮は苦笑いを浮かべて思うのだった。
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