第27話 間宮 良介 act 7 自分の気持ち

「お姉ちゃ~ん!」


 そう呼ぶ声と部屋のドアが開くのが同時だった。


「え!? ちょ……!」

「何やってんの?」


 妹の優希が当然部屋に入ってきた時、私はいそいそと部屋中の服を引っ張り出して、1人ファッションショーの真っ最中だった。


「部屋のドアを開ける前に声をかけるなり、ノックしてって何時も言ってるでしょ!」

「声かけたじゃん」

「声かけながらドアを開けるのは、かけてないのと同じじゃん!」


 いつも言ってるのに、優希は同じことを繰り返す困った妹だ。


「ところでさ……」

「な、なによ」

「お姉ちゃんがまるで好きな男とデートする事になって、必要以上にはしゃいでる女に見えるのは私の気のせい?」

「す!? 好きとかまだ分かんないから! そ、それにデートじゃない……ような気もしないでもない……みたいな」

「いや、どっちよ、それ!?」


 自分でも何言ってるのか分かんないよ! 


「マジでデートなんだね。あの奥手のお姉ちゃんがどういう心境の変化?」

「…………」


 とりあえず散らかった服を片付けないと!

 ていうか、待ってるなら手伝ってくれてもいいんじゃないと思うのは、私の我儘なの!?


 結局、優希の監視の中片付けを終えて、私はベッドに腰を落として一息ついた。


「それで? 何か用があったんじゃないの?」

「ん? え~と……何だっけ? あ、そうそう! 私バンドやる事になったんだ!」

「バンド!? バンドって音楽のバンド!?」

「うん! そう!」


 そう話す優希の目がキラキラと輝いてる。

 ここ数年、自分が何をやりたいのか分からないと悩んでいる優希を見てきた。

 そんな優希が全身からワクワクしてるって分かる姿を見るのなんて、何時以来だろうか。


「そっか! ついにやりたい事が見つかったんだね!」

「多分だけどね! 確証はまだないんだけど、何だかやれそうな気がするんだ」

「そう思える事だけでも進歩じゃない。おめでとう! 私の手伝える事があったら言ってね!」

「うん! ありがとう、お姉ちゃん! 頑張ってみるね!」


 言って優希は満面の笑みを見せて部屋から出て行った。

「よかったね」と独り言ちて、コロンとベッドに寝転がった私は、良介君の事を考えた。

 優希の言うように、引っ込み思案の私にしてはよく頑張ったと思う。

 東さんには悪いけど、彼の存在がいいきっかけになった事は間違いない。


 初めて、あの満員電車の中で彼を見付けた時から、自分でも信じられない行動の連続だったと思う。


 乗り込んだ電車の中に彼がいて、先輩といたのに姿を見た途端先輩を放ったらかして駆け寄ってみたり、映画の話題をきっかけに誘ってくれないかと誘導じみた事言ったり、わざわざ私から苗字じゃなくて名前呼びを要求したり……。


 そもそも初めて見かけた時なんて、通勤ラッシュの圧を回避する為だったとはいえ、見ず知らずの男性の腕の中に潜り込むとか……男の人によっては通報される案件だったと思う。


 あの時の事を思い出す度に、今でも顔から火が吹き出しそうになる。


 ていうか確実に顔が真っ赤だ。


 こんな私が奥手とか……ホント笑っちゃうよね。


 彼の独特の雰囲気に引き寄せられた。

 敢えて良介君に近付いた理由を訊かれたら、こう答えるしか思いつかない。

 こんな事言ったら失礼なんだけど、体つきは何かスポーツをやっていたのかスタイルは良かったけど、とりわけ容姿がいいわけじゃない。勿論、あんな状況で内面が良いとか分かるわけないし、お洒落とかもスーツ姿だったんだから分かるわけがない。

 でも、私は引き寄せられたんだ。

 まるで昔読んだ少女漫画のヒロインみたいに……。


 ――良介君……か。


 良介君に対して自分の気持ちを分析していると、枕元に置いてあったスマホが震えた。

 震えている時間でメールじゃなくて電話がかかってきたのだと気付いた私は、手帳型のスマホケースを開いて誰からの電話か確認すると、液晶には『良介君』と表示されていた。


 表示された名前を見て驚いた。

 だって、連絡先を交換してから1度も電話をかけてきた事がなかったからだ。

 私は咄嗟にテーブルに置いてあったペットボトルに手を伸ばす。

 自分の声を聞かれる相手が彼だと知ったから、喉を潤したくなってゴクゴクとペットボトルに入っている水を飲み干した。

 いつまでも待たせてしまうと着信が切れてしまう。

 私は「コホンッ」と咳をして喉を整えてから、通話ボタンをタップした。


「も、もしもし、私です」


 いきなりキョドるは、変な電話の出方をしてしまった……大失敗。


「あ、もしもし。あの間宮ですけど、えっと、今大丈夫ですか?」


 ふふっ、良介君も緊張してるのかな?


「うん。全然大丈夫だよ! それで、どうしたの?」

「あぁ、特に用があるわけじゃないんだけど、その……どうしてるかなって思って」


 ベッドに転がりながら貴方の事を考えてたって言いそうなって、咄嗟にそれを飲み込んだ。

 それよりもだ……用件がないのに電話をくれた事に驚いた。

 嬉しい!凄く嬉しい!


「今? えっと、さっきまで妹が部屋に来てて話してたんだ」

「妹? へぇ、妹さんがいるんだね」

「うん! 凄く可愛いい妹でね!」


 優希の話になると自然と声が弾むのが分かる。

 私はそれから調子にのって、優希の事を滅茶苦茶語ってしまった。

 今までもそんな調子だったから、友達にシスコンだって馬鹿にされてたのに、また同じ事をしてしまったと気付いた時はもう大概一方的に話し終えた時だった。


「そうなんだ。妹想いのいいお姉ちゃんなんだね」

「……え?」


 初めてそんな事言われた。

 小学生の時までは仲のいい姉妹だねって言われてたけど、中学に進学してからはずっとシスコンだって馬鹿にされてきたのに……。


「……馬鹿にしないの? 笑わないの?」

「え? どうして? 仲がいいのは良い事じゃない」


 良い事?

 うん……私はそう思ってる。

 でも、それって駄目な事じゃないの?

 だって、皆言うんだよ? 私はシスコンだって……。


「シ、シスコンとかって馬鹿にしたりしないの?」

「馬鹿にする? 何で? 俺は妹と弟がいるんだけど、優香ちゃんみたいに可愛がってやれてないから、普通に凄いと思うし優しい人だって思ったんだけど……これって変な事なのか?」


 私の事馬鹿にしないんだ。引いたりしないんだ。優しい人だって言ってくれるんだ。


「だ、だよね! たった一人の妹を可愛がるのって普通だよね!」

「あぁ、その妹さんは幸せだな。こんなに愛してくれるお姉ちゃんがいるんだから」


 あぁ……そうか。何で良介君の腕の中に潜り込んだのか、ちょっと分かった気がする。

 さっきまでは独特の雰囲気って、フワッとした返答しか私の中になかったけど、やっとその雰囲気に名称を付ける事が出来た。


 それは――包み込んで守ってくれる、大きな傘に見えたんだ。


 良介君の事をそう思った時、私はハッキリと自覚した。


 知り合ってまだ日の浅い人だけど、ううん。初対面の時から私は彼に守られたいって思ったんだ。

 そして、そんな優しい傘を支えたいとも思った。

 今の私では難しいかもしれないけど、成長してそれが出来る女になりたい。


 これまでも好きになった人はいる。

 だけど、その人の為に成長大きくなりたいと思った事はない。


 あぁ、そうか。そうなんだ――私は良介君の事が好きなんだ。


「ねぇ、良介君」

「ん? なに?」

「時間ってまだ大丈夫?」

「特に何かする事もないから、大丈夫だけど?」

「じゃあさ……もっと色々話さない?」

「え? う、うん! 話そう! 沢山話そう!」


 私達は結局深夜遅くまで話し込んだ。

 色々な話をした。

 それこそ、お互いの家族構成なんて話までした。

 そんな他愛のない話ばかりなのに、良介君と話すのが楽しくて楽しくて、仕方がなかった。


 直接目の前にいるわけじゃないのに、電話越しでも感じる傘。

 私はこの良介君という優しい傘を、心から欲した。


 ――人を好きになるって、こういう事だったんだ。




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