第26話 間宮 良介 act 6 初デートへの決意 後編
「仕方ないだろ。こうでもしないとお前と話す事出来ないんだから……。それに半分は偶然だって言ってるだろ」
こいつ思ってる以上にヤバい奴かもしれない。
「それで? 話って何ですか? 先に言っときますけど、優香ちゃんに近寄るなとかなら話すだけ無駄ですよ」
「ゆ、優香ちゃんだぁ!? 馴れ馴れしく名前呼びしてんじゃねえ!」
「アンタだってそう呼んでるじゃん。それに呼び方は優香ちゃんの希望なんだよ」
「嘘つけ! 俺なんて昨日いい加減名前呼びするの止めてくれって……いや、何でもない」
ついに直接拒否されたんだな。
俺としても東が優香ちゃんの事を名前呼びしてるのは気にくわなかったから、ざまぁって感じだ。
「だ、だからってお前な――」
「間宮です」
「は?」
「だから俺の名前ですよ。お前なんて名前じゃないんで」
ただでさえ面識の薄い奴にお前なんて呼ばれたら気分悪いってのに、東にそう呼ばれたらぶっ飛ばしたくなるから釘を刺しておいてやった。
「ふん! 俺は東ってんだ」
「どうも。とりあえずあそこのベンチでいいですか?」
駅前に設置してあるベンチを指さしながら歩くと、東は黙ってついてくる。
「何か飲みますか?」
ベンチ前にある自販機の前で立ち止まってそう訊くと、東は俺がそんな事言ってくるなんて思ってなかったんだろう。少し目を見開いている。
「いや、俺が付き合わせてるんだから、俺が払うぞ」
「別に構いません。財布出したついでですから」
強引に待ち伏せまでしてきたくせに変なとこで律儀な奴だと,
俺は適当に目に付いた缶コーヒーを2本買って、その1本を東に手渡す。
「……なんか悪いな」
「別に」
言って素直に受け取るとこを見ると、そこまでヤな奴ではないんだろうか。
東は受け取った缶コーヒーのプルタブを開けながら、俺の隣に座ってくる。
「それで優香ちゃんの事で話があるんですよね? なんですか?」
「あ、あぁ……単刀直入に訊くけど、おま……じゃなくて間宮君は優香の事どう思ってんだ?」
ド直球だな。
俺達より2つも人生の先輩なんだから、もうちょっとスマートな訊き方あるんじゃないかと思った反面、裏表の少ない男なんじゃないかとも思った。
「一応訊きますけど、何でそんな事訊くんですか?」
「質問を質問で返すなよ! って分かって訊いてんだろ?」
「まぁ、そうですね」
「ったく! 俺があいつの事を好きだからだよ!」
顔を赤く染めてぶっきら棒にそう答える東を見ていると、意地悪な質問だったなと少しだけ反省した。
「だったら、俺に構ってる暇なんてないんじゃないですか?」
煽ったような事を言ったが、勿論応援なんてする気なんて微塵もない。
彼女が東の事で困っているのを知ってる俺としては、同じ職場だからある程度はどうしようもないけど、不必要に関わらせるつもりはない。
「悔しいけどあの時、間宮君と話している優香を見て分かっちまったんだ」
「何をです?」
「優香が一番気を許してのはお前だって事をだよ!」
またお前って言いやがったな! それに優香ちゃんの事『ちゃん』すら付けずに呼び捨てかよ!ってツッコみどころ満載だったけど、俺にとって嬉しい話だったからスルーしてやる事にした。
「そうですか? 俺なんかよりもっと仲のいい奴いると思いますけど」
彼女の友好関係なんて知らない。
だけど、付き合ってる奴はいないかもしれないけど、彼女の容姿と性格を考えれば、好意を抱いている男の1人や2人いたって不思議じゃない。
「いや、俺の知る限りでは間宮以上の男はいない」
東だって職場の先輩ってだけなんだから、優香ちゃんのプライベートの友好関係なんて知ってるはずないのに、何であんなに言い切れるのか理解に苦しむ。
だけど、口を尖らせてそう話す東が、何だか可愛らしく見えてきたな。
「で!? どうなんだ!? やっぱり好きなのか!?」
こんなやり取りをしていると、高校生の頃に恋バナに華を咲かしていた事を思い出して、思わず吹き出しそうになる。
「この話ってオフレコって事でいいんですよね?」
「当たり前だ! ライバルに有利に働く情報を伝えるわけないだろ!」
「クックックッ! 理由がセコ過ぎんだろ」
オブラートに包む事もせず、格好つけようともしない東のそんな物言いに、まるで友達と話してるような口調になってしまった。
「で! どうなんだよ!」
仕切り直すように訊いてくるから、俺も変な駆け引きなんてせずに、素直に答える事に決めた。
「東さんが期待してる返事と違うと思うけど、俺は彼女に惚れてるよ。知り合って間もないけど、心底惚れてる」
東との視線を外さずに、また東と同様に照れ隠しなど一切しないで、シンプルで解り易い答えを返した。
人通りの多い駅前のベンチで、男2人で真剣な顔で話し込んでいるものだから、通行人の視線を集めてしまっている。
だけど、俺の東もそんな事お構いないにお互い引かないという意思をぶつけ合った。
こうして話してみて分かった事がある。
待ち伏せとか疑いの眼を向けたくなる行動をする奴だけど、彼女に対しての気持ちは純粋なものだと言う事。
そして優香ちゃんを想う気持ちの強さだ。
まぁ、その強い気持ちの向け方に問題がある気もするけど、俺はライバルである東を嫌いになれそうにない。
「ハッ! やっぱそうだよな……正直いい友達とかよく解らないって返答を期待してたんだけどな」
「それは期待に応えられなくて悪かったな。で? 俺の気持ちを知ってこれからどうするんだ? 言っとくけど彼女に迷惑をかけるような事をしたら、俺が黙ってねえぞ」
「ふんっ、もう彼氏面かよ! ったく、ライバルがまた1人増えたって事を確認したかっただけだ」
(こいつ、もしかして……)
「アンタ、本当にそれを訊きたかっただけなのか?」
「あ? だからそう言ってるだろうが」
「たったそれだけの為に、わざわざ待ち伏せまでして!?」
「んだよ! 暇人で悪かったな……」
完全に引かれてると思ったんだろうな。東はさっきまでの威嚇してくるような目から、拗ねたような目つきに変わった。
呆れた。
今時、典型的な恋愛ドラマでもやりそうにない行動を、東は当然のようにやったのだ。
「プッ! クックックッ……アーハッハッハッハ!」
そう思うと腹の底から湧いて来るような可笑しさが我慢出来なくなって、俺は公衆の面前だという事も忘れて腹を抱えて爆笑してしまっていた。
案の定、通行人が馬鹿笑いしてる俺を見ているのは気付いてたんだけど、駄目だ……笑いを堪えられそうにない。
「そこまで笑う事ねえじゃねぇか! 性格なんだよ、性格!」
あんなに気持ちを真っ直ぐ俺に伝えてきた奴とは思えない程、今の東の照れようはある意味ギャップと言ってもいい。
俺はそんな東を見て、さっきまであった警戒心を解く事にした。
ライバルという関係なのは間違いないけど、少なくとも優香ちゃんを傷つけるような事はしないと判断したからだ。
だからと言って、手加減するつもりは一切ないんだけどな。
「クックックッ……すまん。初見であんな態度とってた奴と同一人物なんだと思ったら……つい」
「うっせ! 優香より年上だから、あんな感じがいいのかなって思ってたんだよ……逆効果だったみたいだけどな!」
「まぁ、そうだな」
東も一目惚れだったらしく、周囲のライバルを払い除ける目的で横柄な態度をとっていたらしい。
先輩という立場もあり狙い通りの結果を得る事が出来たのだが、ついやり過ぎて彼女の印象が悪くなってしまったのは反省してると東が話す。
だがスタートが少し遅れただけだと、俺に宣言した後は彼女に関しての情報を提供してきた。
「まぁ優香を狙ってるのは俺達だけじゃなくて、他に俺が掴んでいるだけでも4人いる。しかも間宮と違って全員同じ職場だ」
東はそう言ってニヤリと笑みを浮かべる。
違う職場である俺のマウントをとったつもりなんだろう。
「ライバルが少なくない事は初めから分かってたさ。でもな!」
「でも……なんだよ」
「優香ちゃんの事に関してだけは、誰にも負けるつもりはないし、それにライバルの中では俺が一番リードしてると思ってるぜ?」
ニヤついてる東に更にニヤついた笑みを向ける事で、改めて宣戦布告してやった。
「はっ! 上等だ小僧!」
「誰が小僧だ! このおっさんが!」
言って俺達は同時に吹き出しそうになったが、周囲の目をまた集めまいと何とか堪えた。
「んじゃ、暇人はそろそろ帰るわ」
「あぁ、さっさと帰れ、暇人!」
「うっせ! じゃあな!」
「――あ、あのさ!」
「ん?」
「……その、なんだ……アンタと話せてよかったよ」
「は? 俺ら恋敵ってやつなんだぞ!?」
「分かってる。でもアンタと話して色々グズってた事が吹っ切れた気がするんだよ」
「……何の事かサッパリだが……まぁいいか。じゃな!」
「おう! またな」
そう言って別れたんだけど、正直ライバル関係の俺達に『また』があるんだろうかと思う。
だけど、俺個人としては勝負の結果関係なく友人として付き合っていきたいと思ったから、そんな気持ちを込めて『またな』と伝えた。
グズっていた事は本当に些細な事だったんだ。
周りの人間からすれば、何でそんな事が出来ないんだと言われそうな事が出来ずに、俺はモヤモヤしてた。
出来なかった事。それはお互いの連絡先は交換していて、トークアプリでのやり取りはしているんだけど、電話をかけて話す事が出来なかった。
勿論アプリでのやり取りも楽しいんだけど、彼女の声をもっと聞きたいと思っている俺は、帰宅時間の僅か20分足らずでは満足出来なくて電話で話がしたかったんだ。
だけど、特に用事があるわけでもないのに迷惑じゃないか?嫌われるんじゃないか?仕事の疲れがとれなくなってしまうんじゃないか?と、そんなくだらない事ばかり考えてしまって、未だに1度もかけた事がない。
ついさっき、負けるつもりもないとか威勢のいい事言ってたけど、実際はこんな情けない奴なのだ。
だから吹っ切れたって言っても、東に理解出来ないのは当然なんだ。
あいつなら気軽に電話出来そうだし……な。
東と話をして、あんなにストレートに気持ちを口に出来る事が羨ましく思えて、ウジウジしているのが本当に馬鹿らしくなった。
東の姿が見えなくなって飲みかけの缶珈琲を飲み干して、腕時計で時間を確認しながら駐輪所に向かう。
今晩、絶対に電話しよう。
特に用事があるわけじゃないけど、彼女の声が聞きたいから。
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