第19話 神楽 優希
軽音部には3バンドが所属していて、その2バンドが校内だけではなくライブハウスでライブ活動しているとクラブ紹介の時に聞いた。てか、校内の活動紹介の場なのに、ライブハウスでもライブやってるって言っちゃって良かったのかなぁ。
部室に入ると入部は歓迎されたんだけど、私1人でどうしろと?って話になって各バンドの話を詳しく訊くと、どうやら2年生だけで組んでいるバンドのボーカルが最近辞めてしまったらしく、活動を停止しているらしい。
これはチャンスでしょ!
私は即そのバンドにボーカルとして加えてくれないかと頼んだ。だけど、経験のない奴と組めないと突っ撥ねられてしまった。
だけど、新しい何かを心から求めていた私はそんな事では折れてやらない。
「1度だけ私とセッションしてくれませんか?」
「は? ど素人が何言っちゃってんの!?」
完全に舐められている。
見てろよ! 歌だけは誰にも負ける気なんてないんだから!
「どうせ活動停止してて暇なんでしょ? それとも偉そうな事言ってたけど、実は演奏下手で恥ずかしいんですか? 先輩」
「言ってくれるじゃん! いいぜ! 大恥かかせてやんよ!」
チョロいな。
男ってすぐムキになるんだもん。単純だよね。
防音がしっかり施工されている部屋に入り、メンバーはそれぞれ準備に取り掛かる。私もマイクスタンドの前に立って口周りの筋肉の柔らかくする為に、唇を震わせたり喉の調子を整えた。
全員の準備が終わり前奏に入る直前の静けさに、思わずゾクッとした。
曲は当時流行っていた曲を指定された。
この曲は私もかなりヘビロテで聴き込んでいた曲だったから、問題なく頷く。
ドラムがスティックを3回叩いた直後、演奏が始まった。
うわっ! なにこれ! すごっ!
私は生のライブを聴いた事がない。
何度か友達に誘われたんだけど、中学生が行く所じゃないと親に反対されたからだ。
ならばお姉ちゃんに同伴してもらってと考えたんだけど、生憎お姉ちゃんはライブには興味がないうえに、ライブハウスは怖い所だというイメージをもっていて同伴どころかお姉ちゃんにまで反対されて諦めるしかなかったのだ。
分厚い音質のドラムの音に、私の背中がドンと押された気がしたと思った時、まるでドラムと一体になったベースがさらに音に厚みを与える。
その圧倒的なリズムにギターとキーボードの音が乗って、CDでは絶対に味わえない臨場感に私は包まれた。
体全体でその音に抱かれた私は、手を添える程度に置いていたマイクをギュッと握りしめて、息を大きく吸い込み第一声を吐き出した所までは覚えているんだけど、気が付けば演奏は終わっていて部屋から聞こえるのはメンバー全員の弾んだ息使いだけだった。
かく言う私も息を切らしていて、立っていられなくなってその場にしゃがみ込んでしまっていた。
気持ち良かった。
ううん! そんな言葉じゃ全然足りない程の高揚感に包まれている。
歌を歌う事がこんなに体力を消耗するものだなんて、初めて知った――これが本当の音楽なんだ。
――楽しい!ホントに滅茶苦茶楽しい!
今まで溜め込んできたモヤモヤとしたものが、歌と一緒に全部吐き出せたみたいに、本当に気分が晴れやかになった。
これがホントの歌。
これがバンドの演奏。
そして、これが私がやりたい事なんだ。
弾む息を整える事を忘れる位に、ついさっきまでのバンドの一員としての一体感を噛み締めていると、静まり返っていたメンバー達の大きな声が部屋中に響いて、ビクッと肩が跳ねた。
メンバーの方にしゃがみ込んだまま顔を向けると目の前に大きな手があって、視線を上げてみたらバンドのリーダーが私に手を差し伸べていた。
私はその手を掴んでグッと力をいれて立ち上がると、リーダーはニッと笑ってこう言われたのだ。
「ビックリした! ホントに未経験なのか!?」
「は!? 私ってそんなにビッチに見えんの!?」
きっとまだ脳に十分な酸素を送り込めていなかったのだ。
ボーカルとして評価されたのに、私は未経験という単語を卑猥な捉え方をしてしまったのだ。
当然、リーダーを含めたメンバー全員が大爆笑したのは言うまでもない。
「は、腹いてぇ! か、勘弁してくれ……よ!クックックッ!」
やってしまったと思っていたけど、想像以上の笑い声が返ってきて私は真っ赤になって俯く事しか出来なかった。
穴があったら入りたいって言葉があるけど、今の私は本当にそんな心境だった。
「はぁはぁはぁ……ふう!」
黙り込んだ私に気を遣おうとしてくれたのか、リーダーは何とか笑いを止める為に、ねじれ切ったお腹に大量の空気を吸い込んで気持ちを落ち着かせてくれたみたいだ。
「さっき言った事は謝るよ! 是非俺達と組んでくれ!」
言ってリーダーはまた手を出して握手を求めてきた。
その言葉と握手を求めている手は嬉しかったんだけど、散々笑われた事に納得がいかない。
「散々笑い転げた後にそんな事言われても、全然嬉しくないっての!」
言うと、またメンバーが笑い出す。
くそぅ!ムカつく!
リーダーもまた笑いだしていたけど、差し出されていた手はそのままだったから、私は口を尖らせながらリーダーの手を握り握手を交わした。
「でも……まぁ……よろしくです」
そう返事してメンバー見渡すと、皆にニッと笑みを向けてくれていた。
初めて好きな事に打ち込める仲間を手に入れた。
ずっとお姉ちゃんの後ろに隠れていた私にとって、これはすごい事件なのだ。
この学校に入学してこなければ……この仲間達との出会いがなければ、もしかしたら音楽を始めようとしていなかったかもしれない。
この出会いが私にとって、とても大きなターニングポイントになると、根拠はないんだけどそう確信したのだ。
正式にメンバーに加入して、新体制になった私達は手始めに文化祭でデビューを果たした後、もっとライブがしたいと積極的にライブハウスでライブを行ってきた。
文化祭ではコピーだけだったんだけど、ライブハウスではオリジナルを作って挑んだ。
勿論、楽器が弾けない私は作曲なんて出来るわけなかったんだけど、代わりに作詞を任される事になって色々と大変だったけど、凄く楽しい時間だった。
そして私以外のメンバーが卒業を迎える時、プロを目指そうと言った。
このメンバーでイケるとこまで行ってみたかったから。
だけど、皆はそこまでの意思はないらしくて、卒業と同時にバンドは解散しちゃった。
望む未来は人それぞれで、決して無理強いする事じゃない。
凄く残念で寂しかったけど、こればかりは仕方がない事なんだ。
でも、音楽の楽しさを教えてくれた皆には凄く感謝してる。
皆の望む未来が訪れる事を願って、私は先輩である皆を送り出して別れた。
皆が卒業して、今度は私が最上級生になった。
周りは受験モードでいつもどこかピリピリした空気を漂わせて、毎日息が詰まりそうだった。
自分も将来の為に頑張らないといけないのは分かってる。
だけど、どうしても私が頑張る事は受験勉強じゃない気がして、親にこう話したんだ。
「私、大学受験しないから」
「何を言ってるんだ!」
額に青筋を浮かばせて怒鳴るお父さん。
いい大学に入る為に、この進学校に進んだのだから怒るのは当然だ。
だけど、どう考えてもいい大学に入って、いい会社に就職する事が幸せとは思えなかったから、私は初めて真正面からお父さんの言う事に反発した。
それから何度も口論になって、お父さんは私の事を諦めたように冷たい目をしてこう言うのだ。
「もういい、勝手にしろ。ただし、その道を進むのならケジメをつけて卒業したら出て行きなさい」
お父さんにそう拒絶された。
お母さんは慌てて私達の仲裁に入ってくれたんだけど、お父さんも私も……意見を曲げる気にはなれなかった。
もうこの家に私の居場所はない。人と違う未来を夢みたんだから、仕方がないと思う。
だからお父さんはどうか知らないけど、私は両親の事を嫌ったり、恨んだりしているわけじゃないし、無茶な事を言ってる自覚はあるからお父さんに言われなくても、卒業したら出て行くつもりだった。
「ねぇ優希。どうしても出て行くの?」
「まぁね」
卒業したら家を出て行く事になってから、姉である優香が頻繁に私の部屋に来て説得しようとしてくる。
だけど、お姉ちゃんは私がしたい事を反対するわけじゃなくて、家を出て行く事だけを引き留めようとしていた。
音楽をやりたいって気持ちを理解してくれているお姉ちゃんは、よくお父さんを説得しようとしてくれているのは知っていた。
お姉ちゃん曰く、そんな大きな夢を持つことが出来た優希が羨ましい。私は特に夢中になれるものを見付けられなかったからと、よく話していた。
「お姉ちゃんは彼氏と仲良くやってるじゃん」
「恋愛と夢は全然違うでしょ」
結局私とお父さんは和解する事はなく、卒業と同時に私は家を出た。
最後の最後までお姉ちゃんは引き留めてくれたのは嬉しかったけど、お姉ちゃんの後ろも卒業したかった私はそんなお姉ちゃんに振り向く事なく出て行ったんだ。
ボロ安アパートで独り暮らしを始めた私は、バイトとライブ活動だけの生活になった。
毎日がギリギリの生活だったけど、充実した毎日だ。
バイトと寝る時間以外は全て音楽に注いだ。
バンドを組んでいた時のライブハウスを中心にソロでライブ活動を行い、ライブの予定がない日はギター一本で路上ライブ。
寝ても覚めても音楽漬けの毎日。
決して楽しいだけじゃなかった。ライブで酷い罵声を浴びせられた事もあったし、路上ライブの時はチャラい馬鹿共に絡まれて逃げ回ったりと大変な事も沢山あったけど、総じて楽しいと言い切れる。
そんなある日の事だ。
ライブハウスでのライブを終えて楽屋に戻ってきた時、楽屋の前に1人のスーツ姿の女の人が立っていた。
「お疲れ様、優希さん」
「……誰?」
関係者しか入れない場所のはずなのに、私はこの人に見覚えがなくて少し睨むように応えた。
「ふふ、そう警戒しないでほしいかな。私はこういう者よ」
言って私に名刺を差し出してくる。
名刺には大手の芸能プロダクションの社名と、間宮 茜の名前が印刷されてあった。
「芸能プロダクション?」
「えぇ、これで少しは警戒を解いてくれるかしら?」
詳しい話は楽屋でと、間宮という人を楽屋に招き入れて安い珈琲を飲みながら話し合った。
間宮さんが言うには、高校でバンド活動している時からチェックしていたらしい。
でもチェックしていたのはバンドそのものじゃなくて、私個人だけだった。
バンドでの活動に拘っているのかと思い、暫く様子を伺っていたらしい。
卒業してソロ活動を始めたの知って、間宮って人は上に掛け合ってスカウトの許可をとったそうなのだ。
「正直、初めて貴方の歌を聴いた時、全身の細胞が湧きたつ思いだった。絶対に貴方は世界に通用するアーティストになる! そのお手伝いを私にさせて貰えないかしら」
って間宮さんはとんでもない事を言いだした。
え?世界?いくらなんでも、話が大き過ぎてどうしても疑いの目を向けてしまう。
スカウトなんてされる事はないと思ってた。
どうやって売り込もうかと、そんな事ばっかり考えてた。
だから、スカウトの話がきてホントに嬉しいかったんだけど、話がぶっ飛び過ぎていて、怪しんでしまうのは当然だと思う。
だけど、鼻で笑ってこの話を突っ返す事が出来なかったのは、そう話す間宮さんの顔だったんだ。
真剣な眼差しとか、熱い気持ちをぶつけてくるとか、そんなんじゃない。
ただ、間宮さんはワクワクが止まらないって感じだったんだ。
私はそんな間宮さんを見て、私は疑う事を止めてスカウトの話を受けてた。
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