第16話 大切な日 act 1
11月8日
瑞樹が通っている天谷のゼミで先月行われた全国模試の結果が講義が終わった後にそれぞれ配られた。瑞樹はすぐさま成績シートに目を走らせた。
「よし!」
志望大学であるK大の合格判定がAになっていたのを見て、瑞樹は机の下でグッとガッツポーズを作る。
あくまで模試は模試だと分かってはいるのだが、やはりA判定が出ると安心出来るし、自分の勉強法は間違っていない証明になって嬉しいものだ。
それに瑞樹が喜んでいた理由はそれだけではない。
もし今回の模試結果が良ければ、間宮の部屋に遊びに行かせて貰おうと企んでいたからだ。
瑞樹はあの空間で間宮と過ごした時間が忘れられなかった。
こんな大事な時期にとは分かっていても、我慢する事が出来ない。
それに優香という存在も気になっていて、瑞樹にとても大きな不安を抱かせているのも原因の1つなのだろう。
それが原因で焦っているのも自覚していてはいても、気持ちを落ち着かせる事が出来ない瑞樹は、どうしても行動に移さないと不安に押し潰されそうだったのだ。
少しでも間宮との時間が欲しい瑞樹にとって、最高の結果を手に入れてご機嫌だった。
ゼミを出てすぐに模試の結果を間宮にトークアプリで報告した。
すぐに既読が付いたのを確認すると、続けて遊びに行く事をアプリで伝えようとしたのだが、結局駅のホームに着くまでメッセージを送れずにいた。中々よい誘い文句が思いつかなくて、どうしようと頭を抱え込みベンチで項垂れている瑞樹の前に人影が近付いてきた。
「頭抱えて何やってんだ?」
「ふぇ!? ま、間宮さん!?」
「お、おぅ」
凄く聞きたかった声に胸が急激に激しく鼓動するのに、安心感も与えてくれる声が耳に入った時、瑞樹は頭で考えるよりも早く言葉が口から溢れ出した。
「さっき、模試の結果送ったんだけど見てくれた?」
「ん? あぁ、見た見た! 頑張ったじゃん! K大の合格判定がAとかスゲーじゃんか! って事でこれ頑張ったご褒美な」
言って間宮は手に持っていた缶珈琲を手渡した。
ご褒美を缶珈琲で済ませようとした間宮に、不満顔で黙ったまま受け取った瑞樹だったが、さっきから溢れてくる言葉の勢いに任せるように再び口を開く。
「ありがと。でもここまでの結果を出したんだから、この辺りで息抜きが必要だと私は思うのですよ」
「ふむ、息抜きか。確かに大事な事だよな。いいんじゃないか? 友達に遊びに行こうって誘われたのか?」
間宮の天然鈍感ぶりに苛立つ瑞樹。
あの時に言ってくれた事忘れたのかと言いたい気持ちをグッと堪えて、瑞樹は極力落ち着いた口調で話を続ける。
「そんな予定はないんだけどさ……ほ、ほら! 息抜きにまた遊びにおいでって言ってたじゃん?」
「あ、あぁ……そんな事言ったっけな」
「言ってたの! それで遊びに行きたいなって思ってるんだけど、今週末の12日って何か予定ってある?」
「……悪い。12日はどうしても外せない用事があるから……違う日にしてくれたら助かるんだけど」
12日の予定を訊かれた間宮の顔が僅かに曇る。
その間宮の目がどこか寂し気に見えた瑞樹は、何故か心苦しさを感じた。
「そ、そっか。それじゃ仕方がないね……。また都合にいい日教えてよ」
「うん、分かった。また連絡する」
その後は受験勉強の話題を中心に少し話込んで、ホームに滑り込んできた電車に乗ろうとベンチから立ち上がった。
「あれ? 間宮先生!?」
電車に乗り込もうとした時、後ろから先生呼ばわりで声をかけられた。
少し驚きながら振り返ると、そこには瑞樹と同じゼミの鞄を持った女子高生が立っていたのを見て、瑞樹は咄嗟に間宮から少し距離を取りながら電車に乗り込んだのだった。
「訊きましたよ! この前講義中に間宮先生が入ってきたって!」
「あぁ、仕事の事で皆さんの話を聞かせてもらいたくて、突然だったんですがお邪魔したんですよ」
慌てて講師モードのスイッチを入れる間宮は、簡潔にあの時の事を生徒とみられる女子高生に説明を始めた。
「……と言う訳なんですよ」
「なんだそっか! てっきりstorymagicを復活させてくれるんだと思ってました」
「はは、まさか。僕は只の営業マンですからね」
見知らぬふりをして間宮達の様子を伺う瑞樹だったが、優しい表情を自分以外に向けられているのが、相当面白くないようだった。
「あ、私ここなので! それじゃまたね! 先生!」
「ですから、先生じゃないんですって」
「あはは、いいじゃん! もう癖になってるんだから」
言って、女子高生は間宮達が降りる駅の一つ手前の駅で降りて行き、扉が閉まり再び電車が走り出した。
離れた場所に立っていた瑞樹が不満顔で、間宮の隣に移動してきてジト目で間宮を見上げる。
「な、なんだよ」
「べっつに~!」
明らかに拗ねている瑞樹からの視線から逃げるように、間宮は車窓から流れる景色に目を移した。
「ちょっと! そこは言いたい事があるなら言えよ! 的な事を言う場面でしょ!?」
プンスカと抗議している瑞樹を横目で見ながら、間宮は小さく溜息をつく。
「言いたい事があるならどうぞ」
逆らうと面倒だからと、諦めに似た声色で素直に瑞樹の要望通りの台詞を口にした。
「JKにチヤホヤされて楽しそうだったね!」
「楽しそうに見えたか?」
「うん、見えた! もうねデレまくってたじゃん!」
どこがだよと反論したい間宮だったが、何を言っても無駄なんだろうなと無言を決め込んだ。
「ほ~! シカトですか!? ほ~!」
「お前はフクロウか何かなのか?」
言いながら瑞樹から視線を外すと、周りの乗客の……特に男性客達の視線が瑞樹に集中しているのに気が付いた。
やはり瑞樹といると、周りの視線をどうしても集めてしまう。
勿論、間宮だって瑞樹が可愛い女の子だとは思っているのだが、それだけでここまで注目される事はないははずだとも思った。
その原因は恐らく、瑞樹のコロコロとよく変わる表情だと間宮はそう推理する。
表情がよく変わる人間なんて、どこにでもいるだろう。
だが、瑞樹の場合は少し違うと間宮は考えた。
まるで売れっ子モデルのように、いちいち見惚れてさせてしまう視線と、それを飾る仕草が普通ではないのだと推測しているのだ。プロは勿論それらを計算して表現しているのだろうが、瑞樹の場合は完全に天然による産物なのだ。
だからわざとらしさが全く感じる事なくて嫌味がない為、アンチな感情を持たれる事なく、自然と美しいものを見ている感覚に陥ってしまうのだろう。
しかし、いつからこんな風に立ち回る事が出来るようになったのだろうと、間宮は思案する。
知り合った当初からでは、考えられない変貌ぶりだ。
あの頃は何かに怯えていて、その事から自分を守る為にまるで感情がないロボットみたいな印象だったのだ。
それにこの集まった視線にしたってそうだ。
以前の瑞樹なら、こんな視線から逃げて拒絶していたはずだ。
だが今は視線そのもの気にする事なく、間宮と会話している。
普通と言ってしまえばそうかもしれない事なのだが、瑞樹の過去が過去だっただけに、大きな進歩だと豊かになった瑞樹の表情をもっと引き出してあげたいと、間宮は揶揄い半分で会話を続けた。
「別にデレなんてないだろ。つか……もしかして妬いてんのか?」
言って、そんなわけないかと続けようとしたのだが……。
「……妬いてるよ」
「……え?」
瑞樹は車窓に視線を移して、口を尖らせてそう呟いた。
茶化すつもりで振った冗談だったのだが、まさかの返答で間宮はその後の言葉に詰まってしまう。
瑞樹は瑞樹で真っ赤になり俯いてしまい、その後は何も話さずに黙り込んだ。
この表情を引き出せたのは間宮にとって想定外で、どっちが揶揄われたのか分からない状況になってしまった。
その上間宮には追い打ちのように、周りの男性客達からの刺さる様な視線に晒されてしまって、まさに踏んだり蹴ったりの移動時間になってしまった。
A駅に到着しても2人は相変わらず無言のまま、駐輪所から自転車を押し出した。
「そ、それじゃまたな。おやすみ」
「う、うん。おやすみなさい、間宮さん」
挨拶を交わした間宮は自転車の跨り、自宅に向かってペダルを漕いで自転車を走らせる。
そんな間宮の後ろ姿を見送っていた瑞樹は、何故かどうしようもない不安を抱いていた。
何故か間宮が遠くに行ってしまうような感覚。
すぐに背中を追いかけたい衝動に駆られたが、足を前に進ませる事が出来ずに、瑞樹は間宮の姿が見えなくなるまで見送る事しか出来なかった。
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