第14話 和解 act 1

 翌日の朝。


 簡単な朝食を作って、俺の部屋で親父達と食卓を囲んだ。


「なんや朝飯がパンやとしっくりこうへんな」


 親父は相変わらず賑やかで朝食のメニューに文句言ってても、楽しそうに食事を始めた。


「文句あるなら食べんでええで」

「そんな事言うてへんがな!」


 今日は休日で特に予定もなかった。

 あの事がずっと頭の中をグルグルと回っていたから、この休みで整理してじっくり考えようと思ってたんだけど、どうやらそれは諦めないといけないらしい。

 弟の康介が春からこっちで内定を貰ってるみたいで、一緒に不動産を回ってくれと頼まれたからだ。

 瑞樹を送り届けてから、事前に希望している間取りと予算。それと務める会社から離れ過ぎない場所などのリサーチは済ませている。

 後はそれらの条件を不動産に伝えてピックアップしてもらうだけなんだから、わざわざ俺が付きそう必要はないって言ったんだけど却下された。


 洗い物はオカンに任せて、俺と康介は身支度を始める。

 親父は俺達に同行するのではなく、折角東京に来たのだからとオカンの用事が済み次第、日中は観光に出かけるらしい。


 そんな時、家のインターホンが鳴った。

 こんな朝早くに誰だと言う場面なんだろうけど、俺はそんな素振りを見せずにインターホンに話しかけた。


「早かったな。今開けるから入って来いよ。部屋の番号は知ってるだろ」


 それだけ訪問者の告げてロビーの自動ドアを解除した。

 親父達は首を傾げていたけど、説明は後回しだと身支度の続きを始めた。

 暫くして部屋のインターホンが再び鳴る。

 誰が来たのか知っている俺は、わざと手が離せないからと親父に出てくれるように頼んだ。

 勿論、俺の客なんだからと断られたけど、大丈夫だからと言って無理矢理親父を玄関に向かわせた。


 すると玄関を開ける音が聞こえたと思ったら、直ぐにドタバタとこっちに走ってくる足音が聞こえた。


「おい良介! これは一体どういう事や!」


 リビングに戻ってきた親父が開口一番、そう大声を上げる。

 防音はそこそこしっかりしているマンションだけど、こんな時間から大きな声を出すのは勘弁して欲しい。


 オカンと康介も親父の戸惑い様に目を見開いて、俺を見てくる。

 だけど、俺は何も言わずに親父の後に入ってくるであろう人物の姿が見えるのを待った。


 そして少ししてから、リビングに姿を現した人物にオカンと康介も固まってしまった。


「朝からすまんな。茜」

「別にええよ。連絡くれてありがと」


 そう。部屋に入ってきたのは俺の妹で、東京の芸能事務所でマネージングの仕事をしてる茜だ。


「……あ、茜……アンタ」

「……お母さん、久しぶり……やね」


 驚きながらも娘の名を呼ぶオカンに、茜は気まずそうに挨拶をする。


「おい、良介! これは一体どういう事や! ちゃんと説明せんかい!」


 挙動不審になりながらも、とりあえず大きな声を出して落ち着こうとしてるのだろう。


 そんな意図の気付きながらも、俺はここに茜を呼んだ経緯を話した。


 昨日瑞樹を送り届けた後、自宅に着く前に茜の親父達が今俺のマンションにいる事を伝えた。

 その時、いい機会だからずっと疎遠になっていた関係の修復をしたらどうだと提案したんだ。

 茜は昔、東京で芸能関係の仕事をしたいと親父に告げたんだけど、猛反対されていた。

 根気よく何度か話し合いの場を持ったそうなのだが、ずっと傾向線が続いて痺れを切らした茜は家を飛び出した。

 そのまま東京に出てきた時、茜は俺を頼ってこなかった。

 多分、俺に知られると連れ戻されると危惧していたんだと思う。

 だから、茜がこっちで生活していたのを知ったのはつい最近だったんだ。オカンから連絡はきていたんだけど、捜索願は出すなと親父がきかないから俺に探してくれと言われていた。

 そんな事言われても、この東京で手掛かりなしに素人が1人の人間を探す事なんて不可能に近い事だ。


 だが茜は馬鹿ではなかった。

 捜索願を出させないように、弟の康介には定期的に無事だとメールを送っていたらしい。

 だけど、康介は茜が無事な事は伝えていても、連絡先を親父達に教える事をしなかったのだ。

 それは、康介が茜の味方で頑固な親父に対する対抗心からくるものだったらしい。

 親父は相当怒っていたらしいけど、結局康介まで飛び出されてはと、ある日から茜に関する事を口にしなくなったそうだ。


 それ以来の突然の再会に取り乱すのは当然の事だろう。

 だから、ここまでの経緯を丁寧に説明を進めていくうちに落ち着きを取り戻して行ってた親父は、最後の方は黙って相槌を打ってくれていた。


「東京観光に行くんやろ? 時間作れたから私がガイドしてあげる」


 目線は親父達に合わす事なく、用件だけを坦々と話す茜の声が僅かに震えている。

 やっぱり親父と会うのは怖いんだろう。

 だけど、このガイドの件も事前に俺が提案した事で、もし親父がキレたら俺が絶対に止めると約束していたから、話す事が出来た事だ。


「折角茜がそう言ってくれてんねんから、行ってきたらどうや?」


 親父の神経を極力刺激しないように、優しい口調でそう言うと、口論に口論を重ねて、一番最悪な形になってしまった2人の間にピリピリした空気が僅かに緩んだ気がした。


 するとオカンが固まっている親父の肩にポンと手を置いて微笑んだ。その微笑みを向けられた親父は、何をするべきか理解したみたいに、真っ直ぐに茜を見た。


「……そ、そうか。何か悪いな……じ、じゃあ案内頼めるか?」

「え? う、うん! 任せといて!」


 絶対に断られるって昨夜俺に言った。

 多分、ここに来てからもそう思っていたに違いない。

 だけど、俺には確信があったんだ。それは親父は只の頑固親父じゃない事を知ってるからだ。

 結局、自分の事より子供の事第一に考えて生きてきた人なんだ。

 ただ、人一倍不器用で恥ずかしがりな性格が邪魔して、茜や康介には伝わっていなかっただけ。

 その証拠に、あれだけ反抗的で茜の味方をしていた康介が、実家の仕事後々に継ぐ事を決心した事からも分かる。


 身支度を済ませた親父とオカンを連れて、正面に車を停めてあるとからと2人を連れ出そうとした。

 その時、俺とすれ違いざまに「ありがとう」と茜が言ってきた事で、きっと今日一日一緒にいる間に和解出来ると安堵した。


「なんや! メッチャ嬉しそうやんか!」


 康介が俺を見てニヤニヤとそう言う。


「いつまでもいがみ合っててもしょうもないやろ。それにお前もそうなって欲しいって思ってたから、事前に情報を俺に流してきたんやろ?」

「はは、まぁな! この歳になってやっぱり家族は全員揃って家族やなって思えるようになってきたからな」


 訊きはしなかったけど、きっとこうなるまでに康介も色々あったんだと思う。

 その先に家族の大切にする気持ちが持てるようになったのは、絶対に無駄な時間じゃなかったはずだ。


 俺はジャケットの袖に腕を通して、出掛けようと康介に言って家を出た。

 今日は久しぶりによく晴れた天気で、マンションを出た俺達は眩しそうに空を見上げた。


「絶好の観光日和やん!」

「そうやなぁ。茜達が帰ってきて土産話を聞くのが楽しみやで」


 言って、俺達は腹を抱えて笑い合った。

 別に笑う事なんて言っていないのに、こんなに笑ったのはお互い照れ臭かったのかもしれない。


「行こか!」

「せやな! 今日は宜しく頼むわ、良兄!」


 相談を持ち掛けてみようと思っていた不動産に向かう。

 その間、ずっと会っていなかったからか、話題が尽きる事なく楽しい時間を過ごせたのは本当に嬉しかった。


 やがて不動産に到着した俺達は、担当者に希望内容を全て伝えて、ピックアップしてもらった物件巡りを始めたのだった。




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