第11話 突然の訪問者 act 1

 10月27日 16時


 秋模様から冬模様に移ってきた景色を見て、最近寒くなってきたなと、明日から冬服のブレザーの下にカーディガンを着ようかなと考えながら、私はいつものA駅で電車を降りた。


 今日の私はご機嫌なのだ。

 それは今晩はお母さんの帰りが早い日だから、夕飯の支度は任せてと言われていたからだ。

 というわけで急いで帰る必要がないからと、私は駅前の書店にでも寄り道しようと駐輪所に向かわずに、書店が入っているビルの方に足を向ける。

 駅前の広場を通り抜けようとしたんだけど、何だか様子が変な気がした。


 辺りを見渡すと、何やら大きな声で揉めてるみたいな?

 言い争う声がする辺りに目を向けてみると、通行人達が何事かと横目で見ながらヒソヒソと話していて、人の流れが悪くなってる。


 私は興味本位で少し近づいて目を凝らしてみると、どうやら言い争ってるのは三人組みたいで、私は話している内容が聞こえる位の位置に近寄ってみる事にした。


「何であいつの住所書いたメモ忘れてくるねん! アホちゃうか!?」

「アンタが家出る時、アホみたいに急かすからやんか!」

「アホッ! 何で携帯に登録しとかへんねんって話やんけ!」


 ――この辺りはベッドタウンになっていて、地方から訪れた観光客が立ち寄る所なんて全くない。

 立ち寄る事があるとすれば、この辺りに知り合いが住んでいる場合に限ると思う。

 そして、言い争っている人達が話しているのは関西弁……。


 総合して私の中にある仮説がたった。


「……あ、あの」


 私は恐る恐る声をかけてみると、三人共口論を止めて一斉にこっちを見る。


 ちょっと声をかけた事を後悔。


「なんや、アンタは」


 そう言う口調が怖くて怯みそうになったけど、私の仮説が正しければ……。


「あ、あの人違いだったらすみません……もしかして間宮さんじゃないですか?」


 言うと、三人共こんな所で見ず知らずの私に驚いた様子を見せたけど、どうやら私の仮説は正解だったようでホッとした。


「あぁ! そうやけど、アンタ誰や!?」

「ちょっとアンタ! 初対面のこんな可愛らしい子に、そんな口の利き方したら怖がらせてまうやろ!」


 父親とみられる男の人の話し方に、母親とみられる女の人がそう注意して、そして息子とみられる男の人が父親に変わって話しかけてきた。


「えっと、そうですけど……何で俺らの苗字を知ってはるんですか?」

「その、私……まみ……りょ、良介さんの友人で瑞樹志乃って言います」


 私は簡潔に間宮さんとの関係を三人に説明した。

 勿論だけど、私が間宮さんに惹かれている事や助けられた詳細は話してないけど……。


「そう、良介の知り合いなんですねぇ。こんな偶然なんてあるもんなんやね」

「にしても……あいつが塾の講師て……クックックッ」


 間宮さんが臨時とはいえ、塾の講師をしていて凄く人気があるんだと話すと、間宮さんのお父さんが堪らずお腹を抱えて大笑いしているのを見てムッとした。


「何がそんなに可笑しいんですか?」

「え? いや、だってなぁ……良介が講師て……どうせ生徒さん達のええ笑い者になったんやろうなって思てなぁ! クックック」

「そんな事ありません! 良介さんは本当に凄い講義をされて、受講者全員に信頼されていましたよ! 私も本当にお世話になったんですから!」


 カチンときたんだ。

 いくら父親だからって言っていい事と悪い事がある。

 間宮さんが私達の為にどれだけ努力してくれたか知りもしないで、勝手な事言わないで欲しい。


「い、いや! だってなぁ……」

「いくら家族の人であっても、これ以上良介さんの事をバカにするのは我慢出来ません!」


 言うと、間宮さんの家族が皆黙り込んでしまった。

 しまった……やっちゃったかも。


「ご、ごめんなさい! わ、私こんな事言うつもりじゃ……本当にごめんなさい!」


 大慌てで謝ったら、ポカンとしていた間宮さんのお父さんがわっはっはって笑いだした。怒られるかと思ってたからビックリした。


「いや、俺が悪かったんや! 息子の事とはいえちょっと悪ふざけが過ぎてもうたなぁ」

「ほんまや。ウチは良介の事でこんなに怒ってくれて嬉しかったんよ」

「良兄が聞いたら、嬉し涙が止まらへんのちゃうか!?」


 そう言って家族皆でもう一度大笑いするんだけど、往来だからもう少し静かにした方がいいと思う。……勿論言えなくて苦笑いしか出来なかったんだけど。


 笑い声が落ち着いてきた頃に、気になっていた事を訊いてみた。


「あ、あの、それでこんな所でどうされたんですか?」

「ん? あぁ、そうそう! ここまで良介に秘密にしたまま来たんはいいんやけど、肝心の住んでるとこの住所をメモした紙を、こいつが忘れてきてしもうてなぁ」

「なんやねん! またウチが悪いっちゅうんかいな!」

「そうやろがい!」


 また喧嘩が始まりだしたから、「ちょっと待って下さい」と割って入る。

 こんな所で何やってんだろ……私。


「えっと、良介さんのマンションなら私が案内しますから、喧嘩しないで下さい!」

「え!? ほんまか!?」

「でも瑞樹さんも忙しいんとちゃうの?」

「いえ、今日は特に何もありませんから」


 ゆっくりブラブラしようと思ってたんだけど、「ほんまか!? ありがとう!」って喜ばれたら間宮さんの家族が困ってるんだし、放っておけないもんね。


 間宮さんのマンションに案内している最中、間宮一家と色々な話をしているうちに気が付いた。

 さっき間宮さんを笑ったのはいつもの事で、本気でバカにしたわけじゃないって事。間宮家では当たり前で、それに対してボケるかツッコむまでがデフォルトなんだそうだ。

 東京生まれの東京育ちの私にとって、まるでコントを見ているようだったけど、そこは黙っておこうと思う。


「ここが間宮さんのマンションです」

「おぉ! ここかいな! 何か偉そうなマンションやなぁ!」


 え、偉そう? 確かにカッコいいマンションだとは思うけど……偉そうってなに?


 間宮さんのお母さんが早速オートロックを解除してロビーに入る。

 それを見届けるまで私の役目だから「それじゃ、私はここで失礼します」と皆さんと別れようとしたんだけど、何故かお父さんが何で?って顔してるんだけど……。


「え? 瑞樹さんはこの後なんかあるんか?」

「え? いえ、家に帰るだけですけど」

「そうか! それやったら晩飯食べて行かへんか? こっちじゃ食べられへんお好み焼き御馳走するで!」

「い、いえいえ! 折角の団欒をお邪魔するのも悪いですから」


 確か合宿の最後の挨拶で、間宮さんは3年も電話してないって言ってた。電話すらそれだけ空いてるんだから、会うのはもっと久しぶりのはずだよね?そんなの邪魔出来ないって!


「何言うてんねん! お好み焼きってのはな、大勢の方が美味いって相場は決まってんねんで!」


 ニカっとしながらそんな事言われても、やっぱり無理だよぅ……。


「ほんまに用事とかないんやったら、是非食べていってよ」


 間宮さんのお母さんにもそんな事言われたんだけど……。

 この2人って押し強すぎない!?


「言い出したら聞かへんから、諦めた方がええで」


 多分、間宮さんの弟さんかな? 弟さんも諦めろって言われたし……これ以上遠慮するのは逆に失礼……なのかな?


「……えっと、それじゃ御馳走になります」

「よっしゃ! そうこんとなぁ!」


 間宮さんのお父さんが嬉しそうにそう言ってくれたんだから、迷惑じゃないんだよね。

 うぅ……間宮さんの家族なんだから、絶対に嫌われたくない……。だけど、どうしたらいいかもう分かんないよぉ!


 頭の中でそう項垂れながら間宮さんの部屋に案内すると、お母さんが鞄から鍵を取り出してドアを開けて中に入っていく。

 会ってないって言ってたけど、スペアキーは渡してたんだね。


「なかなかええとこ住んでるやんけ」

「でも、あんまり生活感ないんちゃう?」


 それは私も思った。

 料理は出来るみたいだったけど、その割には生活感ないなぁってこの前この部屋にお泊りした時思ったんだよね。


 ――お、お泊り……。


 ヤバい!急にあの日の事思い出しちゃって、顔が赤くなってきた。

 これじゃ家族さんに変に思われちゃうじゃんか!

 慌てて冷静さを取り戻そうと必死になってたら、キッチンの方にいたお父さんが冷蔵庫を開けて文句言ってる。


「なんや、良介の奴! お好みの材料が冷蔵庫にないやんけ!

 !」


 え? 大阪の人は常に冷蔵庫にお好み焼きの材料があるのがデフォなの!?


「おい、康介! ちょっとスーパーまで材料買ってきてくれ!」


 お父さんが康介さん?にそう言うと、お母さんが財布を取り出してる。

 え?ホントに今から買い出しに行くの!?


 財布を受け取った康介さんが玄関に向かう。

 土地勘がないのに迷ってしまうじゃないかな。


「あの、スーパーなら私が案内しますけど」

「うん? あぁ、それは助かるわ。んじゃいこっか!」


 とりあえず買い出し組に交じってみたけど、そういえばこの康介って呼ばれてる人とは殆ど話した事なかったな。


 2人でマンションを出て近所のスーパーに向かう。

 まともに話した事がなかったから、何を話せばいいのか見当がつかないんだけど……。


「何かごめんな。無理矢理に引き留めてもうて」

「あ、いえ! でも本当にお邪魔じゃないんですか?」


 困ってたら向こうの方から話しかけてくれて助かった。


「あぁ、それは心配せんといてや! オトンは良くも悪くも社交辞令が苦手やからな」

「それならいいんですけど……ところでまだ訊いてなかったんですけど、今日はどうされたんですか?」

「ん? あぁ、俺も春からこっちで内定貰っててな。それで部屋探しとか良兄に手伝って貰おうと思ってたんやけど、何故か親達もついてきてしもうてなぁ」

「そうだったんですね。おめでとうございます」

「はは、ありがとう。そや! 俺は間宮康介って言うねん。宜しくな瑞樹ちゃん」

「あ、はい。宜しくお願いします」


 康介さんかぁ。大学卒業して春から就職って事は今は22歳って事かな?優しい笑顔とか間宮さんに良く似てるなぁ。

 そんな事を話していると、スーパーに着いていた。

 はじめは何を話せばって思ってたけど、話し始めると凄く話しやすい人だった。間宮さんもそうだったけど、大阪の人って皆こんな感じなのかな。


 早速店内に入って、お好み焼きの材料をカゴに入れていったんだけど、いくつか本当にこれお好み焼きに使うの?って材料があったけど気にしない事にして、間宮さんのマンションに戻った。

 部屋に戻ると、お母さんが材料を受け取り慣れた手つきで調理を始める。手伝うと言ったんだけど、私はお客さんなんだからゆっくりしててって断わられちゃった。


 食卓のテーブルにホットプレートを中心に置いて、次々に材料の準備が整ったところで、いよいよ本場のお好み焼きパーティーが始まった。









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