第10話 川島の本当の目的

「すみません! 待たせちゃいましたか?」

「いや、俺も今来たとこですから。おはようございます、川島さん」

「おはようございます。今日は宜しくお願いします」

「任されました。それじゃ行きましょうか」


 休日の日曜日。


 間宮と川島はO駅で待ち合わせていた。

 こんな状況になったのは、天谷のゼミの会議に参加してホテルまで送り届けた時だった。


「それじゃ、明日からの予定はこんな感じで宜しくお願いします」

「分かりました」


 ホテルのロビーで明日以降の予定の打ち合わせを済ませて、そろそろ帰宅しようとした時、川島からこんな申し出があったのだ。


「あ、あの……間宮さん」

「はい?」

「えっと、今週の日曜日って何か予定あったりしますか?」

「日曜ですか? いえ、特にありませんが」

「それなら申し訳ないのですが、都心の方まで買い物がしたいのですが、案内してもらえませんか?」

「買い物ですか?」


 川島はこれを機に服や装飾品を見たいと話す。

 地元でもネットを使えば購入出来ない事はないのだが、装飾品はともかく服は実際に試着せずに購入していた為、手元に届くと期待していた物とは違うという事が度々あるらしい。

 だから、いい機会だと現物を見て気になっていた物を買いたいと思っていたのだが、土地勘がない川島には都心に出るのは不安しかないのだと話す。


「なるほど。いいですよ」

「ホントですか!?」

「えぇ、川島さんにはお世話になりますからね。こんな事でお礼になるか分かりませんが、俺で良かったら付き合います」


 という事情があり、休日の朝から2人はこうして会っていたのだ。


 2人は早速電車の乗り込み都心を目指す。

 車内で事前にどこを回るのか確認をとって、可能な限り希望する場所を回り尽くせるように、間宮は最良のルートを摸索する。

 東京はこれが可能だから、便利だと間宮は思う。

 生まれ育った大阪では、東京ほど電車が繋がっているわけではなく、かといって車を使うと渋滞にハマり時間をロスしてしまうから、車の必要性を感じない東京の鉄道事情は素晴らしいと思うのだ。

 その為、間宮は自分の車を所有しているのだが、実家がある大阪に置きっぱなしにしていた。


 最初に目的地の駅に到着すると、間宮が川島のエスコートを始める。


 観光も兼ねているお出かけなので、スカイツリーに表参道ヒルズ、お台場etcとベタなコースだったが、時折ガイドブックでは載らないようなコアな場所も案内しつつ、川島が希望していたショップを巡って行った。

 折角、東京に来てくれたんだからと、間宮はサポートしてくれている川島に恩返しがしたくて、清々しい秋晴れのなか川島の笑顔を絶やす事なく、カップルと間違われるほどに2人は楽しい時間を過ごした。


「今日はありがとうございました!」

「どういたしまして、俺も楽しかったですよ」


 洒落たレストランで夕食を摂る事にした2人の間に、グラスをチンと鳴らす音が響く。

 食事中は今日巡った場所の話に花を咲かせて、楽しい時間を過ごした。

 間宮自身も都心をここまで歩き回るのは久しぶりの事で、川島のテンションに乗り遅れる事なく会話が弾んだ。

 そんな時間を過ごしていると、あっと言う間にコース料理も終わりに近づき、最後に出てくる珈琲を待っている時に事だ。

 今まで楽しそうに笑っていた川島が、突然真剣な顔つきで間宮の名を呼んだ。


「実は、間宮さんに大切な話があります」

「ん? なんでしょう」

「間宮さんは私達みたいなエンジニアに興味ありませんか?」


 今日は朝から仕事の話を全くしていなかったせいで、本当に突然の質問だったが、川島が仕事にスイッチを完全に入れている事を察した間宮も静かにスイッチを入れる。


「興味っていうか、本当はエンジニアの仕事がしたくてこの会社に入社したんですけどね」

「ですよね! その返事で安心して話す事が出来ます」


 勿体ぶった言い方に間宮は首を傾げる。


「実は今回のサポートに私が来たのは他でもありません。間宮さんにエンジニアになる意思があるか確認する為だったんです」


 川島が言うには通常だと組んだシステムの導入で技術者が出向く場合、開発に携わっているがもっと駆け出しのスタッフが担当するのが順当なのだと話す。

 だからチーフである川島がサポートスタッフとして同行する事など、通常なら考えられないのだと言うのだ。


「……なのに何故私が出向いたのか……それは間宮さんが動けなくしている原因を探る為なんです」

「……え? それって」

「間宮さんは入社してから、ずっと社内コンペにプログラムを出していますよね?」

「あぁ、うん」

「私達は始めの年から間宮さんのシステムに高い評価をしていました。それで3年前から間宮さんを開発部に欲しいと室長を通して、本社に訴えかけていたんです」

「え? ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺はそんな話一度も聞いた事ないぞ」


 突然川島から告げられた事に動揺した間宮は、思わず敬語も忘れて詳細を求めた。


「……やっぱりですか」


 川島は間宮の返答に蟀谷に指を当てて、「はぁ」と溜息をついて怒りを滲ませた目を間宮に向けた。


「間宮さんの話で疑惑に確信が持てました。それじゃ、説明しますね」


 運ばれてきた珈琲カップに口をつけた後、川島が本社に出向いた現状に至るまでの詳細を話し始めた。


 3年前からオファーを送っているのに、返ってくる返事は異動するつもりはないと言う内容だった。

 なのに、それからも審査員を唸らせる作品ばかり応募してくる。

 その作品を見せられる度に、どう考えてもエンジニア志望のはずだと思わされていた。でなければこんなプログラムを組めるはずがないのだと話す川島の手が小さく震えた。

 それは開発研究所の所長である北村も同じだったらしく、不信感を抱いた北村は今回のサポートメンバーにチーフである川島を推した。

 本社に出向いた川島は、間宮と行動を共にしていない時間を使って、水面下で色々と調べていたと言う。


 ……その結果。


「間宮さんはこっちへの異動希望を出した事ありますか?」

「え? あぁ、あるよ。入社してから数年間毎年出してたんだけど、受理してもらえなかった……」

「間宮さんは営業職としても、ずっと好成績を収め続けていますよね?」

「え? そうなのかな……俺にはよく解らないんだけど」

「何故、異動希望を出している間宮さんがこちらのオファーの事を知らされていないのか……。それは今の部署の責任者である営業部長が間宮さんを手放したくないからです」


 開発側の要望も、間宮の異動希望もトップに届く前に揉み消されていると、川島は悔しそうに言い切った。


 間宮の営業力が高くて、抜けられると相当な戦力ダウンは避けられない。

 だから裏で手を回して双方の話がお互いの耳に入る前に消滅させる事で、均衡を保っているのだと話す。

 川島の今回の本当に目的。

 以前から続いている疑惑のウラを取った後、所長が直接社長に話をつけに行く事になっていて、その前に間宮本人に確認をとる必要があったのだと説明を受けた。


「そうか……それで」

「はい。でも次こそは間宮さんを迎え入れる準備は出来ていますので、後は間宮さんの気持ち次第なんです」


 ずっとエンジニアをしたかった間宮にとって、これ以上ない程の良い話だった。

 少し前の間宮なら即答して、川島と共に異動する準備に入っていただろう。


 ……だが、眉間に皺を寄せる間宮の表情を見て思う所があったのか、川島は肩に入っていた力を抜いて笑みを浮かべた。


「研究所があるのは新潟ですので、大がかりな異動になります。なので大事な事ですので、返事をすぐに求める気はありません」


 そう話す川島に間宮は小さく頷く。


 確かに好きな事を仕事に出来る良い話なのは間違いない。

 だが、間宮の現状を考えると即答できる案件ではなかった。

 間宮は営業マンとして順調に出世していて、次の課長の席も期待されている立場にあり、収入も安定していて生活面では何の不満もないのだ。

 だが、エンジニアとして再出発するという事は、これまでの実績を手放すという事に他ならない。

 収入もリセットされて未来への保証も失うのだ。

 今の間宮の年齢を考えれば、悩むのは当然の事だった。


(……それに)


「よく検討して頂いて、年内に返事を貰えませんか?」

「――分かりました。ありがとうございます、川島さん」


 混乱していた思考が戻り、口調を元に戻した間宮は川島に感謝の気持ちを伝えて、川島を宿泊先まで送り届けて帰路につく為に再び電車に乗り込む。


 車内から流れる景色を見つめながら、この話を即答出来なかったもう1つの原因に眉間に皺を作るのだった。


 ◇◆


 川島から熱烈オファーを受けてから六日が経った土曜日。


「これでご要望のシステムの組み込みを終われせて頂きます。長期間のご協力ありがとうございました」

「こちらこそよ。アフターフォローを含めて満足しているわ。ありがとう」


 システムの導入が完全に終了して、エンジニアを代表して天谷と握手を交わす。

 今日まで本当にトラブルレスで業務を行えたのは間違いなく川島の貢献によるものだと、間宮は天谷と握手を交わす川島を誇らし気に見つめていた。


 天谷のゼミを後にした後、荷物運びを兼ねて川島を空港まで見送る事にした間宮は、会社の営業車を手配して川島を乗せて空港に向かう。


「間宮さんのおかげで楽しい出張だったよ。ありがとう」

「ははっ、俺の方こそだよ。本当に助かった、ありがとう」


 あれから仕事を重ねて行くうちに、いつの間にかお互い敬語で話す事がなくなり、信頼出来るパートナーとしていい仕事が出来たと2人は充実感を共有していた。


 思っていた程渋滞がなかった為、空港についてまだかなり時間に余裕があるからと、休憩を兼ねて空港内にあるカフェに入った。


 お茶をしながら東京を満喫出来たと嬉しそうに話す川島を見て、この2週間毎日顔を合わせて仕事をしてきたからか、もう川島のそんな顔が見れないかと思うと、間宮はじわりじわりと湧いてくる寂しさを感じた。

 だが、自分が決心すれば川島と一緒に憧れだったエンジニアとして働く事が出来る。その事実が間宮の心を少しだけ軽くしてクスっと笑みが零れた。


「どうしたの? 急に笑ったりして」

「いや、別に」


 どちらを選択しても、得るのものがあり失うものがある。

 そしてどちらを選んでも、良かったと思える事と後悔があると考えると、自分にとって大切なものは何なのか……間宮は真剣に考える必要があると、改めてそう実感したのだ。


「あ、そろそろ搭乗口に向かわないと」


 川島がそう言って席を立ち、間宮も後に続いた。


「それじゃ、間宮さん。色々とありがとうね。本当に楽しかった」

「お疲れ様、俺の方こそ楽しかったよ。ありがとう」


 そう挨拶をして、2人は握手を交わす。


「東京を案内してくれたお礼に、こっちに来る事になったら私が案内するからね」

「……うん」

「それじゃ、いい返事を待ってるからね!」

「あぁ、気を付けて」


 ゲートオープンの告知放送が空港内に流れるのと同時に、交わしていた握手を解いて川島は小さく手を振ってゲートに向かう。


 ゲートの外から川島の背中を見送り、振り返って手を振る川島に手を振り返して、今度会う時はエンジニアとして再出発を決意した時だと、与えられた時間で選択する覚悟を決めた間宮の雰囲気が少し変わったのだった。



       ――あとがき――



明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いします。


まだまだ続く29に今年も変わらずお付き合い下さると幸いです。


本年の抱負は、今年中に29を完結させる事で、今年も頑張りますので宜しくお願いします。


葵 しずく






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